29話:ギルドの人たち
※虫が苦手な人はご注意ください。
「冗談です」
「冗談っ!?」
どんな理由があって、一従業員に男二人も押し付けるというのか。
塩の入った容器を抱えたまま睨むわたしに、落ち着くようにと言いながら両手を挙げる。
「引き取って欲しいことは事実ですが、飼育が必要な魔物ではありませんからね」
矯正はいまさら無理な年齢でも、教育は出来るんじゃない?
それこそ、『人に迷惑は掛けない』とか、『冒険者として最低限、魔物について学んでおく』とか。
カウンターの中から嫌そうに顔を歪ませたら、それはいいと手を叩く。
「ぜひ、貴女が教育してください」
「嫌です!」
自分の子供でもないし、弟子でも生徒でもない。
イイ大人を教育する資格も持っていないわたしより、登録を許したギルドがするのが筋ってものだろう。
いますぐに出て行かないと塩の塊を投げると、容器を抱えながら脅してやる。
「……塩がどういう意味を持つのかはわかりませんが、ここは薬屋でしたね」
ようやく一歩下がった女の人が、仕方がないと首を振った。
これで諦めてくれるのかと思ったら、男の人が紙を取り出してきた。
「こちらはモランさんから聞いた、貴女への迷惑料の明細です。間違いがないか、金額と内容をお確かめください」
「……」
ピラッと紙を出されても、いままでのやり取りから信用できない。
カウンターから出る気も動く気もないわたしの肩を、親方が軽く叩いた。
「オレも確認しよう」
「……わかりました」
こっちの言葉はなんとなくわかってきても、用紙に書いてある文字は大量だ。
読み間違いや勘違い、妙な契約の類ではないことを親方も確認してくれるということで、ようやく手を伸ばすことにした。
カウンターから出ないまま、書類の内容を読み上げながら確認していく。同時にどのくらいが相場なのかや、薬の値段なども教えてくれた。
一つ一つ確認しながらチェックしていく上から、綺麗に整った指が伸びてきた。
「貴女への支払いが一番多いのです。特にここ、毒を直接、受けたと聞きました。どのような状況だったのか、教えていただけますか?」
「それはオレらも話したじゃん」
不満声のアゼロさんが、唇を尖らせながら抗議する。
ブチブチと文句を言う二人に女の人がジロッと一睨みして、男の人が無言で縄を引いたら口をキュッと閉めて静かになった。
「……」
よく躾けているじゃんとか、突っ込んだらダメなんだろうか。
とりあえず、脇に置いておこう。
「そう言われても……」
あの時の状況って、二人がどう言ったのかはわからないけど、同じことしか言えなくない?
わたしの腕にゴブリンの生首を置きました、以上……だよね?
それで良いのかと顔を上げたら、親方も怪訝な顔で首を傾げる。
「オレも話したぞ」
「ご本人から確認してこい、との指示ですので」
上司というか、ギルドの偉い人からってことなのかな。
どこから、どういう風に話せばいいんだろうか。
「ありのまま、この二人が店に来た時の状況からお話ください」
「はあ……」
あんまり変わらない気もするけれど、それで仕事が完了するなら話そうか。
仕方がないと一つ溜息を吐いたら、なるべく正確に伝えることにしよう。
「ええと、開店準備を済ませて扉を開けたら、この二人がすでに外で待っていたんです」
「それで?」
少し探るような、こげ茶色の瞳が射抜くように見つめている。
ちょっとだけ背筋を伸ばしたら、なるべく正確にと思い直しながら続きを話す。
「それで、とにかく全身が汚かったし緑色の謎の液体を零していたので、お店の中には入れずに、その場で待機してもらいました」
そうそう。ものすっごく汚くて、お店の中には絶対に入れちゃダメだと、瞬時に判断をしたわたし、エライ!くらいに思ったんだよね。
けれどエライ!と感心したのは親方と弟子だけで、冒険者二人はガッカリしたような顔になる。
「ええっ!オレたちのこと、そんなふうに見てたの!?」
「た、確かに汚かったかもしれないけど、ダンジョンから戻ってきたばかりだったからだよ!」
汚いなんて言葉はすべての冒険者に対するひどい言い草だと、まるで代表のように憤っている。
それ、他の冒険者の人たちは、この二人にこそ言われたくないと思うよ……。
ギャアギャアわめく二人の声に耳を塞いでいたら、女の人がスッと手を挙げた。
「黙らせろ」
「ハッ」
「ふぐぐっ!?」
アゼロさんたちよりも数段大きな男の人が口を塞いで、ようやく静かになった。
「続きを」
何事もなかったように微笑まれても、細められたこげ茶の瞳が苛立っているように見えて怖い。
「ええと……」
射抜くような瞳で見られて、こっちまで緊張してくる。
「ええと、続き……」
どこまで話したっけ?
少し考え込んでから、まだ入り口しか話していないことを思い出した。あ、そうそう、ここからが重要なんだった。
「入り口で待機をしてもらっている間に、落ちた土や、緑色の液体を掃除しようと思ったんです。掃除用具を取りに行こうとしたらオードさんに呼び止められて……こう、両手を上向きにされまして」
身振り手振りで当時の状況を話続けるわたしに、何度も頷いていく女の人。
こんな話し方で良かったのかな?
不安になって見上げたら、続きをどうぞと手のひらを向けてきた。
「それで、どうなりましたか?」
「あ、はい。以前、窃盗犯をギルドに引き渡す役をお願いしたお礼だと言われて、アゼロさんが持っていた袋からゴブリンの……生首、を、渡されました」
ついでにその時、顔に血が飛んだことも付け加えておく。
石鹸のおかげでただれることも、跡になることもなかったけれど。いつの時代でも男女関係なく、顔に傷が残ったら切腹対象だからね。
窃盗犯を捕まえたことでランクが上がり、そのお礼に猛毒を含んだ別なゴブリンをお礼として渡されたことに、ギルドの人たちがものすっごく顔を歪ませてくれたことが、ちょっとだけ救いだ。
わたしの話を聞き終わったら、アゼロさんたちを「何してんだ、コイツら」って顔で睨んでくれて、とてもスッキリしたよ。……良かった。
ここで「生首がどうした」とこっちが悪いみたいな顔をされたら、この世界とはやってられないもんね。
例の石鹸や団子の薬は話していいものかわからないので、「親方と弟子の機転で一命を取り留めました」と簡単に伝えるだけにする。
「以上です」
話し終えてスッキリしたわたしよりも、聞き役のギルドの人たちがぐったりしているね。思いっ切り深い溜息を吐きながら、頭も抱えている。
「はー……、これで詳細がわかりました。この二人がまともに話していなかった、ということもわかりましたが」
「え?」
当事者なのに、いまの説明をしていなかったの?
そりゃあ生首を渡された側としての主観と、お礼としての善意の視点では解釈が違うかもしれないけれど。
何をやっているんだと二人を見たら、キョトンとした顔をされてしまった。
おい、お前らのことだぞ。
親方と弟子も呆れていたけれど、ギルドの人たちも大変な人の責任を負うことになったんだね。……お疲れ様です。
「では、明細に間違いはなかったようですね」
「ああ、問題ない」
「はい」
相場を聞いても、イマイチ理解はできなかったけれども。親方がこのくらいだと言う金額よりも、ちょっと上乗せするくらいの数字が書かれていたんだから、いいってことにするよ。
向こうだけじゃなくて、こっちでも慰謝料をもらうことになったのは、ちっともわからない流れだけども。
実際、迷惑は掛かっているんだしね。
親方にもお店の迷惑料の明細を渡したら、サインをしていく。これで用は済んだはずだ。
「……それで、もう一つ尋ねたいことがあるのですが」
「はい?」
少し言いにくそうに、コホンと咳払いをした女の人がチラッとわたしを見やる。
さっきまでの怖い雰囲気はまったくなく、ちょっと申し訳なさそうな、言いにくそうな戸惑いを浮かべている。……なんだろう。
話せることならどうぞと言ったら、一息吐いて口を開いた。
「訓練をしていない者が、鍛えているはずの二人をバケツで倒したと聞きました。それも薬の作用ですか?それとも特別なバケツだったのですか?」
「はい!?」
キリッと真面目な顔で、なんということを訊いてくるんだ。
「ええと、バケツはこれです。なんの変哲もない、フツーのバケツです。……ですよね?」
「そっスね。フツーのバケツっスよ」
その時のバケツを持ってきたら、前から使っている弟子にも確認をしてもらう。特別でもなんでもない、掃除用のバケツに首を傾げつつも納得してくれたらしい。
一つ頷いて床に置いたら、改めて視線を向けてきた。
「では、薬の作用ですか?」
「……どちらかというと、火事場の馬鹿力が近いと思われます」
あの時は、なんでお礼が毒まみれの生首なんだよとか、痛いとか熱いとか、いろんな感情が一気に押し寄せてきていた。
そんな時でもヘラヘラしている二人にぶち切れて、例のあの、絶対的に好きな人がいないであろう最強の虫を浮かべながら、叩き潰そうとしていたんだよね。
「その虫とは、どのようなものなのですか?」
「うぇっ!?」
この世界にはいないものらしく、二人を気絶させるまで憎しみを持って叩く虫に興味を抱かせてしまった。
じっと、純粋な瞳で見つめられるほどの虫じゃないからね?
「……」
正直、話すことも嫌なヤツなんだけど。……仕方がない。
「コホン」
一息吐いたら、異世界でゴのつく虫について、知っていることを詳しく説明してやることにする。
「それでですね……」
「まだあるんですか!?」
すでにお店の中では、まともな精神状態の人はいないだろう。
それでもわたしは話し続ける。だって、教えてくれって言われたんだもん。
半ばヤケになりながら話す内容に、みんなはもれなくドン引きだ。
特に冒険者二人は顔を引きつらせて、あの時の自分たちはその虫と同列だったのかと愕然としている。
「嫌いなものなのに、かなり詳しいっスね」
興味深そうに近付いてきた弟子は、今では裏の部屋に避難している。その扉から出している顔は、うえぇっと吐きそうに歪んでいる。
「嫌いだからこそ、自分の家には近付いてほしくないんですよ」
どうすれば近寄らないか、入っても増えないかは永遠の課題と言っても過言ではないだろう。
「一匹見たら、百匹いると言われているくらいです」
「ヒイッ!?」
全員に「もう言わなくていい」、「やめてくれ」と懇願されるまで、持てる知識をふんだんに披露してやった。
……ふう。内容はアレだけど、やり切った気持ちが清々しいね。
「……大変貴重なお話まで、ありがとうございました」
「いいえ」
顔色は悪いけれど、きちんとお礼を言っていくギルドの人たち。
ぐったりし過ぎて引きずられている冒険者二人は見習うように。
「では、こちらを贈ります」
「はい?」
最後の最後で、この二人の責任を押し付ける気じゃないだろうな。
手を伸ばさないわたしの代わりに、親方が上から覗き込んだ。
「なんだ、これは?」
「そのままです」
「なんスか?……ブフーッ」
「??」
片眉を上げた親方に、吹き出した弟子。……今度は何が書いてある紙なの?
「これは受け取ったほうがいいっスよ、サワッち!」
「え?」
爆笑しながら、わたしの背中を叩いた弟子が前に押し出していく。
そう言われても、妙なものはこれ以上、受け取りたくないよ。
嫌そうに歪ませた顔を隠さずにいたら、ニコリと、最初とは違う友好的な微笑みを浮かべて言った。
「ギルドからの感謝状です」
「へ?」
アゼロさんたちにもだけど、ギルドの人たちにも感謝をされるようなことはしていないんだけど。
むしろ、全店休業に追い込んで後始末に五日間も掛けた迷惑な人、という認定をされていそうな気がする。完全にとばっちりだけど、わたしへのお礼にとゴブリンを持ち出したんだもんね。
怪訝な顔を向けたら、冒険者二人を指差した。
「あの二人は昔からこうなので、叱ってくれる人がほとんどいません」
「はあ……」
街の人も「またか……」という顔で、スルーしているだけだった。
弟子は雑対応なだけだし、親方はまあ、叱っている人ではあるか。
それがどうしたのだと見やったら、一つ頷いていく。
「これからもこの二人が何かしでかしたら、積極的に叱ってあげてください」
「はい!?」
「では、失礼します」
「ちょっ、ちょっと!?」
それはつまり、保護者的な立ち位置になったってことなんじゃないの?
「まだギルドに登録はされているので、責任はこちらにありますよ」
ご安心をと、ちっとも安心できないことを言う。
……あれだ。途中からもしやと思ったけれど、安達さんと似ているんだ、この人。最悪か。
顔を引きつらせるわたしに、慈愛に満ちた微笑みを向けてくる。
「姉のような気持ちで二人に接してあげてください」
歳で言えば、ちょっと離れた弟みたいなものなんだろうけど。
「嫌ですっ!!」
二度と来るなと塩をまいて、冒険者二人もギルドの人たちも追い払ってやる。
こんなにアホな弟なんて、二人もいらんわ!




