アダアダ・ライメンス
「……そうして、私は収監された」
公園の前。
アインは、ぽつりと語り終えた。
「だから――」
顔を上げる。
涙を浮かべながらも、その目は強い。
「私、あの男を見つけたいの」
拳を握る。
「それまで……匿って」
一瞬の沈黙。
風が、静かに吹き抜ける。
「……はぁ」
ラックは頭をかいた。
「面倒ごと抱え込ませやがって」
ぶつぶつと文句を言いながらも――
「分かったよ」
肩をすくめる。
「その代わり、タダ飯はねぇぞ」
ちらりとアインを見る。
「ちゃんと働け」
――その瞬間。
ぱあっと、表情が明るくなる。
「ほんとに!?」
「聞こえてなかったのか?」
「ありがと!!」
勢いよく一歩詰め寄る。
「私もナインも、ちゃんと役に立つから!」
「期待はしねぇけどな」
「ひどっ!」
笑いがこぼれ――
その直後。
「……おい」
空気が変わる。
アインの表情が、すっと消える。
「アインに手ぇ出したら――」
低い声。
ナイン。
「タダじゃ済まさねぇからな」
鋭い視線が、ラックを射抜く。
「……はいはい」
ラックは軽く手を振る。
「めんどくせぇな、ほんと」
そして、小さく息を吐いた。
「先が思いやられる」
⸻
それから。
アインは「ルールオブ」に住み込みで働くことになった。
「シバちゃん、ご飯ですよー」
皿にドッグフードを盛る。
シバは嬉しそうに駆け寄り、そのまま食べ始めた。
「おー、いい食べっぷり」
アインはしゃがみ込み、毛並みを撫でる。
シバは尻尾を振りながら夢中で食べ続けている。
「……俺の時と態度違くねぇか?」
後ろから、ぼそり。
ラックが腕を組んで見ていた。
「ラックさんには愛情が足りないんですよ」
アインは振り返りもせず、即答。
「ほぉ?」
「ほら、こうやって――」
アインはシバの頭を優しく撫でる。
「ちゃんと向き合わないと」
「犬に説教されてる気分だな……」
ラックは小さくため息をついた。
――それから一週間。
シバはすっかりアインに懐き、言うことも聞くようになっていた。
「ワン!」
「はいはい、今行くよー」
そんなやり取りが、日常になっていく。
――そして。
その日も、いつもと同じ朝のはずだった。
「ワン! ワン!」
突如、シバが玄関に向かって吠え出す。
ただの来客にしては――様子がおかしい。
「……なんだ?」
ラックの目が細まる。
空気が、わずかに張り詰める。
――バンッ!!
扉が、勢いよく開いた。
「ヘイヘイ!ラック!元気にしてるか!?」
現れたのは、長身の男。
燃えるようなブレイズヘアに黒い肌、陽気すぎる笑顔。
「……はぁ」
ラックが露骨にため息をつく。
「アダアダか。どうせロクでもねぇ用だろ」
「ひでぇな!久々の再会だぞ!?」
男――アダアダ・ライメンスは大げさに肩をすくめる。
そのまま、勝手知ったる様子で店内へ。
「でもまぁ、今回は違うぜ」
にやり、と笑う。
「お前にとっても“美味い話”だ」
「その言い方の時点で信用できねぇんだよ」
ラックは眉をひそめた。
「え、ラックさんの知り合い?」
アインが小声で尋ねる。
「あぁ」
面倒くさそうに答える。
「異常者スクール時代の同期だ」
「へぇ……」
「ワン!」
――ガブッ。
「ノォォォォゥ!!?」
突然の悲鳴。
シバが、アダアダの腕に噛みついていた。
「シバちゃん、ダメだよ」
アインがすぐにしゃがみ込む。
「汚いから、ペッしなさい」
「そっち!?理由そっち!?」
シバは素直に口を離し、そのまま何事もなかったようにエサの方へ戻っていく。
「……ノォゥ……」
アダアダはその場に崩れ落ちた。
「体も心もズタボロだぜ……」
涙目で腕を押さえる。
「ハッ、俺より嫌われてるな」
ラックが鼻で笑う。
「笑い事じゃねぇって……!」
「それより」
アインが口を挟む。
「ラックさん、スクールにいたんですね」
「あぁ」
ラックは椅子に腰を下ろす。
「異常者なら、だいたい一度は通る場所だ」
軽く肩をすくめる。
「ふーん……」
アインは少しだけ考え込むような顔をした。
「で?」
ラックが視線を戻す。
「本題はなんだ」
「相変わらず冷てぇなぁ」
アダアダは立ち上がり、椅子に腰掛ける。
「久々の再会だぞ?」
「用があるから来たんだろ」
即答。
「……へいへい」
観念したように手を上げる。
ポケットから、一枚の紙を取り出した。
「これだ」
テーブルの上に、紙が滑る。
それは新聞の切り抜きだった。
【人間国宝アルファ・メトロボット、遺書公開】
先月死去した発明家アルファ・メトロボット氏の自宅から、遺書が発見された。
遺族の意向により、その内容が公表される。
――以下、全文。
⸻
アルファ・メトロボット
もうワシの死も近い。
ゆえに、ここに遺書を残す。
先日、人生最後の作品を完成させた。
それは、この八十三年の生涯において――
最も美しく、最も優しい作品である。
この作品を、とある場所に隠した。
場所は、ワシの千二百五十九個目の作品。
『人喰いダンジョン』最奥部の宝箱の中。
未だ踏破者のいないダンジョンだ。
その報酬としては、十分すぎる価値があるだろう。
命知らずの馬鹿どもに――
ワシの遺作を託す。
⸻
紙の上の文字が、やけに重く感じられた。
「……は?」
沈黙を破ったのは、ラックだった。
「人喰いダンジョンだと?」
眉をひそめる。
「聞いたことある……」
アインが小さく呟く。
「入った人が誰も帰ってこないって……」
「その通り!」
アダアダが身を乗り出す。
「未踏破。生還率ゼロ。完全なデスダンジョンだ」
にやり、と笑う。
「で――その最奥に、“最高傑作”があるってわけだ」
「……で?」
ラックは冷めた目で見る。
「まさかとは思うが」
「その“まさか”だ」
アダアダは指を鳴らした。
「これ、取りに行こうぜ」
一瞬の静寂。
「アホか」
即答だった。




