32話:気まずい週末
ピチチ……
「……」
ギャオッ キィィー……
「はっ」
鳥の声と、なんだかわからない生き物の声で目が覚めたら、しっとりすべすべの肌に触れて思い出す。
「うっわああぁぁ……」
なんでコットンが落ちているのかとか、どうして親方は固まって、弟子は大慌てで逃げるように部屋に閉じこもったんだろうとか、そんな理由は一つしかないじゃないか。
お化けという言葉はわからないけれど、顔面を覆いつくすコットンパックをしていたんだから、初めて見る人には驚かれるに決まっているじゃん。
それに、コットンは白だ。
「ああぁぁ、どうしよう……」
真っ黒もダメだけど、真っ白もダメだって気を付けてきていたのに。ちょーっとうたた寝をしていたことで、すっかり忘れてしまっていたよ。
「……」
もしかしなくとも、「異教徒だからクビ」とか言われるんだろうか。
「困る!」
そうなったら向こうの会社にもいる意味がなくなって、実質、二つの職場からのクビ宣告を受けることになってしまう。
「コットンパックの説明をすれば、わかってくれないかな」
元は小さな手のひらサイズのコットンを、乾燥が気になって顔全体に貼り付けただけで。
他意も故意もないとわかってくれれば、いままでの交流から、こう……。
「ううぅー……ん」
一従業員なだけのわたしは、弟子のように薬の調合や採集もしていない。
薬に関してはだいぶ覚えてきたけれど、十分の一も知っていないだろう。
お店に置いてある商品を売ったりはできても、大半は弟子に声を掛けて用意してもらっているのだ。計算係として重宝されているかもしれなくても、代わりがきくポジションにいる。
「何かこう、アピールポイントはないか?」
クビにはしないと言ってもらえるような、強力な武器は持っていなかったかな。
「……おはよう、ございまーす」
とりあえず、廊下で倒れたままかもしれない親方に声を掛けることにしよう。
しかし部屋の扉を開けたら、何もない廊下が見えただけだった。
「あれ?」
途中で気が付いて、自力で部屋に戻ったのかな?
いつかのわたしのように、真後ろに倒れた親方の後頭部は大丈夫なんだろうかと思いつつ、そのまま階段下も覗いてみる。
「……」
誰の声も、気配もしないような……。
教会かギルドに引き渡す段取りをつけるために、出掛けたとか?
「いや、それなら普通に抱えて持っていったほうが早いよ」
なんせ、親方の半分くらいしかないわたしだ。
引っ越しの時だって、二人で悠々と荷物を三階まで運べるくらいの剛腕の持ち主なんだから、引き渡しの手続きが面倒でない限り、ひょいっと抱えて持っていけばそれで終わるはず。
「いやいや、そんなことはない、と思う!」
そんな、顔面が真っ白くなっていたからどこかに引き取ってもらおうとか。そんなことを考えている二人ではない、……はず。
だって、研修期間を入れれば三ヵ月目の付き合いなんだから。
「ん?短いな?」
それなら、「まだ三ヵ月だしな。新しい代わりを入れよう」と考え直す期間か。
「いやいやいやいや。ない。ないから!」
ブンブンと首を振って、親方と弟子を探しに行くことにする。
「あ、サワッち。……はよーっス」
「おはようございます、デーイさん」
目の下にくっきりクマを作った弟子が、裏庭から入ってくるところだった。
挨拶をしながら思いっ切りあくびをして、しょぼしょぼした目をこすっている。とても眠いみたいだ。
寝不足の原因は、昨日のわたしのせいだろうか。
「大丈夫ですか?眠そうですけど……」
「あー、昨日はあんま寝れなかったんで」
くぁー……っと三度目のあくびをした弟子が、思い出したように目を見開いた。
「そうだ、サワッちこそ大丈夫なんスか!?」
「え、わたし?」
大丈夫って、どういう意味だ?
振り返った弟子の言葉に首を傾げていたら、じいいっと顔を近付けてきた。
「今日はフツーっスね」
「はあ……?」
フツーって、何を見て普通だと判断されたんだろう。
「なんもないなら、いいんスよ」
「はあ……??」
ホッと安堵の溜息を吐いた弟子が、説明をしないまま自己完結してしまった。
「あー、オレはこれの処理で午前中いっぱい掛かるんで。なんかあったら、裏まで呼んでくださいっス」
「わかりました」
カブのような丸い実には、ふさふさの葉っぱがついている。
また見たことがない薬草だから、昼食の時にでも何の薬草でどんな薬になるのか訊いてみることにしよう。
「あ、あの、親方はどこにいますか?」
二階に上がる途中の弟子に、親方の居場所を訊いてみる。
昨日のことを説明しないと、誤解されたままではこの先困るもんね。
「親方は二階の奥の部屋っス。朝からこもってるんで、用があるなら昼まで待ったほうがいいっスよ」
「……わかりました」
午前中のうちに、誤解を解くことは無理か。
それならせめて、お店のために仕事を頑張ろう。
「ありがとうございました」
お昼ギリギリの駆け込みのお客さんを見送ったら、お店の扉を閉めて軽く掃除をする。
今日は珍しくランプの精は出てこなくて、静かに仕事ができてありがたい。
午前中のお金を回収したら、ぐるっと見回して三階へ上がる。
途中で二階の奥の部屋を見やっても、親方がいるような気配がしないなあ。
「あれ?」
裏庭にでも行ったのかなと階段に足を向けたら、上から弟子が降りてくるところだった。
「どこに持っていくんですか?」
わたしが買ってきたオボンの上に、一人分の昼食が乗っている。
大きすぎて二つは運べなかったのかと思ったら、親方の分だと教えてくれた。
「まだ作業が終わってないみたいで、部屋で食うって言われたんスよ」
「そうなんですか?」
それは困ったな。
昼食後にでも、コットンと化粧水を見せながら説明しようと思っていたのに。
二階は全部が作業場なので、あんまり近付かないように言われている。さらに奥の部屋に閉じこもってしまったら、声も掛けにくいじゃないか。
「ああ、なんか話すことがあったんスよね。さすがに夕食までには出てくると思うっスよ?」
「はい。そうします」
仕事に集中しているというなら、大人しく出てくる時を待つことにしよう。
「ふう……」
午後からはちょっとバタバタして、余計なことを考える暇はまったくなかった。
昼食に出てこなかったことで、避けられているんじゃないかとか、実は二階にはいなくて、教会かどこかに引き取ってもらう手筈を整えているんじゃないかとか。
考えれば考えるほど、悪い方向に行ってしまうけれども。いままでの親方のことを考えると、「あり得ない」という考えに落ち着くのだ。
もし、あれでクビになるのなら……。
「仕方がないかなあ」
どの世界でも会社でも、独自のルールがあるものだ。
それをすっかり忘れてしまって、さらにそのままの格好で出てしまったわたしが全面的に悪い。
今日が最後でも悔いを残さないように、しっかり売り上げの計算はしておこう。
「お疲れさまです。お店は閉めてきました」
「お疲れっスー」
二階を覗いても、やっぱり弟子しか姿が見えない。
奥の部屋に視線を向けたことで、弟子も一緒に振り返る。
「結構、細かいらしくて、時間が掛かるヤツみたいっス」
「デーイさんは、親方が何を作っているのか知らないんですか?」
昼食を持っていった時に尋ねるとか、手伝うとか、使っていた薬草に心当たりはなかったんだろうか。
わたしの問い掛けに頭を掻きながら、まだ自分では作れない複雑な薬だってことしかわからなかったらしい。ちょっと拗ねるように唇を尖らせる。
「たぶん、アレかなー?っつー薬はあるんスよ。これだけ時間が掛かるものって、あんまないんで」
「そうなんですか……」
集中している親方に話し掛けることはなく、たまに飲み物を持っていったりするくらいで、基本的に放置していたと話していった。
こういうやり取りの中でも、信頼関係ができているってことがわかるね。
……わたしはどうなんだろうと、悩むところでもあるけれど。
「今日はこのままこもりそうなんで、オレが片付けますよ」
「じゃあ、お願いします」
弟子に売れた薬の一覧表を渡して、売上金を仕舞ってもらうことにする。
わたしが持っていても困るものだし、薬の補充は弟子の仕事だもんね。
弟子を三階に見送ったら、わたしも今日のところは休むとしよう。
…… ……
「ん……」
ゴンゴン ゴンゴン
「うん?」
デジャブのような音が響いて、慌ててベッドから飛び起きた。
「うぉっと」
寝ぼけすぎて、またしてもベッドから落ちそうになった。……セーフ。
ちょっと身体をほぐして、ゆっくり階段を下りていく。この間にも、ゴンゴンと扉をノックする音が鳴っている。
これはアレだね、親方の音だね。
「すみません。お待たせしました」
寝起きではねた髪を撫でながら、扉を開けたら親方がいた。
手には何かを持っていて、視線を向けたらずいっと掲げてくる。
「これをやる」
「え?」
瓶の中に水っぽいものが見えるけど、なんの液体だろう?
「ん」
「あ、はい。……はい?」
勢いに負けて受け取っても、中身がなんなのかわからない。
「あ」
顔を上げたついでに、一昨日のことを説明するチャンスだ。
「あの、一昨日の件ですが」
「ああ、アツに聞いた」
「え、安達さん?」
安達さんが、コットンパックを知っているの?
どんな話をして、親方を説得してくれたのかはわからないけれど、微妙な気持ちになりながら顔を歪ませたわたしに、手元の瓶を指差した。
「聞いたからそれを作ったんだ。今日からこれを、ケショウ、スイとかいうものと一緒に使え」
「へ?」
え、作った?って、昨日、一日中こもっていた原因がこれなの?
色々と突っ込みどころが多過ぎて混乱するわたしに、親方が一つ頷いた。
「デーイには上手く言っておく。いいな、毎日、顔を洗ったあとに使え。二滴だ、いいな?」
「はあ……、わかりました。ありがとうございます」
まったくわからないけれど、ぺこりと頭を下げて部屋に戻ることにする。
「ええと……とりあえず、これを化粧水と一緒に使えばいいんだよね?」
少し白く濁っている液体は、どんな薬草で作られているんだろうか。
顔を洗ったらコットンを取り出して、言われた通り二滴ほど染み込ませていく。その次に化粧水を浸したら、いつも通りに顔を叩いてみる。
「ん?」
ペタペタ ペタペタ
「んんっ!?」
染髪料まで落とす石鹸を使ったあとみたいに、コットンを叩いた肌がピカピカと輝いている。
グイグイ染み込んでいることがわかるし、心なしかプリプリだ。
「えっ、何これ、すごい!」
面倒で複雑な薬って、どんなものなのだろうと気になっていたけれど。こんなにすぐ効果がわかるって、特殊な美容液か何かなのかな。
そりゃあ一日中、こもらないと無理だわ。
「……でも、なんで?」
なんでこんなに素晴らしいものを作って、わたしに渡してくれたんだろうか。
「??」




