翌朝
僕は当然のように安宿に泊まり、チェリルとマリカは五つ星ホテル『ロイヤル・リガ』に泊まり、朝を迎えた。
昨日と比べてゆっくり準備し、日が昇ってから暫くして、僕は安宿を出て北門へと向かった。その道中で、数少ない路銀を使って保存食も買い溜めしておいた。
本当なら、ロシュフォール王国の最も近い街――アンブルトンまでは、徒歩でも一日程度の道程だ。だから、それほど多くの保存食を用意する必要はない。
しかし、一応マリカとチェリル、二人が七日は過ごせる程度の保存食を革袋に入れて、背負うことにした。
「ふぅ……しかし、体が軽いですね」
昨日、チェリルが抜いてくれたミスリフの聖剣。
それにより僕の体に刻まれた呪い――その右大腿の封印が解除されたのだ。これで左肩、左大腿、右大腿の三ヶ所が解除され、それぞれ筋力が上がっている。完全に封じられている状態では老人並だった四肢が、現在は両足と左腕が中年くらいの筋力に、右腕が継続して老人並という状態である。
昨日まで、左足の筋力に右足が追いついてくれない違和感に悩まされていたが、両方が封印を一つずつ解除したことによって、体のバランスを保つことができるようになった。
「しかし、順番を考えなければいけませんね……」
これから僕たちが向かうのは、ロシュフォール王国だ。
そして当然、僕はそのロシュフォール王国内に存在する三つの聖剣の位置を、全部把握している。その聖剣が封じている、僕の部分がどこか、ということも。
問題は、この三つ――全部、右腕だということだ。
この調子で三つの聖剣を全部抜いたら、僕は右腕だけ超元気になるということになる。
「……」
まだ、腕ならばいい。
これが片方の足だけ全快になってしまったら、それこそ違和感どころではなく、歩くことすら困難ではないだろうか。
とりあえず、両足の封印解除は並行してやっていく方がいいだろう。幸い、両足は一つずつ北大陸に、残り二つずつ南大陸に存在するし。
「おや……」
「む」
「あっ!」
そんな風に考えながら北門に向かうと、既にチェリルとマリカが待っていた。
チェリルは嬉しそうに笑顔で。マリカは不機嫌そうに眉を寄せて。
「ゼノさん! おはようございます!」
「遅い。油でも売っていたのか」
「おはようございます。残念ですが、売る油なんて持っていませんよ。保存食を購入していただけです」
今日も今日とて騒がしいチェリルと、僕に対しては厳しすぎるマリカ。いつも通りである。この状況に慣れてしまった自分が嫌だ。
まぁ、これも聖剣を全部抜くまでの我慢――あと二十四本。
……案外長いなぁ、と自分だけで落ち込む。
「それで、抜け道というのはどこにあるのだ」
「あー……それはちょっと、声を小さめにお願いします。一応、秘密のことなので」
「……公然の秘密ではないのか?」
「公然の秘密ですけど、それでも一応秘密なんですよ。下手にトラブルが起こっても困りますし、早く行きましょう」
僕が先導して、街道へまず出る。
このまま街道を真っ直ぐ進んだら、その先には砦と関所があるのだ。そして知らない旅人は、そこで街道が封鎖されていることを知ることになる。
だから、関所に至る前に脇道へと入り、山の麓を抜ける形で設置されているのが、秘密の抜け道だ。利用客が多いからか、割と道そのものは整備されている。
「とりあえず、僕が先導して進みます。僕は魔物に襲われませんので、マリカさんはチェリルさんを守ることに専念してください」
「私は最初から、お嬢様しか守るつもりはない」
「最初から守る対象にすら入ってなかったんですね、僕」
悲しい事実だった。
もし僕が、普通に魔物に襲われる冒険者だったらどうなっていたんだろう。多分死んでるだろうし、死んだらそのまま捨て置かれるだろうな、と思ってしまった。
「ほへ? ゼノさんは魔物に襲われないのですか?」
「ええ、そうなんですよ」
「どうしてですか?」
「色々ありまして」
マリカにした説明――僕がシーシャス諸島連合の出身であり、部族の儀式として刺青を彫る習慣があり、それはシャーマンが魔物除けの呪を込めて彫り上げたものであるため、これを彫っている者は魔物に襲われない――をそのままやろうと思ったが、面倒極まりなくて省略した。
そもそも、あの話もその場凌ぎでやっただけの作り話であるため、定期的に僕は自分の設定を見直す必要があるだろう。そうでないと、マリカにいつか「以前貴様はこう言っていたではないか」と言われる日が来そうだ。
次の野営のときにでも、確認することにしよう。
「はぁ、色々あったのですか」
「ええ、色々あったんですよ」
「色々あったのなら仕方ありませんね!」
チョロい。
説明を完全に放棄しているというのに、納得してくれるチェリル。この子は多分、人を疑うということを知らないのだと思う。
その性質、もう少しマリカに与えてあげてくれないかな。僕のこと、まず疑ってかかるから。
そう言いながら、僕たちはようやく抜け道の入り口へと到着した。
さすがに公然の秘密とはいえ、すぐに看過されないように、上手く木の葉で道を隠しているのだ。僕はその入り口を少しだけ操作し、人一人が通れそうな空間を作る。
「ふむ……確かにこれでは、兵士も気付かないかもしれんな」
「まぁ、気付いている人もいるとは思いますけどね」
「なんだか、秘密基地みたいです!」
「秘密の抜け道ですからね」
そこで、ふと疑問に思った。
朝からずっと、ベルグラードが黙っているのである。ただでさえうるさい駄剣が、妙に黙っているというか。
「そういえば、ベルグラードはどうしたんですか?」
「あっ、ちゃんと持っていますよ!」
「……」
「ふむ。駄剣、喋ってもいいぞ」
「うす! ありがとうございます!」
「……ああ、いたんですね。黙っていましたので、捨ててきたのかと思っていました」
「おい!? 俺様をそんなに簡単に捨てんなよ!?」
まぁ、最初からチェリルの腰に佩いていたのは確認していたけど。
しかし、なんだかベルグラードが喋るのに、まるでマリカの許可が必要な様子だったが――。
「その駄剣は、基本的に黙るように言っている」
「あ、そうなんですか?」
そこで、マリカが口を挟んできた。
ベルグラードが喋らない理由、それは。
「街の中や人前で勝手に喋られると、お嬢様がおかしな人間だと思われてしまうだろう」
「だから最低限喋るなって言われてんだよ! 俺様だって喋りてぇよ!」
「喋っても構わん。ただし、それは私が許可をしたときだけだ。もし、私の許可なく大声を出した場合」
ぱきっ、とマリカが指を鳴らして。
「刀身、へし折る」
「……」
ああ、なるほど。
うん。まぁ僕も、うるさい奴が黙ってくれることを喜ぼう。




