19話:精霊の実力
「よし」
閉店後、無事にアク抜きが終わったフスベの実を眺める。
うん。色といい艶といい大きさといい、これは立派な梅干しになるぞ。
ハチクの時と違って、アク抜きに使った水を捨てたので三階には軽く運べる。
けれどその後も見たいと言う親方の言葉と、水が上がるまでしなくちゃいけない処理を話したら、このまま裏の部屋に置きっぱなしすることになってしまった。
「邪魔じゃないですか?」
ここは一応、弟子が作業をしている部屋だ。
いまだにわからない薬が多くて、わたしがしょっちゅう呼んでいることで、この部屋で作業しつつ待機してもらっているからなんだけれども。
「そのくらいの容器なら良いっスよ。それに、オレの作業場は二階にもあるんで」
二階と一階を往復させていることも申し訳ないと思っているので、なるべく早く一人で店番ができるようにならないといけないね。
今日の分の売り上げの計算をして、夕食を済ませたら一階に集合だ。
三人で梅もどきが入った容器を囲む図は、なかなか奇妙だなあ。
「水でアク抜きをしたら、タオルで拭いた実をザルに広げて乾かします。この時のタオルには、お酒を染み込ませておくんです」
「酒を染み込ませてどうすんだ?」
「殺菌の効果があります」
同じくまな板もタオルで拭いたら、今度はコロコロ転がしていく。
「潰すのか?」
「いえ。こうして実を柔らかくするんです」
確か、梅酢が上がりやすくなるんじゃなかったかな。
親方と弟子も加わって、三キロくらいのフスベを拭いたり転がすことになった。……やっぱり、ちょっと妙な図だね。なんだこれ。
まあいいやと気を取り直したら、塩とフスベを交互に容器に入れていく。
湿気が少ない土地柄だから、カビが出る心配はいらなさそうだけれども。一応、ラップで蓋をしたら、三キロの重しを置いて完成だ。
「このまましばらく置いたら水が上がってくるんです。ぐるっと一日一回、中身を回して馴染ませます」
一番上の梅まで水が上がってきたら、ようやく干すのだと話していく。
「スイソはどうするんスか?」
「塩漬けにしたフスベから上がってきた水と、馴染ませないといけないんですよ。それから一緒に漬け込むので、出番はもうちょっと後ですね」
シソっぽいものの処理を話したところで、今日の作業が終了だ。
「食えるのは、まだ先っスね」
「そうなりますね」
じいっといつまでも容器を見ている親方を弟子が剥がして、また明日と眠ることにする。
『嬢ちゃん、おはよう』
「おはようございます」
ふわーっと眠そうな顔であくびをしながら、今日も普通に棚から出てくる自由な精霊。……本当に、自由だな。
しょぼしょぼと、まだ半分しか開いていない瞳をこすりながら、ふわふわと店の中を漂い始める。
上に下に、右に左に、ジグザグ漂っている様子はいつもと違う。
「もしかして、寝ぼけてます?」
何度もあくびをしているし、目が開く気配がちっともない。
心なしか、飛び方もいつもと違っているし、頭は重そうにフラフラだ。
二日酔いか寝不足なのかと尋ねたら、寝不足のほうらしい。
『いやぁー……昨夜はちょっと、遅くまで遊んじゃってね』
「ふぅん?」
ランプが仕舞われている棚には小竜が並んでいるけれど、全部が瓶の中に入っているので、会話も遊ぶこともできないはずだ。
親方は鬱陶しいと思っているから相手にしなさそうだし、弟子は特に寝不足って顔ではなかった。
まさか似たようなランプがあるのかと顔を向けたら、キッと思いっ切り睨まれてしまった。
『ボクのような高級品は、そう簡単に手に入らないんだからね!?』
「へえー……」
昨日も言っていたけれど、高級品ねえ……。
売れ残りが高級品とは、言い方だよなあ。
どのくらいの値段かは、訊いたことがないからわからないランプだけれど。
扱いが面倒そうだから、他に同じようなランプはなくていいやと開店準備をするわたしに、空中で足踏みをするランプの精。
『嬢ちゃんは!ボクの価値がわかってないっ!』
「そうですね」
ええと、午前中は別な種取りが残っているから終わらせよう。棚の商品も減ってきたから、在庫確認もしないといけないか。
今日の予定を書き込みつつ、流し聞きのわたしの目の前で、震えているランプの精が両手を挙げた。
「ん?」
ひゅうっと隙間風のようなものが通り過ぎたと思ったら、精霊の真上で謎の渦ができていた。
「うん!?」
慌ててカウンターの上のお金と紙類をかき集めて、そのまま椅子が仕舞ってあるへこみに隠れていく。
自分もだけど、お金が飛んだら大変だ。
『ボクは!偉大な!ランプの精だぞ!!』
「うぇっ!?」
ゴオッというかドオンッというか、とにかく巨大な何かが当たった音と同時に、吹き飛ばされそうな風がお店の中に吹き荒れた。
ドドンという重い音が床に響いて、バサバサッと何かが落ちた音もする。
もしかしなくとも、棚の中の商品が飛ばされていたりする?
「わわっ」
カウンターの中まで風が入り込んだことで、抱えていた紙が腕から零れ落ちそうになった。
お金はなんとしてでも死守しないとと腕に力を込めるけど、それよりも風の力が強すぎる。
ズルズル少しずつ動いていく自分の身体をカウンターの中で丸めて、精いっぱい踏ん張って堪えていく。
「……」
いや、無理。これは無理。
飛ばされると目を閉じた瞬間に裏の扉が開いて、とっても頼りになる声がお店の中に響いた。
「なんの音だっ!?」
「お、親方あー!」
助かったあぁぁ!!
「……それで?」
ものすごい音は建物全体も揺らすほどの威力があったようで、軽い地震みたいになってしまった。……ただし、親方のお店のみで。
親方と弟子が駆け降りた頃には、ランプの精が出した風……風か?小型の台風?みたいなもののせいで、お店の中はぐちゃぐちゃになっていた。
お店に入ったら、カウンターの下に隠れていたボサボサ頭のわたしと、満足げな顔の精霊を見比べた二人は真っ先にランプの精に拳骨を振り下ろした。
……ああ、助かった。
『っ!?っ……!?』
殴られた意味がわからないという顔のランプの精に、握った拳を向けたままで、親方が静かに尋ねていく。
「何やらかしたんだ、お前は?あ?」
『……バカモラン!頭を殴るな!』
「店を散らかしたボケには足りねえよ、アホウ」
涙目の精霊が噛みつくけれど、やっぱりチワワがライオンに向かって吠えているようにしか見えない。
キャンキャン訴える精霊の言葉から、店がこうなったのは扱いが雑なわたしたちのせいらしいと言われてしまった。
まあ、最近はちょっと雑だったかもしれないね。
「……」
しかし鍵付きの棚の商品以外、すべて床に散乱している状況を見て、全員一致でランプの精が悪いと採決された。
『そっちが悪い!』
「んなわけあるか、このドアホウがっ」
『ぎゃんっ』
二度目の親方の拳が精霊の頭に落ちても、呆れた溜息しか出ない。
偉大な力を見せつけたいだけでお店の中をひっくり返すなんて、「子供か」、としか思わないよ。
「偉大な力があるってんなら、いますぐ店の中を元に戻せ」
とっても正論を言う親方に、ムスッとした顔の精霊が顔を逸らす。
『……ランプを磨いてくれなきゃ力が出ない』
「……」
この顔、この前も見たなあ……。
ぷいっと顔を逸らした精霊に、ビキッと親方のこめかみが盛り上がった。
「てめぇ……」
『フン』
弟子は青い顔で三歩もうしろに下がったというのに、真正面にいるはずの精霊は素知らぬ顔だ。
こういう時のランプの精は、とってもふてぶてしいよね。
「次にキルゼが来たら山奥に捨ててもらう」
『その時は店ごと沈めてやる!』
ベーっと舌まで出した精霊を睨みながらも、棚の奥のランプを引きずり出して、乱暴に拭いていく親方。
『痛い痛い!もっと丁寧に扱えって、いつも言ってるだろう!?』
「うるせぇっ」
……なんだろう、この二人。
気の合わない兄弟みたいなやり取りに見えるなあ。
ほらよとガシガシ拭いた親方に、もっと優しくしろと文句を言うランプの精は、きっと昔からこうなんだろうね。……お疲れさまです、親方。
『まったく、仕方がないなあ。……ほら』
パチンと指を慣らしたら、瞬きの間に店が元に戻っていった。
「うわぁ……」
この世界で初めて、まともな魔法を見た気がするよ。
『フフン。もっとボクを崇め讃えても良いんだよ!?』
さあっと両手を広げて、鬱陶しいいつもの精霊が戻ってきた。
「はいはい。開店するんでどいてください」
『おいいぃぃ!?』
店が戻ったのなら、わたしがやることは一つ。お店を開けることだ。
いつものようにしっしと追い払ってもうるさいランプの精は、親方に首根っこをひっ捕まえられてしまった。
『モラン、嬢ちゃんの教育はどうなってるの!?』
「当然だろうが。お前は邪魔だ」
『ボクの扱いが雑過ぎる!!』
ランプに無理矢理押しこめられた精霊は、次の日まで出てくることはなかった。




