12話:お店の掃除
朝食や掃除を済ませたら、今日はいつもよりも少し早めに部屋を出る。
三階には誰もいないようで、二階に降りたら弟子が箱を開けながら何かを分けている最中だった。
「デーイさん、おはようございます」
「はよーっス、サワッち。今日は早いっスね」
昨日、気になった表の掃除をしようと思って降りてきただけだ。
雑巾を掲げながら話したら、少しだけ首を傾げられてしまった。
「月末に、まとめて掃除しても大丈夫っスよ?」
「気になった時にこまめにしたほうが、汚れは落ちやすいんですよ」
「ふーん」
あまり神経質にならないように言ったら、すぐに仕分け作業に戻って行く。
「デーイさんこそ、何時に起きたんですか?」
外の音は聞こえなかったけれど、別なザルにはすでに山盛りの葉っぱが積まれている。
昨日の夜になかったってことは、今朝から始めたんだろう。
ザルを指差しながら尋ねたら、少し考え込んで首を振った。
「この時期から明るくなる時間が早くなるっしょ?それと同時に起きちゃうんで、何時かはわかんないっスよ」
ってことは、日の出とともに起きているということか。
いまは六月だけれど、五時には明るくなっている。夜も夜で作業しているみたいなのに、タフだなあ。
「買い取ったヤツの中で、早めに処理しないといけないものがあるんっスよ」
「ふぅん」
それなら、起きたと同時に動かないと間に合わないか。
というか、いつまでもわたしが話し掛けていたら仕事の邪魔だね。
「わたしでも出来そうなことがあったら言ってください」
「わかったっスー」
炒ったり干すことは、店番中にはできないけれど。
砕くとか潰すとか、葉っぱを広げるくらいはカウンターの中でもできると思う。
勤務時間は決まっていても、「今日は終わりだ」と言われても。二人が夜遅くに朝早くまで仕事をしているとわかったら、のんびり寛げないもんね。
無理が続いてどちらかか一気に倒れたら、わたし一人ではなんにもできない。
手伝えることはすると伝えたら、まずは自分の仕事から片付けようっと。
「よし、表の掃除を頑張るぞ」
壁のホコリも落としたら、梯子を持ってきて彫像も磨くとしよう。
「……よし、綺麗になった」
やっぱり窓ガラスがピカピカだと、建物全体が綺麗に見えるな。
かなり大きいショーウィンドウが磨かれたことで他の汚れが気になって、結局、あちこち磨くことになってしまった。
弟子に注意されたばかりなのに、研修中と違って「そろそろ休もう」と言う人がいないと、止まらなくなっちゃうな。気を付けないと。
始める前にタイマーでも仕掛けておこうかと考えつつ、扉の上に視線を向ける。
「んー?彫像は、もうちょっと頻繁に磨いたほうがいいのかな?」
湿気があってホコリっぽい場所だと、それなりに汚れるのはわかるんだけれど。そんなに湿気がない場所で屋根もあるのに、鱗が微妙に汚れていたんだよね。
月に一回と言わず、週一で磨いたらもっとピカピカで過ごしやすくなってくれるかも。
「……ん?動かないんだから、過ごしやすいも何もないか」
でも、せっかく親方が作った彫像だもんね。
お店の看板でもあるんだから、もう少し頻繁に磨くことにしよう。
『ちょっと、嬢ちゃん!ガーゴイルを磨くなら、ボクをピカピカにしてくれよ!』
「親方が、磨いてもいいって言ってないじゃないですか」
磨くには梯子がいるから週一が無難かなあと考えていたら、今日も勝手に棚から出てきた精霊が、表の看板よりも商品の自分だろうと文句を言ってきた。
こういう、しつこくてうるさいところが売れ残っている原因なのかなあ。
『……何かいま、失礼なことを考えなかったかい?』
「考えていません」
『じゃあ、ボクを磨いておくれよ』
「嫌です」
さりげなく自分の要求を乗せてくるところも、しつこいなあ。
しっしと手を振って追いやったら、今日もジュース作りから始めようっと。
「いらっしゃいませ」
「この薬の追加をいただけるかしら」
「少々、お待ちください」
最初はわたし一人のカウンターを見て、顔をしかめられた上で「デーイかモランさんを呼んでくれない?」と言われ続けたけれど。
少しずつ、定番の薬なら間違えずに会計までできることがわかってくれたのか、こうして任せてくれる人が増えてきた。
「『ダンゾウ』の、軟膏にしたものを五十グラム、と」
これは色んな薬になる薬草で、液体は消毒液、軟膏は傷薬、乾燥したものはお茶にしたり、湿布としても使える万能薬だ。
軟膏になったものを取り出したら、もう一度、間違っていないか確かめる。……うん、大丈夫だな。
任せてもらうことに嬉しくなっても、気を緩めてはいけない。
間違ったら大変な薬を扱っているのだと気を引き締めながら、何度も確認をしてからテーブルに乗せる。
「こちらでお間違いないでしょうか」
「ええ、これだわ」
「では、お会計をお願いします」
こっちでは他と混ざったりすると困るものか、粒状のものやお茶の葉以外は袋に入れない。
平らな蓋付きの容器に入った軟膏をそのまま渡したら、金額を伝えていく。
「五十グラムですので、七百八十イーンになります」
「はいはい、ちょっと待ってね」
この話し方も、弟子と違いすぎて奇妙に見られたものだったなあ……。
誰にでもざっくばらんな弟子と違って、性格的にも「これでいいっスか」なんて言えないから、お客さんのほうで慣れてもらうしかないね。
「お釣りと、商品になります。ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げるわたしに、今日も手を振るお客さん。
……やっぱり、年相応に見えていないことで手を振るんだろうか。
首を傾げながら全身を見やるわたしに、にゅるんとまたしても精霊が飛び出してくる。
『周りより身長が低いだけで、嬢ちゃんの顔にはシワとかシミとかあるのにねえ。やっぱり一部の成長不良具合が、子供っぽく見えている原因なんじゃ……』
「やかましい!」
『ぎゃんっ』
じっと一部を見ながら、諦めのような溜息を吐くんじゃない。
『……やっぱり、嬢ちゃんはモランの子供じゃないの?』
「無理言わないでください」
親方とは六歳しか離れていないんだから、どう考えても無理だろう。
『んー……、それもそうか。モランが結婚したのは親方がいた頃だもんね』
「え?」
ないないと勝手に納得した精霊は、そのまま棚の奥に引っ込んでしまった。
親方って、結婚していたの?
そのわりに、この家には奥さんの気配がまったくないんだけど……。
「?」
先代の親方と間違ったのかな?
「いらっしゃいませ」
「今日は暑いわねえ」
ジュースを出したり商品を売ったり、少しだけ慌ただしい金曜だ。
確か、夕方はもっとバタバタするって言っていたはず。
二週間も休んでいたことで月曜もそれなりに忙しかったけど、夕方の閉店間際は弟子が降りてきてくれるから少しは安心だ。
「ええと、今日はこの薬がよく訊かれたなあ」
ガタイのいいおじさま方が、こぞって買いに来ていた商品名を書き込んでいく。
「『カンウ』の種と、『サルバ』の葉と茎を混ぜて作っているんだよね」
金属関係の仕事をしている人には必須の薬らしく、全員まとめ買いをしていた。なので袋じゃなくて箱で買っていくので、金額も量もえげつなかった。
……あれで一年分の量なら、まあまあ安い、のかな?
専門的な薬なら、多少高いことは仕方がないにしても。冒険者になりたての人が買うセットよりも高いんだから、街の一大産業として栄えているとか、顧客をたくさん抱えているとかじゃない限り、薬代で破産しそうな気がする。
「……金額に間違いはないな」
量もだけど、お高い商品が続けて出たのだ。
金額に間違いはないか確認したら、ざっと売上金の計算もしてみる。……よし、大丈夫だな。
たまにだけど、こういう高額商品が出るお店だ。ついでに安いものが多いけど、まとめ買いをすればそれなりの金額になる。
お金も薬と同じく、もっとしっかり管理をしないといけないな。
「ん?わたしが来る前って、親方が対応していたのかな?」
こんなに大きいお金が動く時は、弟子だけには任せないよね、きっと。
「……」
いままでの、月末のみの売上金の清算を思い出して不安になってきた。
昔の帳簿も調べて、間違いがなかったのか調べたい気分になってきたぞ。
親方の経済観念は問題ないと言っていた、安達さんの言葉を信じることにして。お客さんが落ち着いたいまのうちに、さっきの新しい薬をまとめておこう。
二種類の薬草の種や葉、茎はすべて乾燥させていたのか粉状になっていた。
これをお茶として飲むことで、効果が発揮できるそうだ。
「体内に溜まった金属を、この薬で排出する、と」
確か向こうだと金属片が体内に入らない、専門の硬いマスクがあった気がする。
他にも、火花が目に入らないようなゴーグルとか、手袋も燃えない特殊なものを身に着けるんじゃなかったかな?
「こっちでマスクをしている人って見たことないもんなあ」
マスク自体がない世界なら、特殊な薬が必要になるのか。
こういうところも、ビミョーに向こうとは違うなあ。
「っていうか、この薬を飲むだけで金属が出るってすごいな」
いや、逆か。仕事とはいえ、金属を体内に取り込んでしまうんだった。
このお茶を飲むことでスムーズに排出できるなら、かなりありがたいよね。
「金属が体内に溜まるって、どういう感じなんだろう?」
溜まったら悪そうなことはわかっても、溜まり続けたらどうなるんだろうか。
「その仕事に就いた時に注意されるんで、溜めっぱなしで放っておくヤツは滅多にいないっスよ」
「親方か先輩が最初に教えてくれるんですね」
「そっス」
昼食の時間に尋ねてみたら、弟子が指を折りながら順に話していく。
「最初は指先が硬くなるんスよ。これは薬を飲めば助かるんス。ただ次の段階の、関節が動かなくなってきて、呼吸もできなくなったらマジでヤバいっス。なんとかできなくもないんスけど、全身が石になったら無理っスね」
「石になる!?」
「最後はそっスね。なんで、定期的にこの薬を飲まないと困るんスよ」
「ひぇぇ……」
そんなに、怖いことになるんだ。
……淡々と話す口調で危機感は薄いけれど、少しずつあちこち動かなくなるってだけでも十分に怖い症状だ。
手に職の専門の人たちってすごいなあとは思うけれど、憧れだってあるけれど。職業病っていう言葉もあるくらいだ。
なんでもそうだけど、楽な仕事はないってことか。
「……」
この薬を買いに来たおじさまたちには、どの人もキツイとか無理とか、そういう負の雰囲気がまったくなかった。
むしろ、やりがいがあって楽しいということが伝わる顔で、症状と一致しなくてわたしが微妙な気持ちになってくる。
簡単に、「大変な仕事なんですねえ」とは言えない事情がわかって、せっかくのエビフライが飲み込みにくい。
サクッと揚げられただけに、非常にもったいない。
「後継者がいるんで問題ないっスけど、一人じゃ大変な仕事っスよね」
「あ、ちゃんとお弟子さんがいるんですね」
”ちゃんと”っていう言い方もアレだけれど、専門職にこそ引き継いでくれる人がいないと困るもんね。
ようやくホッとしたわたしに、薬屋の弟子がカラッと笑う。
「そういう人たちが安心して仕事ができるように、薬があるんっスよ。サイコーにやりがいがあるっしょ?」
「……ですね」
今日も軽い弟子は、軽い口調でサラッと言うなあ。親方は、ちょっと呆れているみたいだよ?
それでも微笑んでいるから、これはこれで良いコンビってことなのかな。




