ポンコツ主従
素晴らしいタイミングで来てくれたチェリルに対して、僕は小さく溜息を吐く。
まだ、時刻で言うならば朝と言って差し支えない。僕がちゃんと今日、朝に迎えに行くと伝えたことを覚えていてくれていたのだ。それだけでも、少しは成長していると言えるだろう。
だが問題は、何故そのように階段から落ちてばかりなのかということだ。
「ふぇぇ……」
「お嬢様! 大丈夫ですか!?」
「痛いです……ぴえん。腕が……腕が折れましたぁ……」
「なんと!? それはすぐに医者を呼ばねば! そこの者! すぐに医者の手配を!」
「大丈夫ですよ」
腕が折れたと言いながら、その腕をぶんぶん動かしているチェリル。普通、折れた腕は上がるわけがないし、そんな風に動かすこともできない。
だというのに、その言葉を信じ込んで医者を手配しようとしている侍従――マリカ。
はぁ、ともう一度溜息を吐いて、僕は杖の先端をチェリルの腕の近くへとやった。
「……回復」
「はっ! わぁぁ! すごいです! 腕が治りました!」
「良かった……お嬢様、大丈夫なのですね?」
「ええ、もうわたしは大丈夫です!」
「……切り傷を治す程度の魔法なんですけどね」
もう、どこから突っ込んでいいか分からない。
そもそも、今まで離れていたはずなのに当然のように世話をしているマリカに対する違和感とか、腕が折れたと言いながらぶんぶん振り回していたことの不自然さとか、チェリルの言葉に何の疑問を抱くこともなく医者を手配しようとしている奇妙さとか。
「素晴らしい魔術師だ、ゼノ殿。今後とも、お嬢様が怪我をした場合はよろしく頼む」
「……ですから、切り傷を治す程度の魔法なんですけど」
「はっ! それより何故マリカがここに!?」
「はい、お嬢様。お父上より、お嬢様の身を周りのお世話をするように命じられましたので、ここまでやってきた次第です」
「そういうことでしたか!」
「先程、こちらのゼノ殿にはお伝えいたしました。今後は、私もお嬢様と共にしますので、どうかよろしくお願いします」
「わぁい! はっ! 違いました! え、ええと、マリカ!」
「はい、お嬢様」
「よ、よろしいでしょう! このわたし、勇者チェリルと共に剣を振るう栄誉を、あなたに与えます!」
「承知いたしました。それでは、近くの武器屋で剣を買ってまいります」
カオスである。
僕の言葉なんてこいつら聞いちゃいねぇし、チェリルは形から入るタイプだし、マリカは本気で剣を買いに行こうとしてるし。
実力者であることは間違いないから、マリカが旅路を共にしてくれることはありがたいと思っていた。つい先程までは。
「お嬢様、剣はどのようなものが良いでしょうか?」
「はっ! マリカが剣を振るうと、わたしとかぶってしまいます!」
「なんと……でしたら、私は槍を買ってくればよろしいでしょうか?」
「マリカは槍を扱えるのですか! すごいです!」
「いえ、一度も握ったことがありません」
「未経験の武器に挑戦する姿勢は素晴らしいですね!」
だが、このメイド。
主人であるチェリルが絡むと、こんなにポンコツになるなんて聞いてない。
「はぁ……とりあえず、冒険者ギルドに行きましょう」
「はい! ゼノさん!」
「お嬢様、お口元にまだソースが残っております」
ホテル『ロイヤル・ゼッツブール』のロビーで寸劇を繰り広げてから、僕たちは近くの定食屋でとりあえず腹を満たした。
今回もチェリルはハンバーグを食べ散らかし、そのソースが口元にべったりとつくのをずっと隣でマリカが介助していた。そのマリカは自分の食事は注文せず、ずっとチェリルの隣に立ってお世話を続けていた。周りからの視線は、非常に痛かった。
一応、僕もマリカに一緒に食べるように伝えたのけれど、マリカは「主人と共に食卓を囲むなど、侍従にあるまじきことだ。貴様が私に命令するな」と強く固辞した。どうして僕には殺気を向けてくるのだろう。
結果、僕の昼食はろくに味も分からなかった。まぁ、割とブリスペル共和国自体が、味が薄めの食事が多いというのもあるけれど。
「それで、マリカさん」
「どうした」
「あなたは、ゴブリン相手なら何匹くらい相手にできますか?」
「私一人ならば、五十匹でも百匹でも問題はない。ゴブリン程度に遅れをとるようでは、ユクトの名が汚れるというものだ」
「なんと! マリカすごいですね!」
「ありがとうございます、お嬢様。ですが、お嬢様はその何十倍も素晴らしい人物です」
「おお! さすがわたしです!」
ふふんっ、と何故か調子に乗るチェリル。
というか、完全にチェリルを増長させているのはマリカだ。この主従、ポンコツとポンコツが掛け算してもう手に負えない。
誰か、常識人がこのパーティに入ってくれないものだろうか。くれないだろうな。僕なら絶対に入りたくない。
まぁ、マリカは一人でゴブリンを何匹も相手に出来る――それだけで良しとしよう。
「……とりあえず、冒険者ギルドに向かいます。その後は、すぐにウェイデン遺跡に向けて出発しますよ」
「そのウェイデン遺跡というのは、どれほどの距離にある?」
「この街から、歩いて一時間半くらいですかね。一応、森を通ります」
「森か……」
とりあえず、合計三時間程度は往復でかかると見ている。
今が正午だから、最速で攻略すれば日があるうちに、森を抜けて街道に戻ることができるだろう。
そこからはゼッツブールに戻らずに西へ進み、次の目標であるリガの街へと向かう予定だ。
勿論、あくまで予定だ。
状況次第では、もう一度ゼッツブールの街で一泊することになるかもしれない。
「わたし、森は行ったことがないので楽しみです!」
「別に、楽しみにするようなものでもありませんけどね……」
「そうですか? わたし、森林浴とか楽しいって聞いたことがありますよ!」
「……ああ、そうですか」
それはあくまで、安全が確保された森へ赴いて、ピクニックをするような楽しいことである。
今回はダンジョンがある森へと向かうことになるため、そこに少なからず危険はあるかもしれないのだ。魔物が襲ってくることもあるし。
「お嬢様、森では毒蛇が現れる可能性もありますし、木の棘がお肌に刺さる危険があります」
「なんと! それは怖いです!」
「ですが、ご安心ください。お嬢様の御身は、我々が担ぎます。ゼノ殿、輿はどこにある」
「なんで僕まで担ぐことになってるんですか」
どうしよう。
今後のことを考えると、このパーティ不安しかない。




