31話:とある夜の日
「そうそう。ここにも妹が来たんですって?」
「へ?」
「エローラさんの妹っスか?」
家族のことは聞いたことがあったけれど、兄弟のことは知らなかったな。
それは弟子も同じようで、エローラさんの言葉に首を傾げている。
誰のことだろうと怪訝な顔を向けるわたしたちに、エローラさんも反対側に首を傾げた。
「わたしの妹はギルドに勤めているの。……言わなかったかしら?」
「へ!?」
「ギルドっスか?」
「似ているとよく言われるんだけど」と、不思議そうな顔までされてしまった。
エローラさんは赤毛のストレート。両脇の髪を後ろでまとめていて、残りの髪は下ろしている。わたしより十歳は年下だけれども、肝っ玉母さんって感じの雰囲気の美人さんだ。
目元はツリ目がちで、怒っている時はもっと吊り上がるのでちょっと怖い。
「……」
見た目も雰囲気も、とっても似ている先日の女の人を思い浮かべる。
確かに想像の中で二人を並べると、双子みたいにそっくりだ。
「名前は言わなかったので、わからないんですけど……たぶん、来ました」
「あら、そうなの?まあギルドの人だって服装でわかるから、名乗らなくてもいいかもね」
妹さんもだけど、男の人だって名乗らなかったし、親方が教えてくれなかったらギルドの人ということも知らなかった。
「それにしても、お世話になっているのに挨拶くらいできないのかしら」
まったく……と、お姉さんっぽい口調で窘めるエローラさんは珍しいな。
ギルドの女の人は、迷惑料のことやバケツの話を聞いて帰った。
ワインレッドの髪だから、エローラさんよりも暗めの色かな。
髪型は、全部をうしろに一つにまとめていた。下ろしたら、同じストレートなのかも。
エローラさんはなんのクセもない、うらやましいストレートヘアだ。
わたしは微妙に毛先があちこちはねているので、結ばないとボサボサに見えるんだよね。
妹さんの髪型は、夜会巻きって言うんだっけ?
後頭部を覆うような、大きめのお団子ヘアだったんだよね。
お団子と言えば業者の妹のほう、シーズさんもお団子だ。あれは頭のてっぺんに一つだから、花が咲いたような髪型だったなあ。
この世界の人って、自分に似合う髪型というものがわかっているみたいだ。それくらい、みんな似合っている。
何年も同じ髪型の自分の髪をつまんだら、エローラさんも赤毛をつまんで言う。
「わたしはあまりお店には出ないから、普段から下ろしているの。セリーナは仕事でよく動くから、邪魔にならないようにまとめているみたいね」
「そうなんスかー」
ほうほう、妹さんはセリーナさんというのか。
ギルドの女の人、改め、エローラさんの妹、セリーナさんと覚えておこう。
次に会う時があるのかわからないけれど、あの調子だと、アゼロさんたちが何かやらかすたびに連れてきそうだ。
とっても迷惑なので、入り口でまとめて追い返そう。うん。
「うーん……」
やっぱり夕方は、肌が突っ張る感じがするなあ。
これはあれだね。お風呂の中で保湿パックをして、あがったらコットンパックをしないといつまでもガサガサのままになる。いかん。
お店を閉めて片付けたら、サッサと夕飯の支度も済ませてしまおう。
「あっ!……そうだ、たけのこご飯は全部なくなったんだった……」
こういう、夜を長く過ごしたい時に冷凍ものは重宝するのに。
「安達さんめっ!」
これで次のお給料日にお寿司を奢らないといけないとか、理不尽だ。
自分で言ったこととはいえ、向こうに帰る手筈をしてもらう以外にも何かないと割りに合わない気がするよ。
「はー……仕方がない」
お寿司は怪しいブツが仕掛けられていないか、自宅を五日も不在にしたことで、不審者に目をつけられていないかを確認してもらったお礼だもんね。
「いや、やっぱりたけのこご飯は関係ない!」
急遽、帰宅することになったゴタゴタのお礼は、パスタとピザで払ったはずだ。
「貸し一つってことで覚えておこう」
勝手に貸しにしたら、夕飯を作ってお風呂に入ろうっと。
「お、涼しい」
こっちは湿気があんまりないからか、日が長くなったことを感じても夜まで暑いとは思わない。
ずっと建物の中だからかもしれないけれど、日当たりがよくて、十八時近くまで灯りがいらないのに涼しくて助かるよ。
ちょっとだけ窓を開けると、ちょうどいい風が入ってくるだけだ。
遠くで小さな虫っぽい声が聴こえるところも、控えめでとても心地いい。
向こうだったら冷房かドライをつけて、「今年の夏も暑いー!」とか、うめいている時期だよね。
だからって、ずっとこっちで過ごしたいとかは思わないけど。
「よし、パックをするぞ!」
コットン三枚重ねに、化粧水をドバドバ染み込ませる。
たっぷり浸したら、薄ーくはがしてひたすら顔面に張り付けるのだ。
「一番気になる頬は、ちょっと厚くしとこう」
額に顎に、鼻の頭も忘れずに。
鏡を見ながら張り付けて、最後の仕上げは両まぶたの上で完成だ。
「ふー……」
ふかふかベッドの上で、じんわり化粧水が染み込む時間を堪能する。
先週の、緑色の液体が染み込む感覚とは全然違う。肌に水分が届いているんだなという気分になって、とっても落ち着くのだ。
これで横になれたら、もっと最高なんだけど。
浸しすぎたコットンから化粧水が流れ落ちてしまうので、大人しく起き上がって染み込み終わるのをひたすら待とう。
「ん?」
それなら、落ちないように顔全体にラップをかければいいのかな?
「んー……」
ちょっとウトウトしてきたし、ここは梯子がないと上がれない、高いベッドの上。さらに、両目の上にもコットンを張り付けてあるので見えない。
「ふう……」
コットンパックの上にラップをかけることは、次の機会に試すことにしよう。
…… ……
「……」
ゴンゴン
「……ん?」
遠くで音が鳴っているみたいだ。
「いたたた……」
あれ、なんで首と腰が痛いんだろう?
「ああ、そうだった。ベッドの上にいたんだった」
ん?なんで電気もつけっぱなしで、ベッドに上がったんだっけ?
ゴンゴン
「おい、サワ。起きてるのか?」
「え?あ、すみません!」
うっわ、いま何時だろ。
親方の声で完全に目を覚まして、慌てて階段を降りていく。
「ん?なんか落ちた。……コットン?」
なんで床にコットンが落ちているんだ?
「おい、何かあったのか?」
「すみません、起きています!」
少し焦った親方の声に返事をしながら、なんでベッドの上にいたのに電気が消されていなくて、鍵が掛かっているんだっけと、寝起きのボケッとした頭のまま扉を開いた。
「すみません。うっかりそのまま寝てしまって」
なんで寝ちゃったのかはわからないので、とりあえず無事なことを見せるために部屋から顔を出した。
「ああ、そう、か……」
「?」
無事だし、うたた寝をしてしまっただけだと伝えたら、親方がホッとしたあとに固まった。
「親方?」
どうかしたんだろうか。
首を傾げながら見上げ直しても、瞳を見開いた親方は固まったままだ。
「サ……、サワか?」
「はい?」
指を差しながら、なんの確認をされているんだろうか。
わたしの部屋からわたしが出てきたのに、親方にはわたしに見えないの?
まさか毒が残っていて、出ている肌が緑色のまだら模様とかになっているとか、ただれているとかなんだろうか。
「??」
「っ!?」
「え?」
寝ぼけたまんまだから、変な格好になっているのかな。
自分の腕や足を見下ろしたら、息を飲む小さな声が聴こえた。ついでに、廊下に何かが落ちていた。
「ん?」
またコットン?しかも、使用済み。
なんでコットンが落ちているんだと拾う間も、親方は固まったままなんだけど、大丈夫なんだろうか。
「すみません、すぐに眠りますので……親方?」
「……」
「??」
わたしを見下ろしながら、どうやら親方は固まっているみたいだった。
タンタン タンタン
「あ」
この軽快な足音は、弟子が上がってくる音だ。
部屋の扉の横に親方が立っているので、上がってくる弟子の顔が見える。
部屋の前に立っているわたしと、親方を見つけて声を掛けてきた。
「何してんスか、親方。そこってサワッちの部屋じゃないっスか。え、夜這いっスか?じゃあオレは外に出ていたほうがまぬおわっ!?」
「え?」
ちょっとニヤニヤ笑いながら、親方を突いていた弟子に顔を向けたら、真っ青になって飛び上がった。
「あの、デーイさ」
「おぎゃうぉあぁっオバケオバケオバケ!!」
「お化け?」
この世界にもお化けがいるのかとキョロキョロしている間に、弟子は自分の部屋に駆けていく。
「ネリアデューゼ様!!オレをお守りくださいいいいっ」
不思議な名前を呟いて、奇妙な祈りのような躍りをしたら、バァァンッと建物が揺れる勢いで扉を閉めた。
あ、鍵もかけた。
「……」
よくわからない弟子の謎の言動は置いとくことにして、いまはこっちをどうにかしないといけないよね。
「あの……親方?大丈夫ですか?」
おーいと目の前で手を振っても、さっきと同じ顔で固まっているだけだ。けれどツンツンと腕をつついたら、グラッと揺れてくれた。気が付いたのかな?
ホッとしたら、すぐに眠ると伝えようと見上げたら、そこに親方はいなかった。
「あれ?親方?どこにって……は?」
キョロキョロと左右を見てから下を見たら、ドォンッという音ともに親方が倒れていた。
「……お化けのせい?」
自分のうしろを見ても、お化けらしい姿はまったく見えない。
「??」
とりあえず弟子が何かの名前と躍りをしていたことから、意外と宗教がきちんと浸透している世界だということはわかったぞ。
「さて……」
親方はわたしが見上げるくらいの背の高さと、ゴツいマッチョ体型の人だ。
どう頑張っても倒れた廊下から移動できないし、あの様子だと、弟子を部屋から出すことも難しいだろう。
「明日の朝、踏まないように気を付けよう」
呼吸を確認したら、枕代わりに柔らかいタオルを頭の下に敷いていく。
上は長さが足りないけれど、ブランケットをかけて完成だ。
「おっと、目も閉じておこう」
開けたまま気絶している親方の目を閉じて、今度こそ完成と、自分の部屋に戻ることにした。
「あれ、またコットンが落ちて……」
え、ちょっと待って。
ところどころが剥がれているけど、顔のあちこちに同じようなコットンがついている。
「ああっ!?」
そうだ。うたた寝をする前に、コットンパックをしていたじゃないか!
「お、親方!?すみません、違うんです!」
頭を打っているかもしれないので、肩を叩いて起こそうと頑張ってみる。
けれど親方はちっとも起きない。完璧に気絶をしているようだ。
「あああぁぁぁ……」
寝たら忘れるとはアレか、痴呆か!?
「せめて、説明をさせてくださいっ!」
やっぱりこの世界では、真っ白はダメだ。よく、わかった。
弟子の言動はさっぱりわからないけれど、こっちでは二度としないから、クビにだけはしないでくださいっ!




