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本日付で、クビになりました。~三十六歳、異世界に再就職します~  作者: くまきち
第二章:平日異世界、週休二日
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30話:久しぶりのお客さん

「はあ……、まったく」


 冗談だと言われても、責任は向こうにあると言われても。最初から最後まで瞳が笑っていなかったんだから、あの人も言葉も信用ならないわ。


 あれ、絶対に曖昧な返事をしていたら押し付けられていたよね?……最悪だ。


 そんな感じで始まった七月の一週は、微妙に疲れたまま終わりに近付いていた。




「うーん……」


 洗顔後、ペタペタと肌に触れながら眉間を寄せる。

 おっと、眉間を寄せたらいかん。このままシワになっては困るから、丁寧に乳液を眉間にすりこんでいこう。


「うーん」


 顔全体を触れてみて、微妙に水分が足りていない気がする。


 例の、染髪料まで落とす石鹸を使った時は良かったんだけどなあ……。


「うーん、どうしよう」


 七月からは、第二と四週目に帰ることになっていた。

 けれど先週、毒騒ぎがあったことで、特例として今週も帰ることになったのだ。


 それは、とても助かるからいいとして。


 先週は休養ということで、岸さんへのお中元を買いに出掛けたくらいで、あとはほとんど家でゴロゴロしていて終わった。

 なのでちょっと遠出をしたり、街をぶらぶらすることを計画している。


「どこまで行こうかなあー」


 ……それも、脇に置いといて。


 今日は水曜、週の真ん中。


「やっぱり、微妙に伸びが悪い」


 日焼け止めを塗りながら、あと二日が待てないと感じる肌に口がへの字になる。


 これはアレだ。アレの出番だ。

 化粧水をたっぷりコットンに染み込ませ、顔全体に張り付けるパックをしないといけない。つまり、カッサカサだ。


「……まだ、風呂桶には入れないんだよね」


 『成長不良に効く薬』は、今日、親方に具合を見てもらってから再開することになっている。

 それから様子を見て、そのあとに風呂桶も解禁しようと考えているのだ。


 全身に回る毒を受けたら、全身を浸かる風呂桶にはちょっと入りにくい。


「うぅーーーん……」


 鍵を掛けて、ベッドの上にいるなら大丈夫かな?


 顔が全部真っ白になるコットンパックは、こっちではしないように決めたけど、こればかりは仕方がない。


 薬屋の店員なのに肌がガサガサでは、なんとなく説得力がない気もするし。


「よし!今晩、こっそりしよう!」


 部屋の電気も消しておけば、外から声は掛からないだろう。


 湿気が微妙に足りないこっちの世界にいる時間が多いんだから、一回くらいは、ほら、試してみないとね?


 そういう建前でいこう。よし。




「いらっしゃいませ」


 今日も普通に再開したお店には、ポツポツとお客さんが来てくれている。


 毒にまみれたことを知っている人は、「とんだ災難だったね」とねぎらってくれて、「何か騒ぎがあったんだって?」という程度の人は、自分の用事が済んだらサッサと帰った。


「ありがとうございました」


 こういう、着かず離れずなところもありがたい。


 食い気味に訊かれても困るけど、ひたすら悪口を言われても、立場的に賛同していいものか迷うのだ。

 お店に迷惑が掛からない方向で、お客さんとの距離は保たないとね。


「いらっしゃいませ」

「大変だったみたいね」

「あ、こんにちは」


 赤毛の髪をまっすぐに伸ばした、粉もの屋のエローラさんが久しぶりに来店してくれた。

 ちょっと困った顔で微笑みながら、挨拶代わりに先週のことを話してくる。


「ウチもこの通りに店があるから、ギルドが来たわよ。もちろん、毒なんてものを持ち出した二人もね」


 鞄をカウンターに置いたら、やれやれとたっぷり呆れた溜息を吐いていく。


 どこまで話を聞いているのか分からないけれど、軽く話したらすぐに本題に入るところは、やっぱりアッサリしているなあ。


「今日は細かい薬を買いに来たのよ」


 そう言ってカウンターに置いた鞄を開けて、この薬は一袋、こっちの薬は五粒と、色々な薬の名前と細かい量を話していった。


「ズショウにウマツ、フスベは葉のみですね?」

「そう。そろそろ商品の袋に入れないと、粉が傷んじゃうの」

「わかりました」


 メモりながら薬の名前を繰り返して、量も一緒に確認してもらう。

 物によっては量に制限をしている商品もあるので、少量でもよく確認しないと、何度もお客さんに尋ね直さないといけなくなるのだ。


 ええと、フスベは葉だけ。よし、書き終わったぞ。


「では、少々お待ちください」


 真ん中のテーブルに案内をしたら、ジュースを置いて待ってもらう。


「急いでないから、ゆっくりで良いわよ」

「わかりました。ありがとうございます」


 エローラさんにとっても、ちょっとした休憩時間なのかも。ジュースものんびり飲んでいるし、雰囲気も落ち着いている。


「……あれ?」


 もう一度、メモに書いた薬を確認して、これで本当に全部でいいのかな?


「あの、エローラさん。よく買っていた、『勉強をさせる薬』の追加はいらないんですか?」


 二階へ続く扉を開けかけて、振り返って訊いてみる。アレは確か毎月買っているくらい、常備していたものだったはず。

 ちょっと早い夏休みで、毎日勉強をする必要がなくなったのかな。


 尋ねたわたしに、軽く手を振って否定する。


「子供たちの長期休みはまだよ。その薬はね、最近あまり必要なくなったの」

「え、そうなんですか?」


 どんな心境の変化だろう。

 あんなに勢いよく、毎月買い続けていたのにと驚いてしまったら、弟子のおかげだと教えてくれた。


「ちょっと前から、デーイがウチの商品を買いに来ていたのよ。その時に甘い香りもしていたから、何を作っているのか訊いてみたら、『パンケーキ』というものを教えてくれてね」

「ああ、なるほど」

「まさかウチの商品で作れるとは思っていなかったから、とっても驚いたわ」


 わたしとしては、あんなにふわっふわの粉でパンケーキを作らないとはどういうことだと思ったものだけれども。甘いお菓子がない世界なら、さぞかし衝撃だっただろう。


 ついでにふわっふわシフォンケーキも作ろうと考えているので、上手にできたら弟子経由でエローラさんにも教えてあげることにしよう。よし。




「そーなんスよ。恋人ができたんじゃないなら新しい薬なのかーって、しつっこく訊かれたんで」


 エローラさんへの薬を頼んでいる間、弟子に尋ねてみたらアッサリ解決した。


「あれは、お子さまは好きっスよねー」

「子供じゃなくても好きですよ」

「そっスね」


 ブームは落ち着いただろうけど、パンケーキのお店はまだたくさんあるもんね。わたしも次の週にでも、久しぶりに作ろうと考えていたし。


「それなら、他の粉と砂糖の組み合わせも話したんですか?」

「いや、そこまでは話してないっスよ。でも元々あの店の娘だったんスから、自分でも色々試してみるんじゃないっスかね?」


 ふむ、それもそうか。

 粉もの屋の娘ではなくとも、試しまくった食いしん坊わたしという存在もいるしね。


「でもそうか。最近、飴の注文が減ったのが不思議だったんスよね。そういうことかあ」


 店の売り上げが落ちることは残念だけど、薬は必要なくなるほうがいいもんね。


 子供というものは新しいものに飛びつくし、それがまた美味しかったら前のものはあんまり口にしなくなるかもしれないな。


「んー……飴の需要が少なくなっただけで、完全にはなくならないと思いますよ」

「そうだといいっスけどね」


 親方にも作ることを控えるように言っておこうとまとまったところで、注文の薬もまとまった。


「意外と多いですね」

「量は少なくても種類が多いっスからね」


 これでも、家庭の常備薬としては半分もないらしい。

 その家庭によって需要が違うから、種類はかなりあるんだろうな。


 ふぅんと抱えたわたしに、半分持った弟子が首を傾げる。


「つーか、二日酔いの薬ってあの家で誰が使うんだ?」

「え?」

「ズショウにウマツは、基本的に二日酔いの薬っスよ」

「あ、そうでした」


 エローラさんもお酒を飲むんだろうか。それとも、旦那さん?

 それならつまみを持ち寄った、飲み会とかしてみたいな。




「そんで?誰が二日酔いになるまで酒飲んでるんスか?」

「あ、しーっ!」


 気になったらズバッと訊く、それが弟子。

 というかいままで買ったことがない人が新しく薬を買うのなら、気になることは仕方がないね。


 でもせっかく落ち着いたのに、こんな訊き方では気分を悪くするんじゃないだろうか。

 ハラハラしながらエローラさんを見やったら、カラッと笑って言っていった。


「二日酔いに使うんじゃなくて、ウマツは薄めて胃薬として使うの。他には冷え性にも良いんでしょ?どっちかというと、こっちの理由で使っているわね。ズショウも同じよ」

「あーあー、そっちっスか」


 薬にはいくつか効能があって、主な効能は二日酔いでも、薄めたら胃薬や冷え性に効果があったりするのだ。


 慌ててわたしもメモって、次は間違えないように、勘違いしないように気を付けよう。


 わたしが計算をしている間は、二人で色んな話をしている。

 弟子も子供好きらしく、エローラさん家の双子の話題が中心だ。


「そういえば子供の姿を見ないんですが、エローラさんの家以外にはいないんですか?」


 その双子も見たことがないんだけど。っていうか、声も聞いたことがなかったわ。


 お店にもよく行くんだけどなあと首を傾げたら、当たり前だろうと突っ込まれてしまった。


「弟子入りしたり修行中の子供以外、店が並んでる表通りにいたらダメなんスよ」

「そうなんですか?」


 どうりで、ちっとも見掛けないはずだよ。


「ある程度の年齢までは、店にも出たらいけないのよ。デーイだって、二年前からでしょ?」

「そっスね。それまでは別なとこで勉強してたんで」

「なかなか厳しいんですね」


 それなのに、試用期間中だったとはいえよく素人のわたしを店番にしてくれたな。


「だから、サワッちは五歳くらいから修業を積んだベテランだと思ったんスよ」

「そうね、わたしも思ったわ」

「はあ……」


 いまは年齢を知られているけれど、それでも「お嬢ちゃん」を扱いされている。


 これはあれか、やっぱり見た目か。

 背の高い二人を交互に見ているだけで首が痛くなるくらいに、低い背が原因なのだろうか。


「親方から成長不良の薬をもらったはずなんスけど、ちっとも変わらないっスよね」

「うぐっ」

「そろそろ、ウチの子に抜かれるかもしれないわ」

「……」


 エローラさん家の双子ちゃんて、確かまだ七歳じゃなかった?


 七歳に身長を抜かれるかもしれない三十六歳……、マジか。


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