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本日付で、クビになりました。~三十六歳、異世界に再就職します~  作者: くまきち
第二章:平日異世界、週休二日
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2話:社長さんと上司

 ただの社長と平社員というだけではない不思議な関係の二人のやり取りは、どう見ても安達さんのほうが有利だね。


 疲れ切っている社長さんを解放する意味でも、例の扉の許可証の取り方とか業務日誌を届ける時の注意事項なんかは、早めに覚えたほうが良さそうだ。


 すぐに手帳を取り出したら、これからの予定を尋ねようか。


「それは上司の安達に一任している。働け、安達」


 社長さんに向き直ったら、横の人にと訊くように言われてしまった。


「はいはい。そういうわけですので、帰りましょうか」

「あれ!?」


 これからの日程を尋ねようと身構えたのに、サッサと立ち上がった安達さんに「今日は帰ろう」と言われてしまった。


「早めに用事が終わったら、足りない日用品を買いに行くと言っていましたよね?あまり遅くならないほうが、いいんじゃありませんか?」

「それは、そうですけど……」


 とりあえず、今日は正社員の手続きだけを済ませに来たらしい。

 疲れ切った社長さんを休ませる意味でも、早々に退出したほうがいいか。


 なんかもう、早く帰ってくれと言わんばかりに手を振っているしね。




「残りは明日で……って、明日は髪を染めに行くんでしたっけ?」

「いえ。今日明日は美容院が休みなので、水曜日に行ってきます」


 さすがに一か月経ったら、それなりに黒髪が出現してきた。

 こういうこともあるから、やっぱり毎月何日かはこっちに帰って染め直さないと困るよね。


 だってわたしが再就職を決めた異世界では、黒髪黒目は教会に閉じ込められると言うんだもん。


「他の世界では条件が合わなかったんですから、仕方がありませんよ」

「ええ。もう、必要経費と割り切っています」


 経費と言っても、さすがに会社から補助金のようなものは出ないけれども。

 少し伸びた前髪をつまみながら、カットもしてもらおうと思いつつ、改めて社長さんへお礼を伝えようと向き直ろう。


「ああ、そうでしたね。この人がそうですよ」

「え?何がですか?」


 社長さん直々に対応してくれたお礼を伝えようと振り返るわたしに、安達さんが訳のわからないことを言って、社長さんに手のひらを向けて言った。


 いや、何が”そう”なんだよ。


「私の上司に会ったら、言っておきたいことがあると話していませんでした?」

「ああ、あれですか。ええ、そうで……えっ!?」


 目の前にいるこの社長さんが、安達さんの上司なの?


「そうですよ?」

「ええっ!?昼食代取られたり、うっかり発言で慰謝料ぶんどられたりした、あの・・上司が社長さんなんですか!?」

「そうです。間抜けですよねー」

「……おい」


 あははっと軽く笑い飛ばしている安達さんに、ものすっごく嫌そうに顔を歪める社長さん。


 ジロッと睨んだら、立ち上がりついでに安達さんを怒鳴りつけていく。


アレ・・のどこが、モラハラとセクハラとパワハラに当たるんだ!?」

「嫌だなあ。他の社員にも確認をして、わが社の顧問弁護士にも怒られたのにまだわかっていないんですか?この世界のことを勉強しておかないから、そういう目に遭うんですよ」


 かなり高くついてしまったけれどイイ勉強だっただろうと、ちっとも安達さんは悪びれない。


 さっきは社長さんの見た目で「ヤクザか何か?」かと思ってしまったけれども、絶対に安達さんのほうがタチが悪いよね。

 だってにこやかに微笑みながら、根こそぎぶん取るんだもん。


 社長さんって大変だなあと同情した目を向けてしまったら、ソファに沈むように座ってしまった。


「お前の相手は疲れる……」

「まだまだ修行が足りませんね、社長」


 ハハッと軽く笑う安達さんに、深い溜息を吐く社長さん。


 微妙な視線を安達さんに向けてしまったら、やっぱり気が付いていないようだ。キョトンとした顔で、首を傾げられてしまった。


「なんですか、沢村さん?」

「……なんでもありませんよ」


 安達さんの相手はとっても疲れるということが、社長さんと共有できただけでも良しとしよう。




 ……とりあえず、社長さんが例の上司だと判明したのだ。

 お礼を伝えようとは考えていたから、しっかり向き直ることにしよう。


「わたしにも慰謝料を、ありがとうございます?」

「なんで疑問形なんだ」

「わたしにまで慰謝料を振り込まれる経緯がわからないからです」


 ありがとうと伝えることは、ちょっとおかしいかもしれない。しかし他に、何と言えばいいかわからない。

 払った社長さんへありがとうと言ったら、微妙な顔をされてしまった。


「はー……まあいい。現場よりも社長のほうが合っていると思ったが、やはりダメだ」


 疲れ切った溜息と一緒に、お礼を伝えたわたしには軽く手を振っていく。

 軽すぎる返事だけど、わたしも何だこれと言いたくなるお礼だったもんね。仕方がない。


 それにしても現場がダメだったとは、接客するには鋭すぎる目つきとか雰囲気が原因かな?


 ここの社員さんはそれこそ黒髪黒目の暗めのスーツで、男性は七三前髪、女性は後ろに一つにまとめていて、全員が黒縁眼鏡をかけている。

 街中ですれ違っても気付かず、別れたらすぐに群衆に埋まりそうな目立たない人ばかりだった。


 いまの社長さんの言い方だと、接客がいいと言っているように聞こえるね。


 人と関わりたいのに書類としか向き合えなくて、普段の主な業務が部下の尻拭しりぬぐいなら大変だなあと思っていたら、またしても横の人が笑いながら否定をする。


「社長に接客なんて、無理に決まっているじゃないですか。前だってでふんぞり返っていた人なんだから、命令をされるよりも、する側が合っていますよ」

「ちょっと、安達さん」


 さすがにそういう言い方はないんじゃないかと止めようとする前に、社長さんが立ち上がって安達さんに詰め寄ってきた。


 うわっ!?

 座っていて気が付かなかったけれど、社長さん、身長何センチですか??




 ぬぅっと、遥か頭上から指を差しながら見下ろす社長さんと、ケロッとしている安達さんに思いがけず囲まれてしまった。


 なんだ、この状況は。


「お前もこっち側・・・・に来れば私が楽だと言っているんだ!」


 あ、なんだ。接客が良いというわけじゃなくて、社長業を分散する人が欲しいということか。


 ん?社長の片腕になれるほど、安達さんって優秀なの?


 そんな優秀かもしれない安達さんは、社長さんの言葉に顔を逸らす。


「嫌です。部下の尻拭いなんて、得意な人がすればいいんですよ」

「得意じゃない!」

「魔王として、何万の魔物を率いていたじゃないですか」

「まおうっ!?」


 なんか物騒な単語が出てきたぞ!?


 恐る恐る見上げたら、安達さんより高い位置から見下ろす社長さんと目が合ってしまった。


 クイッと上げた眼鏡の隙間から見える社長さんの目が、完全に獲物をロックオンしているかのように怪しく光った気がしたのは気のせいなんでしょうか。


「美味しくないです!」

「は?」


 わたしは今年、三十六歳になった者です。「食べるならもっとふくよかで、栄養満点という体つきの若いほうがっ!」と叫ぶわたしに、ちょっと社長さんが引いている。


「……へ?」

「ぶふっ」


 不思議な顔で、「食べるとは、何を言ってるんだコイツ」とでも言いたそうに、社長さんの顔が引きつっている。そしていつものように、安達さんは口元とお腹を押さえて震えていた。


 あれ?


「……大丈夫ですよ、沢村さん。魔王といっても色々いまして。社長は別な世界で魔王をやっていただけの、とても普通の人です」

「別な世界の魔王というだけで、ちっとも普通じゃありませんよ」


 大体なんだよ、普通の魔王って。


 人を食べたりしないことはわかっても、魔王という単語は今まで出てきて会ってきた異世界の方たちとは、圧倒的に違う存在だ。


 これから魔王の社長さんとは、会社で会うこともあるだろう。

 どうやって接していけばと困惑するわたしに、安達さんが普通を強調していく。


「魔王の住む城下まで来られないくらいに弱い、歴代の勇者のほうが変じゃありませんか?」

「勇者の基準もわかりませんけど……歴代と言うくらいに長年来てくれないとは、待つ側としては退屈ですね」


 適度に勇者が道中の魔物を倒したり街を救ったりしてくれないと、魔物の支配下に置かれた現状が当たり前になりそうだ。

 それでも平和なら問題ない気がするけれど、これが魔王を倒さないと平和が訪れない世界なら、「早く来いよ!」ってみんなが突っ込む事態だよ。うん。


「突っ込むところはそこですか?」

「え?だってちっとも強い勇者が現れなくて、魔王の社長さんは困っていたんですよね?」

「そうだ」


 それならやっぱり、「早く強いヤツ来いよ!」って、突っ込みたくなるよね?




 「ねえ?」と社長さんと意気投合をしていたら、「そこなのか?」と今度は安達さんが首を傾げる。


 あれ、いままでなんの話をしていたんだっけ。


 社長室の扉の前で、三人が立って固まっている謎の状況。


「……」


 しばらく立ち尽くしていたら、コホンと一息吐いた安達さんが、この場を仕切り直すことにしたらしい。


「ええと……まあ、そういうわけで。全然強い勇者が来なくて困った社長に頼まれまして、私が勇者側と交渉することになったんですよ」

「安達さんが交渉役ですか?」

「その世界にはこちらから何人か、『勇者』として派遣していましたので」

「勇者の派遣……」


 つまり、それはアレか?わたしがしようとしている”転移”ではなくて、文字通り生まれ変わるという、”転生”のほうですか?


「そうです。しかしこれが、全然強くならないんですよ。有名なゲームに憧れた人ならマシかと思ったら、コントローラーの扱いが上手いだけで運動神経ゼロとか」

「それこそ、特殊能力はつかないんですか?」

「魔王の支配が長過ぎて、少しのチートでは対応できないんです」


 それじゃあ勇者の血筋とか努力とか、そういう次元を超えている気がするよ。


「そういうわけで、魔王業に飽きた社長と倒せずに腐っていた勇者側の意見が合致しまして。魔王を倒したことにして、魔物と人間の住みわけができたんです」

「それでこっちに来て社長業など、訳がわからん」

「ちょうど会社を立ち上げようと思っていた時だったと、話したじゃないですか」


「……」


 なんかちょっといい話としてまとまっているけれど、わたしの目の前にいる人の説明はどうつけるんだ?


「……魔王、倒されていませんよ?」


 そのまま懐かしい昔話に花を咲かせている二人に、やんわり突っ込まさせていただこう。


 小さく手を挙げたわたしに、長身の二人が見下ろしてくる。


「あっちの世界ではいなくなったんですから、良いんですよ」

「今は優秀な部下に、向こうの世界と魔物の管理は任せている」

「勇者側が助長していないかチェックをしに、私がたまに行っています。今は平和になりましたよ」


「はあ……、なるほど」


 そこで散々、安達さんの世話になったことで、こっちの世界で社長業を押し付けられ、慰謝料をぶんどられ、尻拭いの日々を送っているということか。


「お疲れさまです」

「あ?……ああ」


 深々と頭を下げてねぎらうわたしに、急になんだと社長さんが一歩、後ろに下がってしまった。


 さっきまで魔王相手にどうしようとか思ったけれど、確かにこの人は普通だわ。うん、普通が一番。


「では、帰りましょうか」

「はい。今日はありがとうございました」

「ああ」


 社長さんにお辞儀をしたら、引っ越し作業に戻るとしよう。




 ……それにしても。

 新しい就職先が異世界でも、表向きはこっちの世界の会社員になったのに、その会社の社長が魔王とか。


「わたしの人生って、周りのほうが濃いなあ……」


 元・魔王の社長さんって、どんな人生を送っていたんだろうか。

 尋ねる機会があったなら、今度はそっちを訊いてみることにしようかな。


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