26話:臨時休業(二度目)
「おはようございます、沢村さん」
「おはようございます、安達さん」
久しぶりの挨拶を済ませたら、駅に向かって歩き出す。
「ずいぶんと大荷物ですね?」
いつもは買い足した食材や、追加の文具くらいしか入れていないリュックが今日はパンパンだ。ついでに、ちょっと入りきらなくて別な袋も持っている。
……確かに、いつもよりも大荷物だね。
小さな袋を持ち上げて、中身を軽く説明する。
「土曜に前の会社の人から野菜が届きまして。自家製ソースも入れてくれたので、親方たちに食べてもらおうと持ってきたんです」
「ああ、なるほど」
少し感心するように頷いて、その日の昼のメニューを話したら食いついた。
「パスタにピザですか!?家でピザが作れるんですか?」
「え?はい……。オーブンがないのでフライパンですけど、意外とできますよ」
「フライパンでピザが!?」
「はい」
意味がわからないという顔で何度も尋ねる安達さんに、作り方を説明する羽目になってしまった。……ああ、しまった。
久しぶりすぎて忘れていたけれど、安達さんはこういう人だったよ。
ここでタケノコに似ている食材が手に入ったことと、たけのこご飯を作ったことを言ったら、昼食の時間まで居座りそうだ。
いつもの電車に乗っていつもの駅に降りても、何度説明をしてもフライパンピザは理解できないらしい。
例のビルに着いても首を傾げる安達さんに向かって、三度目の説明をしていく。
「さすがに本格的な窯で焼いたようにはなりませんよ?」
「それでも、初耳なので新鮮です」
「はあ……」
この食いつきを見ると、自宅で料理しているのかと思っちゃうね。分量に作り方まで細かく訊いてくるとは、作ってみる気になったんだろうか。
「いえ、それは無理です。そもそも我が家には、小麦粉もフライパンもありませんので」
「……それ、堂々と言います?」
小麦粉もフライパンも、どの家にも絶対にあるものじゃないの?
常備していない家があるのかと、今度はわたしが首を傾げる。
「甘いですよ、沢村さん。自炊をしない一人暮らしの家には、鍋も包丁も置いていません」
「はっ!?」
包丁がないって、そっちのほうが自宅でピザを焼くよりも驚くわ。っていうか、なんでちょっと得意げな顔なんだ。ドヤ顔で言うことじゃないから。
呆れた顔で見上げたら、包丁を置かない理由を教えてくれた。
「外食が中心なので、家で何かを切る必要がないんですよ」
「……なるほど」
イマドキ、スーパーでもコンビニでも一人分のお惣菜が置いてある。果物だって切れている状態だし、割り箸は言えばつけてくれる。
究極、お皿がなくても食べることはできるのだ。
それにしても、包丁もフライパンも小麦粉もなくて、何かあった時はどうするんだろう……。
「塩はありますよ?」
「……そうですか」
わたしが「コイツ、何言ってんだ」みたいに見られることが多かったけれども、今日は安達さんに向かって思ったよ。
よくいままで生きてこれたなあ……。
「最低限のお金があれば、まあ、なんとか生きれます」
「そうですね……」
お金がないと、病院にも掛かれないもんね。
防犯のために通帳も判子も現金すら置いていない部屋だけど、もしものために、動けるくらいの現金は置いておくことにしよう。
「ええと、そろそろ行きますね」
「はい、どうぞ」
よくわからない会話をよくわからないままに終わらせたら、扉を開けて向こうに行くことにする。
「あれ?」
裏道を歩いて時計を見て、人気がまったくないことに首を傾げる。
「もしかしなくとも、まだ休業中なんでしょうか?」
裏道側に並んでいる窓は、開いていないし人影も見えない。
キョロキョロと見回しながら呟いたら、途中の路地から表の様子を確かめることになった。
「ここから表に行けますよ」
どこかのお店とお店の隙間に、かろうじて人が通れそうな隙間があった。
安達さんの案内がなかったら絶対に素通りしている、とてもわかりにくい隙間だ。
「よく知っていましたね」
「この辺りは一通り、調べてありますので」
「ふぅん……」
仕事に関しては熱心な安達さんは、こういう裏道にも精通しているらしい。
両脇を高い壁に囲まれた、ちょっと薄暗い隙間の道を通りながら、どこのお店の間なのかを話していく。
「表に何かあった時は、裏に逃げることになりますからね」
「……ホテルに泊まる時、非常口を調べることと同じ感覚ですか?」
「そうですね、近いです」
修学旅行の時とか、まず非常口と避難経路を確認しておけと言われたなあ。
懐かしいことを思い出していたら、急に明るい場所に開けていった。
「あ、八百屋さんだ」
たまにお世話になっている、八百屋さんの前に出た。
そういう意味でも、ちゃんと表と裏は繋がっているんだね。
いま通ってきた道を確認しても、草や木で隠されていてわからない。
普通に道を歩いただけでは気が付かない道を知っているということは、地図でも持っているんだろうか。
「この世界に地図はないんですよ」
「え、そうなんですか?」
それなのに、冒険に出掛けたり薬草を採って来たりできるんだ?
「ギルドや仲間、親などから口伝えで教えられます」
「へぇ……」
地図を作る人がいても個人的なメモみたいなものなので、滅多に他人には見せないらしい。
「縄張りがありますし、自分で開拓した場所は知られたくないものでしょう?」
穴場の狩場や採集場所などは、よっぽどじゃないと広めたくはないもんね。
隠れ屋レストランみたいなものかなと納得したら、わたしにとっては「回らないお寿司屋さんみたいなもの」だと言われてしまった。
とてもわかりやすい。
「……」
どんな時でも例えでも、わかりやすいものは食に関係することだわ。
「それにしても、開いているお店がありませんね?」
裏道から表に出ても、開店準備をしている様子はなかった。
「やはり、まだ休業するみたいですね」
軽く周囲を見回した安達さんも、人気がないことを確認していく。
事前に親方に連絡したところ、もう少しかかりそうだという返事だったらしい。それなら、やっぱり今日も開店休業ということか。
「触れたら確実に死ぬ毒ですから、安全が確認されるまでは仕方がないでしょう」
「……」
それを素手で受け止めさせて、ぼたぼた血を零しながら歩いてくるとはどういう神経をしているんだ、あの二人は。
っていうか持ち出す前に、血は止まったかとか毒の有無とか確認しないの?……しないからへっぽことか言われるのか、そうか。
思い出して眉間を寄せたわたしに、裏道に戻ろうと言ってくる。
「え、このまま表から入っちゃダメなんですか?」
「今日は裏から行くと伝えてありますので、表の扉は開いていませんよ。それに、まだ休業中ならこの道も通ってはいけません。二次被害が出る前に、裏道に戻りましょう」
「わかりました」
本当にあの二人は、お騒がせという言葉では足りないくらいにやらかすなあ。
呆れた溜息を吐いたら、すぐに脇道に戻って裏道からお店に入ることにする。
今日も二人は裏庭で何かを摘んでいたり、土まみれになっているのかな。
「おはようございます」
「あ、はよーっス」
お店が開いても閉まっていても、仕事内容は変わらないらしい。
裏庭で何かの実を採っていた弟子に声を掛けたら、奥から親方も出てきた。
「おはようございます」
「おう。もういいのか?」
「はい、おかげさまで」
今日も出掛ける前に、例の飴のような薬を舐めてきてある。
平熱だったことも伝えたら、珍しく小さく微笑んでくれた。……おお、珍しい。
「サワッち、何持ってんスか?」
「ああ、はい。トマトというもので作ったソースや、野菜を持ってきました」
親方の笑顔が珍しすぎて、ポカンとしていたわたしの手元を弟子が覗き込んで、何を持っているのかと尋ねてきた。あ、そうそう、これを渡しておかないと。
ジャムとソース、それと野菜を出しながら説明したら、横から別な指がソースを指差していく。
「こちらにオーブンがありましたよね?ちょうど良いので作って見せてください」
「はい?」
わたしの説明だけでは、未知の世界の食材は食べにくいだろうと言っていく安達さんの言葉に説得力はあるけれど。
あれでしょ?ただ単に自分が食べてみたいだけでしょ?
わかっているんだぞと睨んだら、ケロッとした顔で微笑んだ。
「だって気になるじゃないですか、フライパンピザ」
「こっちではオーブンを使いますよ?」
「作ってもらう側ですから、オーブンでもなんでも文句は言いません」
「……」
言わなきゃ良かったと思っても、もう遅い。嫌そうに顔を歪めるわたしのうしろで、キラキラと二人分の瞳が輝いている。
「……わかりました」
そういうわけで、今日の昼食のメニューが決まってしまった。
「ピザかー……ハチクとどっちが美味いっスかね?」
「あっ、しぃー!」
「ハチク?」
リュックごと野菜を持ってくれた弟子が、黙っていたことをバラしてしまった。
こういう時の行動は特に素早い安達さんが、弟子にずいっと迫っていく。
「アツさんは知らないんスか?『タケノコ』っつーのに似てるらしいっスよ」
「へええぇぇぇ……」
ああ、わたしがタケノコをゲットしたことも知られてしまった。
……どうして今日に限って、安達さんが一緒なんだろう。
「それは例の冒険者二人がやらかしたせいですね」
「……」
絶対に、次に会ったら新調した定規で叩いてやる!




