9話:お店番と突然の来客
「そうだ。暑くなったから、飲み物も変えないといけないんだった」
前のものは、熱めのお湯で飲むお茶だ。
ふんわり良い香りで、鎮静効果があるお茶だったから重宝したなあ。
しかし、いまの季節は向こうで言う初夏。
「お店の中はひんやりでも、さすがに外から来ると暑いもんね」
熱いお茶も必要な人には出すけれど、これからは基本的に冷たいものを出すことになった。
朝の掃除が終わったら、カウンターの中で準備をしていこうっと。
「よ……っと」
ゆっくり、液体の入った大きな瓶を置いていく。
両手で抱えてもかなり重く、ドシンという音が店内に静かに響いた。
この中には、『ジョウゴ』という薬草の茎を絞って出た液体が入っている。慎重に扱った理由は、瓶の中身が綺麗に二色に分かれているからだ。
「ええと、下に沈んでいる緑色のほうは、後で乾燥させて別な薬に使うんだよね」
こっちはほとんどが茎の残りカスで、飲み物は上澄みにできたピンク色の液体を使うことになる。
それぞれの効能が違うことで、混ざらないようにしないといけないのだ。
かき氷屋さんが使うような、柄の長いお玉で上澄みのピンク色の液体だけを丁寧にすくっていく。
茎の残りカスが沈んでいるからか、とっても澄んだ綺麗なピンクだ。
「お玉一杯分を別な瓶に入れたら蜂蜜を加えていく、と」
そうするとピンク色の液体は、あっという間に透明な液体に様変わりするのだ。
「これを瓶の蓋ギリギリまで水を入れて、薄めたら完成っと」
二瓶分、作ったら、冷蔵庫に入れて冷やしておく。
冷凍庫に氷があるかの確認をしたら、ようやく開店準備が整った。
「まだ時間があるね」
忘れないうちに、ジュースの作り方と薬草の効能を書いてまとめようかな。
「薬草の名前は『ジョウゴ』。見せてもらった感じだと、竹みたいな外見かな」
わたしの腕くらいの太さでも茎って呼ぶんだよなあ。あれはもう、幹の太さじゃないの?
この特徴的な節のある茎を絞ることで、さっきの液体ができるのだ。
絞った茎と一緒に瓶に入れると、上はピンクの液体、下は緑色のカスに分離するとは……。
「やっぱり、不思議だなあ」
そのままだと効果はないけれど、薄めたものを冷やして飲むと熱中症予防になるらしい。
こっちでは、熱中症じゃなくて『キネツ』と言うみたい。
「体温は高くないのに熱がこもったような症状で、頭痛に吐き気がする、この時期独特の奇妙な症状からきてる呼び名、と」
まさに、熱中症の症状だね。わたしも気を付けなきゃ。
このジュースは、向こうの梅雨の時期から、大体、九月過ぎまでお店で出すものらしい。
……と、いうことは、九月過ぎまで暑いってことなのかな。
残暑が厳しいのは困るなあとゲッソリしつつ、それならいまから自分の分も確保しておきたいと考え直す。
「お昼に飲ませてもらおうかな」
何事も、味が大切だ。
美味しかったら、初任給で買うリストに追加しよう。
「よしっ」
とりあえず、棚のホコリを取ったら扉を開けようか。
「いらっしゃいませ」
虫よけの薬を何人かが買いに来て、それなりに忙しい午前中。
「ありがとうございました」
手を振り返したら、カウンターの中のお金と伝票を確認しよう。
「ええと、『カモギ』の果肉と土を混ぜたものが、虫よけの薬になるんだよね」
果肉を混ぜると聞いたら、なんだか腐っているような微妙な臭いなのかと思ったけれど。そんなことはなく、ちょっと土臭いだけの自然な匂いだった。
これは通気性のいい小さい袋に入れて、窓とか扉とかに吊るしておくらしい。
「このお店に吊るしてないのは、いつも色んな匂いがしているからなのかな?」
それとも虫も捕まえて何かの薬に使うから、虫よけは不要ということ?
「……」
虫も薬になるって、どこかで聞いたことがあった気がする。
でもいままで見た薬の説明では、幼虫とか蛇の皮とか、そういうものを潰したり練ったりはしていなかった……はず。たぶん。
「さすがにね、うん。それはないね、ないない」
それならカウンターの左側に並んでいる、瓶の中の鱗はどういうことになるんだよって話だけれども。
「……」
チラッと、左側の棚に視線を向ける。
光の加減で見えにくいけれど、やっぱり瓶の中に生き物らしきものが入っているような気がする。
「……」
マムシとか、そういう類のものなんだろうか。
いまのところ、買っていくような人も親方や弟子が足すところも見てはいない。……から、余計に誰がどんな目的で買うのか気になっている。
お客さん一号が来たら、使用目的を教えてくれないかな。
いや、ここは親方のお店なんだから、親方か弟子に訊けば早いんだ。
「……」
なんて訊けばいいんだろうか。いや、フツーに、フツーに「あの棚の商品はなんですか?」ってこう、軽く訊けばいいんじゃない?うん、そうそう。
「……そうそう、そうだった。伝票が足りないんだった」
そうそう。いまは仕事中なんだから、お仕事をしないとね。
ポンと手を叩いて顔を逸らしたら、真っ白い紙を取り出して、定規で線を引いていこう。
「よし、たくさん作ったぞ」
パソコンとプリンターがあれば、ちょちょいっと作れる伝票でも、ここでは全部手書きだ。
家にあれば作ってくるんだけど、あいにくウチにある家電は冷蔵庫だけだ。
それにインク代とか電気代とか、経費にするから計算しろと言われても困る。
経費と言えば、安達さんなら抜かりなく、ちょっと多めを申請しそうだな。
「このくらいあれば、しばらくは間に合うかな」
日付と薬の名前、値段が簡単に書ける票を作り終わったところで、ちょうど昼食の時間になったみたいだ。
軽快にタンタンと下りてくる足音が聴こえたと思ったら、弟子がひょこっと顔を出す。
「サワッち、昼にしましょー」
「はい」
軽く合わせておいたお金を丸ごと仕舞ったら、お店を閉めて二階に上がろう。
「そういえば季節とか、その場所でしか採れない薬草ってあるんですか?」
大皿に乗せたおかずと、ご飯とお味噌汁をお盆に乗せてテーブルについてから、ちょっと気になったことを訊いてみる。
さっきの熱中症予防のジュースは、まさにこの時期にしか売れないものだろう。
けれど、いまから準備をしていては遅い。そこで、たぶんだけど春とかに採れる薬草を使っているんじゃないかなあと思ったんだよね。
そうすると、やっぱり季節ごとに採れる薬草も違うのかなあと気になったのだ。
わたしの話を聞いていた弟子が、むぐむぐとゆっくり食べながら何度か頷いた。水を飲んで一息吐いたら、いっぱいあるとアッサリ言った。
「基本、裏庭にあるもので間に合うんスよ。ちょっと特殊な効能があるものとか、特定の地域でしか採れないものとかも当然、あるっスよ」
「そういうものは、専門の業者が買い付けて届けてくれることになっている」
「専門業者ですか」
そういう人の存在を、前にチラッと話していたかも。
ふぅんと頷きながら聞いていたら、薬草の名前を弟子が呟く。
「一番、特殊な薬草は『ハナボウソウ』っスかね?」
「『ハナ……ボウソウ』??」
「そっス。海岸沿いの、かなり限定的な場所にしか生息しない植物なんスよ。その根っこを乾燥させて粉にしたものは、血液とかの流れをよくする薬に加えるんス」
「へえ……」
慌てて取り出したメモ帳に書き加えて、効能も付け足しておく。
血液の流れをよくするってことは、冷え性とかに良いのかな?
「そうだな。リウマチや関節痛、肩こりにも効く」
「それは助かりますね」
今度は冬によく出そうな症状だけれども、肩こりはいつでもあるもんなあ。
「でもこれは、効能が高すぎてちょっとしか必要ないんス。つーか根っこが細くて厄介なんで、乾燥させたものを取り寄せてるんス」
「細いと厄介なんですか?」
ジュースに使った『ジョウゴ』みたいに、太い茎を絞るほうが面倒じゃない?
「太いと、全体重をかけても大丈夫っしょ?これが細いヤツだと、丁寧に筋取りをしながら粉にしないといけないんっス。筋が残っていると他の不純物が混じって、効能が落ちるんスよ」
「……なかなか、大変ですね」
「ま、やりがいはあるっスけどね」
面倒だの厄介だの言いつつ、弟子は楽しそうに笑うんだよなあ。
フフンとちょっと得意そうな表情の弟子を見た親方も嬉しそうだし。
やっぱりこのお店は、師弟関係も雰囲気もいいなあ。
「あ、つーか、業者はそろそろ来るっスよ」
「ああ、そうだな」
「え?」
午前中の売り上げの計算をしようとテーブルを片付けたら、弟子がそろそろじゃないのかと親方に振り返った。
軽く頷いた親方を見て、弟子が身振り手振りで教えてくれる。
「なんかこう、やたら大荷物でホコリだらけのデコボコの二人組が来たら、オレと親方を呼んでくださいっス」
「わ、わかりました」
血だらけで土だらけの冒険者たちは、店先で追い返していたけれど。その業者の人たちは、ちょっとくらいホコリまみれでも入店オーケーらしい。
……でも、そうか。
あちこち渡り歩いて、珍しい薬草を採取してくる人だもんね。
追い払うんじゃなくて、敬意を払おう。よし。
「忘れてた……」
午後はのんびり始まって、すぐに手持ち無沙汰になってしまった。
それなら棚のホコリを取ろうかとモップを掛けている最中に、例の、鱗が見える瓶の中身を聞き忘れていたことを思い出した。
「……」
じっと、初めて瓶に顔を近付けてみる。
「ふん?」
変な臭いはしないな。むしろ、ハッカのようなスッキリした香りがする。
「保存液か、何かの匂いなのかな」
うっすらと鱗が見えるだけで、それほど中身はハッキリ見えないのだ。それなら匂いはどうなのかと顔を近付けたら、意外な香りがしていた。
ふんふん。爽やかな香りと、微妙に見えない中身が不気味ですな。
「トロっとした液体の中に入っているっぽいな。ん?スライム?」
貴重な商品はスライムで保管しているって、親方が言っていたはずだ。
よく見ると、瓶の中は緑や青、赤や黄色といろんな色に分かれている。
「赤は火に関係するものを保存することに適しているから……。もしかして、火を噴く竜とか?」
わたしの手のひらに収まるくらいの瓶に入るということは、小竜なのかな。
「小竜を瓶に閉じ込める理由ってなんだろう」
小さい頃に買って、主に懐きやすくする、とか?
いや、鱗が見えるだけなんだから、蛇の可能性も十分あるね。
どっちにしても、冒険者以外に誰が買って何に使うんだろうと思いつつ、黄色い瓶に顔を近付けてみる。
うーん……。こっちは若干、花の匂いかな?
『……』
「……」
ふんふんと瓶を嗅ぐわたしを、じっと見つめる視線を感じる。
『……』
「……」
いつもはうるさいランプの精が、ただ黙って見つめているのは奇妙だな。
「何か用ですか?」
『嬢ちゃんが何をしているのか訊こうと思ったけど、不気味だからやめただけ』
「あ、そうですか……」
確かに、瓶に顔を近付けて嗅いでいる行為は不気味だね。
そういえば、ふわふわウロつくこのランプの精は、親方の親方の代からこのお店にいるんだよね。
商品についても詳しいんだろうかと目で追っていたら、外が急に暗くなった。
「ん?」
急に、天気が悪くなったのだろうか。
外に出たわたしの目の前で、大きな青い翼と鋭い牙が並ぶ口が大きく広がった。
「うぇっ!?」
キシャーッ!!
「うるさっ」
甲高い叫び声に耳を塞いだら、今度は二つの塊が目の前に降り立った。
「イーヴァ、どうした?」
「……飛竜?」
わたしになぜか懐いている飛竜より、かなりデカいサイズだ。上がよく見えないくらいに、倍以上ありそうな巨体っぽい。
その巨大な飛竜から降りた小柄な塊が、叫ぶ飛竜を宥めている。その横では、大柄な男性が道に箱を次々と積んでいった。
「よっと」
「わっ」
何が入っているのかわからないけれど、かなり重いものらしい。
ドンドンッと、明らかに重そうな音を響かせている。
「おっかしーなあ。いつも大人しいのに」
「おい、お前も運べ」
落ち着かない飛竜の首輪についている紐を振りながら、制御をしようとしている小柄な人に、大柄な人がジロッと睨んでいく。
けれどお店に振り返りながら、紐をポイッと投げ渡して言った。
「まずは、挨拶からでしょ」
くるりと振り返った小柄な人が丸眼鏡をキランと輝かせたら、口の端をニイッと上げる。
「モランさーん、デーイ!きーたーよー!!」
お店の扉に隠れるように窺う、わたしは視界に入っていないみたいだ。
二階の壁に向かって叫んだら、積まれた箱に手を伸ばす。
「んじゃ、運ぼっか」
「……」
完全に、「いらっしゃいませ」というタイミングを逃してしまった。




