13話:一週目の金曜日
「……後は、やり残したことはないかな」
今日は金曜だ。つまり、向こうに帰る日。
お店の片づけをしたら一日分の売り上げ計算をして、自室の片付けをしたら帰り支度をしていく。
向こうに帰ったら、まずは食料を買ってこないといけない。
冷蔵庫は空っぽで、乾物と調味料しかない状態なのだ。
向こうには週末しかいないんだから、外食をしても良いのかもしれないけれど。やっぱり初任給が出るまでは、少しでも節約しないとね。
ついでに、こっちで時短するために作り置きしないと。
次はひき肉で、ドライカレーの元を作ろうかな。
洗濯物もまとめてリュックに詰めて、部屋から出たら。親方が使いかけのフセンを持って、追加が欲しいとおつかいを頼んできた。
「サワ。悪いがこれと同じ物をもう二つ、買ってきてくれ」
「フセンの、大きいものですね」
わたしもメモ帳のリフィルがいるから、ついでに買って来よう。
「わかりました。他には何かありますか?」
「いや、これだけでいい。あまり頼み過ぎても休めないだろう」
今月は毎週帰ることで、少しずつ頼みたいのかな。
そんなに遠い場所にある珍しいものではないから、散歩がてら買いに行けるものだ。遠慮しなくてもいいのに、「休みは休め」と言われてしまった。
きちんと休めと言われたら、しっかり休まないと月曜に怒られそうだ。
「わかりました。ゆっくりさせていただきます」
安達さんと同じ会社の社員にはなったけど、基本的に親方の店でしか仕事をしなくていいんだもんね。週末はこっちで働けというブラック会社ではないから、業務日誌を届けたらのんびりしようっと。
じゃあこれで帰ろうかと階段に足を向けたら、下の階からドタバタと慌てた様子の弟子が上がってきた。
「あー、サワッち!ちょっちょ、ちょっと待って。オレも欲しいもんが!」
「はい?」
こっちの世界に来るには、特殊な扉を通ってこないといけない。あんまり詳しく説明していないけれど、時間制限があることは伝えてある。
だからか、弟子がものすごく慌てている。
「落ち着いてください、デーイさん。まだ時間は大丈夫ですから」
「あ、マジで?」
両手を振りながら「あの、アレ、アレっス、アレ!」と言われても、なんのことやらさっぱりだ。
帰りがてら、こっちのお店にも寄れる余裕が欲しいと、ちょっとだけ遅い時間に申請してある。だから大丈夫だと伝えたら、ようやく深呼吸をしてくれた。
……あのまま大騒ぎしていたら、階段から落ちていたかもしれないもんね。
ひとまず良かったと一息吐いたら、弟子も「アレ」の正体を教えてくれた。
「サワッちがいつも、食事を持ってくる時に使ってるヤツっス」
「食事を持ってくる時……」
っていうと、オボンのことかな?
部屋に戻って実物を見せたら、それだと何度も頷いていく。
「平らで丈夫で、いっぺんに皿を運ぶ時に楽っしょ?大皿料理が多いんで、コップくらいはまとめて持ってきたいんスよね」
「お皿とコップが乗るくらいの大きさがいるってことですね?」
「そっス」
今度は弟子が自分の部屋に引き返して、二人分の皿とコップが載るくらいの物がいいと話していく。
む、これはしっかり測らないと、お皿が斜めになってしまうね。
「ちょっと失礼します」
テーブルにお皿とコップを置いてもらったら、メジャーでサイズを測っていく。
わたしが使っているオボンとも比べて、手帳に細かくメモっておこう。よし。
「わかりました。一つでいいですか?」
「重ねられたら、三つくらい欲しいっスね」
「同じ大きさの物を三つですね」
色や厚さ、重さも確認したら、ようやくお店から出る時間となった。
「では、また来週、お世話になります」
「気を付けて帰れよ」
「アツさんによろしくっスー」
ぺこりと頭を下げて、二人に手を振ったらお家に帰ろう。
「うわっ」
ちょっと雨が降ったのか、扉を開けたらむわっとした空気が流れ込んできた。
「今は降っていないのかな?」
スマホで週末の天気予報を確認して、置いておいた傘を一応、持って出ることにする。
「長靴はさすがにいらないか」
きちんと扉を閉めたら、忘れ物はないか確認をする。
ハローワークカードと許可書をかざす場所には、使用済みという文字が浮かんでいる。
これは、使用する時には『使用中』という表示になるのだ。
扉を開ける前に、何をしているんだろうと思っていたけれど。この表示が正常に出ていることを確認してからじゃないと、向こうと繋がっていなくて扉が開かないらしい。
「使用済みになったから、大丈夫だな」
使用中の扉は、緊急時以外は使用済みにならないと使えない。
申請者以外も使えない扉は、使用済みになってから三十分以内に手続きをすると同じ世界に行けるらしい。どこにでも、例外というものはあるもんね。
とっても面倒くさい手続きだから滅多に、というかいままで一度もないらしい。そんなよほどの緊急事態って、どんな事態なんだろうか。
「誘拐とか、行方不明とかかな?」
物騒な考えしか浮かばないな。まあたぶん、あんまり間違ってはいないだろう。でも、一度も使ったことがないってところに安心感があるよね。
「……」
どれもらしい、なのは、イマイチ理解していないからだ。
「ま、いっか。使い方を覚えていればいいって言われたもんね」
時間は厳守、許可書はなくさないように。
許可された人以外の行き来は禁止ってことがわかっていれば問題ない。
「いまなら、五分後の電車に間に合うな」
最終チェックをしたら、部屋の扉の鍵を閉めて駅に向かうことにしよう。
「ふう……。あのビルから会社までだと、ちょっと遠いなあ」
自宅がある駅を一旦、通り過ぎないといけないこともちょっとビミョー。
まあ、仕方がないけどね。
それにしても、業務日誌を置きに来て、来週分の許可書を発行するだけで今週は終わりなのか。
金属を扱う専門の職人さんの話を聞いたばかりでは、こんなに楽で良いんだろうかと思ってしまうよ。
「仕事はちゃんと、向こうでしてきたんだけどさ」
まだ降り慣れない駅で降りたら、行き慣れない会社に向かって歩き出す。
これも、そのうち慣れるのかなあ。
今月は週一で来る会社でも、来月からは月に二回だ。
「なんだか、いつまでも慣れなさそう」
今日は、元魔王の社長さんはいるのかな。
駅に向かう人の流れに逆らいながら、少しだけ蒸し暑い街を急いでいく。
「ええと、三階の事務所に行くんだよね」
時計で時間を確認したら、今度は向かう先を確認する。
すでに会社全体が暗くなっていて、就業時間にキッチリ帰ったことがわかる。
向こうに泊まり込んだり、休みの日に引っ越しを手伝ったりするけれど。
その分の休みはあるし、過剰労働過ぎるところはないもんね。
「そうか、ここもホワイト企業になるのか」
他の社員がどういう仕事をしているのかはわからないけれど、たぶん、安達さんとそんなに変わらないんじゃないかな。
いや、あんなにマイペースで社長さんを振り回す社員ばかりじゃ、さすがの魔王でも胃に穴が開くわ。他の人はきっと、見た目と同じく大人しい、普通の社員さんなんだろう。うん。……たぶん。
三階まで階段で上がったら、事務所に明かりがついていた。
「失礼します。沢村、ただいま戻りました」
「ああ、お疲れさまです」
やっぱり、一人だけ終業時間が違う安達さんが残っているだけだった。
何かをまとめていたのか、机の上は色々な紙が散乱している。
「今週の業務日誌です」
「はい、預かります」
そんな仕事の途中で、さらに仕事を追加させることは申し訳ないけれど。わたしの上司は安達さんなんだから、今週の報告は必要だよね。
業務日誌を渡したら、すぐに机に戻って開いていった。
わたしは事務所の奥に向かって、来週の許可書の発行手続きをしていく。
ええと、来週の月曜の朝に向かうから……。
映画館のチケットを買ったり、病院の予約をする機械のようなタッチパネルに、行き来の日付と場所をそれぞれ入力していく。
必須項目の入力をしてから保険証を入れると、画面が一気に埋まっていった。
社員限定のメモリー機能があるらしく、ここからは間違いがないかと、画面内の文字を確認するだけで済む。
「六月十七日の月曜、朝八時出発、と」
帰りは週末の金曜で、こっちは夜十八時となっている。場所も使用者も問題ないとわかったら、決定ボタンを押していく。
ピーという音とともに、画面の奥から用紙が出てきて完了だ。
もう一度、出てきた用紙の内容を確認してからリュックに仕舞っていく。
「ふう……」
振り返ったら安達さんも帰り支度を始めていて、引き出しを閉めたタイミングで十八時を知らせるベルが鳴った。
このまま会社も閉めるようで、事務所の灯りに廊下の電気、窓の鍵なども一緒に確認しつつ、一階へ降りる。
「業者の二人とも会ったんですね」
なんとなくそのまま一緒に会社を出たら、業務日誌の内容を呟いていった。
「はい。次は末に来ると言っていたので、年末でしょうか?」
あんなに大量の荷物を毎月持って来ていたら、収穫も確保も大変だろう。
季節ごとに採れる薬草のことも聞いたので、夏や秋に採集した薬草を持ってくるんじゃないかな。
「そういえば、飛竜を名前で呼んでいましたよ」
わたしに懐いている飛竜の主は、名前は付けていないって言っていたけれども。『イーヴァ』と呼んでいたから、きっとあの大きい飛竜の名前なんだろう。
「家族みたいなものだと感じて、名前を付けたのではないですか?」
「あ、なるほど」
名前がない飛竜は扱いが悪いってわけじゃなくて、家族か仕事仲間かってだけの違いなのかな。
ふぅんと呟きつつ、暑くなったのでお客さんに出すお茶がジュースに変わったことも話したら、安達さんが一つ頷いた。
「ああ、あのジュースですか。向こうでは『キネツ』用ですけど、こっちの熱中症対策にも重宝するんですよね」
「知っているんですか?」
「ええ。会社でも買い付けて、社員に飲ませていますよ」
他の異世界のものも、定期的に買い付けていると話していった。
少し考え込んだ安達さんが、自分の髪をひとつまみする。
「例えば、髪の色を維持する薬剤とか」
「そんなものがあるんですか!?」
それなら毎月、美容室に行かなくても済むじゃないか。
売ってくれっていうか、教えてくれよと訴えるわたしに、あまりお勧めしないと首を振られてしまった。
「これは最終手段ですよ。一度使ったら、二度と戻らなくなるんです」
「……それは困りますね」
「白髪が出てこないという点では良いかもしれませんね」
白髪も出ないでそのままの色を維持するって、かなり危険な気がするよ。
顔を引きつらせながら見上げるわたしに、その通りだと軽く頷いた。
「髪が伸びなくなるんです」
「え?」
「つまり、髪の成長を止める薬剤ですね」
「うぇっ!?」
そ、それは、かなり困るってものじゃないな……。
駅に着いたら定期をかざして、三分後に発車する電車に乗っていく。
ん?安達さんの家もこっち方面なのかな?
まあいいかと立ちながら、周囲を見回したら帰宅ラッシュは過ぎたみたいだ。
人が少ないなら良いかなと、さっきの続きを尋ねてみる。
「その薬剤って、副作用とか何か問題はないんですか?」
「そうですね……。使用した瞬間から成長を止めることになるので、髪を切っても伸びないことが副作用でしょうか」
「うわぁ……」
誰が使うんだ、そんなもの。
絶対に親方が作った薬剤ではないなと却下したら、別な世界のものだと言われてしまった。あ、やっぱり。
だってそんな危険なもの、親方が作るはずがない。
ちょっとホッとするわたしに、どういう世界の人が使うのかを話していく。
「そこでは、女性も男性もある程度の長さを伸ばしたら、生涯そのままと決まっているんです」
「それも何かの宗教ですか?」
「宗教というよりは、まじないの意味が強いでしょうか。髪には神様が宿っていると信じられていて、長ければ長いほど良しとされているようですよ」
それはいま、わたしが行っている世界の『黒髪黒目は教会行き』と、似たような空気を感じるね。
「この世界では、罪人になると髪を切られるんです。肩よりも上の長さだと、即・牢獄行きです」
「どうしてそう、極端な世界ばかりなんです!?」
他はこっちと変わらなくてご飯が美味しくても、一歩間違えれば塀の中って危険すぎるではないか。
そんな世界でも行く人がいるのかと怪しむわたしに、人生も性格も色々だろうとアッサリ言われてしまった。
「色んな人がいるんですから、色んな世界だってありますよ」
「そうですか……」
そんな一言で片付けていいものなのか、深い言葉なのかもわからないな。
……早くお家に帰って、畳に寝転がりたいなあ。




