アンブルトンの街――酒場
夕方に、僕たちはロシュフォール王国の南端――アンブルトンの街へと到着した。
現状、王族は粛正されているし貴族制度もガタガタの国ではあるけれど、国名は現在もロシュフォール王国のままだ。幸い、ブリスペルとの国境近くはまだ平和であるためか、賊などに出会うことはなかった。
そしてアンブルトンの街――現在のロシュフォール王国をそのまま示しているような、人通りもない寂れた街の姿を見て、小さく嘆息。
当然ながら、街に入るための警備の兵などもいなかった。
「それでは、僕は向こうの安宿に泊まりますので」
「ああ。我々は向こうの『ロイヤル・アンブルトン』で一夜を過ごす」
「その前に食事……といきたいところですが、どこかお店はやっているんですかね」
「別段、我々は必要ない。『ロイヤル』系列は食事付きだ」
「もうやだこの金持ち」
そんなやり取りを経て、チェリル、マリカは『ロイヤル・アンブルトン』へ消えていった。僕は当然ながら、安宿を探す旅である。
四人部屋の宿でもあればいいのだが、さすがに治安を考えると一人部屋の宿をとった方がいいだろうか――そんな風に考えながら歩いていると。
「おや……」
その道中で、小さな酒場を発見した。
別段食事をしなくても死なない体ではあるけれど、各所でそこの名物を食べるのも僕の趣味の一つである。
ロシュフォール王国が崩壊してから、ほとんどこの国で過ごすことのなかった僕ではあるのだが、折角だから興味が湧いた。
扉を開くと共に、からんからん、とベルが鳴る。
「はい! いらっしゃいませ! お好きな席へどうぞ!」
「ええ」
若い女性が、入ってきた僕に元気よくそう言ってきた。
中は、賑わってもいないが寂れているわけでもない、そんな様相だ。
僕以外の客は二組で、男女三人が座っている席と男二人が座っている席がある。男二人の方は、明らかに素人ではない体つきをしているし、厳つい顔をしている連中だった。賊のたぐいか、と一瞬思ったけれど、冒険者かもしれない。
そして男女の方は、随分と顔の整った男と美しい女、それに厳つい男の三人組。
それぞれ、酒を口に運びながら話が盛り上がっているようだ。
とりあえず危険はない――そう判断し、僕はカウンターの方に座る。
「おう、いらっしゃい。兄さん、初めてだな」
「どうも。分かります?」
「そんな厳ついモンモン入れてる兄さんが来りゃ、覚えてるよ。それで、何にする?」
「とりあえず麦酒で。それに、軽いつまみを何点か」
「あいよ」
カウンター越しにいた、恐らくこの店の主人であろう男性に、簡単に注文する。
下手に構えている店より、こういった庶民的な店の方が、割と美味しいものを出すことが多いのだ。給仕の女性が麦酒を運んできたため、僕は銅貨を差し出してそれを受け取る。
ぬるい麦酒を喉に流し込んで、僕は小さく息を吐いた。
「ふぅ……」
麦酒の質は、悪くない。
そして、手早く調理をしてきたのだろう。カウンター越しに主人が皿とフォークを置いてきたため、僕は代わりに銅貨を差し出した。こういった下町のお店は、サービス一つ一つにチップを払うのが礼儀なのだ。高級店などでは、最初からサービス料として料金に付加されているため、払わなくてもいいのだが。
塩で味付けをしただけの、焼いた鶏肉――しかし、それに柑橘の皮が刻まれたものが乗せられているのが、珍しい。
「ん……美味しい。これは正解でしたね」
食事を口に運び、喉を麦酒で潤す――その繰り返しを、まず刻む。
そこからは酒をワインに変えて、ちびちびと飲みながら思索に耽る――それが、僕の酒場での過ごし方だ。
当然、酩酊などはしない。どれほど酒を飲んでも、僕が酔っ払うことはない。だから純粋に、僕は酒の味だけを楽しみに飲んでいるのだ。
「ふー……」
ちびり、とワインを口に運んで、小さく息を吐く。
そうしながら、何気なく周囲の話に耳を傾けるのも、いつものことだ。遮るものがなく聞こえてくる他人の話というのも、酒のつまみになるのである。
まず、男二人――厳つい顔立ちの彼らの話に、耳を傾けてみる。
「これからどうするんすか、兄貴」
「ああ……ブリスペルに行きゃ、仕事があるかもしれねぇ……だが、国境が塞がれちまってるから、どうしようもねぇよ」
「海路は使えないんすか?」
「それこそ、幾ら掛かるか分かったもんじゃねぇよ」
「はぁ……国内じゃ、冒険者ギルドもろくに働いてねえですし。兄貴……俺らこのままじゃ、賊にでもならないと生きていけねぇっすよ」
「馬鹿野郎! 賊になんざ身を落とせるか!」
どうやら、冒険者のようだ。
冒険者は基本的に、魔物を狩ることを生業としている。そして魔物を討伐するということは、誰か討伐してほしい者がいるということでもある。
だが現状、治安が最悪にまで落ちているこの国で、魔物退治の依頼など誰も出すまい。つまり、冒険者にとっても暮らしにくい国になってしまっているのである。そもそも冒険者ギルド自体が、後ろ盾が国であるため、その崩壊も理由の一つだと思うけれど。
とりあえずどこかで機を見て、国境に抜け道があることを教えてあげた方がいいかもしれない。
そして次に、僕は三人組の会話へと耳を傾ける。
「どこにいるんだろうね……さすがに、情報が少なすぎるよ」
「ひとまず、ブリスペルは全土を探したけど、いなかったものね……古い文献では、海の中央にある島にいる、ってあったけど」
「最初に向かった島、完全に観光地になってたもんな。さすがに、あそこにはいねぇよ」
「そうだね……だから、もういっそのこと全国を探してみようと思って、ブリスペルにもう一度戻ったのにさ」
どうやら、誰かを探しているらしい。
観光地の島――その言葉に、随分と聞き覚えがある。それは、南大陸と北大陸を隔てる大海、その中央に浮かんでいる島、ミッデンウッドだ。
古い文献では、そこにいると記述がある――。
それは。
「どこにいるのかねぇ……魔王」
かつて、魔王城があるとされた島――。




