20話:冒険者の手土産 前編
「あれ?」
いつもの、開店前の掃除中。
パタパタとモップで棚のホコリを落としている途中で、昨日、自分への雑な扱いにキレたランプの精が店内をめちゃくちゃにしたことを思い出す。
「……」
魔法か何かで出した突風で、棚の中身は全部、見事にひっくり返っていた。
その後に親方に怒られて、指パッチンで元通りにはなったけれども。
「特に、ヒビは見えないかな?」
左側の棚に並んでいる瓶をいくつか手に取って、割れているところはないのか、中身は漏れていないかを確かめる。……うん、特に異常は見当たらないね。
並べ直したら反対側に移動して、今度は袋を手に取ってみる。
「こっちも破れは見つからないな」
袋の中身はほとんどが細かく砕かれた薬草だ。破れていたら、袋を持った途端にポロポロ中身が零れるだろう。
「……」
それなら問題ないのかなと棚に戻すけれども、やっぱり気になる。
気になったので、今日は自分から棚の奥を覗いて声を掛けることにする。
「あのー」
そういえば、名前ってなんだろう。
いまさら、「ランプの精さん」と呼ぶことは変だよね。主以外は名前を呼べないのなら、知らなくていいけれども。
ちょっと戸惑いながら、「起きてます?」と尋ねたら、棚の奥のほうでモゾモゾと動く影が見えた。
『なんだい、嬢ちゃん。ボクを磨く気になったのかい?』
ムスッと不機嫌なままの表情のランプの精が、嫌そうに顔を出してくれた。
「親方に言われていないので磨きませんよ。そうじゃなくて、昨日の風で、お店の中の商品とホコリってどうなったんですか?」
『ホコリ?』
なんのことだと、片眉を上げて首を傾げる。
いつもみたいに棚から出る気はないみたいで、ランプの吸い口から顔だけが出ていた。
仕方がないので中腰のまま、棚の奥を覗き込むように話し続けることにする。……っく、頑張れ、わたしの腰と太もも!
「だって、棚の中の商品が全部ひっくり返っていたでしょう?でも、その後はすぐに元通りになったじゃないですか」
床に散乱しただけで、割れたり袋の中身が出たりはしていなかったけれども。
あれは時間を巻き戻した感じになるのか、それともひっくり返った状態で、棚に戻ってしまったのか。
前者ならホコリもそのまま戻っていることになるけれど、袋や瓶の中身は崩れていないことになる。
後者なら、ホコリは吹き飛んでいても、欠損がある商品を並べ直したことになるはずだ。
そこのところはどうなのかと詰め寄るわたしに、ランプの精が面倒くさそうに顔を歪めていく。
ついでに、面倒くさそうに棚の奥から出てきてくれた。
プルプル震えながら覗き込むわたしに、気を遣ってくれたのかもしれない。それなら、次からわたしもちょっとは雑な扱いを改めよう。
棚から出てくれても、それが腰が痛くなってきたわたしへの気遣いだとしても。嫌そうに歪んだ顔はそのままだし、面倒くさそうに手を振ってもいる。
『……嬢ちゃんは、本当に面倒くさいね』
はーっと、疲れ切った溜息まで吐いた。……すみませんね、面倒くさくて。
「口に入る商品がほとんどなんですから、気になることは当たり前でしょう」
幸い、昨日は棚の商品を買っていく人はいなかった。
けれど今日はいるかもしれないし、一度は床に落ちたことを知っている商品を、素知らぬ顔で売りつけることには抵抗がある。
親方が何も言わなかったから、問題ないかもしれないけどさ。
小竜が入っている瓶にヒビが入って出てくる危険もあるんじゃないかと訊くと、やっぱり面倒くさそうな顔で、小さな溜息まで吐いていく。
『その心配はいらないよ。ただ風を起こしただけだから』
「本当ですね?」
『あのね、ボクを誰だと思ってんの?腕は鈍っちゃいないよ』
フンッと顔を逸らすランプの精の、その謎の自信はどこから来るんだろう……。
「問題ないなら、良いです」
『当たり前だよ。商品に手を出したら、モランにランプを壊される』
「……でしょうね」
その言葉は妙に実感がこもっていた。
―――ので、前にやらかしたことがあるのかもしれない。
あとで親方に確認はするけれど、いまは精霊の言葉を信じることにしよう。
「……いや。買い手が現れた時点で弟子に確認することにしよう」
それがいいと扉を開けたら、ランプの精よりも謎の自信に満ち溢れている、久しぶりの人たちが立っていた。
「やあ、お嬢ちゃん!」
「アゼロさんと、オードさん?」
とても久しぶりの冒険者二人が、満面の笑みを浮かべながら扉の前に待ち構えていたのだ。
そうそう、謎の自信を持っていると言えばこの二人、特に青髪のアゼロさんだ。
ニコニコした表情も、とっても自信満々だ。……どうしてなんだろうか。
「あ、すみません、どうぞ。いらっしゃ、いま、せ……ん?」
扉の前に立っていた二人は、頭には草と泥、足元には謎の緑色の液体がしたたり落ち、胴体には汚れとホコリだらけという、前の時よりもひどい全身だった。
そんな緑色の液体が流れ出ている袋のほうを、アゼロさんが抱え上げる。
ヒイッ!?液体もたけど、腕からボロッと土の塊も落ちたよ!?
「これなんだけどね、」
「そのまま、そのまま動かないでください。お店の中にも、絶対に入らないでくださいっ!」
前みたいに、水をぶっかけただけでは落ちないであろう汚れっぷりだ。とってもマズイ。
両手を広げて何か言う前に、動くなと、それ以上は店に近付くなと警告する。
こんな状態の二人を店に入れたら、絶対にわたしも怒られる。
っていうかさっきからぼたぼたと、足元に零れている緑色の液体はなんだ。
顔を引きつらせながら両手でガードしつつ、一歩後ろに下がる。
妙な臭いもしている謎の液体がとっても気になる。そして近付きたくない。
顔を引きつらせながら門前払いをくらわすわたしに、不機嫌にはならずに二人はわかっていると、謎の微笑みを浮かべていた。
……え、何その顔。ちょっと怖いんですけど。
もっと顔を引きつらせるわたしに、謎の液体が零れている袋を掲げながら笑顔を深めていく二人は不気味だ。
「これはお嬢ちゃんにお土産なんだよ」
「わたしに?……お土産?」
泥がついても鮮やかな青い髪を刈り上げたアゼロさんが、にこーっと満面の笑みを浮かべながら、袋の中身はお土産なのだと教えてくれた。
「アゼロ、お土産じゃなくてお礼だろう?」
「ああ、そうだった」
「お礼??」
オードさんが突っ込んで、お礼だと訂正しても意味がわからない。
わたし、二人にお礼を渡されるほどのことをしたっけ?
「たまたま居合わせただけだけど、窃盗犯を引き渡す役をくれたじゃないか」
「え?……ああ」
わたしは冒険者登録もしていないし、教会に近いギルドには行きたくなくて預けたんだった。
「あのおかげでランクが上がったんだよ!」
「そ、そうですか。おめでとうございます?」
二人にとってはランクが上がる出来事だったらしく、大変喜ばれてしまった。……そ、そうですか。
「ここら辺じゃ有名なヤツだったからな。それに、外に出す役までオレたちが引き受けたことで、二つの依頼を達成したことになったんだ」
フフンと、いつもランプの精がするような得意顔で話していく。
初犯の窃盗犯をギルドに連行してもあんまりランクには関係ないと言われても、ランクとか冒険者の基準とかはさっぱりわからない。とりあえず、曖昧に頷く。
「はあ……、そうなんですか。お疲れさまです」
とりあえず、評価されたってことは仕事を無事に完了させたってことだもんね。
逃げられなかったかなあとか心配してしまったけれど、みんなにはへっぽこだの残念冒険者だの言われている二人だけれども、一応、頑張っていたんだね。
上がったランクでどんなことができて、前とどう違うのかはわからないけれど。少しでも役に立てたなら良かったと伝えたら、今度は感動したような顔を向けられてしまった。
「お嬢ちゃん!なんて控えめなんだ!」
「近い近い近い……っていうか、お店の中に入らないでください!」
「おっと、こりゃ失礼」
ガシッと手を握りながら、一歩前に出ないでくれ。
ああ、泥だらけの手で握られたことで、わたしの手も泥まみれだ。
二人が動いたことで落ちた草や土を掃かないと、お店の前がとっても汚い。
「まずは、掃除をさせてください」
手を洗ったら掃除道具を持って来ようと、二人をそのまま入り口に待機しているように伝えるわたしの両腕を、今度はオードさんが取っていった。
「え?」
「そんな控えめなお嬢ちゃんに、オレたちからのお礼だ。受け取ってくれ!」
上向きにされた腕に、謎の液体がしたたり落ちる袋の中身をアゼロさんがドンッと置いていく。
「え?」
ドンッていうか、ベチャッて聴こえた、これはなあに?
あと、勢いよく振り下ろしたことで、顔にも緑色の液体が飛んだんですけどどういうことだ。
生温くて、微妙に気持ち悪い。困る。




