自称、剣じゃない剣
今、僕はとんでもない場面を目にしている。
チェリルが抜いた、禍々しくすら感じられるほどの凶悪な黒い剣――そこから何故か、声が発されているのだ。
あまりにも意味が分からず、僕はチェリルと剣を何度も交互に見る。
「ほへ? あなたは、誰ですか?」
「あん? 俺様はベルグラード様だ。つか、ん? 俺の手と足どこいった? なんだ、全然体が動かせねぇぞ」
「ベルグラードさんというのですか! わたしは、チェリル・ゴルトベルガーです!」
「可愛い見た目に反して家名がいかついな、お嬢ちゃん。つか嬢ちゃん、俺の手足知らねぇか? どっかに落としてねぇか?」
「そんな可愛いだなんて! 本当のことですけど!」
「当然です。お嬢様の美しさは、とどまることを知りませんから」
「つか、よく見りゃ俺浮いてね? ありゃ? 何なんだよこの状態」
カオスである。
僕にはこの状況が全く理解できないし、チェリルはいつも通りポンコツだし、マリカはいつも通りポンコツを褒め称えているし、謎の剣は「手足を落とした」とか謎の主張をしている。正直今僕は、ここから逃げ出したい。
というか剣が喋っているこの状況を、ポンコツ主従はおかしいと思わないのだろうか。
「ええと、ベルグラードさん!」
「おう、どうした可愛いお嬢ちゃん。俺様に惚れると火傷しちまうぜ」
「なんと、火傷をしてしまうのですか! つまり、あなたは悪い剣だということですね!」
「お嬢様! すぐにその剣から手をお離しください! お嬢様の手が火傷してしまいます!」
「た、確かにちょっと熱いような気が……!」
火傷するとか比喩だし、多分熱いとすればコールタールの熱が伝わっただけである。
この時点で、僕は分かった。この剣は、聖剣だとか魔剣だとかそういった括りにしてはいけない。
馬鹿剣だ。
「とりあえず、積もる話はここから少し離れた位置でやりましょうか」
「おぉう、可愛い女の子とキレーなメイドさんだけかと思いきや、随分厳つい兄ちゃんもいるじゃねぇか。なぁ兄ちゃん、俺様の手足知らねぇか?」
「とりあえず、チェリルさん乗ってください」
剣の言葉を華麗に無視して、僕はチェリルを小舟に乗せる。
剣一本分の重さは加わったものの、チェリルは問題なく船に乗り込み、そしてマリカが漕いで浮島から離れた。正直、このコールタールの刺激臭が激しい中にいるのは、僕でも苦痛だ。人間であるチェリルとマリカなら尚更だろう。
もっとも最近、マリカを人間の括りに入れていいものかどうか非常に悩んでいるが。
「はぁ……また厄介なことになりそうですね」
僕は、喋る謎の剣を手に入れたチェリルを、ちらりと見て。
誰にも聞こえないように、そう呟いた。
「それで、あなたはいい剣なのですか? それとも悪い剣なのですか?」
「剣? お嬢ちゃん何言ってんだよ」
「いえ、見たままを尋ねているのですが」
コールタールの沼から離れて、僕たちは草原の上でひとまず落ち着くことにした。
もっとも、状況的には全く落ち着ける気などしなかったけれど。
「いやいや、俺様が剣だなんてお嬢ちゃん、何言って……いや待て。俺、剣じゃん!?」
「……剣だという自覚もなかったのですか」
「はぁ!? なんで俺の体が剣になってんだよ!? 道理で手足がねぇと思った!」
「普通、手足がなくなればもっと焦るはずなのですが」
馬鹿剣ことベルグラードには、自身が剣であるという自覚すらなかったらしい。
そして改めて、空気のいい場所でベルグラードを見てみても、聖剣には全く見えない。というか、魔剣と呼んだ方が正しいだろう見た目である。
「あの、ゼノさん」
「はい、どうしましたか」
「わたしちょっと疑問に思ったのですが」
「ええ」
「普通、聖剣って喋りませんよね?」
「そもそも僕は、剣が喋るという現象に初めて出会って困惑していますよ」
チェリルの今更の疑問に対して、答える。
というか、その疑問は最初にベルグラードが喋り始めた時点で持つべきものであり、カオスな会話を行った果てに辿り着くべき結論ではない。
「いやいや待ってくれよ! 俺様、剣じゃねぇんだよ!」
「どう見ても剣ですよ!」
「剣ですね」
「剣にしか見えませんね」
「いや剣なんだけどよ! 違うんだよ!」
本人も認めているので、剣ではあるらしい。
だがベルグラードには、どうやら何かの事情がありそうな様子だ。
もしかすると、本人の意識が残ったまま剣に封印されているとか、剣に化けさせられた存在とか、そういうものであるのかもしれない。
「なんか、よく分かんねぇんだけど、俺は剣じゃねぇんだ!」
「あなたが分からなくて誰が分かるんですか」
「知らねぇよ! だって何も覚えてねぇんだよ! 名前しか思い出せねぇんだよ!」
「はー……記憶を失っているタイプですか」
僕にはベルグラードの事情など分からないが、何も覚えていない状態で、気がついたら剣になっていた、というのが彼の主張である。
そう事情を聞いた上で、僕にできることなど当然ながらない。
「あ、ゼノさん! わたしいいことを思いつきました!」
「ほう。チェリルさん何を思いつきましたか?」
「この剣、売りましょう!」
「お嬢ちゃんいきなり何言っちゃってんだよ!?」
ベルグラードが、全力でそうチェリルに告げる。ちなみに現状、どこから発声しているのかさっぱり分からない。
眼球は多分、剣に装飾されている宝石がうねうねと動いているから、それで視界を確保しているのだと思うが。
そして、そんな僕はチェリルの意見に対して。
「そうしましょうか。いかにも魔剣ですし」
「そっちの兄ちゃんも酷いな!? いやちょっと待ってくれよ! 俺全然覚えてねぇけど、多分剣じゃなかったんだって!」
「なら、どうして今剣になってるんですか」
「それが分かんねぇから困ってんだよ! 助けてくれよ!」
助けてくれと言われても、助ける方法など全く分からない。
そこで、マリカがなるほど、と一言呟いた。
「お嬢様」
「どうしましたか、マリカ」
「確かに売れそうな気はしますが……お嬢様、もしかすると、この剣がお嬢様の聖剣であるかもしれません」
「ええっ! こんなに気持ち悪い剣が!?」
「本人を前に気持ち悪いとか言うなよ!?」
マリカの言葉に、チェリルは全力で拒否を示す。
まぁ、正体も分からない謎の存在が喋る剣が、自分の聖剣などとは信じたくもないだろう。その拒否感は、分からないでもない。
だが、それは僕も思っていたことだ。
何故かは、分からないけれど。
「今まで抜いた二本は、どちらも砂になって消えてしまいました。ですが、この剣は抜いても砂にならず、むしろ意思を持っています」
「そ、それはそうですけど……」
「むしろ、お嬢様の類い希なるお力によって奇跡が起きて、この剣に人格が宿ったのでしょう!」
「なんと! わたし凄い!」
チェリルとマリカのやり取りに、僕は眉を寄せ。
改めて、剣――ベルグラードを見る。
見た目は明らかに魔剣。
だけれど、何故か僕が――魔王である僕が。
ベルグラードを聖剣であると、そう感じたのだ。




