回想
「ただいまー!」
玄関の扉が勢いよく開く。
飛び込んできたのは、小さな少女。
まだあどけなさの残る顔――アイン。
「おかえりなさい」
キッチンから、優しい声。
母、オルタナが振り返る。
「アイン、今日もいい子にしてたかー?」
リビングでは、父トムが片手間にパソコンを操作しながら笑う。
「うん!」
アインは駆け寄り、そのまま胸に飛び込んだ。
「猫さんも、氷も使ってないよ!」
「そうか」
トムは、頭を優しく撫でる。
「ナインも偉いな」
――ぴたり。
アインの動きが止まる。
次の瞬間。
その表情が、すっと変わった。
「あったりまえでしょ」
同じ顔。けれど、別人の声。
ナインが、胸を張る。
「ふふ、頼もしいわね」
オルタナが柔らかく笑う。
「でもその前に――」
少しだけ、声色を変える。
「帰ったら、手洗いうがいでしょ?」
「はーい!」
今度は、いつものアインの声。
ぱっと離れると、そのまま洗面所へ駆けていく。
足音が遠ざかる。
――静寂。
「……ねぇ」
オルタナが小さく呟く。
「このままで、いられるのかしら」
オルタナの声は、どこか不安げだった。
食卓に料理を並べながら、小さく息をつく。
「最近、取り締まりも厳しくなってるし……」
「異常者スクールのことか?」
トムが軽く肩をすくめる。
「ああいうのは、表向きは“保護”ってことになってるけどな」
「でも……六年間、一度も帰ってこられないなんて」
オルタナの手が、わずかに止まる。
「まだ、あの子は八歳よ?」
沈黙。
「……このまま隠し通せるとは思えないの」
その言葉に、トムは少しだけ真顔になる。
だが、すぐに笑った。
「大丈夫さ」
リビングの方を見る。
「アインも、ナインも――ちゃんと分かってる」
少しだけ間を置く。
「自分たちの力が、どういうものかもな」
「……そうね」
オルタナは小さく頷いた。
――その時。
バチッ。
空気が弾けた。
次の瞬間。
玄関の扉が吹き飛ぶ。
「……は?」
立っていたのは、一人の男。
全身に走る雷光。
「金目のもん、出しな」
低い声。
「異常者……!」
トムが一歩前に出る。
「オルタナ、アインを――」
バチンッ!!
雷が走る。
一瞬で、トムの体が崩れ落ちた。
「え……」
オルタナの手から皿が落ちる。
「やめ――」
閃光。
沈黙。
焦げた匂い。
男は何事もなかったかのように家へと上がり込む。
「ちっ、貧乏くせぇな」
袋を取り出し、金品を詰め始める。
――その時。
「手洗いうがいしてきた...よ」
小さな声。
玄関に立つ、アイン。
「……え?」
視界に入る。
倒れている両親。
動かない。
「……なんで」
一歩、近づく。
「お母さん……?」
返事は、ない。
「お父さん……?」
崩れ落ちる。
意識が途切れる。
――そして。
「……ふざけんな」
低い声。
ゆっくりと、アインが立ち上がる。
だが、その目は――別人。
「……お前がやったのか?」
ナイン。
怒りが、空気を凍らせる。
床が白く染まる。
壁が軋む。
「――殺す」
瞬間。
家全体が氷に覆われた。
すべてが凍りつく。
強盗の男すら。
「チッ……!」
だが。
雷が弾ける。
氷が砕ける。
「厄介なガキだな」
体が、光へと変わる。
雷そのものへと変質し――
「じゃあな」
消えた。
残されたのは、凍りついた家。
そして、二つの遺体。
「……あ」
「……あ……あ……」
理解が追いつかない。
両親の凍った死体を見たナインはそのまま気絶してしまう。
――サイレン。
数分後。
警察が踏み込む。
「……なんだこれは」
凍結した室内。
死亡した男女。
そして、気絶した少女一人。
「……この子がやったのか?」
「異常登録は?」
「されていません」
一瞬の沈黙。
「――暴走だな」
冷たい結論。
「異常者スクールに送る」
その言葉は。
かつて両親が恐れていたものだった。
だが――
「いや、待て」
別の声。
「死人が出てる現状。厳重に管理すべきだ」
「収監対象だな」
決定は、早かった。
「確保しろ」
アインの両手に手錠をはめ、そのままパトカーへと運ばれる。
――もし。
あの日、何も起きなければ。
彼女は、ただの“生徒”として生きていたかもしれない。
だが現実は。
“囚人”だった。




