17話:異世界食材の食べ方
タケノコもどきの様子を見つつ、午後のお店番が再開だ。
「サワッち、これも頼むっス」
「はい」
朝に収穫していた葉っぱではなく、たくさんの細い茎がザルの中に並んでいた。
……初めて見るな、これ。
どうすればいいんだろうと固まるわたしの目の前で、弟子が話し始める。
「茎の中に実が入ってるんスよ。サワッちには、中の実を取ってもらいたいんス」
「実を取り出すんですね?」
中くらいのボウルが置いてあるってことは、そんなに大量ではないのかな?
何に使うんだろうと思いつつ、メモを開いて取り出し方を聞くことにする。
わたしがメモ帳を構えたタイミングで、弟子が一本、茎を手に取った。
「こうやって茎の真ん中に爪を入れて、開くんっスよ」
茎の真ん中に爪を立てたら、前後に切り込みを入れるように動かしていく。
簡単に割れるらしく、切り込みに指を入れたら両側に広げていった。
「うわっ!?」
茎の外側は薄い緑色なのに、内側は真っ黒なのだ。色のギャップに、思わず声が出てしまった。
叫んだわたしに構わず、この黒い粒が種で、茎から取り出す作業をして欲しいのだと弟子が説明をしていく。
「わ、かりました……」
ギッシリ隙間なく黒い粒が並んでいる様子は、ちょっとゾワッとするな。
腕の鳥肌をさするわたしの目の前で、丁寧に種をボウルに開けていった。
「種はこっちのボウルに入れて、茎はザルに戻してくださいっス」
「はい」
茎の端までミッシリ詰まっている種を全部、取り除くんだね。
「茎はまだあるんで、裏に置いとくっスね」
「裏にですか?」
弟子が指差した裏の部屋を覗いたら、山盛りの茎が飛び込んできた。ついでに、空のボウルも何個か並んであった。
「わぉ……」
これを、全部ということか。
「できるとこまででいいっスよ。じゃ、よろしくっス」
「……はい、わかりました」
前にゴマ油で炒めた実も、かなりの量があったもんね。
「よしっ」
あれは結局、どんな味だったんだろうと思いつつ、丁寧に、でもなるべく素早く種を取り出すとしようか。
「いらっしゃいませ」
種取りばかりに集中していても、お店の中に誰かが入ったらすぐに音が鳴るのでとても助かる。
どういう仕組みで鳴っているのかは深く考えない。異世界だからね、うん。
「ありがとうございました」
茎は採れたて新鮮だからか、結構汚れがついていた。種はもっとで、取り出す時に触ると手が真っ黒になってしまうのだ。
……爪まで黒くなって、地味に困る。
最初はお客さんに断って、裏の洗面所で手を洗ってから接客をしていたけれど。夕方近くになると段々、客足が増えたことでやめてしまった。
失礼のないように手は常に綺麗にしていたいので、洗うんじゃなくて、湿らせたタオルで拭くことにした。
「これって、何で落ちるのかなあ」
まあまあ落ちている自分の手と、逆に真っ黒になったタオルを見比べる。
炒った時は、特になにもなかったはず。油を使って炒めたけれど、木ベラも手も周囲も黒くならなかった気がする。……たぶん。
手とザルとボウルを見比べるわたしに、無責任な精霊がヘラヘラ笑いながら手を振りながら話し掛けてきた。
『この先のどんな汚れも、嬢ちゃんにつかないようにしてあげるよ』
「しなくていいです」
サラッと願い事としてカウントするな。
しっしと手を振りながら追い払ったら、お客さんが引いたうちに手を洗いに裏に行くことにしよう。
「お?」
ジャブジャブとタオルと一緒に水洗いをしているだけなのに、みるみる真っ黒い水が流れていった。
「おおー!」
爪の間まで落ちたことを見たら、思わず何度も確認してしまう。
「……」
水がすごいのか、本当に簡単に落ちる程度の汚れだったのか謎だなあ。
「まあ、いいや」
ここは異世界なんだから、そういうこととして受け入れれば良いだけだ。うん。
「お、串が通った」
そろそろかなという頃合いで、タケノコもどきに火が通ったかを確かめてみる。
うん。これはちょうど良い柔らかさになったんじゃないかな?
新鮮なら一、二時間でも良さそうだけど、これは業者の人が持ってきたものだ。余裕を見て、多めの三時間、じっくりコトコト煮込んでみることにした。
「よしよし、完成かな」
あとは味だよなあと火を止めて、これでマズかったら全部捨てなくちゃいけないことに気が付いた。
「しまった!もう少し、少量から試せば良かった」
そもそもたけのこご飯として作っても、どういう味になるのかわからないのだ。梅もどきが問題なかったからって、全部を煮ることは気が早過ぎる。
「……ゆでた後でも、肥料になるのかな」
マズくても、何かに変えられれば無駄ではない。けれど一度ゆでたものを、土と混ぜても肥料になるかと言えば……
「ならない気がする」
ここは異世界だって、何度も何度も自分でも言っていたっていうのに、初歩的なことを忘れていたよ。っていうか、忘れすぎ。
「……なんとか美味しく食べられるように頑張ろう」
じっとゆで上がった鍋の中を見て、細かい節が重なっている様子はタケノコそのものだ。ふんわり漂っている香りも、タケノコの香りで間違いはない。
けれどいくら見た目がそっくりだって、向こうとは色々と違うものだ。
一人で消費するにはちょーっと多い、タケノコもどきに頭を抱える。
「いや、ゆで汁も残しておけば何かに使えるはず……たぶん!」
お店を閉めたら、まずは煮物から試すことにしよう。
『そんな面倒なことをしなくても、ボクに頼めば一発だよ?』
「……」
ニヤニヤと口元を歪めながら、クルクルと人差し指を回していく胡散臭い精霊。
「なんとかしてみせますので、結構です!」
ちょっとグラッと来てしまった気持ちごと追い払って、絶対にタケノコもどきを美味しく食べることに決めたぞ。
意地でも美味しく食べてやる!
「うおぉぉ……重いぃぃ……」
ゆで汁も使えるかもと考えて、鍋ごと一気に三階まで運ぼうとしたことが間違いだった。
小さくてもたくさんの『ハチク』と、たっぷりのゆで汁が入った鍋は超・重い。
さすがにお金や伝票まで担いではいなくても、重い。腕が痺れる……っていうか外れる。
「はあ……」
ゴトンと部屋の前に鍋を置いたら、扉を開けてキッチンまで運んでいく。
持ち上げた時に「重っ!」と言ってしまったせいで、またしても『ボクに頼めば軽いのにー』と、まとわりつかれてしまった。
そっちは扉を閉めて追い出して、鍋は根性で運んだよ。ああ、疲れた……。
「とりあえず、今日は一本分だけを煮込むことにしよう」
他の野菜と一緒に煮込んだり、炊き込みご飯にするのは置いておこう。
だって野菜もだけど、貴重な米が台無しになったら立ち直れない。
「ゆでるのも、少しずつすれば良かった」
いまさら遅いから、溜息をたっぷり吐いて切り替えよう。だって、美味しいかもしれないもんね。
「んー……。シンプルに、醤油と酒とみりんで煮込むかな?」
これで味や口当たりが良ければ、他の料理も問題ないはずだ。
最初は一番基本的な味付けにして、他のコンロでは何を作ろうかな。
「炊き込みご飯には焼き魚がいいから、今日は肉にするか」
硬い皮を剥いだり鍋を運んだり、わりと体力を使った一日だったもんね。
「よしっ」
醤油味と被らない、味噌味にしようっと。
「おはよーっス、サワッち」
「おはようございます、デーイさん」
今日も早起きな弟子は、朝から土だらけになっていた。
……何をしに、どこにいたんだろうか。
「いや、フツーに裏庭っスよ。ダンゾウとかすぐに伸びるんで、定期的に採らないといけないんス」
不思議な形の大きな茶色い丸い葉っぱと、根っこは左のザルに、緑色の葉っぱと真っ白い花のようなものは右のザルに抱えていた。
これが、『ダンゾウ』っていう薬草なのか。
近くで見せてもらいながら、メモ帳に記入していく。
「ん?……すごい匂いがするんですね」
「ああ、こっちはそうっスね」
右は草の臭いって感じだけれど、左はすごい。どう言えば良いのかわからない、独特な香りがしていてちょっとキツイ。
思わず鼻を押さえてしまったら、「新芽と花以外は臭いんっスよー」とケロッと笑って言った。
「サワッちは処理済みの薬しか見てなかったスよね?こっちの臭いがしないほうは虫よけになるんで、いまのうちに作っとくんスよ」
「それは、土と混ぜる『カモギ』とは違うものなんですか?」
ちょっと前に、色んな人が買っていった虫よけの薬があったはず。あれとは効能か何かが違うのかと尋ねたら、売る時期が違うのだと教えてくれた。
「カモギは秋に採れる実から作るんで、あったかい時期に売るんスよ。これは寒い時期用っスね」
「……なるほど」
気持ちを落ち着かせられる温かいお茶が、熱中症に効く冷たいジュースに変わるようなものか。
説明を聞きながら薬草の絵も描いたところで、弟子がザルを抱え直した。
「すぐに処理しないと、右側も臭くなるんスよ」
「そうなんですか?引き留めてすみません」
「いいっスよ」
早く処理をしないとと焦るわたしに、臭くなるだけで腐るわけではないと弟子は言う。
説明をしてくれている時もだけれど、呑気に絵まで描いてしまって申し訳ないと謝るわたしにケロッとしている。
本当に、出来た弟子だなあ……。
鬱陶しい例の精霊は、弟子の爪の垢を煎じて飲めばいいのではと思っていたら、何かを思い出したのか、弟子が「そういえば」と振り返った。
「ハチクは食えたんスか?」
「……一応、食べられました」
「なんか不満そうっスね」
触感も味も問題なくて、向こうのタケノコと変わらなかった。
あんなに、マズかったらどうしようとか考えていた時間が無駄だったよ。
美味しくて良かったけれど、考え過ぎて疲れて微妙な返答をしてしまった。
「じゃああの、タキコミゴハン?とかいうのにするんスか?」
「今日はそのまま、素揚げにしたものを塩で食べる予定です。炊き込みご飯にするのは、それからですね」
こっちも問題なかったら、残りもタケノコとして食べ尽くしてやる。
夏野菜はまだ高いけど、今日は玉ねぎとかと一緒に天ぷらにするつもりだ。
「塩だけで食べるんスか?」
「はい」
「マジで?」
「美味しいですよ」
こっちでは炒めるとか焼くとかしかなくて、あんまり揚げることはないのかな?
捨てるものを食べようとした時以上に、とても驚かれてしまった。
「他の野菜も揚げるので、食べてみますか?」
パンケーキみたいに気に入るかわからないから、一切れずつ食べてみれば良いんじゃないかな。それなら三人に増えても問題ないと伝えたら、今度は考えるような仕草をする。
甘いものじゃなくても、ちょっと気になっているのかも。
「今日の夕食ってことっスよね?……親方にも訊いてみるっス」
「わかりました」
ちょっと考えつつ、親方も興味があるなら食べることで決定する。
弟子を見送ったら、わたしも開店の準備をしようと階段を降りて行った。




