ロシュフォール王国
「さて、ロシュフォール王国に到着しました」
「はやい」
僕の言葉に対して、チェリルが素直な感想を述べた。
まぁ実際、リガの街を朝に出発し、現在は昼過ぎである。リガの街はほぼ国境だし、国境の関所を少しだけ迂回している抜け道を通ってきたため、ほとんど時間もなくロシュフォール王国に入ることはできるのだ。
あとは、ここから夜までには到着するだろうロシュフォール側の国境の町――アンブルトンに向かうだけである。
「それで、次の聖剣とやらはどこにあるんだ」
「ええ。一つは今から向かうアンブルトンの街の近くにあります。その次が、北東のシャンベルの街近く、最後に、ロシュフォール王都ベルジュ近くにあります」
「……お前の聖剣知識は、本当に凄まじいな」
「まぁ、この三つは有名ですよ。どれも、割と難易度の低いダンジョンにありますから」
マリカの言葉に対して、僕は端的にそう答える。
ブリスペル共和国のダンジョンの難易度が低いのは、ブリスペルの気候が穏やかなことにも起因する。そして、ブリスペルの隣国であるロシュフォールは、それほど北というわけでもないため、ほとんど気候は変わらないのだ。
ロシュフォールよりもさらに北の国――ウヴァル帝国に至ると、氷河地帯があるため、そのあたりのダンジョンは難易度が跳ね上がるのだが。
「ただ、ロシュフォール王国は、あまり治安が良くないんですよ」
「それ、わたしも聞いたことあります!」
「それじゃ、理由は知っていますか?」
「理由は知りません!」
「潔いのはいいことです」
まぁ隣国の話だし、知らないのも仕方ないだろう。
ここは千年以上もこの世界を旅している僕から、色々豆知識を与えていくとしよう。
「元々はロシュフォール王家――ヴィレンツェ家がこの国を支配していたんですけど、貴族家に対して優遇する政策ばかりを行って、国民が貴族の奴隷のような扱いを受けていたんです。そのせいで十年ほど前から、何度となく内乱が起こっていたそうですよ。そのために、ブリスペル共和国は八年前、治安維持のため国境を封鎖しました」
「ほへー」
「そして決定的だったのは、三年前ですね。反乱軍が王国内の各地で台頭し、武器を持った国民が彼らの誘導により一斉蜂起したんです。それにより国内各地の貴族家が襲われ、捕らえられ、殺され、一部の国外に逃れた貴族以外は全員処刑されました。同じく、王家も国王から末端まで全てが捕らえられ、ベルジュの中央広場で全員処刑されたそうです。現在、そこは『血の広場』と呼ばれているとか」
「ひぃ……」
チェリルが、僅かにそう声を漏らす。
彼女も一応、ブリスペル共和国では貴族のような家柄だ。同じ立場にあった者として、この歴史は他人事ではないだろう。
もっとも、ロシュフォールは国民を弾圧しすぎた結果であるため、自業自得とも言っていい結末なのだが。
「現在は、三年前から反乱軍のリーダーだった方が政治を行っているらしいです。ですが、あくまで一般人だった方が政治を司っているわけですから、その場凌ぎのような政令ばかりを出している状態なんですよ。それに加えてクーデターで被害のあった場所も多く、大幅に増税をする羽目になりました」
「それはもう、国民にとっては最悪の状況ではないか」
「ええ。ですので、国民は明日の食料も知れない状態です。そのために賊が増えていて、国もまともに機能しておらず野放しの状態で、魔物の討伐も行えていません。行商人すら避けて通る、とさえ言われている最悪の国ですよ」
「……そんな」
チェリルが、表情に暗い影を落とす。
そこには、苦しむ民を思う勇者としての優しさが――。
「では、お風呂に入れるホテルはないのですか!?」
なかった。
完全に自分のことしか考えていない。というか、この状況でお風呂が第一とかどんな精神をしているのだろう。
僕は頭痛すら覚えながら、大きく溜息を吐く。
「あのですね、旅をする上でお風呂に――」
「ご安心ください、お嬢様。ホテル『ロイヤル』系列は大陸全土に根を広げております。治安が最悪の国においても、警備兵を雇って常に一流の対応を行っておりますので、大きな街であれば一軒はあります」
「では安心ですね!」
「余計な情報をありがとうございます」
ホテル『ロイヤル』系列、そんなに大きいのか。
というか、行商人すら避けて通るような国だというのに、そんな高級ホテルが存在していいのだろうか。それこそ、盗賊が一斉に向かってくる気がするけれど。
「はぁ……そんな高級ホテル、ロシュフォールに存在するんですか?」
「アンブルトン、シャンベル、リヴァージュ、ベルジュ、コーツウィル、ルカン、プルベリー……ロシュフォール国内では、この七つの街で経営している」
「何故」
「むしろ、治安の悪い国の方が売り上げが良いらしいぞ。どうしても通らなければならない貴族や商人が、安全を確保するために泊まるらしい」
「あー……」
確かに、治安の悪い国で安全を確保してくれるわけだから、無理して泊まる商人もいるかもしれない。
そう考えると、僕も一晩くらいは――と一瞬思ったが、残念ながら僕の宿泊料までチェリルは出してくれないのだ。
次の街では、一日くらい滞在して氷作りに励んだ方がいいかもしれない。
「まぁ、泊まるなら勝手に泊まってください。僕は普段通りに泊まりますので」
「無論。お嬢様に相部屋の宿など用意しては、侍従の名折れだ」
「はいはい……とりあえず、行きましょう」
もうやだこの金持ち。
そんな気分を押さえながら僕は。
チェリルにとっては、初めて訪れたロシュフォール王国――国境から最も近いアンブルトンの街を目指して、歩き始めた。




