偽勇者一行
魔王を探している。その事実に、僕は僅かに目を細めた。
別段、珍しいというわけではない。昔から文献の中には、何度となく魔王という言葉は出てくるし、『天樹教』は現在でも勇者を仕立て、魔王の討伐に向かわせている。魔王がどこかに存在しているというのは、一般人の中でも共通認識なのだ。
だから冒険者は、冒険のついでに魔王の情報を求めたりして、それを後から情報屋に売ったりもしている。そして、それを情報屋から勇者が買って、討伐に向かう――そういう流れが既に出来ているのだ。
そして、大陸間に存在する大海の中央――そこに浮かぶ島、ミッデンウッド。
そこは、かつて魔王が存在したとされる地であり、当時討伐されたことによって空き城となってしまった場所である。現在は、どこかの国が管理して観光地になっているらしいが、その詳しい内容を僕は知らない。
だって僕、行ったことがないんだもの。
そこに魔王の城があるという話も、当時初耳だったし。え、僕そこ住んでたの? 誰住んでたんそこ、って普通に疑問に思った。
「はー……つーか、魔王って本当にいるのかねぇ」
います、ここに。
だけれど、さすがにここで名乗り出るほど僕は馬鹿じゃない。
というか、何故彼らは魔王を探しているのか――。
「いや、いるはずだ。いるからこそ、僕は勇者として選ばれた。『天樹教』からも、僕は勇者としての任を託された」
優男の言葉に、僕の背筋にぞくっ、と冷たいものが走る。
勇者。
その言葉は、今まで何度聞いてきただろう。主にポンコツ少女の口から。
確か、ストーンデールの門番から聞いた。既に勇者は出発したのだ、と。『天樹教』による壮行式典が行われ、既に出発した、と。
ちらりと、僕は背後を見る。
門番から聞いた情報によれば、勇者は男。背が高く手足が長く、嫌味なくらいに男前。それに加えて、透き通るような銀髪。
そこに座っている優男――その外見特徴は、明らかに一致している。
そして、何より。
座っている横に置いてある、鞘の中に入っている剣――その装飾は、聖剣のそれだ。
「いや、シルヴィ……お前、勇者っていっても」
「しっ。ランディ、黙って」
「む……つっても、ケーナ……」
とりあえず、名前の情報はまず知れた。
優男――勇者がシルヴィ。厳つい男がランディ。そして女性がケーナだ。
そして会話から察するにランディとケーナは、シルヴィが偽勇者だということを知っている。ここで大々的に言うことはないにしても、どこか含んだ言い方をしている以上間違いはないだろう。
彼らの目的は分からないが、何故勇者を騙っているのか――。
「はぁ……でも、結局『天樹教』からの支度金は貰えなかったしよぉ……」
「それでも、壮行式典をしてくれたことには変わりない。巫女様からも、必ずや魔王を討伐するようお言葉をいただいた。僕はそれで満足だよ」
「こっちは満足じゃねぇよ。結局、やってること冒険者と変わんねぇじゃん。魔物討伐して、ギルドに持ってって、小金貰ってこうやって酒飲んでる毎日だぜ?」
「積み重ねが、人を強くするんだよ。こうして一歩一歩を歩んでいくことで、僕は魔王に少しずつ近付いているはずだ」
今現在、物凄く近付いているけどね。
まぁ、一度偽物は見ておきたかったけれど、こんな場所で会うとは思っていなかった。向こうは僕に気付いていない様子だし、十分観察させてもらうことにしよう。
勇者――シルヴィの持っている聖剣もどきは、当然ながら偽物だ。僕の呪いに関与している訳でもないし、僕を切れるような様子もない。恐らく、精巧に作られた偽物だろう。他の装備品についても、簡素な革鎧くらいしか用意できないあたり、あまり金回りは良くない様子だ。
そして残り二人――厳つい男、ランディは白装束に身を包んでいることから、恐らくモンクの類だと思われる。そしいて女性、ケーナは外套に身を包んでおり、杖を持っていることから魔術師だと思う。
パーティとしては、それなりにバランスの良さそうな面々に思えるが。
「はっ……理想で腹は膨れねぇけどな……」
「大体、焚きつけたのはランディでしょ。だったら、最後まで付き合うのが努めよ」
「へぇへぇ。とりあえず、懐は寂しいしさっさと行こうぜ」
「はぁ……今夜も四人部屋よね?」
「ケーナ、きみは僕が守る。だから安心してくれ」
「私たちで三人だから……まぁ、残る一人の良識があることを期待するわ」
勇者パーティ。
その実際は、割と金欠で困っている様子だ。そして、四人部屋の寝台一つを借りるだけの宿――そこに泊まっているらしい。
これは好機――僕は、席を立とうとした彼らに向き直った。
「ちょっといいですか?」
「ん……?」
あからさまに、僕を疑わしい目で見てきたのはランディ。
そして、ケーナを後ろに回すように僕の前に立ってきたシルヴィ。
まぁ確かに治安の悪い街の酒場で、いきなり両腕に刺青が入った男から話しかけられたら、こういう反応になるのかもしれない。
「何か用事か?」
「いえ、少し教えてほしいことがありまして。マスター、彼らに麦酒を一杯ずつ」
「あいよ」
そんな僕の言葉に対して、訝しげな視線は外さないものの、ゆっくりと腰を下ろすランディ。それに倣うように、シルヴィとケーナも椅子に座った。
こういう場所は、とりあえず一杯奢っておけば話がスムーズに進むものだ。
程なくして、給仕の女性が彼らの席へと三杯の麦酒を持ってくる。僕はそんな彼女の帰り道に、銅貨三枚を握らせた。
「んで、何だよ。聞きたいことって」
早速麦酒を口に運びつつ、ランディがそう聞いてきた。
勿論、これは僕なりの目論見もあってのことだ。
偽勇者について聞いておいて、とりあえず今後の進路などを聞いておけば、僕たちの進路と被ることはないだろう――そういう腹である。
だから僕は。
「実は先程、そちらのお兄さんが勇者だと耳にしまして」
「ええ。僕が勇者、シルヴィアス・ゲートナーです」
「そして、あまりお金に余裕はないらしく、今夜の宿は四人部屋の寝台を三つ借りる予定だとか」
「ええ」
僕は極めて不審でない、真っ当な理由を。
彼らにちゃんと納得のいってもらう理由を、ここに用意した。
「僕は一人で泊まる予定なんですが、よろしければ同じ部屋に泊めさせてもらえませんか? このあたりは治安が悪いと聞いてますけど、勇者様が同じ部屋なら信用できますので」
僕はあくまで、治安の悪いこの街に怯える人間。
あとは軽く奢ってやれば、彼らは食いつく――そう、読んだ。




