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本日付で、クビになりました。~三十六歳、異世界に再就職します~  作者: くまきち
第二章:平日異世界、週休二日
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1話:正社員の手続き

 みなさん、こんにちは。沢村サワムラあゆみです。


 このたびわたくし、無事に再就職が決まりました。

 これでぺらっぺらのハローワークカードや保険証と、ようやくお別れです。




「では、次はこちらの書類を確認してください」

「はい。わかりました」


 ぺらりと、目の前のテーブルにまた別な紙が置かれていく。手に取ったら内容を確認して、問題がなかったらファイルに入れるのだ。


 ええと、これはハローワークに持って行かないといけないから……。

 間違えないように書類の端にフセンを貼ったら、次の話にいこう。


 書類を仕舞ったわたしに目の前の男性が軽く頷く。そうしてまた別な書類を手に取っていった。


「次はこれだな」


 目の前でわたし用の書類を書いている人を眺めながら、再就職って会社側も面倒なんだなあと、改めてしみじみ思う。


 ……そうなんだよねえ。


 再就職が決まったその日に、「おめでとう!明日からハローワークには来なくていいよ!」とか、「今日からわが社の社員だ!」いうわけではないんですよ。

 ああ、面倒くさい。


 再就職先の会社から一筆もらって、きちんとこの会社の社員になりますよという証明書を提出しないといけないとか。たくさんの書類に押すための判子が常にいるとか、マイナンバーの番号を書くとか、もし失業手当が残っていたら、その手続きも済ませないといけないとか……。


 今回で、本っ当に痛感したわ。

 クビになることは一瞬でも、再就職をするには色々と面倒だってことを。


 わたしの場合は、さらに面倒な住み込み先への引っ越しもあって、時間がいくらあっても足りない六月の始まりです。




「では、これでようやくわが社の社員ということになります」

「はあ……。お世話になります」


 改めて書き直した履歴書は、すでに渡してある。

 社員になるにあたっての契約諸々や保険なんかの書類にも目を通して、これからお給料が振り込まれる銀行の口座の確認も済ませた。


 いま書いてもらった書類のうちの何枚かをハローワークに渡せば、無事にわたしの再就職が決まることになる。


「お疲れさまでした、沢村さん」

「……」


 わたしの目の前にいる人は、再就職先の社長さんだ。

 そしてなぜか、わたしの横にはとても見知った顔がある。


「新しい上司にそのような顔を向けないでくださいよ」

「……」


 ここが社長室だということを忘れて、横にいる人へ思いっきり歪んだ顔を向けてしまっていたらしい。

 疑問はたくさんあるんだから、いぶかしげに見やることは仕方がないと思う。


 そう。どうして新しく就職した会社に安達アダチさんがいるのかとか、再就職したのは別なお店のはずなのに、こっち・・・で正社員の手続きを取らないといけないのかとか。


 色々と他にも突っ込みたいことはあるけれど、ありすぎて頭が追い付かないから脇に置いておこう。よし。


 いや、”よし”じゃなかった。


「……あの、わたしの就職先は親方のお店ですよね?」

「そうですよ?」

「じゃあなんで、安達さんと同じ会社の社員にならないといけないんですか?」


 まず、一番の疑問点を訊いてみよう。

 いやまあ、わたしから履歴書を渡したし、この会社に就職をすることになったという書類ももらったよ?


 しかしだね、この流れになった意味がわからないのだ。


「言いませんでしたっけ?」

「まったく聞いていませんよ」


 相変わらず言葉が全然足りていないと突っ込むわたしに、キョトンとした顔で「言わなかったっけ?」じゃないだろう。


「今日の予定の、『履歴書を持って駅で待ち合わせ』までは言いましたよね?」

「そこまで”しか”、聞いていないということですよ」


 駅で待ち合わせをしたら、懐かしい前の会社に向かう電車に乗ることになって。そこでも「なんで?」と尋ねたのに、「すぐにわかりますよ」と、無視をしたのは安達さんだ。


 そうして前の会社を遠目に見送ったら、なぜかこの会社の社長室に案内をされたのだ。ほら、意味がわからない。


「意味がわからないのに、のこのこついてきたんですか?」


 大丈夫かと、逆にわたしを心配するような顔で見るとはどういうことだ。


「沢村さんて、微妙なところで危機管理が足りていませんよね」

「何度尋ねてもまったく話してくれない安達さんに言われたくありませんよっ」


 この会社に来るまで、わたしが何回「説明をしろ」と言ったと思っているんだ、この野郎。




 ここが社長室だということも忘れて、ギャアギャアいつもの言い争いをしていたわたしたちに、カチャリとカップが置かれた音が静かに響いた。


「……安達。初歩的な説明もしないまま、会社ここに連れてきたのか?」


 トントンと右手でテーブルを叩いた社長さんが、そのまま眼鏡を持ち上げてにらんできた。おお、さすが社長さん。眼光が鋭いですね。


 ……あれ。ここってヤクザの事務所だったっけ?


 少し背すじを伸ばすわたしの横で、安達さんの表情は変わらない。

 社長さんには少し肩をすくめるだけで、すぐにわたしに顔を向けてきた。


「沢村さんが、初めて向こうとの行き来を希望した人だということは知っていますよね?」

「はい。散々、言われましたから」


 それによって失言した上司がとばっちりで高額な慰謝料を払うことになったり、わたしへの待遇を最大限に利かせることになったり、一口も食べない昼食代を上司の財布から奪ったり……。


 いつかその上司に会うことがあったら、色々ご面倒をかけましたと挨拶をしたいとは思っていたよ、うん。

 でもそれは、こうしてこの会社に就職をすることになるって話じゃないし、全然違う。


 横の人をジロッと睨んだら、いつものように、軽く肩をすくめて困った微笑みを浮かべて言った。


「逆に訊きますが、向こうに行きっぱなしだったら問題がなかった給料や保険を、一人でどうするつもりでした?」

「どう、と、言われても……」


 ハローワークに「再就職が決まりました」と伝えるには、再就職先の会社に必要な書類に書いてもらわないといけない。これがないと、キチンと就職をしたという証明にならないからだ。


 そして再就職ができても、お給料の振り込みとか保険料の引き落としとかの問題が残る。


「ええ、そうです。お金の価値も何もかもが違う異世界で働くことは、研修期間を過ごせましたから、まあいいでしょう。しかし渡された給料を、どうやって日本円に変えるつもりだったんですか?」

「ええと……」

「例の扉の許可証を、社員でもなんでもない沢村さんが、どうやって手に入れる気だったんですか?」

「ええええと……」


 とても基本的なことを突っ込まれ続けたわたしは、ソファの上でじりじりと追いつめられることになってしまった。


 そうだ。わたしが就職先にと選んだ場所は、日本ではない。

 もっと言うと、地球でもない。


 時間や季節、食べ物や言語が似たような世界でも、お金も価値も髪の色も名前も習慣も、何もかもが違う外国よりも遠い、異世界という場所だ。


「それに無事に再就職先が決まっても、私とは縁が切れないと前にお伝えしたではありませんか」

「……それが同じ会社の社員になる、ということだったんですか?」

「そうなりますね」


 ただ単に、今まで通りに定期的に連絡を取り合って業務日誌について話したり、許可証を用意してもらう中間の役割として会うだけだと思っていたんだよ。


 それがなぜかわたしの新しい上司で、さらに同じ会社の社員になるとか……。


「でも、わたしはこちらの会社で仕事をするわけではありませんよね?業務日誌を届ける以外の仕事があるんですか?」


 平日の五日間は向こうの世界に入り浸りだから、追加の仕事は無理だ。

 住み込みは最初から決まっていたし、就業時間は九時から十七時まで。住み込みに賛成した一番の理由は、毎日移動をするとお金が掛かるから、だけれども。


 この会社の社員になれば、就職先への行き来がスムーズになる。さらにお給料や保険面、世間体の問題もなくなるから、渡りに船ということで賛成できる。


 しかしこれらは、わたしへのメリットしかない。


 面倒な手続きをしてまで何をさせたいのかと尋ねたわたしに、社長さんが眼鏡を押し上げた。




「沢村さんが表向き・・・就職をした場所はこの会社になりますが、ネリア……、向こうの世界のモランの店で働くことに変わりはありません」

「そうなんですか?」


 ようやくホッとしたわたしに、社長さんも軽く頷く。


「向こうとの行き来に使う扉の許可証の手続きや業務日誌の提出は、次から自分でしていただくことになります。そちらをスムーズに行うためと、換金や保険の関係で私の会社に勤めることになっただけです。一番の理由は別にありますが」

「はい」


 少し顔を上げた社長さんの眼鏡のレンズが光って、怪しい空気をかもし出す。

 どうも雰囲気といい、やたらと鋭い眼光といい、堅気カタギに見えないなあ……。


 真剣な表情で指を組んで、まっすぐに視線を合わせてくる社長さんに、わたしも座り直してしっかりと相対する。


「沢村さんに正社員の手続きをしてもらった一番の理由は……」

「一番の、理由は……」


 ごくりと生唾を飲み込んで、深刻な表情の社長さんの次の言葉を待つ。


「貴女が動かないといつまでも安達は出張届を出し続け、通常業務に戻らないからです」

「はい!?」


 ……ええと。


 わたしが正社員になって扉の手続きや業務日誌を届けるとかの、そういう雑事ができるようにならないと、安達さんが通常業務に戻らないとは??


 社長さんの言っている言葉がわからなくて首を傾げたら、今度は疲れ切った溜息をたっぷり吐きながら、わたしの横で呑気に座っている人を指差して続けた。


「コイツは先月、沢村さんの補助という形で出張届を出していました。しかし試用期間が終わった今月になっても、延長届を出す始末なのですよ」

「はあ……」


 五月いっぱいは、わたしと一緒に親方の店に通い続けることになっていたから、出張届を出した意味はわかる。

 けれど六月になったいまでも延長を続けるとは、何がしたいんだ、この人?


 わたしも怪訝けげんな顔を横に向けたら、呑気にお茶をすすっていた安達さんがケロッと笑いながら言い放った。


「正社員の手続きをしても、時間が掛かるでしょう?それに引越しの手伝いや必要なものの買い出しなど、六月でもまだまだ私の補助が必要だからですと、延長届を出した時にお話したじゃないですか」


 とてもまともな理由での延長だと、何ということもないように言っていく。

 そんな安達さんに、社長さんはまたしても深い溜息を吐いて頭を抱えた。


「この調子で今月も出張扱いになったせいで、別な社員がハローワークに向かっています」

「はあ……」


 ゲッソリした表情からは、さっきの緊迫した雰囲気はまったく感じられない。

 社長さんて、大変なんだなあ……。




 ちっとも悪びれない安達さんは、まあまあと手を振りながらご機嫌だ。


「そろそろ他の社員も独り立ちできないと困ると言っていたのは、社長あなたでしょう?あ、もちろん先月丸々仕事をしたことで休みがありませんでしたから、引っ越しと再就職の手続きが完了次第、長期休みをいただきますね」

「わかっている。休みを与えないと、お前はまた屁理屈をこねるんだろう」


「……」


 眉間を寄せている社長は、ものすごく不機嫌な顔を隠さない。

 そんな社長にズケズケ自分の要求を伝える安達さんに、頭を抱えつつも許可しているように見えるなあ……。


 この二人は、外見だけ見ると同年代に見える。若干、苦労したんだろうなあって感じの社長さんは、マイペースな安達さんよりも老けて見えるけども。


 社長さんが苦労している大半の原因は安達さんだろうな。うん、絶対にそうだ。


「失礼ですよ、沢村さん」

「……」


 困ったような顔で微笑んでも、細められた瞳は楽しそうだ。


 やっぱり安達さんは、今日も胡散臭い人だわ。


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