農村へ
特に旅路は問題なく、僕たちはヤルバの村まで到着した。
一応言っておくが、順風満帆というわけではない。道中でいきなりチェリルが「もう疲れました!」とか言い出したからマリカが背負ったりとか、一晩テントで休んだら朝にチェリルが起きてこなかったためマリカが背負ったりとか、事あるごとに「お嬢様のために輿を用意しろ」と言ってくるマリカをなだめたりとか、僕にとっては非常に胃の痛くなる道中だった。
その上で、僕はこう言うのだ。特に旅路に問題はなかった。
今までに比べれば、この程度のことを容認するのは容易いものだ、と。
「ふぅ……とりあえず、少し食事でもして休みましょうか」
「ふむ。しかしお嬢様が食するに相応しい食事を提供する店など存在するのか?」
「わたし、お風呂に入りたいです!」
「とりあえず、村の中心に行きましょう。何か情報が分かるかもしれませんし」
二人の言葉を華麗に無視して、僕は先んじて村の中央へと向かう。
もう、この二人をまともに相手してはいけないと、僕の中で折り合いがついた。僕はただ、チェリルに聖剣を抜いてもらうための案内人に徹すれば良いのである。
この上流階級の悪いところだけを抽出したような主従の言葉など、聞くだけ無駄だ。
「しかし情報といっても、この近くに聖剣はないのだろう?」
「ええ、ないですよ」
「ならば、情報を集めるだけ無駄ではないのか? それならば、まだ日も高い。次の目的地……リガの街まで向かうべきではないか?」
「情報といっても、大したことではありませんよ。ただ、保存食の方がもう切れかけていますので、補充をしておきたいんです。ですが、残念ながら僕もこの村に寄るのは初めてなんです。どこで買えばいいかも分かりません」
マリカの言葉に、僕は冷静にそう答える。
情報といっても、全部が全部聖剣に関するものというわけではない。例えば街道に魔物が現れたとか、そういう情報だけでも集めておいて然るべきだ。
それに何より、この村での商店の場所だとか、食堂の場所だとか、そういう話も先に聞いておかねばならないのだ。マリカの言う通り、この村で一泊することなくスルーするとしても、せめて食料品の買い出しくらいはしておきたいし。
「ほへー。それで、お風呂はどこですかー?」
「農村にお風呂はありません」
「なんと! この村に住む人たちは、お風呂に入らないのですか!?」
「田舎の農村では普通ですよ。せいぜい、井戸から汲んだ水で体を拭くぐらいです。そもそも、風呂というのは贅沢品なんですから」
はぁ、と小さく溜息を吐く。
風呂というのは贅沢品――その認識は、恐らく全国共通だと思う。
ストーンデール、ゼッツブール――それぞれの街でも、風呂があったのは高級ホテルだけだ。そして毎日入浴するというのは、それだけの手間と金がかかるものなのである。
まず、浴槽たっぷりの水を用意すること。
そしてその水を適温に熱するために、薪を用意して常に焚き続けること。
熱くなりすぎたら冷たい水を入れ、適宜温度を調整しなければならないこと。
風呂を沸かすというだけで、これだけの人員が必要になるのだ。
チェリルの実家――ゴルトベルガー家ならば、それだけの人間は雇っていただろう。だが残念ながら一般庶民は、風呂など縁なく一生を過ごす者の方が多いのである。
「なんと、お可哀想に……! お風呂を知らずに、今まで生きてきただなんて……!」
「上から目線はやめてください。敵を作りますよ」
「お嬢様の敵は、私が必ず排除する」
「話がややこしくなるんで黙っていてください」
せめて、もう一人くらい常識人が増えてくれないものだろうか、と思ってしまう。そうすれば、僕の負担が半分とまでは言わないまでも、もうちょっと楽になるだろう。
だが、そんな風に会話をしているうちに、ようやく村の中央に辿り着いたらしい。
村人たちが思い思いに談笑しながら、地べたに茣蓙を敷いて作物を売っている露店もある。残念ながら宿らしいものは見当たらないけれど、それは農村である以上仕方ないだろう。
「ええと、ちょっと聞きたいんですけど」
「ん……なんだい兄ちゃん、冒険者かい」
僕はとりあえず、手近な位置で露店を広げている男性へと、そう声をかけた。
恐らく四十台くらいだと思われる、中年の男性だ。細いながらも鍛えられた腕は、恐らく農業を営んでいるからだろう。だが、その露店に並んでいる野菜は随分貧相だった。
「これと……これと、これをください」
「あいよ。銀貨一枚に負けとく」
「はい、どうも」
「それで、聞きたいことってのは?」
「ええ」
これは冒険者としての常識なのだが、商人に話を聞く場合、まず商品を購入することから始まる。
例えその商品にどれほど興味がなくとも、別段何も必要ない状況であっても、情報を求める以上はその対価を払わなければならないのだ。そして商人の方も、情報を求めてやってくる冒険者はいい客になるため、相応の対価としての情報を求めていたりする。
だからとりあえず、僕は日持ちする野菜を幾つか購入し、布で包んでもらった。
「この村での、保存食など買えるところがあればと。それに、食堂とか」
「保存食なら、向こうで露店を出してるヤム爺さんのところに行け。ただ、悪いが食堂はねぇ。昔はあったんだが、ほとんど旅人も寄らねぇからな……村に住んでいるなら、自分で作る方が早いし安い」
「なるほど。ありがとうございます」
「んで、お兄さん……あんた冒険者かい?」
とりあえず、必要な情報は手に入れたからさっさと去ろう――そう思った矢先に、店主から声を掛けられた。
まぁ、僕の見た目は完全に冒険者にしか見えないだろう。そもそも、僕のように腕に刺青を入れている奴って、大抵が冒険者のアウトローだし。
だから、頷こうとした次の瞬間。
「いいえ、わたしたちは勇者パーティです!」
「ぶっ!」
「そして、わたしが当代勇者、チェリル・ゴルトベルガーです!」
「ちょっ……チェリルさん!?」
隠そうと思っていたわけではないが、それほど吹聴すべきことでもない――僕は、そう考えていたのだ。こんな辺境の村に勇者が訪れるなど、それこそ噂になると思ったからである。
もしも先に、偽勇者の一行が来ていれば、僕たちの方が偽物だと糾弾されなねない、というのも理由の一つだ。
「へぇ」
しかし、そんなチェリルの名乗りに対して、店主は笑みを浮かべ。
そして――予想外のことを、言った。
「んじゃ、お前さんたちは村はずれの聖剣を抜きに来たのか」
「は……?」
それは。
この村のはずれに、聖剣があるという――ありえない事実。




