16話:新しい食材(もとい、薬草)
「はあ……」
岸さんは電話越しだったけれど、再就職の報告ができて良かったな。
しかし、後輩ちゃんに会うと老いを感じるなあ……。まあ実際、後輩ちゃんとは十歳以上離れているもんね。
そりゃあ三十代後半と二十代前半は、全然違う生き物だよ。
「あああ……」
ちょっと気になって、日曜に急遽、美容院に行ってきた。
そこでそうっと尋ねてみたところ、予想外に老いを感じることになってしまったのだ。
「『前より増えていますね!』ってフツー、あんなに元気よく言う??」
ちょっとだけ、「そんなことないですよ」という言葉を期待をしていたのに。「白髪は前よりも増えていますかねえ?あはは」という、軽い口調で訊いたことが間違いだったんだろうか。
「はあーーー……」
早めに染め直して良かったと前向きに思うべきか、親方から渡された成長不良の薬が別な方向で効いていることを疑うべきか……。
「向こうに行ったら、訊いてみよう」
朝から気持ちが落ち込むなあと思いつつも、支度をして掃除をして、仕事をしに行かないとね。
電車に揺られて例のビルに入って、扉を抜けたら異世界です。
「ええと……」
今週からは、裏道を通ることになっている。
帰りは店の表扉から出てもいいと言われたけれど、従業員になったことで、次の週からは裏口から入るように言われたのだ。
いつもの道と一本違うだけなのに、全然景色が違うんだなあ。
「あれ?」
まだ九時前なのに、忙しく働いている人たちが見える。
大きな体格と明らかに人間とは別な見た目は、オーガの方たちだった。
「工事中なのかな?」
何かを運んでいるところしか見えないけれど、主に工事現場で活躍しているって言っていたもんね。
「じゃあ、そのうちまた腰痛の薬とかを買いに来るかな」
親方に話して、いつでも出せるように準備をしておこうか。
「それにしても、この道は全体的に裏口が並んでいるのかな?」
お店の扉やショーウィンドウがある表側とは違って、窓がたくさん見える。
一階部分は壁と草木に囲まれていることで見えないけれど、住宅街って雰囲気の通りだなあ。
物珍しくてキョロキョロしながら、どういう人たちが住んでいるんだろうとあちこち見回していく。
その中でひときわ大きくて、たくさんの謎の木と葉っぱたちが見える庭が目の前に飛び込んできた。
「うわぁ……」
家庭菜園とか園芸好きってだけではない、実用的な庭を持つ親方の裏庭だ。
実がなっている大きな木は何本も生えているし、色んな形の葉っぱもあれば、蔓や蔦が高い壁越しに元気に巻き付いている。
基本的な薬草はここで栽培していると聞いたけれど、これはさすがに量が多過ぎじゃないか?
管理もだけど、よく覚えられるなあと感心しながら見上げたら、木に登る途中の弟子と目が合った。
「あれ、サワッち」
「デーイさん。おはようございます」
「はよーっス」
ひょいっと軽々と木に登ることも、弟子には必須の条件なのだろうか。
わたしに挨拶をしたら、何かの葉っぱを採ってするりと降りて行った。速い。
「扉がわかんなかったっスか?ここから入るといいっスよ」
「あ、ありがとうございます。失礼します」
収穫した葉っぱは何に使って、なんの木だったんだろうとボーッと見上げているわたしの横で、ガチャリと裏口を開けてくれた。ついでにそのまま、開け方と鍵の閉め方を話していく。
トイレの時もそうだったけれど、すごく丁寧に細かく教えてくれるなあ。
例のへっぽこ冒険者への態度だけが雑な弟子は、他に関してはとっても細かい。そして優しい。
……他のお客さんに対しても、雑といえば雑な対応をしていたか。
丁寧すぎると言われるわたしと、半分こすれば丁度良いのかもしれない。
裏口から改めて入ったら、親方も何かの作業中だった。
「おはようございます。今週もよろしくお願いします」
「おう」
弟子はさっき採っていた葉っぱを持って中に入っていく。親方はいくつかのザルに別な形の葉っぱを入れて、抱え上げたら二階へ向かった。
「手伝います!」
すぐに裏口から部屋に上がって、荷物を置いたら手伝うことにしよう。
二階に降りたらすでに作業が始まっていて、相変わらず手際が良い。
「あれ?これって……」
何をすればとテーブルに近付いたら、とっても見慣れた塊が置いてあった。
収穫した葉っぱを広げていた親方が、わたしの視線の先の塊を説明してくれる。
「ああ、それは外側の硬い皮を剥ぐんだ。根っこの部分も切り分けて、二日酔いやぜん息の症状の薬に混ぜるヤツだ。『ハチク』っつーんだが、知ってるのか?」
「は、はい。皮を剥いだ中身の、柔らかいところを食べるんです」
「中身を食べるんスか!?」
「はい」
見た目だけじゃなくて、『ハチク』という名前もちょっと似ている気がするね。これがわたしが知っているものと同じだったら、絶対に美味しい食材の一つだ。
けれど食べると言ったら、弟子がぎょっとして親方も固まってしまった。
……やっぱり、ここでは食べないものなのかな。
「そりゃそうっスよ。つーか外側の皮と根っこを取ったら、中身は捨ててるんで」
「ええ、もったいない!」
岸さんの野菜もだけど、そう簡単に生産者が捨てると言わないで欲しい。捨てる理由も聞いたけれども、やっぱりもったいないと思ってしまうよ。
これだって美味しく食べるためには、前処理が面倒だと感じる食材だけれども。絶対に美味しいのだと主張するわたしに、呆然と固まっていた親方が口を開いた。
「……サワのとこでは食べるのか?」
「はい。これはタケノコと呼ばれています。上手く灰汁取りをしないと苦くて硬いので、ちょっと面倒なんですけど……。美味しいですよ!」
ちょっと時期が外れているから渋いかもしれないけれど、生のタケノコを使った炊き込みご飯は最高だ。
他にも出汁で煮込んだ煮物とか、鰹節をかけるだけでもお酒のアテにもなる春の定番だと力説する。
「マジっスか?でも、フスベも食えたっスもんねえ……」
「どうせ中身は捨てるだけだ。皮と根を分けたら、中身は使っていいぞ」
「ありがとうございます!」
わぁい、明日はたけのこご飯だあ!
「ふんふーん」
バリッと『ハチク』の皮を剥いだら、根っこの固い部分をまっすぐ切り落とす。
これがカウンターでできる範囲での、わたしの仕事だ。
根の部分はさらに細かく削って乾燥をさせるので、このまま脇に置いておく。
皮は硬い外側の三枚だけは乾燥をさせて、内側の、柔らかい実が出てくるまでの皮は燻すのだ。
それぞれ使い道が違うことで、三種類を保存しなくちゃいけなくて、これだけで場所を取る。
こういうものがあるから、箱が山積みになるんだろうなあ……。
しかし、これはどこで採れたタケノコなんだろう。
業者の二人が持ってきた素材の一つだと教えてくれたってことは、簡単に行ける範囲では採れないんだよね。ってことは、山かな?
午前中に『ハチク』の処理を終わらせれば、お昼休憩の時からコトコト煮込めるだろう。
今日は二階での作業が多いと言っていたので、カウンター裏の部屋の作業台は、わたしが使わせてもらえることになった。
「楽しみだなあ」
どういう料理に使おうかなあ。
たけのこご飯は無理でも、煮物なら親方と弟子も食べられないかな?
絶対に気に入ると思うんだけどと考え込むわたしの目の前に、今日も勝手に出てきた小さいオッサンが現れた。
『……ご機嫌だねえ、嬢ちゃん』
「それはもう!」
だって、なんだかんだとバタバタしていたことで買い忘れていたものを見つけたのだ。
もう季節は初夏だけど、同じ味になるのかはわからないけれど。炊き込みご飯も煮物も好きな和食派のわたしにとって、春のタケノコはとっても嬉しい。
なかなか剥がれにくい、硬い皮でもウキウキと楽しそうに剥いていくわたしに、ランプの精は微妙な顔で見つめている。
『嬢ちゃんはアレかな、残飯処理係?』
「タケノコを残飯とは失礼ですよ!」
『ソレのことじゃなくて……』
捨てるものをもらって美味しく食べることを、残飯扱いとは何事だ。
親方に贈られたウェストポーチから、三十センチ定規を取り出して叩いてやる。
『あいたっ』
「フンッ」
何を食べているのか知らないけれど、タケノコは美味しいんだからね!
「ふう……、これでいいかな」
お客さんの相手をしつつ、『ハチク』の処理が終わったぞ。
カウンターの上を片付けながら、昼食にしようと立ち上がる。
「サワッち、鍋ってこんくらいでいいっスか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
中身は思ったより小さくなっても、一人暮らし用の鍋では足りないくらいの量がある。
使っていない鍋を借してくれるそうなので、弟子がいくつか持ってきてくれた。
「夕食用のお米から出た研ぎ汁と鷹の爪を、たっぷりの水と一緒に煮込む、と」
根っこは素材として使うので、食べられる部分として残ったのは本当にちょっとだけだ。でもそれなりの量はあるから、炊き込みご飯以外に煮物も余裕だろう。
三角形の物体がゴロゴロと鍋の中に転がっていく様子に、ニンマリする。
美味しく食べられますように!
弱火で仕込んだら、昼食を摂ろうと二階に上がった。
「はー、マジで食うんスね」
「良ければ、おかずができたら味見しませんか?」
「うっ、……そっスね」
梅もどきの『フスベ』の時と違って、弟子の喰いつきが微妙だなあ。
何が違うんだろうと首を傾げるわたしに、同じく微妙な顔の親方が呟いた。
「『ハチク』からはいろんな薬ができるが、何かと混ぜないと効能がない。中身はいつも、肥料の一つとしてしか使ってないからな。食べるという発想が、そもそもないものなんだ」
「そうなんですか」
なるほど。肥料にしか使わない中身を苦労して食べるようにしているわたしは、ちょっとどころではない、奇妙に見えているのかも。
あんまり目立たないように生きたいし、せっかく雰囲気が良い職場の人に不気味には思われたくない。しかし美味しいとわかっている食材に似ているものを捨てるなら食べて確かめたい、ということはおかしく映るものなのか……。
梅もどきにシソっぽいものは受け入れられても、タケノコは難しいのかな。
「気持ち悪かったら言ってくださいね」
火を使うことで、一階の別室に置かせてもらっているだけだ。視界に入ることも気持ち悪いと感じるなら、部屋に持っていって夜に作業するよ。
結構な大きい鍋に入れてしまったから、三階まで運べるかは微妙だけれども。
「いやあ、そこまでじゃないっスよ。新しい薬を作ろうって時は、どうしてもトンチキなことをしないといけないっスからね」
「トンチキ……」
カラッと笑いながら、何かの実験だと思えば問題ないと明るく手を振る弟子。
そうか、捨てるものを食べる行為はトンチキなのか……。
この先に似た食材を見つけた時は、もっと気を遣うことにしよう。




