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本日付で、クビになりました。~三十六歳、異世界に再就職します~  作者: くまきち
第二章:平日異世界、週休二日
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27話:休業中のお店

「……ハチクでもなんでもいいが、今日は店は開けねえぞ。フスベでも干してろ」


 わたしがいない間も、丁寧に回してくれていたらしい。

 親方が容器を持ってきて、いい感じに水が上がっていることを確かめる。


「あ、ホントだ。これならシソも用意して、一緒に干せますね」


 思ったよりも早く水が上がってくれたな。シソっぽい葉っぱも準備して、屋上に干させてもらおう。


「アツも手伝え」

「嫌です」


 わたしが持っている容器を指差して、親方が手伝うように言っていくけど即座に拒否する安達さんは今日もまったくブレないな。


 いっそ清々すがすがしいと感心していたら、親方がずいっと迫ってきた。


「『働かざる者、食うべからず』って昔、言ってたよな?」

「……わかりました」

「え?」


 ニヤリと山賊のような顔ですごむ親方の言葉で、梅干し作りの手伝いを一緒にすることになった。


「はあ……仕方がありません。とっても嫌ですが手伝いましょう」

「嫌々やられても迷惑ですよ」

「手伝わないと、ピザを食べる前に追い出されるじゃないですか」


 嫌そうな溜息を吐いて、嫌そうな空気を隠さずに容器に手を伸ばしてくる。


 そんな気持ちで手伝われても、梅干しがまずくなりそうで嫌なんだけど。


「梅酒なら喜んで手伝いますよ」

「梅酒の仕込みは、とっくに終わっています」


 真剣に手伝わないなら味見はないと言ったことで、ようやく真面目な顔に戻ってくれた。


「重い!?」

「屋上までお願いします」


 容器ごと梅もどきを安達さんに運んでもらい、わたしはシソっぽいものをザルと一緒に抱えていく。


「……」


 表と裏を繋ぐわかりにくい道を知っていたり、妙にいろんなお店の商品を知っていたり、いままでも時々、「あれ?」て思うことがあったけれども。

 『昔』と親方が言うくらい、もっと前から交流があったのかな?


「まあ、いいか」


 再就職先の世界に詳しい人がいるってことは、珍しいことではないんだろう。


 そういうことにしておいて、いまは梅干し作りに精を出そう。




「明日から店を開けることになった」

「はーいっス」

「わかりました」


 夕方、ちょっと作業場から離れた親方が、戻ってきてすぐにわたしたちに伝えてくれた。


 街の後始末や、毒の洗浄が無事に終わったのかな?

 全店臨時休業という事態は、五日間で収束したらしい。


 五日でどこまで済んだのかはわからないけれど、これで外に出れるんだね。安心した。


「オレたちもっスけど、こっちは食品関係の店ばかりっスからね。口に入るものを売ってる場所ってことで、いつもより時間を掛けたんじゃないっスかね」

「へぇ……」


 じゃあ、念入りに調査して洗浄してくれたってことなのかな。

 薬屋もだけど、鮮度命なお魚や野菜を売るお店はもっと気を遣うもんね。


「ん?土日は別としても、それ以外の日に仕入れた商品はどうなったんですか?」


 季節は夏寄りだから、冷蔵庫に入れておいても無理なものが多いだろう。


 木曜の朝イチに起こったので、そのままお店は開けられなかったはず。その日もだけど、売れなくなったことで最悪、捨てることになったりしなかったのかな。


 もったいないと言うわたしに、問題ないと弟子が手を振った。


「裏は開いてるんで、食品は買いに行けたっスよ。こういう時は裏から行ったり、ギルドの人たちが手分けして売ったりするんスよ」

「え、そんなことまでするんですか?」

「そっスよ。冒険者登録してたっスからね」


 登録をしていることで、ギルドが尻拭い役になったって言っていたもんね。

 大変だけど、売り切る努力をしてくれるところは助かるな。


「そういう雑用も多くなるんで、あんまり簡単には登録できないんスよ」

「へぇ……。あの二人って、よく登録できましたね」


 登録をする前だって、かなりやらかしていたはずだ。だって周囲の人たちやたまにしか来ない業者の人にまで、へっぽこ具合が知れ渡っているくらいなんだもん。

 そんな二人だって知っているのに、よく責任者になったよなあ。


 教会に近いってことで近付かないようにしていた存在だけど、ちょっと見直したかも。


「あー……まあ、色々あったんスよ」

「そうですか……」


 ちょっと遠い目をしながら、弟子がポツリと呟いた。

 色々・・って言葉が妙に実感がこもっていて、それ以上は聞かないことにする。


 なんかこう、色々、本当に色々あったんだろう。うん。それでいいや。




 夕食まで居座った安達さんをようやく追い出して、月曜も終わりだ。


 まったく……。五目ご飯のことがあったから、たけのこご飯は隠していたのに。弟子にバラされたことで、今回も残しておいた分を食べられてしまった。


「安達さんもタケノコと変わらないって驚いていたから、やっぱりアレはタケノコでいいんだな」


 向こうと同じく春に収穫するものらしいので、来年も期待して待っていよう。


 ピザもパスタも好評だったことで、ジャムとソースは弟子の手に渡っていった。

 ジャムはちょっと甘かったから、帰らない週末にでもパンケーキと一緒に食べてみようかな。


「……どうですか?」

「もう、問題はなさそうだ」

「ありがとうございます」


 あれから熱も妙なダルさもなかったことで、最後の薬を舐め終わったら、解毒も完了しただろうと診断された。


 血液検査とか何かできれば、もっとわかりやすいんだろうけど。

 向こうの病院で調べて原因不明の何かと言われても、厄介でしかないもんね。


 親方の言葉を信じて、今日のところは早めに休むことにしようっと。


「あの、成長不良の薬はどうすればいいですか?」

「そうだな……。二日後から再開したほうが良いだろう」

「わかりました」


 イマイチ、どこらへんが成長しているのかはわからないんだけども。

 そろそろ、服の丈や裾が短く感じたりするのかな?


「視力が上がる薬と一緒で、じっくり一年くらい掛けて成長させるのかな」


 急激に成長したら、普段の業務にも支障が出るだろう。

 即効性があった『寿命を延ばす薬』とは違うのかもしれないな。


 なんせ、御年三十六歳。

 中身もだけど、成長をさせるにはなんかこう、やっぱり時間が掛かると思うんだよね。


 なんでも吸収して、「将来はこうなるぞ!」という若さ溢れる年齢ではなくて、「そろそろ老後のことを考えるか」という年代だし。

 両親は健在でも、そっちの老後も考えないとなあ……。


「いや、世の中の三十代はもっとキラキラしてるか」


 夫も子供もいない独り身だからこそ、将来、自分のための貯蓄を考えないといけないのだ。


「うーん……。クビにならなかったら、こういうことも考えなかったかも」


 のんびり毎日を過ごしているのは、いまもだ。

 毎日あった仕事がなくなって、毎月あった給料がなくなって……自分のこととかこれから先のこととかを考えるには、ちょーっと遅い気もするけれど。


 きっとここで気付くことが、自分の最適なタイミングだったんだろう。たぶん。




「さて」


 眠る前に業務日誌を開いて、今日の出来事を書いていく。


「臨時休業と梅干し作りを再開したこと。あとは裏道についてかな?ピザとパスタがこっちの人にも好評だったことは、書いておかないといけないよね」


 オーブンの火加減が微妙でちょっとハラハラしたけれど、伸びるチーズが弟子にウケて、爆笑しながら食べていた。親方が薬に使えないかと考え始めたところは、いつも通りと思えるね。


「……」


 業務日誌だというのに、たまに食レポになっているな。大丈夫か、これ?


 今度はわたしが社長さんに呆れられるんじゃないかと思いつつも、実際にあったことなんだから書くことにしよう。


「梅干しもどきは、とりあえず三日三晩、干して様子を見ることにする、と」


 ん?安達さんは前から味見だと言って、こっちの食材も口にしていたけど、社長さんも気になっていたりするのかな。

 そもそも、自分の口には入らない昼食代を盗られた社長さんだ。


「岸さんだけじゃなくて、社長さんにもお中元を用意するべき?」


 帰る前に、安達さんに訊いておけば良かったな。


 仕事が始まる前に、親方と弟子にはチョコレートの詰め合わせを渡したけれど。これから末永くお世話になるという意味では、社長さんにこそ渡すべきだよね。


「別な世界の魔王は、何が好物なんだろう?」


 日本食はイケる口なんだろうか。ん?魔王の主食って何?


「タオルとかでも良いのかな」


 好みが分かれる食べ物よりも、間違いがない実用的なものがいい?


「うーん……、わからない」


 社員が社長に渡すものなのかということも含めて、次に帰る時に訊いてみよう。




 臨時休業が終わった火曜、いつも通りの時間に開店準備をしていく。


『おはよう、嬢ちゃん』

「おはようございます」


 お店に続く扉を開けたら、今日も早速、ランプの精が棚から顔を出した。


 そういえば、昨日は全然出てこなかったね。


『ボクを買うわけでもない、従業員でもないヤツが来ていたじゃないか』

「前にわたしと一緒に、カウンターにいた人ですよ?」


 知らない人じゃないだろうと言っても、あの時とは状況が違うと首を横に振っていく。

 ……そういうものなのかな?


 ちょっと首を傾げつつ、表を綺麗にしなくちゃ。

 六日ぶりの掃除だから、きっとあちこち汚れていると思うんだよね。


『ああ、それで梯子にバケツまで持ってきたのかい?』


 マメだねえと突っ込んだら、ふわふわ空中を漂っていく。

 今日も自由な精霊は、自分を磨くことじゃなければ関心がないらしい。


 なんとなく姿を視線で追っていたら、くるんと振り返った。


『そうだ。ボクに頼めば汚れなんてつかないようにしてあげるよ?』

「結構です」


 掃除は嫌いではないので、しなくていいとすぐに却下する。

 汚れているところを自分の手で綺麗にすることが、掃除の醍醐味ではないか。


『……嬢ちゃんて、変わってるね』

「え、そうですか?」


 掃除が好きな人なら同じ意見だと思ったんだけど、違うのかな。


自分のことランプは毎日磨けって、うるさいじゃないですか」

『当たり前だろう?磨かれて願い事を叶えることが、ボクの仕事なんだから』


 ランプを磨くことと職場を綺麗にすることは、精霊に言わせれば別らしい。……よくわからない理屈だな。


 まあいいやと梯子を担いだら、壁と彫像、それとショーウィンドウに扉を磨いていこうっと。


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