村はずれの聖剣?
「聖剣!? 聖剣があるんですか!?」
店主の言葉に対して、まず反応したのはチェリルだった。
僕は、あまりにも予想外の言葉に何も反応することができず、ただそれを見守る。
チェリルの勢いにやや圧されながらも、店主は頷く。
「ああ、俺の生まれる前から刺さってる剣さ」
「そうなのですか!」
「長老が言うのは、いずれ現れる勇者さまが抜く聖剣らしいけどな。悪いがここのところ十年以上、この村に旅人なんて寄ってねぇ」
「なんと……」
ヤルバの村。
立地上、確かに旅人の訪れは少ないだろう。リガの街からゼッツブールまでの道中では、ベロアの街というやや大きめの街もある。さらにリガの街自体が隣国との国境にもなっているが、ロシュフォールからの旅人がリガの街を通ることもないのだ。ほとんどが、海路を使って入国している状態である。
今回、僕たちがヤルバの村に寄ったのは、ベロアの街を避けるためだったのだ。ベロアの街は第二のストーンデールとも呼ばれており、『天樹教』の大きな支部がある。そのため、偽勇者も間違いなく訪れているだろうと考えて、一応避けたのだ。
だが、そのために選んだヤルバの村経由のルート――そこで、まさか聖剣の話を聞くことになるとは思わなかった。
「おい貴様、聖剣はこの地にはないと言っていたのは誰だ」
「いえ、それは……」
「ありゃ、兄ちゃん知らなかったのかい。こりゃ余計なことを言っちまったな」
マリカからの追求に、僕は何と返していいか分からない。
実際、僕の体に刻まれた呪いは、この村では反応していないのだ。少し離れた位置でも、ぴりっとした痛みがあるはずなのに。
一体、何故――そう考えるが、答えは出ない。
「まぁ、お嬢ちゃんが勇者だってんなら、抜いてみな。俺も昔、抜いてみようと何度も挑戦してみたが、うんともすんとも言わなかったぜ」
「……ええ、ありがとうございます。ではチェリルさん、行きましょう」
「はい! 今度こそわたしの聖剣が手に入ります!」
色々と、計算外のことではあるが。
それでも、ここに聖剣がある――その情報を手に入れた以上。
僕たちは、抜きに行かなければならない。
村はずれ。
店主の言葉を聞いてからも、数人の村人に声をかけ、聖剣の位置を聞いてやってきた。
昔からあるという話は本当らしく、誰に聞いても「ああ、アレね」と普通に答えてくれた。これほど村の中では有名なのに、街の方で噂は全く聞いていない。
恐らく、これは認識の相違というものなのだろう。
村人からすれば、昔からある誰も抜けない変な剣だ。そして、誰もが知っているために希少性が全くない。だから、敢えて余所で吹聴することもなかったのだろう。
それに加えて。
「あれが……聖剣ですか」
「うぇぇ……」
「ふむ……なるほど」
あまりにも、その立地は悪すぎた。
村はずれの聖剣――確かに、その言葉は間違っていない。
ただ。
村はずれの(沼の中にある浮島の)聖剣、という詳細が抜けていただけで。
「えぇぇ……あの剣、抜きに行くんですかぁ……?」
「まぁ……そうなりますね」
「なんか、こぽこぽ湧き出ていますけど……」
「ええ、そうですね」
問題は、その沼である。
明らかに水と乖離した、真っ黒な沼――しかもコポコポと泡が立っており、刺激臭が激しい。恐らく、コールタールだろう。
そんな真っ黒な沼の中央――突き出た岩のような浮島に、剣が一つ刺さっている。
そして、そんな剣は――。
「というかゼノさん! あれ本当に聖剣なんですか!?」
「僕に聞かないでくださいよ」
「お前以外に誰が答えられると言うのだ」
「いや、だって僕知りませんでしたし」
チェリル、マリカからそれぞれ詰問される。
何せ、沼の中央の剣――それは、聖剣と呼ぶにはあまりにも禍々しい見た目をしているのだ。
柄から刀身にかけては漆黒。眼球のように一対の紅玉があしらわれてはいるが、全体的に刺々しい印象である。黒い刀身は、沼のタールがこびりついているからか、元々そうなのか遠くからでははっきりしない。
そんな僕に対して、マリカが。
「だが貴様、聖剣の宝石で分かるのだろう?」
「……」
ああ、そういえばそんな設定だった。
あのときはマリカに、とりあえずそれっぽいことを言ってさえいれば満足してくれると、そう考えて適当に言ってしまっただけなのだが。
まさか、僕の知らない聖剣が存在するなんて思わなくて。
僕はとりあえず、肩をすくめてみせる。
「だからこそ、分からないんですよ」
強めに、そう告げる僕。
聖剣の一部に使用されている宝石を、先端に装着した杖――それが、聖剣を判別するためのセンサーになる。僕はマリカに、そんな感じの説明をしたはずだ。
とりあえず、僕は意味深にお茶を濁す方向でいくことにしよう。
「だからこそ……?」
「ええ。残念ながら、僕の杖にある宝石には何の反応もないんです」
「しかし、貴様の杖の先は……」
「だから困っているんですよ。あれが本当に聖剣なら、宝石に反応があるはずなんです。それなのに、全く反応がありません」
「むぅ……」
正直に言おう。
あれが聖剣なのか魔剣なのか、僕には分からない。だけれど、とりあえずあの剣が、僕の呪いに対して何も関与していないことは分かる。
つまり、あの剣を抜こうが抜かまいが、僕には何の関係もないのである。
だから、僕はあの剣を抜かない方向で話を進めてみた。
「もしかすると、魔剣の類かもしれません」
「魔剣か……確かに、そのような見た目をしている」
「魔剣とは……! 魔剣……! えっ、魔剣って何ですか!?」
「お嬢様、魔剣とは武具の一つです。持ち主に絶大な力を与えるとされる、伝説の武器ですね。ただ、その代償として生命力を吸ったり持ち主を狂わせたりする呪具でもあります」
「えっ! それじゃわたしは、あの剣を抜いたら物凄く強くなれるということですね!」
「後半聞いてました?」
マリカの言葉の、前半の都合のいい部分しか聞いてねぇ。
生命力を吸うとか、持ち主を狂わせるとか、割と物騒なことを言っているはずなんだけど。それが変なフィルターを通してしまい、チェリルには伝わらないらしい。
「それじゃゼノさん! あれ抜きます!」
「承知いたしました、お嬢様」
「僕の承諾ないんですけど?」
魔剣らしき禍々しい剣。
周囲を囲むコールタールの沼。
そしてそれを抜きたいポンコツ。
うん。
詰んだ。




