10話:専門業者の来店
「チチチチ……」
人差し指を動かしながら、鳥を呼ぶみたいにわたしに声を掛けてくる。
「ダメか」
なんの反応もないとわかったら、すぐに座り直した。諦めが早いな。
「じゃあ、ピーピーピー」
「……」
諦めたんじゃなくて、別な鳴き声らしきものに言い換えただけだった。
「あれ?これもダメか。じゃあ……ゴホン。キューキュー!」
「……」
あの……、いつまで見ていないといけないんですかね。
「これにも無反応?じゃあ、とっておきの……あいたっ」
まだ続けようとする小柄な女性の頭を、大柄な男性がこづいていく。
「やめろ、シーズ」
……助かった。これで止まってくれるだろう。
小さくホッとするわたしの横から、メモ帳を持った弟子が二人に言った。
「そっスよ、シーズさん。サワッちはこう見えて、キルゼさんと同い年っスよ?」
「そうなの?じゃあ小鳥じゃなくて、ドラゴンの鳴き声のほうが良かったか」
「そういう意味じゃねえっス」
「……」
呆れ顔の弟子が、突っ込むのも疲れるという口調で呟いた。
何歳だったら小鳥に反応して、ドラゴンは何歳からなんだ。わけがわからない。
このやり取りは異世界ジョークか何かなのだろうかとカウンターの中で避難しているわたしに、「悪い悪い」と、全然悪がっているように見えない顔で、へらっと笑いながら小柄な女性のシーズさんが頭を下げる。
いつも手を振る挨拶をされることと一緒で、あやすというか、シーズさんなりの子供に対するコミュニケーションのつもりだったのかもしれない。
それなら無視して悪かったかなと考え直しても、どう反応すればいいのかわからないんだから仕方がない。
「真面目に考えるだけ損っスよ、サワッち」
「……わかりました」
難しい顔をしてしまったわたしに、弟子が「深く考えるな」と言ってくる。
もしかしなくとも、半分くらいは冗談だったのかな。
「……」
どう対応することが正しかったんだろうか。
次があるかもしれないから、後で訊いてみることにしよう。
お店の中には、大量の箱と袋が積まれている。
飛竜から降ろした荷物で、四人がかりで運んだのだ。
え、五人じゃないのかって?
わたしはほら、アレですよ。戦力外通告、もとい「タオルとジュースを人数分、用意しておけ」という親方の命令通りの仕事をこなしておりました。はい。
十キロくらいなら持てるのに、外に出ることも禁止されては仕方がないね。
わたしより少し大きめなだけのシーズさんは、ガンガン運んでいるのに……。
お茶出しも立派な仕事だれど、微妙に頼りにされていない気がして唇を尖らせてしまう。
「っはー……。やっぱ暑くなったら、モランさんとこのコレだよねえ」
ごくごくと勢いよく飲むシーズさんのコップに、ジュースを追加していく。
「ありがと、サワッち!」
「はい……」
弟子に言われることは慣れても、さすがに初対面の人に言われるのは微妙だな。
「っかー!生き返った!」
飲み終わった後も勢いがいいシーズさんは、コップも普通に置かない。ガンッとイイ音を響かせながら、叩きつけるように腕を振り降ろした。
「おかわりはいりますか?」
「んーん、いまはいいや!」
動きも声も、大きな人だなあ。
お店の前で親方と弟子を呼んだ声も大きかったと思い出していたら、深い溜息が聴こえてきた。
「はー、……ったく」
勢いがよすぎて飛んできた水滴を丁寧に拭きながら、顔を歪めていたキルゼさんが荒々しい妹を窘める。
「イーヴァには大人しくしろと言っといて、お前が落ち着きねえよ」
「しょーがないじゃん、こっちがあっついんだもん。それにあんな反応、するとは思わなかったじゃん」
この二人は兄妹らしく、最初からポンポンと何かと言い合いのような会話をしていくことが普通らしい。
兄のキルゼさんは、わたしと同い年だと話していたね。でも栗色の短髪と彫りが深くて日に焼けた顔で、もっと年上に見える。……っていうか、しっかりしているお兄さんという雰囲気が、余計に年上に見えるのかも。
親方と並んでも引けを取らない長身だけれど、全体的に細い印象だなあ。
これは細マッチョと言うのかな?たぶん。
妹のシーズさんは、全体的に丸っこい。
丸眼鏡を掛けていることと、頭のてっぺんにドーンッと丸い大きなお団子が一つ乗っかっている髪型だからかも。
そばかすが可愛らしくて、薄いピンクの髪にも合っている。
瞳がこげ茶色なことと、丸っこい目元がそっくりな二人は、暑いと言いながらも店の中でも重装備だ。
フード付きのマントの下には、冒険者よりは身軽そうだけど、頑丈そうに見えるジャケットを着込んでいて、肩や腰にはジャラジャラと何かがぶら下がっている。
カトラリーっぽいものが見えるけど、アレは武器としても使うんだろうか……。
あちこちについているポケットは、全部が中身入りのようでふくらんでいる。
暑苦しい見た目だけれど、頼りない例の冒険者よりとっても頼もしく見えるね。
「ま、へなちょこ冒険者よりは修羅場くぐってっからね。お客さんに頼まれた品物は、期日までに必ず手に入れることがわたしたちの仕事だし」
キランと眼鏡を輝かせながらイイ顔をしたシーズさんは、「アゼロたちが冒険者なんてウケる―」と言った瞬間、お腹を抱えながらケラケラ笑い転げてしまった。
なんというか、感情の起伏が激しい人だなあ。
「いちおー、ダンジョンで経験積んでるみたいっスよ」
「マジでー?アレに倒されちゃダメっしょ」
「……」
知り合いにそう言われるほど、あの二人はダメダメなのか。
……窃盗犯を外まで運ぶ役になったらしいけど、途中で逃げられなかったかな?
これは次の会った時に訊いてみようと脇に置いて、お店の中に積まれた箱に視線を向ける。
大量の箱や袋の中身は、すべて親方が頼んだ薬草が入っている。
採れたての新鮮なものから、加工済みのものまで。そういう細かい要望も聞いてくれるらしい。
ふぅんと見回すわたしに、シーズさんがニコリと微笑んだ。
「サワッちもなんか頼みたいのあったら、いつでも言ってね」
「ありがとうございます」
そう。巨大な飛竜に乗って来た二人は、午前中に話していた業者さんだった。
「……ん?」
そういえば親方が、ランプの精に「キルゼに売る」って言ってなかったっけ?
買い取りもしてくれるのかなあと思いつつ、準備のできた親方が降りてきたら、いよいよ交渉の始まりだ。
業者とのやり取り中は、お店を閉めることになるみたい。
荷物を運び終わったら、弟子が扉と鍵を閉めてしまったのだ。
「お店を急に閉めて大丈夫ですか?」
二週間休むことになった時は、わざわざ張り紙をしていたはずだ。
『一時休業中』とかなんとか、お知らせをしなくていいのかと弟子に尋ねたら、表をちょいちょいっと指差した。
「近所の人じゃなくても、アレでわかるっスよ」
「……なるほど」
とっても巨大な飛竜は、今はスヤスヤと眠っている。
こんなにデカいものがお店の前を陣取っていることで、親方のお店に業者が来ているということが伝わるのだと教えてくれた。
ふぅんとショーウインドウから飛竜を覗き見たら、ピクッと耳が小さく動く。
キシャーッ!!
「うわっ!?」
グワッと噛みつくような顔をこっちに向けて、さらに叫ばれてしまった。
な、何かしたのかな、わたし……。
別な飛竜にはどつかれるくらいに好かれているというのに、ギャップがひどい。
暑いから水か何かを運ぼうと思っても、あんなに威嚇されたら近付けないや。
「あーあー……、思い出した!」
「え?」
この前、例の飛竜に会いに行った時は、別な飛竜には特に反応されなかった気がするんだけどなあ。
嫌いな臭いでもしているんだろうかと首を傾げるわたしに、シーズさんがポンと手を叩く。
「そうだった。あれでしょ、サワッちがお店に新しく入った人でしょ?」
「はい、そうです」
「主じゃないのにワイバーンに気に入られた、妙ちきりんな子!」
「はあ……」
どんな噂をされているんだ、わたし。
ちょっと顔を引きつらせながらも、小さく頷いたらニカッと笑った。
「そのワイバーンの主に言われなかった?他のワイバーンには乗れなくなるって」
「あ、はい。言われました」
会うたびに頭をグリグリと押し付けられて、マーキングらしきことをされるんだよね。
それと何か関係があるのかと見上げたら、キルゼさんに付け加えられる。
「乗れないっつーか、ワイバーンは縄張り意識が強いからな。他のモノになってるヤツには近付かれたくないんだよ」
「うぇっ!?」
残ったジュースを飲み干しながら、なんだか物騒なことを言われたぞ。
……ええと、つまり。
「サワッちは、あのワイバーンのモノってことになってるんスから、そりゃあ他のワイバーンは近付かれたくないっスね」
「そ。人のモンに手ぇ出すと、報復が怖ぇ」
「……」
特定の主にしか懐かない飛竜は、主を変えることはない。
そして縄張り意識が強いのに、もしもわたしが別な飛竜と仲良くなったら……。
「喰いちぎるかな?」
「だな」
「ヒィッ!?」
二度と他の飛竜に乗れないってことだけじゃなくて、近付くと危ないってことも言っておいてよ!
「他の、ちゃんと主がいるワイバーンは、自分で近付かせないように威嚇するから安心していいよ」
「はあ……」
ケラケラ笑いながら、「だからさっきウチの子が暴れてたのかー」と、ちっとも反省の色が見えない軽い口調でシーズさんが頷いていく。
だから親方は、わたしに外に出ないで飲み物の用意をしろって言ったんだね。……英断すぎる。
「あ。ってことは、これを預けるのもダメか」
「なんだ?」
何かを思い出したシーズさんが、たくさんあるポケットの中をまさぐり出す。「これなんだけど」と取り出したものは、手のひらサイズの小さな球体だった。
「む?」
おお、綺麗な丸だなあ。
薄いベージュ色の丸い物体は、きちんと箱の中に仕舞われていた。
……ポケットの中という雑な扱いと、箱と布で厳重に包んでいるというギャップがひどいなあ。
ついでにこれを見た親方の、眉間がものすごく寄っていることが気になるね。
「いやいやいや。いまの話の流れでコレ出すって、シーズさん」
弟子まで微妙な顔をしながら、手と首を振って「マズイっスよ」と言っていくコレとはなんだろうか。
親方は好奇心から覗き込もうとしたわたしを手で制して、それ以上は近付くなと止めていく。……そんなに危険な代物なの?
三歩下がったわたしを確認したら、シーズさんに向かって口を開いた。
「断る」
「だよねー」
「え?」
親方も却下したことで、シーズさんのポケットに仕舞われてしまった。
……何を預けようとして、何を却下されたんだろう。
「そんなもんより、頼んでいたものを見せてくれ」
「わかったー」
それほど重要ではないのか、サッサと箱の中身をテーブルに開けていった。
「??」
弟子が小さくホッとしたことも、意味がわからないな。
あとで訊いたら教えてくれるかな?




