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本日付で、クビになりました。~三十六歳、異世界に再就職します~  作者: くまきち
第二章:平日異世界、週休二日
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28話:休業明けのお客さん

「いらっしゃいませ」


 臨時休業が明けたお店は、ちょっとだけ慌ただしい。


 虫よけの薬を中心に、ジュース以外の熱中症に効果的な薬まで動き始めて、夏が近付いているんだなあということがわかるね。


「ええと、今日はこの辺りが売れているなあ」


 同じ薬の名前が並ぶ票を見ながら、追加をしてもらおうと考える。

 前は弟子が集計していた一覧表は、売り上げと一緒にわたしがチェックすることになった。


 売るだけじゃなくて在庫のことも考えると、商品がより覚えやすくて助かる。




 ちょっとだけ落ち着いたら、モップを取り出してカウンターから出た。

 棚のホコリを取りながら、歪んでいる商品を直すことも日課になってきたなあ。


「にしても、売れないなあ……」


 右側の棚や奥の在庫の薬はよく動くのに、左の棚の商品は全っ然ぜんっぜん動かない。

 前に石を見ていた人はいたけれど、普段のお客さんは見向きもしない。きっと、関係ない商品だからなんだろうね。


 竜を買っていく人はどんな人なのか、どういう理由で買うのか。そして、値段はいくらなのか。

 スライムと一緒に入っているっぽいけど、瓶から取り出す瞬間はどんな感じなんだろうとか、気になることがたくさんある。


 誰も訊いてこないし触れてもくれなくて、想像ばかりがふくらんでしまうのだ。うーん……気になる。


『ボクより価値はないよ?』

「そうだ。ホコリを取るだけじゃなくて、瓶を磨けば気に掛けてくれる人が増えるかも」

『……聞いてる?』


 左の棚の、小竜が入っている瓶の奥にはランプが押しこめられている。

 棚を見やりながらブツブツ呟いていたわたしに、精霊が話し掛けるけど無視だ。無視でいい。


『ちょっと、嬢ちゃん!そんな竜よりもボクを磨いておくれよ!』

「磨くと厄介だとわかっているランプは触りたくもありません。それに、磨かれたかったら親方に許可をもらってくださいって言ったじゃないですか」


 別な布巾を持ってきたら、早速、瓶を磨き始める。そんなわたしに怒りながら、小さな手のひらがカウンターを叩いていった。

 小さいから、バンバンッという勢いはなくて、ひたすらペチペチという音がしている。……この音は可愛いな。音だけね。


 カウンターに瓶を運んで磨き出したことで、キーッとランプの精が癇癪を起す。こういう落ち着きがないところも、なんだかなあと思ってしまう原因なんだけど。


『同情するなら磨いておくれよ!』

「同情はしていません。呆れているだけです。あと、磨きません」

『もー!もーっ!!』


 空中で地団太を踏んだら、フンッと鼻息を荒げて棚の奥に引っ込んでしまった。


 ようやく、静かになった。


「売れるようにピカピカに磨いてやろう」


 中をじっくり見るとアレだから、瓶の外側を磨くことに集中しよう。




 昼食に午前中の売り上げの計算と、売れた商品をまとめた表をチェックしたら、弟子が早速、売れ行きと在庫を確認していく。


「そういえば、このお店に虫はいるんですか?」


 いまのところ、部屋の中では見たことがない。お店の中もで、行き来をしている裏庭も、飛んだり跳ねたりしている姿は特に見なかった。


 色々な薬草を育てていて、薬も作っていることで近付きにくいのか。それとも虫自体がそんなにいない世界なのか。

 虫よけの薬の追加はどのくらい用意するかという話し合いをしている親方たちに尋ねたら、少し考え込まれてしまった。


「棲み分けができているだけで、虫はいるぞ」

「裏庭にもいるっスよ。ただ、家の中に入ってくる虫がいないだけっス」

「そうなんですか?」


 それならこんなに売れている薬は、どんな虫を近付かせないためなんだろう。

 家に入らないなら道に溢れているのかと顔を歪めたわたしに、弟子が慌てて手を振った。


「この店では薬を扱ってるんで入らないだけっス。フツーの家は表からでも窓からでも、どっからでも入るっスよ」

「はあ……」


 その虫がどんな虫なのかは、知りたいような知りたくないような……。

 こっちでも生ゴミの処理は気を付けているけれど、どこからでも侵入して勝手にくものが虫だ。


「ほとんどの薬草に虫よけの効果があるんで、この辺りではあんまり見掛けないだけっスよ。サワッちに渡したハチスも、窓に飾っておけば開けてても入ってこないっス」

「……わかりました」


 屋上は常に何かが干されていて、たまに何かがいぶされてもいる。

 三階は居住区だけれど、ここだって何もないわけじゃない。二階は作業場兼在庫置き場だし、一階はお店だ。


 建物全体に虫よけ効果があるなら、隣近所は虫だらけになっていないのかな?


「それも大丈夫っス。つーか、土を耕したり花を咲かせたりする虫以外を遠ざける薬なんスよ」

「なるほど」


 家の中に入ってきたら、もれなく叩き潰される運命にあるのが虫だ。

 入る前に対策をすることで虫の領域に戻して、上手く共存しているってことか。


「それなら安心ですね」

「そっスね」


 向こうの虫事情も、そうなれば暮らしやすいのになあ……。




『なんだい。嬢ちゃんは虫が嫌いなのかい?』

「あんまり、好きな人はいないんじゃないですか?」


 虫の役割は知っている。いないと花は咲かずに蜂蜜もできずに、土も耕せなくて困るのだ。とっても重要な生き物だと理解している。


『……嬢ちゃんらしい理由だねえ』

「やかましい」


 食は誰にとっても大事なことなんだから、呆れた顔で見つめるんじゃない。


 余計なお世話だと睨んだら、やれやれと肩をすくめていたランプの精がピクリと何かに反応する。

 外を見つめる視線は鋭く、表情も真剣なものに変わっていた。


「どうかしましたか?」

『厄介な人が来た』

「え?」


 厄介な人とは誰だと入り口に顔を向けたら、いままで見たことがない人が立っていた。


「いらっしゃいませ」

「こんにちは」


 挨拶をしたら、ニコリと微笑みを返す。

 一見、とても穏やかに見えるしとても自然な笑顔だ。


 ……けれど、なんというか、正しいお手本の笑顔というか、瞳が笑っていないのでちょっと怖い。


 引きつりそうな口元を手のひらで隠しながら、お客さん向けスマイルを維持していこう。


「モランさんはいらっしゃいますか?」

「親方ですね、少々お待ちください」


 冒険者とは違う、どちらかというと事務っぽいと感じる制服を着た女の人だ。


 わたしでは用が足りないという意味で、「モランさんかデーイはいないの?」と尋ねられることはある。

 特殊な薬がいる場合も、商品名も告げずに呼んでくれと言う人もいる。


 あの・・、ランプの精が厄介だと言うからには、自分用の薬を調合してもらうとか、要求が細かいとか、そういう人なのかな?




「……なんの用だ」


「あれ?」


 名前も言わずにただ呼んでくれという人はいままでもいたので、見た目の特徴を親方に伝えたら、ものすっごく嫌そうな顔になっていた。


 それでも渋々、降りてくれたのに、開口一番の言葉がコレって大丈夫?


「まあ、モランさん。そう言わずに」

「ここには来るなと言ってあっただろうが」


「??」


 ちょっと冷や冷やしながら二歩下がって、二人のやり取りを見守る。


 砕けた話しぶりから、知り合いらしい雰囲気は伝わったけれど。親方の嫌そうな口調と表情が気になる。

 仕事場に来るなっていう意味なら、あんまり関わりたくない人なのかな?


 この世界の人らしく、細身だけれどそこそこ高い身長だ。

 髪の毛は渋めのワインレッドで、瞳はこげ茶色。目元はツリ目がちなところも、ちょっとキツイ印象がある美人さん。


 親方に対しても変わらない、事務的な態度が余計に冷たい感じがするなあ。


 いやね、あれよ?表情はずっとニコニコしているんだよ?でも瞳がね、ちっとも笑っていないのよ。

 おかげでお店の中の空気が、どんどん冷えてきたなあと感じてしまうの。あと、実は仲が悪いのかなあとか余計なことも考えてしまう。


 もう一歩うしろに下がったら、もっとにっこり微笑まれたところも抜け目がないと冷や汗が出る。常に監視されている気分になるところも、ちょっと怖い。


 視界に入っていないと思ったのに、きちんと意識されていたとは……優秀だ。




 そういうところも怖いなあと、笑顔を張り付けたまま固まっていたら、入り口に向かって声を掛けた。


「断られましたので、こちらから来ただけです。―――入れ」


 スイッと手を振ったら、これまた大きな男の人に連れられた、とっても見慣れた二人がお店に入ってきた。


「うん?」


 例のへっぽこ冒険者たちが、なんだか連行されているような格好だね。


 連行されているというか、まんま連行だわ。

 だって両手は後ろ手に縛られていて、腰にも縄が巻いてある。前に見た、窃盗犯と同じ格好だ。


 二人を縛っている縄は、男の人がガッチリ握っているし。


 どうしたんだと首を傾げるわたしの横で、親方が微妙な顔になった。


 冒険者二人の格好は前と同じだけど、ちょっとボロくなっていた。

 その二人を逃がさないようにか、後ろで壁になっている男の人は先に来た女の人と同じ服を着ている。


 明るいグレーの上下は、作業着みたいにも見えるけど。

 金ボタンに腕章のようなものがゴテゴテ飾り付けられていて、どこかのお役所っぽい制服にも見えるね。


「ああ、そうだ。こいつらはギルドのやつらだ」

「はあ、ギルドの人ですか」


 ギルドは、まさにこの世界のお役所だもんね。そうか、ギルドの人ってこういう服を着ているのか。


「……へ?」


 そんなギルドの人が、この店に何しに来たんだ?




 怪訝な顔を向けたわたしに、ニコリと先ほどよりも深く、ニイッと口元を歪めたような微笑みを見せた。


 ……獲物を見つけた爬虫類のようだと言ったら、怒られるだろうか。


「もちろん。貴女にこの二人を引き取ってもらおうと連れてきたのですよ」

「はっ!?」


 この二人って、この・・二人!?


 へらっと、相変わらず頼りない顔で笑っている青い短髪と、おどおどしつつも、やっぱりへらっと笑っている茶色い長髪の髪の男二人と目が合った。


「いりません!!!」


 毒まみれにされたうえに、なんでわたしが引き取らないといけないんだよ!


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