嘘に嘘を重ねる
「それで、一つ聞きたいが」
「ええ」
「お前は、勇者に憧れていると言っていたな」
「そうですね」
女性――マリカが、僕へと鋭い視線を向けてくる。
その鋭い眼差しは、先日の夜に襲撃を受けたときと同じ、殺気の込められたものだ。しかし、そこまで強い殺気を放ちながらにして、こんな風にお仕着せに身を包んでいるのが不思議でならない。
まぁ、戦闘能力を持っていることは、チェリルの父も把握しているのだろう。そうでなければ、愛娘を影から守らせるようなことはさせないだろうし。
「私は寡聞ゆえ、勇者のことはほとんど知らん。だが、お前がお嬢様に説明していた勇者の聖剣……それは、世界に二十七本あると言っていたな」
「現在は二十六本ですよ。ローレンスの聖剣は、失われてしまいましたので」
「その聖剣の中に、お嬢様と適合する聖剣があると思っていいのか?」
「そうです。勇者はまず、己と適合する聖剣を手に入れることから始まりますから」
「だが、それが奇妙な話なのだ」
ぎろり、とマリカの視線が鋭く僕を射貫く。
視線で人が殺せるのならば、マリカは軽く数人ほど殺せるだろう。残念ながら、僕は死なないけれど。
この体質も、今後どう誤魔化していくか考えないと。
「『天樹教』が聖剣を持ってきた勇者に対して、『勇者出立の儀』を行うことは知っている。だが、それは『天樹教』が指定した聖剣を当代勇者が抜いてくるという話だ。お前のように、当てずっぽうに聖剣を抜くとは聞いていない」
「その『天樹教』は、別の勇者を派遣したらしいですからね」
「私も調べたが、間違いなく『天樹教』は先日、別の勇者に対して『勇者出立の儀』を行った。それによって、ストーンデールはお祭り騒ぎになったようだ」
「恐らく、偽物なのでしょうね」
チェリルは、間違いなく勇者だ。そして、勇者は世界にたった一人しか存在しない。それは絶対的に決められていることである。
ならば、『天樹教』が派遣した勇者が偽物だった。そうとしか考えられないのだ。
「わざわざ、偽物を派遣する理由は何だ?」
「色々と考えられますよ。ここのところ五十年ほど、新しい勇者は現れていませんからね。それで『天樹教』の求心力が低下していて、形だけでもいいから勇者を送り出すという体裁をとったとか」
「だが、お嬢様が本物なのだろう。ならば、『天樹教』はお嬢様にも『勇者出立の儀』をやるべきではないのか」
「宗教組織が、一度認めた勇者はやっぱり偽物でしたー、なんて発表するわけがありませんよ。ああいう組織というのは、自尊心だけは山のように高いですから。頃合いを見て、新しく派遣した勇者は死にました、みたいに発表するだけでしょう」
「むぅ……」
マリカが眉を寄せながら、唇を尖らせる。
しかし僕は現状、内心で冷や汗がダラダラだ。僕が魔王だということの、片鱗でも見せるわけにはいかない。
チェリルなら何を言っても口先だけで誤魔化せると思うけど、マリカは割と鋭そうだし。
「なるほど。しかし、これからお嬢様と共にウェイデン遺跡……この近くの遺跡に向かうと、そう言っていたが」
「ええ」
「私も色々と噂話を集めたが、ウェイデン遺跡に聖剣があるという話は一切聞かなかった。だが、お前は間違いなく聖剣があると睨んでいる。それは何故だ?」
「……」
それは、僕が純粋に聖剣の位置を知っているから。
ただ純粋に、僕のこの呪いの出所を大体確認したら、ウェイデン遺跡あたりだったからだ。残念ながら僕も、ウェイデン遺跡に聖剣があるという噂は聞いていない。
だから多分、ウェイデン遺跡に隠し部屋があって、そこに聖剣が刺さっているのだと睨んでいる。そこに生息する、大量のゴブリンと共に。
だが、どうマリカに説明するべきか。
「……なるほど。鋭いですね」
「誰の口にも上がっていない話だというのに、お前は知っている。それは、あまりにも奇妙な話だ」
「はぁ……」
考えろ、考えろ僕。
僕だけが聖剣の居場所を知っている、その理由を。
僕の体に刻まれた呪いがそれを教えてくれる――そうではない、もっと納得のいく理由を。
ごくり、と唾を飲み込む。
「……分かりました。今後、仲間になるわけですから、隠し事はなしとしましょう」
「何か、言いにくいことなのか?」
「僕が、勇者に憧れている、って話はしたでしょう?」
「ああ。最初に聞いたときには、二十六にもなる男が何を痛々しいことを言っているのかと鼻で笑ってしまったが」
「もう少し言葉を選んでもらえると、僕のストレスも軽減されるんですけど」
かなり無理がある言葉であるのは、僕だって承知の上だ。
だけれど、あの場でマリカを止めるには、口先だけでどうにか誤魔化すことしかできなかった。その結果出てきたのが、あの稚拙な大嘘だ。
なんとか信じてもらえるように、僕は話を作らなければ。
「僕は魔術師なので、杖を使っているんですけどね」
「ああ」
「この杖、先端を見てもらえます?」
僕は抱えていた荷物の中に入っている、樫の杖を取り出す。
一応、この杖自体は魔術師の中でも愛用されている、一級品のものだ。そして、その先端には宝石があしらわれている。ちなみに僕の杖の先端は紅玉だが、得意属性によってその先端の石を変えることもできるのだ。
マリカに、その先端をじっと見せて。
「赤い……宝石か? これがどうかしたか?」
「この宝石は元々、勇者の聖剣にあった紅玉なんですよ」
「なっ――!」
「僕の地元は、シーシャス諸島連合の島なんですが……ラタ島、って言っても分かりませんよね? まぁ、小さい島なので」
ちなみに、このラタ島は実在する。僕も一度、足を運んだことがあった。
最近まで旅人の訪れを拒んでおり、現在も原始的な暮らしを続けているのが特徴である。最近ようやく外部の文化を受け入れるようになったが、それまでは島に近づいてくる人間を食べる風習があった。僕が食べられずに済んだのは、幸か不幸かこの両腕に刻まれた呪いの刺青のおかげである。
ラタ島では成人すると全身に刺青を刻む風習があり、それが僕の呪いとよく似ていたのだ。そのため、島内の他部族の者だと思われて事なきを得たのだ。
そのため、チェリルに話した僕の境遇も全部、ラタ島のことだ。
「僕の地元を昔、一度だけ勇者が訪れたらしいんです。その際に……まぁ、うちの地元というのが、当時は旅人を毛嫌いしている奴らばかりでしてね。勇者に対して部族で襲いかかって、返り討ちに遭ってしまったんですよ」
「なんと……」
「ただ、勇者の方も無事ではなかったらしく、聖剣の飾りとしてついていた、この紅玉が残されていたんです。それを僕の祖先が拾い、代々受け継がれてきたんですよ」
「それは……随分と、野蛮な島というか……」
「まぁ、そうですね。今は、旅人を寛容に受け入れています。僕もそれで、勇者の話をよく聞いていました。旅に出たのは十五になったときなんですけど……両親に勇者への憧れを伝えたら、代々伝わっていたこの紅玉を先端につけた、杖をくれたんです」
「ふむ……」
「ただ不思議なことに、恐らく聖剣同士が引かれ合うような性質なんでしょうね……なんとなく、分かるんですよ。聖剣がどこにあるのか」
どうだろう。自然だろうか。
ちなみに、僕の杖の先端にある紅玉は、かなり高い代物である。普通に買えば、金貨にして五十枚は吹き飛ぶほどの。
勇者の聖剣の飾りとしてついていた――その言葉も、不自然ではない程度の高級品なのだ。
「なるほどな……いや、疑ってすまなかった」
「いえ。僕も、正直あまり地元のことを話したくなかったんですよ。三十年前まで、『人食い族のいる島』って周りに言われていたような地元なので……」
どうやら、マリカは信じてくれているらしい。
そして、この説明はチェリルへ伝えた僕の境遇に対しても、食い違いは生まないはずだ。
もっと追求されると、さすがに誤魔化すのが面倒になってくるけれど――。
「ぴゃぁぁぁぁぁぁ!!」
ただ。
「へぶっ! 痛いっ!」
こうして。
「ふぎゅっ! やだぁっ!」
空気を読んで。
「……ぴえん」
階段から落ちて、見事に鼻を打って倒れているチェリルのおかげで。
マリカの、僕に対する追求はそこで終わった。




