18話:弟子未満、店番以上
タケノコもどきは無事に、親方と弟子の口にも合ったみたい。
ものすごーく不思議な顔をしながらも、恐る恐る口に運んでいく様子はちょっと面白かった。
「他の野菜も食べられたみたいだし、天ぷらは問題ないのかな?」
もしものために、胃薬を用意されていたことはちょっと微妙だったよ。まあね、ここで三人が倒れたら、介抱できる人が誰もいないもんね。
親方や弟子なら安心でも、わたしだけがピンピンしていたって頼りにならない。
「うーん……。弟子として入ったわけじゃないけど、そういう時は困るよね。もうちょっと深い知識も教えてもらったほうがいいかな?」
何かあった時の応急処置的なことくらいは、知っていても悪くないだろう。
「さて。今日は彫像を磨く日だ」
ちょっと早めに起きた朝は、看板の悪魔像とショーウィンドウを磨くのだ。
「よっと」
梯子を抱えることにも慣れてきたなあ。意外と重いんだよね、これ。
最初はよくふらついていたことを思い出しながらも、彫像が拭きやすい、けれど本体には当たらないところに梯子を置いていく。
「んー……、鱗かな?」
雨が降らないこの地域でも、放っておくと汚れているんだよね。
吹いている風向きによるのか、爪だったり顔だったりと汚れている場所はいつも違う。
どこが汚れているのか下で確認してからじゃないと、開店ギリギリに磨き残しが見つかったりする。これは微妙に困るのだ。
「うん。今日は鱗を中心にすれば良さそう」
歯ブラシと雑巾を持って、階段を上がることにしよう。
「おはようございます」
梯子を上り切ったら挨拶をして、細かい鱗のホコリを歯ブラシで払うことを説明してから取り掛かる。
動かない彫像に、説明はいるのかという突っ込みは置いておいて。
たまに泥っぽい土がついていることもあるから、もしかしたら夜だけとか、条件付きの日だけ動けるのかもしれないと思っている。
今日もぎょろっとした瞳に監視されながら、鋭い鉤爪に引っかかれないように、丁寧に掃除をしていこうっと。
シャッシャッ シャッシャッ
「……」
この像は、彫刻刀みたいなもので彫ったのかな?
他に親方が作ったものはあるのかなあと思いつつ、こんなに細かくて大きな彫像なら、一つでも十分かもしれないと思い直す。
「なんの目的で作ったのかな」
やっぱり、泥棒除け?
結局、まだこの像が作られた理由は訊いていないんだよね。
番犬のようなものなのか、それとも何かの代わりなのか……。
「何かの代わりが悪魔像って、ないか」
番犬代わりに作った、というほうがしっくりくる。あの親方のお店に番犬が必要なのかよ、っていう突っ込みは置いておいて。
歯ブラシでホコリを落としたら、雑巾で丁寧に乾拭きをする。
他の部分も磨いて艶を出して、今度は大きな窓ガラスを拭くことにするか。
「はあ……」
彫像もだけれど、建物自体が高いお店のショーウィンドウはとても磨きにくい。
梯子を細かく移動しながら磨かないといけないので、かなり疲れるのだ。
「これは月末にまとめて掃除、っていう弟子のほうが正解かも」
それでも気になるから、わたしはこまめに掃除をすることにするよ。
性格の違いということで、今度はお店の中を掃除しようっと。
『おはよう、嬢ちゃん』
「おはようございます」
お店の中に戻ったら、早速いつもの挨拶をされてしまった。
ふわふわと自由に飛び回るランプの精は、今日も勝手に飛び出している。
『ハチクも食べたんだって?まったく、嬢ちゃんの食いしん坊は困ったものだね』
やれやれと首を振って、『どこまで食べる気だ』と呆れた溜息を吐かれた。
……改めて言われると、ちょっと恥ずかしいな。
「わたしの知っている食材と、似ているものだったんです。食べたいと思っても、別に良いじゃないですか」
食べられたんだし、美味しかったんだから良いじゃんと言い切るわたしに、腰に手を当てた精霊がもっと呆れた顔をする。
『やっぱり嬢ちゃんの食い意地は、モランたちにも移ってるよね』
「やかましい」
そんなことはないと言い切れない食いっぷりだった昨夜を思い出しつつ、お店を開ける時間だと追い出すことにする。
『もー!ボクは、滅多にない高級品なんだからね!?』
追い払った時に当たったのか、ズレた帽子を直しながら唇を尖らせる精霊。
「高級品なら棚の奥に追いやられることも、ホコリまみれにもなりませんよ」
『モランの扱いが雑なだけだ!』
本来なら、鍵付きのガラスケースに収納されるべき品で、いまの現状は『ボクのせいじゃない!』とプリプリ怒り出す。
そうは言っても先代からの売れ残りで、訊かれることもない商品じゃないか。
今度はわたしが呆れた溜息を吐いたら、ジロッと睨みつけてきた。
『それなら、竜だって売れてないじゃないか』
「うーん。それもそうですね」
けれど竜とランプの精は他の人の認識や扱いの差もあって、売れ残りという同じくくりにはならないんだよね。
瓶の中の竜がどんな能力を持っているのかはわからなくても、飛竜を知っていることでなんとなく、すごいんだろうなって思えてしまう。
「……」
ランプの精はなんというか、ホコリまみれなところも忘れられているところも、本当に売れ残っているんだなという感想しかない。
思ったままを伝えたら、キーッと空中で地団太を踏んだ。
『三つも願い事を叶えられるボクと、たかだか火が吹けるだけの竜を一緒にするな!』
「そう言われても……」
伝票を見直すわたしの周りで、『まったく、もー!』と暴れながらまとわりつく精霊は、やっぱり鬱陶しいとしか思えないんだから仕方がない。
『嬢ちゃんはボクの偉大さをわかってない!』
「……そうですね」
ビシッと小さな指で差されても、怒った顔を向けられても、なんとも思わないんだよなあ。
これはあれだね。こうやって頻繁に、というか毎日、意味もなく出てくるから、威厳も何も感じないのかも。
『ボクは親しみやすい精霊なんだよ』
「ソウデスカ」
なんだか面倒くさくなってきたから、結局最後には「はいはい」と手を振って、雑に追い払ってお店を開けることにしよう。
「いらっしゃいませ」
今日もカウンターの中で、薬草をちぎる作業をしながら接客だ。
昨日と違って真っ黒にはならないけれど、口に入れる薬に触る時は手を拭かないと。
「ありがとうございました」
生のままで効能がある薬草はほとんどなくて、乾燥させたり燻す処理をしても、それ一つだけでは効果が発揮されないものが多い。
けれど、これは薬。
効能がなくても問題なくても、何かあったら困るから、しっかり拭いてから扱うことにしよう。
「ふう……」
今日の薬草は茎に葉っぱ、花に根っこまでの全部を使う薬草らしい。
それぞれをちぎって乾燥させたら、丸ごと砕いてお茶として飲むものだと教えてもらった。
お客さんと作業が落ち着いたら、メモ帳に加えていこうっと。
「ええと、『キンラゾウ』。神経痛のリウマチに効果的、と」
赤い線が入った緑色の葉っぱに、茎と根も赤くて、花は紫色だ。
これは全部を使うけど、そのまま干してはいけないらしい。こうして一つ一つを細かく分けてからザルに並べないと乾燥しない、ということも付け加えておく。
「別々に分けてからじゃないと乾燥しないってことは、分けなかったらずっと新鮮なままってことなのかな?」
土から抜いたら枯れそうなものなのに、不思議だなあ。
「枯れると乾燥させることは違うっスからね?」
「え?」
昼食の時間に訊いてみたら、薬の材料にするために乾燥をさせることと、枯らすことは全然違うと否定されてしまった。
「キンラゾウなんかは、他よりももつっスけど。採ったらすぐに処理するところは一緒っスよ」
「……なるほど」
枯れたら土に戻して肥料にするくらいにしか使えなくて、種が残っていたら植え直すのだと話していく。
そう言われると、枯れることと乾燥をさせることは全然違うね。
メモに書き加えながら頷くわたしに、水が流れる、裏庭の中でも湿気がある場所に生えるのだと今度は親方が教えてくれた。
「他に同じ処理をするモンはヒスケだな」
「『ヒスケ』、ですか?」
「ああ。これも全草……茎に葉、根と花と全部使う」
これはもう少し暑くなったら、一か月かけて乾燥をさせるのだと話していく。
「そんなに掛かるんですか?」
「根が深くて、水分の多い薬草なんスよ」
「はー……」
根が深いってことは、採る時に苦労しそうだなあ。
そういえば、いつも素手で収穫していたみたいだけど、ゴム手袋とか軍手とかはないんだろうか。
「グンテって、なんスか?」
キョトンとした顔で首を傾げられてしまった。……やっぱり、マスクもなければ手袋もない世界なのか。
メモ帳に軍手の絵を描きながら、使い方も説明していく。
「こういう、少し分厚い布で作られたもので、手を覆うんですよ」
「分厚いと感覚がわからなくなりそうっスねえ」
「そうだな」
ちょっと渋い顔をした二人が、薬草を摘みながら状態を確認しているので、あんまり分厚いことは困ると話していった。
「薄手のものもありますけど、かぶれたり手が切れたりしないなら、必要ないかもしれませんね」
逆に、ゴム手袋でかぶれる人もいるもんね。
作業の邪魔になるなら意味がないかということで、午後からの仕事を始めることにする。
「ああ、そうだ。サワ、フスベが黄色くなったぞ」
「本当ですか?」
青い実は、すでにお酒と一緒に漬け込んである。梅干しにする実は黄色く熟してからなので、シソっぽい葉っぱと一緒に乾燥させないと。
「ウメシュとは別な処理をするんだったな?」
「はい。ヘタを取りながら傷がないかを見たら、水の中に入れてアク抜きです」
向こうでは梅雨に入ったこともあって、こっちで処理をすることになっている。
というか途中経過も気になる親方が、こっちですればいいと決定したのだ。
……まあね、実も葉っぱも親方の庭からいただいたものだからね。
いつもとは逆に、これからの処理の仕方をわたしが話していく。
「アク抜きをしたら塩漬けをして、水が上がるまでそのままです」
「なかなか面倒っスね」
「でも、美味しいですよ」
もっと面倒な処理をしているはずの弟子が、梅干しの作り方に首を傾げている。
硬い皮を燻したり、木に登って葉っぱを採るほうが面倒だと思うよ。
「水には六時間くらいつけたら、塩漬けにします」
今から水に入れておけば、夕食の時には次の処理が見せられるだろう。
続きは閉店後にということで、ようやくそれぞれの作業場所に戻ることにした。
「なんか、サワッちのほうがオレより弟子っぽいっスね」
ちょっと唇を尖らせた弟子が、親方に教わることはあっても教えることはないと拗ねてしまった。
「いやいや。これはただの食い意地ですよ」
薬草の種類も効能も組み合わせも、十分の一も知らないわたしが弟子以上の存在になれるはずがない。
ブンブンと首と手を振りながら否定するわたしに、ちょっと不満顔だった弟子が「それもそうか」と納得してくれた。
「フスベにハチクも食うサワッちっスもんね」
「そうですよ」
それは誰にも真似ができないし、弟子の仕事じゃなかったと安心してくれた。
「……」
まあね、捨てる食材を食べたりすることは、本当にわたしの個人的な趣味のようなもので。弟子がやる仕事ではないし、真似をしてもらっても困る。
「……」
微妙な気持ちになってしまったけれども、弟子の機嫌が直ったんならいいか。




