抜いてみよう
結論として。
僕たちは、このコールタールの沼の中にある浮島に存在する変な剣を、抜きに行くことになった。
何故なら、僕が何を言おうとも、チェリルが止まってくれなかったからである。彼女にとって、刺さっている剣は全て抜く対象であるらしい。そして抜く対象がそこにある以上、抜かなければならないそうだ。
僕には全く理解のできない理屈だが、とりあえず僕が考えるのは、あそこまで辿り着く手段である。
ひとまず、僕たち三人はコールタールの沼から少しだけ離れた。
コールタールの近くで呼吸をすると、肺の腑を傷つけてしまう可能性があるからだ。
「とりあえず、チェリルさんに向こうまで渡ってもらうしかないでしょうね」
「貴様っ! お嬢様をこのような汚い沼に触れさせようというか!」
「汚いどころか、コールタールなんで底なし沼ですよ。一度沈んだら、もう戻ってこられません」
「そのような危険な場所に、お嬢様を!」
「とりあえず僕の話を聞いてください」
コールタールの沼ということは、恐らく地下に噴き出している部分があり、それを中心とした沼になっているのだと思う。今もコポコポ沸き立ってるし。
加えて、この位置でも割と熱く感じるくらいに、コールタールは温度が高いのだ。少なくとも、誰かが入って島まで渡るというのは不可能である。
だから、これから安全に渡る方法を考えなければならないのだが――。
「ふーむ……」
コールタールの沼は結構広く、最も浮島から近い位置でも、割と距離がある。
目算で、チェリル十人分くらいだろうか。
「一応聞いてみますけど、マリカさん」
「何だ」
「あの島まで飛べたりしません?」
「ふむ……私一人なら、不可能ではない」
「できちゃうんですね」
なんとなく聞いてみただけだが、出来るらしい。
それ、軽く人間のスペックを超えていないだろうか――そうは思うけれど、何も言わない。へーこのメイド飛べるんだー、くらいの認識でないと、この主従にはついて行けないということがよく分かった。
「だが、お嬢様を担いでは無理だ。お嬢様は羽のように軽いが、さすがに担いであの距離を飛ぶことは難しい」
「羽のように軽ければいけると思うんですけどね」
「そんな、ゼノさん! わたし羽より重いですよぉ!」
「知ってます」
むしろ、世の中に羽より軽い女子がいるのなら是非見せてもらいたい。
「それじゃ、チェリルさんをあの島まで飛ばすことはできませんか?」
「どういうことだ?」
「蹴り飛ばすとか、投げ飛ばすとか」
「お嬢様にそのような真似ができるはずがないだろう!」
まぁ、多分出来ないだろうと思って言ったけど。
それに、自分の体で飛ぶのならばまだ調整が効くだろうけれど、人を蹴り飛ばしてピンポイントにあの浮島に届かせるというのは、それこそ神業だ。
いくらスーパーメイドでも、出来ることと出来ないことはちゃんとある、と。
「むしろ、貴様こそ魔術でどうにかできんのか。魔術師は、重力をゼロにして浮かせるような魔術が使えると聞いたが」
「あー……『浮遊』ですか」
「それだ。貴様は、それが使えないのか」
「……」
使えるか使えないかと言われれば、使える。
だが同時に、使えない。
封印されている僕の魔力では、チェリル一人を浮島まで運ぶことは可能だろうけれど、戻すことはできないだろう。片道だけで、全ての魔力を失ってしまう。『浮遊』は、非常に魔力の消費が激しいのだ。
「僕の魔力では、片道しか無理ですね。どうにかチェリルさんが片道行ってくれるのなら、戻すことは可能ですよ」
「ふむ……では、こういう手段はどうだろうか」
「ほう。どういう手段ですか?」
「まず、貴様がお嬢様を……業腹だが、抱っこする。その状態で、私が蹴りつける。貴様はどうにかして、お嬢様と共に浮島へ辿り着け」
「前提からして、かなり僕の負担が激しいのですが」
「そしてお前が、魔術でお嬢様をこちら側に送れ。それで解決だ」
「僕浮島に置いてかれてるんですけど」
僕の帰路、何も考えてくれてない。
百歩譲ってそのプランを採用するとした場合、僕はいつ浮島から戻ればいいのだろう。
「それはまぁ、どうにかして戻ってくればいいだろう」
「雑すぎません?」
「ならば、方法を提示すればいいだろう!」
「あのぉ」
そんな風に、僕とマリカがああでもないこうでもないと話し合っていると。
その横から、チェリルが。
「小さい船とかを借りればいいんじゃないですか?」
「……」
そう、至極真っ当な提案をしてくれた。
ヤルバ村の住人から、小さな船を借りることができた。
というのも、昔からあの沼の浮島にある剣を、子供が抜こうとして何度となく事故が起こったらしい。そのため、沼から最も近い民家では、そういった子供たちをとりあえず満足させてやるために、小さな船を置いているのだとか。
勿論手こぎではあるが、それでもないよりはマシ、といったところか。
「ふむ……コールタールというのは、随分と漕ぎにくいものだな」
「それでも、櫂が動いているだけ凄いですけどね……僕、全く動かせないんですけど」
「わたしもです!」
「やっぱり、村の人に来てもらえば良かったですかねぇ……」
僕が借り受けたとき、村人が「わしも行って、漕いでやろうか?」と言ってくれたのだ。だが一応チェリルは剣を抜いてしまうわけだし、余人の目に触れるのは不味いだろうと考えて、断ったのである。
今思えばあの村人は、僕たちに漕げるはずがないと思ったのだろうか。
「よい、しょぉっ!!」
だが、とりあえず必死で、僕は櫂を動かす。
ほとんどの動力源はマリカだったが、僕たちはどうにかして沼の中央――剣の刺さっている浮島に、辿り着いた。
「わぁい! 到着です!」
「はぁ……さっさと抜いてください、チェリルさん。そして、早く離れましょう」
「くさいですしね!」
「そういうことです。さ、早く」
「えいっ!」
チェリルは剣の柄に手を掛け。
特に前回のような儀式的なことをするでもなく、ひどくあっさりと。
その禍々しい刀身を、抜いた。
「さて、また灰になりますかね……?」
そう、僕は見守る。
チェリルは、黒い刀身を隅から隅まで見つめている。
マリカは、そんなチェリルに対して忠誠心を鼻から垂らして。
次の瞬間。
「あん? なんだ俺、寝てたのか?」
「へ……?」
「ん? ここはどこだ? おう、お嬢ちゃん誰でぃ?」
そんな、謎の青年のような声が。
まさに、チェリルの抜いた剣から、発された。




