新たなる同行者
「……誤算でしたね」
ホテル『ロイヤル・ゼッツブール』ロビー。
どうせ起きてこないだろうし、早々に叩き起こしに行こうかと思っていた僕だったが、残念ながら『ロイヤル・ゼッツブール』のセキュリティはそこまで甘いものではなかった。
受付の方で、「チェリル・ゴルトベルガーは何号室に泊まっていますか?」と聞いたのだが、全く教えてくれなかったのだ。顧客の情報は守るように徹底されているのだろう。僕が冒険者としての相方であり、叩き起こして一緒にギルドに向かうことを述べても、全く通してくれなかった。まぁ、僕の出せる身分証明が、冒険者ギルドのものしかないというのも、怪しく思えたのかもしれない。
何度か頼み込んでみたが、最後に「警邏団を呼びましょうか?」という脅し文句を見事な笑顔で言われてしまったもので、もう引き下がるしかない。
そのため、ただチェリルを待つだけの時間を、無為に過ごさなければならなくなってしまった。
思索は昨夜思う存分したことだし、今考えるべきことは別にない。そして気分転換に飲み物でも、とは考えたのだが、そこはさすが一流ホテル。飲み物の値段ですら異常に高い。
ゆえに僕は、ただただ手持ち無沙汰で待つだけである。
「はぁ……早く来すぎましたねぇ」
まだ、ホテルのチェックアウト時間までは余裕がある。
そして余裕があるとなれば、限界まで眠るのがチェリルという女だ。僕も「朝に迎えに行きます」とだけ伝えていたため、具体的な時間を示していなかった。
次回からは、チェックインの時にだけ同席して、受付に僕が関係者であることを示して、合鍵でも渡しておいてもらおう。
「失礼」
すると、そんな僕の隣に突然。
ふわりと、花の香りが漂った。
「相席させていただいても、よろしいですか?」
「……」
手に飲み物のカップを持っている、若い女性である。
しかし、奇妙なのはその格好だ。黒いワンピースに、フリルのついた白いエプロン。さらに同じく白のヘッドドレス――やや色の濃い褐色をした肌にはあまり似合わない、お仕着せである。
上品な仕草に笑みは、上流階級に仕えているメイド――そう思わせるような気品がある。
だが――あまりにも、その笑みは貼り付いた仮面のようだ。
「相席、ですか」
「ええ。お連れの方がおられるのでしたら、遠慮させていただきますが」
「……」
このロビーには七つのテーブルと、それぞれ四つずつ椅子が並んでいる。
そして現状、椅子に座っているのは僕だけだ。つまり、六つのテーブルは誰も使っていない状態である。
だというのに、僕に相席を求めてきた――それは、明らかに奇妙な行動だ。
「ええ、どうぞ。連れはまだ、来そうにありませんので」
「ありがとうございます」
すっ、と女性は僅かに頭を下げて、僕の正面に来るように椅子へと座った。
まだ湯気の上るカップをテーブルの上に置き、ふふっ、と笑みを浮かべる。
あまりにも、奇妙な接触――その意図は、僕にだって分かる。
「先日はどうも」
「あら。お会いしましたか?」
「残念ながら、記憶は良いのです。目さえ見れば、その人が誰なのか分かる程度には」
「あら……でしたら、話が早いですね」
僕は、この女性を知っている。
目さえ見れば、誰か分かる――それは、決して間違いではない。
僕はこの女性の目を、あの日――『止まり木』で襲撃を受けたときに、見たのだから。
「こちらも、貴方にお会いしたくてね」
「それは光栄ですね」
「女性をファーストネームで呼ぶのは、あまり慣れていないのですが……マリカさん、とお呼びしても?」
「……」
すっ、と女性が目を細める。
そして同時に、その目に浮かぶのは疑問符だ。何故その名を知っているのか、という。
それは、僕の記憶の中にある。
「チェリルさんから、ちらっと名前を伺いまして」
「……」
「チェリルさんは、剣術をメイドから習ったと言っていたんですよ。まぁ、本人の出来は酷いものでしたが……そのときは、何故メイドに習ったのかと疑問に思ったのですが、ようやく理解できました」
「……」
「あなた、影者でしょう?」
「……」
女性――マリカの、褐色の肌。
それに、僕に全く悟らせることなく肉薄し、あっさりとマウントを取ったその腕。
その両方が、彼女が何者なのかを教えてくれる。
「貴族の中には、伝手のある者もいると聞きましたが……チェリルさんの父君は、割と上の立場におられたようですね」
影者。
それは、ブリスペル共和国から南の国――ユクト皇国に存在する階位の一つだ。
ユクト皇国自体は封建制の国であるが、古くから他国との往来を禁じていたために、独自に発展した文化を持っている。
神皇に仕える戦士は皆、武者と呼ばれる文化だ。その中でも、特に神皇に貢献した者に領土を与えられる。そして領土を得た武者は部下の武者と共に領土を発展させ、神皇に領土からの恵みを奉納する。
そんなユクト皇国階位の一つである影者は、主人の護衛や他者の暗殺、潜入調査や情報攪乱――そういった裏の仕事を担当する存在だ。
ちなみに、僕はユクト皇国が他国との往来を禁じていた頃から、何度も入ったことがある。色々と国は回ったけれど、ユクトだけは本気で余所者を殺しにかかってくる文化だったから、僕も苦労したものだ。
「……そうか。そこまで知っていたか」
「こんな、目立つ場所で僕とやり合いますか?」
「いいや。ただし、二点ほど修正すべき点がある。一つ、私は影者ではない。私如きが、影者を名乗るなど勘違いも甚だしい。幼い頃に、少しだけ教えを受けただけだ」
「……あれで、ですか」
僕には、苦笑いしか浮かばない。
殺気を漏らそうともせず、あっさり僕は寝台に拘束されたのだけれど。
「二つ。私は別段、お前を殺しに来たわけではない」
「先日は、全力で殺す気だと思いましたが」
「旦那様から、私は命令を受けた。お嬢様の我儘に付き合ってやれ、と。恐らく、『天樹教』の試練を受けることもなく帰ってくるだろう、と」
まぁ、僕の予想は大体合っていたらしい。
多分、父親もその程度に考えていたことだろう。実際、臀部に勇者の刻印――痣が刻まれているのは確認しているだろうけれど、チェリルはあんな感じだし。
まともに勇者として働けるかと問われたら、全力でノーだ。
「だが、お前という存在が現れた。お嬢様を勇者と認め、聖剣を抜くことができると確認した上で、聖剣の場所へと案内しようとしている者が」
「そちらからすれば、僕は迷惑な存在でしょうね」
「そして、私は『お嬢様の我儘に付き合う』という命令を受けた。今、お嬢様の最も叶えたい我儘は、『勇者になる』ということだ」
「そうですね」
うんうん。
いい感じだ。特に何もしていないのに、僕の最も理想的な解答に仕上がっている。
「影からお守りするのは、これ以上難しい。今後、ダンジョンに入るのならば尚更だ」
「ええ」
「ゆえに、私も同行させろ。理由は適当でいい。お嬢様の身だけは、私が守らねばならんのだ」
「なるほど」
僕の欲しかったのは、戦力。
この女性――マリカは、間違いなく一流の能力を持っている。そんな人物が仲間になってくれるのならば、渡りに船といったところだ。
ただ、諸手を挙げて迎えるというわけではなく。
「口止め料は、金貨五枚でいいですよ」
「……良かろう」
貰うものは、ちゃんと貰っておかないとね。




