11話:左の棚の謎の瓶
「はあ、無事に終わった……」
積まれた箱と袋の量から、かなり多いなあとは思っていたけれど。
取引の金額も大量で、桁を間違って計算したのではと焦ったよ。
「んじゃ、まったねー」
「次は末に来る」
軽やかに巨大な飛竜に飛び乗った二人は、アッサリ空に飛び立った。
「またどうぞー」
「末だな、わかった」
弟子と親方は外に出て、そんな二人を見送っていく。
「ありがとうございました」
わたしはお店の中に入ったままで、ぺこりと頭を下げる。
何度も威嚇されたら、さすがに近付こうとは思わないもんね。
「……さて、と」
買い付けた大量の薬草を、二階に運ぶとしましょうか。
業者がいる間もお店の扉は閉めていたけれど、運び終わるまでそのままらしい。
見送ったらすぐに鍵を閉めて、今度は三人で運んでいく。
「さっきシーズさんが預けようとしていた、薄い茶色の丸い塊ってなんだったんですか?」
弟子が扱える薬草はカウンターの奥の部屋に置くことにして、それ以外のものや取扱注意のものは、すべて二階に運ぶことになった。
箱や袋を運びながら、親方が断ったものの正体を尋ねてみる。
「アレはドラゴンの卵っスよ」
「ドラゴンの卵?」
ええと、確かグリフォンの卵は、巨人族の人たちがお金代わりに使っているって言ってたね。
「ん?」
つまり、これから竜が産まれる卵を預かってくれってことだったの?
「そっスよ。でもほら、サワッちは例のワイバーンに好かれてるっしょ?さすがに産まれたてのドラゴンに威嚇されないとは思うっスけど、それを知ったワイバーンがどうするかも言ってじゃないっスか」
「ああ……、はい」
喰いちぎるって言ってたね。
顔を引きつらせるわたしに、弟子が軽く頷いた。
「ドラゴンって人気の商品なんスけど、すげー気位が高いんで扱いにくいんスよ。なんで、卵から育てるのがフツーなんス。ただ扱い方を知らないと、それもそれで厄介なんスよねー」
「はあ……」
卵が孵るまでの、温度調整とか食事の世話が大変とかかな。
鶏の卵を思い出しながら首を傾げるわたしに、弟子が自分の鼻を指差して言う。
「それもあるっスね。ドラゴンって、ブレスって呼ばれてる鼻息で、炎とか氷とか色々出せるんっスよ」
「え!?」
「その色々を、上手に出せるように育てるのが難しーんっス」
「……なるほど」
一種類だけじゃ、商品価値はあんまりないらしい。
そりゃあ人間だって、頭が良くて運動もできたほうが色々と便利だもんね。竜の世界も大変だなあと、しみじみ溜息が出てしまうよ。
どんな子だって可愛いはずなのに、商品となるとシビアなのか。
「……」
いや待て。
そんな面倒くさそうな竜の世話を、ど素人に任せる気じゃなかった?
袋を持ったまま固まるわたしに、箱を置いた弟子が振り返る。
「親方は育てたことがあるっスよ。サワッちじゃなくて、親方に任せようとしてたんじゃないっスか」
「あ、ですよね。……良かった」
目が離せない竜の世話を任せられたら、向こうに帰れなくなってしまう。それはとっても困る。
人の子育て経験も皆無のわたしに竜の子の世話まで親方がすることになったら、絶対に過労死してしまうだろう。
断って良かったとホッとしたら、箱を積み上げていた弟子がポツリと呟いた。
「親方は忙しいっスから、どっちにしても預かんないと思うっスよ。でもサワッちがワイバーンに特定されてなかったら、試しに預かったかもしれないスね」
「うぇっ!?」
「良かったっスねー。先にツバつけられといて」
「……」
ニカッと、さっきのシーズさんみたいに悪びれずに笑う弟子。
……これは、良かったことなのか?
っていうか妙齢の男性ではなく、飛竜に「オレのモノ」だと言われているわたしって、一体……。
妙な気分になりながらも、まだ勤務時間は終わっていない。
運び終わったら軽く掃いて、テーブルを片付けたら扉を開けることにしよう。
『はー、良かった。危うく売られるところだったよ』
表を掃いて戻ってきたら、伸びをしながらランプの精が出てきた。
相変わらず、自由に出入りしているなあ。
伸び伸びと浮遊しているランプの精は、とってもホッとしている。
もしかしなくとも親方がドラゴンの卵を預かっていたら、代わりに売られていたんだろうか。
帰るまで大人しくしていたランプの精が、そのまま店内をふわふわ飛んでいく。
『ここでまた新しいドラゴンが増えちゃったら、ボクの居場所が狭くなるからね。引き取らないで良かったよ!』
「え?」
居場所って、ランプが押しこめられている棚のことかな。
「……と、いうことは」
やっぱり、もしかしなくとも。
この棚の中に置いてある瓶の中身って、小竜ってこと?
じいっと棚を見つめるわたしに、ランプの精が片眉を上げる。
『なんだい、いまごろ気が付いたのかい?』
「いままでじっくり、まともに見てこなかったので」
説明も詳しくされていないし、買っていく人だって、一度もお目に掛かったことがないのだ。そんな商品は、存在自体を忘れてしまうよ。
『おいおい。嬢ちゃんはボクを忘れないでおくれよ?』
「できれば、いますぐに忘れたいんですけどね」
両手で顔を覆いながら、シクシクと泣き真似をする精霊。
チラチラと指の隙間から窺う様子は非常に鬱陶しい。そしてあざとい。
『えっ、可愛くないのかい?』
「むしろ、自分のどこらへんが可愛いと思っているんですか?」
『全部に決まっているだろう!』
ドーンッと両手を開きながら、全身が可愛さに溢れていると真顔で主張する。
「可愛さの欠片も見当たりませんね」
手のひらサイズの小ささは、可愛いと言えるかもしれないけれど。わたしの中では『こうるさくて失礼な、ただの小さいオッサン』という認識しかない。
どこを見ても可愛くないと言い切るわたしに、小さいオッサンがやれやれと溜息を吐きながら、呆れたような口調で首を振る。
『嬢ちゃんは目が悪かったんだったね』
「はいはい」
同情されているような、憐れむ視線を感じるけれど。無視だ。
しっしと手を振って追い出したら、通常業務に戻ることにしよう。
「ありがとうございました」
本日、最後のお客さんを見送ったら、そのまま扉と鍵を閉めていく。
「あれ?」
床は途中で掃いたけど、扉は拭いていなかった。
微妙な汚れを見つけたので、明日はショーウィンドウも磨くことにしよう。
「いつも床と天井を掃くだけで、拭き掃除はしていなかったね」
お店の中の商品は、暇があってもなくてもこまめにモップを掛けているけれど。通りがかりの人たちの視界に入る表こそ、常に綺麗にしていないといけないよね。
忘れないうちに明日の予定として書き込んで、ズレている商品を直していく。
『嬢ちゃんは、ボクを磨くことも忘れないでおくれよ』
「親方が磨いていいって言ったら磨きます」
最近は勝手に出てくることが当たり前になっているから、磨いた途端に『願いを叶えるまで戻らない』ということはないだろう。
それでも微妙に怪しいランプの精は、極力、近付かないほうが無難だ。
『モランが磨けって言ったら、嬢ちゃんが磨いてくれるってことかい?』
「わたしの目の前で、親方が磨いても良いって言ったら、です」
『……相変わらず、面倒な言い方をする嬢ちゃんだね』
面倒な客をすべて来させないようにしてやろうという、危険な願いを叶えようとしたのは誰だって話だよ。
言質を取られたらたまらないので、わたしの前で、親方自身の口から聞かないと磨かないと念を押しておく。
……っていうか結局、こうしてなんだかんだと会話に付き合わされているな。
わたしの周りには、強引で図々しい人しかいないだろうか。
『嬢ちゃんも、なかなか強引だと思うけど?』
「……」
梅っぽい実に、シソに似た葉っぱまでもらった経緯を思い出して、わたしもなかなか強引だったことに気付いてしまった。
あれは最終的にお店の新商品に加わりそうだから、結果オーライなだけだ。
『今日もたくさん仕入れていただろう?その中で、気になるものもあるんじゃないのかい?』
「……」
全部を見たわけじゃないから、「ない」と言い切れないところが微妙に悔しい。
甘いジャムばかりっていうのもアレだから、おかずになるようなものがあったら嬉しいな。もちろん梅以外のお酒も仕込みたいし、味噌も作ってみたい。
どういうものだと良いかなあと想像するわたしに、精霊が半眼を向けてくる。
『嬢ちゃんの食い意地は、確実にモランたちにも影響しているねえ』
「うるさいですよ」
ぺしっと帽子を叩いたら、しっしと手を振って追い払ってやる。
それはもう突っ込まれたことなんだから、二度も言わなくていいんだよ。
カウンターに入ったら、今日の売り上げ金と一緒に、買い取った薬草の一覧表もまとめて抱えていく。
業者に支払ったお金は金庫から出してきたものだから、売上金とは関係ない。
「最初は、ここから支払おうとしていたんだよね」
紛らわしいからやめてくれと止めたことで、別会計になって良かった。
代わりに今日の売り上げとは別に、仕入れた商品は票にまとめて、使ったお金も数えることになってしまったけれど。
「まあ、仕方がないね。わたしからお願いして分けてもらったんだもん」
細かいと言われても、こういう積み重ねがあとで生きてくるのだ。
プラマイゼロ、黒字寄りの売り上げになるように今日もしっかり計算しよう。
『嬢ちゃん、おやすみー』
「はい、おやすみなさい」
カウンターに入る扉も閉めたら、残ったジュースを回収していく。
やり残したことと、忘れ物がないか確認したら、奥に通じる扉も閉めるのだ。
ひらひらと、真っ暗いお店の中で小さな手のひらが見える。
最初はお化けかと焦ったけれど、いつもの精霊なんだから怖くない。
今日も無事に終わったことにホッとして、計算が終わったら夕食を作ろうっと。




