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鍵の異常者-盗屋ラックの哀喪  作者: 轟号剛


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10/32

ナイン・キャシー

校舎の中――教室。


机も椅子も撤去された、空っぽの空間。


その中央で、ローラとアインは向き合っていた。


「わざわざ密室でやり合ってくれるの?」


ローラが、くすりと笑う。


両手を床へ。


「――粘液閉鎖《ロック・ザ・スライム》」


次の瞬間。


床から、壁から、天井から――


緑の粘液が溢れ出す。


教室全体が、瞬く間に覆い尽くされていく。


「チッ……!」


アインは跳んだ。


天井付近まで一気に距離を取る。


そのまま――


「ハァッ!」


爪を振り下ろし、一直線にローラへ突っ込む。


「甘いわよ」


ぐにゃり。


目の前に、スライムの壁。


衝突。


打撃はすべて吸収される。


「相性が悪かったわね」


アインの爪が、壁を引き裂く。


だが――


崩れない。


むしろ。


裂いたはずのスライムが、そのまま巻き付いた。


「――っ!?」


一瞬で、全身を覆われる。


拘束。


「くっ……!」


もがく。


だが、動けない。


呼吸すら、じわじわと奪われていく。


「終わりね」


ローラは興味を失ったように背を向ける。


「パナマの援護に――」


その時。


――ゾクッ。


背筋を、冷たいものが走る。


「……?」


違和感。


振り返る。


教室の光景が――変わっていた。


緑だったはずのスライムが。


すべて、白く――


凍りついている。


「な……」


拘束していたはずのアインも、いない。


静寂。


そして――


「どこ見てんだ?」


背後。


反射的に振り向こうとする。


だが。


足が、動かない。


視線を落とす。


床ごと、氷に閉ざされていた。


「――いつの間に……」


言い終わる前に。


背中に、触れる感触。


冷たい手。


その瞬間。


全身が凍りついた。


意識ごと、閉ざされる。


――氷像。


「相性が悪かったな」


静かな声。


そこに立っていたのは――アイン。


だが、違う。


先ほどまでの柔らかい雰囲気はない。


鋭く、冷たい目。


「……邪魔をした報いだ」


淡々と呟く。


この人格は――


ナイン・キャシー。


アインの中に潜む、もう一人。


-


校庭ではラックとパナマが睨み合い、互いに牽制していた。


先に動いたのはラックだ。


パナマの構えるバナナの照準を避けるように、大きく弧を描いて距離を詰めていく。


「ロックオン――バナナランチャー!」


対するパナマは、バナナをロケットランチャーの形に組み上げ、発射する。


ラックは加速して砲弾を回避する。

しかし、放たれた黄色い砲弾は空中で軌道を変え、U字を描いて再び襲いかかった。


「――オープン」


振り返りざまに鍵を振るう。空間が裂け、砲弾はその中へ吸い込まれた。


「フッ……フィニッシュだ」


勝利を確信したように、パナマが鼻で笑う。


いつの間にか、ラックを囲むように無数のバナナ製の大砲が展開されていた。


砲口はすべて、ラックを捉えている。


だが――ラックは不敵に笑う。


鍵を元の形に戻し、こめかみに差し込んだ。


「ここからだろ?」


ラックが鍵を捻ろうとした、その瞬間。


周囲の大砲が、音もなく消え去る。


「そんなバナナ……ローラ!」


パナマの視線の先。


そこには氷像となったローラを担ぐナインの姿があった。


「こっちは終わった。さっさとこいつも倒すぞ」


ナインはローラを床に放り、両手に冷気を集める。


氷にヒビは一つもない。


パナマ対ラック&ナイン。


戦いが再開される――その寸前。


「降参だ!!」


パナマは勢いよく地面に土下座した。


「俺の命はどう扱ってもいい!

ローラだけは見逃してくれ!」


額を地面に打ちつけ、血を滲ませながら懇願する。


「アタシたちを殺そうとしたくせに、都合よすぎだろ」


ナインが眉をひそめ、氷の剣を生み出す。


「……確かにな」


パナマは顔を上げると、バナナを一つ握った。


ラックとナインが警戒する中――


その銃口は、自分へと向けられる。


パン。


軽い発砲音。


弾丸がパナマの横腹を貫いた。


「……これは、そこの兄ちゃんにやった分だ」


苦しげに笑いながら、ラックを指差す。


「俺らは金もねぇ。払えるのは……命くらいだ」


再び、頭を下げる。


「好きに痛ぶって、殺してくれていい。

だから……ローラだけは見逃してくれ」


再度、銃口を自分に向ける。


「必要なら、何度だって――」


その瞬間。


バナナが弾かれた。


「クローズ」


奪い取ったのはラック。


そのまま鍵をパナマの傷口へ差し込み、閉じる。


「……なあ、アイン。男がここまでやってんだ。もういいだろ」


穏やかな笑みで問いかける。


「チッ……次は容赦しねぇからな」


ナインは舌打ちしながら、ローラに触れる。


氷が静かに溶けていく。


「変わるぞ」


小さく呟き、目を閉じる。


「ありがと、お姉ちゃん」


再び目を開けたとき――そこにいたのはアインだった。


ローラは気を失ったままだが、命に別状はない。


「……すまねぇ。この恩は必ず返す」


パナマは立ち上がり、ローラのもとへ向かう。


「ああ、期待してる」


差し出された手を、ラックは握り返した。


「戻るか」


「うん!」


二人は元の目的地――公園へと歩き出す。


――一時間後。


「う……」


ローラが目を覚ました。


「あれ……?」


目の前には、嬉しそうに笑うパナマ。


「起きたか!良かった!」


強く抱き寄せられる。


「……負けたのね」


「ああ。二人で負けるなんて、情けねぇな」


優しく語りかけるパナマ。


「嘘。アンタが負けるわけない」


涙目で見抜かれ、苦笑する。


「敵わねぇな……。まあ、お互い奥の手は隠してた。

本気でやってたら、どうなってたか分からねぇな」


「また貧乏生活ね」


「ああ。当分は俺のバナナで我慢してくれ」


「その言い方やめてって言ってるでしょ。それにアンタのバナナ、不味いのよ」


いつも通りの軽口。


そんなやり取りを交わしながら、デルタ夫婦は帰路につくのだった。







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