26話:異世界研修一ヵ月 トラブルだらけの一日
昨日の帰りに会った不思議な占い屋さんに、不思議な未来を予言されてしまったけれど。
それはそれとして、今日も普通にお仕事が始まっていく。
「ワシがいつものっつったら、いつものだろうが!」
「はい、すみません。失礼いたしました」
バンバンとカウンターを乱暴に叩くおじいさんが、薬の名前を教えてくれない。困った。
その後ろにいるおばあさんは、そんなおじいさんを丸無視だ。
「まったく……近頃の若い子は礼儀もないの?椅子くらい、言われる前に引くものでしょう」
「はい、失礼いたしました」
「おい、ワシの用事が先じゃろうが!」
この二人は夫婦ではないようで、でも顔見知りというか腐れ縁な関係らしい。
お店に入る前から言い合っていた二人は、わたしを間に挟んだまま、言い合いを続けている。困った。
「ちょっとぉ、ちゃんと聞いてたの?」
「はい、すみません」
「おい、早くこっちに来んか!」
「はい、ただいま」
そんな二人に振り回されながら始まった新しい日の午前中は、こんな感じのまま終わっていった。
「……疲れた」
「お疲れっス、サワッち」
弟子はその間に何をしていたかというと、他のお客さんの対応をしつつ、親方に薬の調合を頼んでいた。
二階まで駆け上がったりお店に戻ったり、一番動いていたのは弟子のほうだ。
お疲れなのはそっちだろうと顔を上げたら、いつものことだとカラッと笑う。
「動くのはいいんスよ。あのじーさんとばーさんの相手をするほうが疲れるんで、サワッちがいて助かったっス」
「あの二人って、いつもああなんですか?」
テーブルに顔をつけたまま尋ねたわたしに、夫婦じゃない例の二人は幼なじみの腐れ縁なのだと、弟子が疲れた顔で話していく。
「いつもああっスよ。また店に来るタイミングが、絶妙に合うんスよね」
「……そうですか」
気が合う二人なら、喧嘩をしないで仲良くしようよ。っていうか、せめてわたしを巻き込まないでくれ。
「そっスねー。なんで、いちいち相手してないんスよ」
「そうですか……」
わたしが来るまでは弟子が対応をしていたはずだけれど、きっと右から左に受け流して、ロクに相手をしなかったんだろうな。
本人も「面倒くせぇ」と手を振って、顔をしかめているし。
性格上、わたしにはその真似はできないから、もうちょっと上手くさばけるように頑張るしかないのか。
「はあ……」
それにしても、本当に疲れた……。
ぐったりした午前中が終わったら、午後が始まっていく。
計算ミスだけはしないように気を付けようと気合いを入れたら、今度は言い争いをした親子が入ってきた。
……今日は一体、何の日なの。
「あんたがいつまでもお嫁に行かないから、こうしてモランさんのところに頼みに来たんでしょうが!」
「誘惑する薬なんて恥ずかしいもの、よくもモランさんに頼めたわね!?」
「い、いらっしゃいませ」
とても相手にしたくない二人がご来店のようです。助けて。
とっても外見が似ている母と娘は、勢いよく店の中に入ってくる。困った。
とりあえず小さく挨拶をするわたしに、ぐるんと首を回して近付いてきた。怖い怖い。
「あなたも娘なら、わかるでしょう!?いつまでもお嫁に行かない娘を持つ、親の気持ちが!」
バンッとカウンターを叩いた母親が、誘惑する薬まで頼んだ親の気持ちがわかるだろうと無茶を言う。
「何言ってんのよ、母さん!どう見てもわたしと同じくらいなんだから、親に押し付けられる娘の気持ちのほうがわかるでしょ!」
バンッと娘も同じくカウンターを叩いて、自分の味方だとわたしに凄んできた。怖い。
「二人とも、店ん中まで親子喧嘩を持ってこないでくださいっスよ」
見かねた弟子が間に入ってフォローしてくれたのに、ギロッと一睨みで黙らせていく。
「「男は引っ込んでろっ!」」
目元を同じように吊り上げた親子は、息ピッタリに弟子を追い返していった。……迫力がすごい。
「えええぇぇ……」
こんな二人をどうすればと固まるわたしの横から、弟子が後ろに下がっていく。
「サワッち、パス」
「ちょっと!?」
引っ込んでいろと言われた弟子は、言葉通りに奥の部屋に引っ込んでしまった。
ここで丸投げとか、無責任すぎない!?
「大体、あんたがいつまでも相手を紹介しないからでしょうが!」
弟子が視界からいなくなったことで、お互いに視線を戻した親子が口を開いた。
まずは母親から娘に、いつ結婚をするんだと迫っていく。
ああ、カウンターにヒビが入りそうな勢いだよ。落ち着いて、お母さん。
わたしも微妙に居たたまれなくなってきた内容は、言いたくなる母親の気持ちもちょっとはわかるつもりだ。
そうだよね、相手がいたら次に気になることは”いつ紹介してくれて、いつ結婚をするのか”、だよね。
わたしはそもそも探す気がないから、両親は早々に諦めてくれたっぽいけれど。きっとこういう話をする日も、ちょっとは期待していたんじゃないのかなあ。
そんな日は来ないけれどと思いつつ、例のお茶を淹れることにしよう。
「相手っていうけどね、誰のことを言ってんのよ」
「ん?」
口をはさむ隙もなく言い続ける母親に、ようやく娘が言葉を返した。
しかし、その言葉はおかしくないか?
母親の口調だと、結婚の話が出るくらいの相手がいるような感じだったはずだ。いまの娘の言葉だと、そんな人はいないってことにならない?
ゆっくり店内にお茶の香りを漂わせながら、これまたゆっくりお茶を淹れていくわたしの前で、信じられないという顔をした母親が固まった。
「な、何を言っているのよ。二人で旅行までしたんでしょう?同じ部屋で寝泊まりしたのなら、そういう仲ってことじゃないのっ」
「え?」
……ええと、わたしへの突っ込みじゃないよね、それ?
二泊三日の旅を思い出して固まるわたしの前で、母親が一生懸命、あの人が結婚相手なんでしょうと言っていく。
けれど正体がわかった娘は、呆れた溜息を吐いて首を振った。
「あのね、わたしが一緒に旅行したのは女友達だって言ったでしょ?なんでそれが結婚相手になるのよ」
「嫁入り前の独身同士が同じ部屋に寝起きしたんだから、女でも男でも、そういう対象ってことになるでしょう!」
「はい!?」
そ、そんなに厳重な世界なの、ここって。
二泊三日も過ごしてしまったんだけど、その場合はどうなるんだと固まるわたしに、チラッと視線を向けた娘がキッパリ言い切った。
「冒険者たちは安く上げるために、一緒の部屋で寝泊まりくらいするじゃないの。母さんは頭が固いのよ」
「あなたは冒険者じゃないでしょっ!」
「……」
色々と、わたしも突っ込みたいけれど。
「お茶が入りましたので、こちらへどうぞ」
全部脇に追い出したら、目の前のお客さんの相手に集中しよう。
そもそも、わたしはこの世界の住人じゃないもんね。
あれはノーカンだと手を振って、親子喧嘩を落ち着かせることを頑張ろう。
ラベンダーのような香りのお茶を淹れたことで、お店の空気もふんわり柔らかくなった気がする。
中央のテーブルに置いたカップにお茶を淹れたら、二人の肩がストンと落ちた。
「熱いので、ゆっくり飲んでください」
「……いただくわ」
「……」
渋々という感じで、親子が椅子に座ってくれた。
一緒に座るわけにはいかないから、ちょっとだけ下がって二人の真ん中で立っていよう。
「はあー……。それじゃあ、何でもないのね?」
ゆっくりゆっくり飲み干した母親が、ようやく口を開いていった。
フーフーとお茶を冷ましている娘は、ちょっと睨みながら答えていく。
「旅行の前にも言ったじゃない。結婚相手は自分で見つけるって」
結婚する意志はあるんだから、その日まで見守っていろと強気な娘が言い切る。おお、頼もしい。
「それに、モランさんの薬は超・有名じゃん。そんなので相手が捕まえられても、全然嬉しくない」
「……それもそうね」
誘惑をする薬は少量でも一度でも飲めば、かなり持続するらしい。けれど効果というものは、いつかは切れる。
その時に我に返った相手から、離婚と言われたほうがショックじゃないかと正論を叩きつけていく。
それもそうだ。
気になっている相手に薬を飲ませて結婚までこぎつけても、効能が切れたら現実に戻るとか、むなしいし寂しすぎる。
結局、薬の力だったとわかって、二重三重にショックだろう。
そんな相手は今のところいないけれど、わたしだったらと考え込む。
……結婚とかお付き合いとかを、一切考えたことがなかった人生でした。
自分の今までを振り返って、若干、頭が痛くなってきたぞ。とりあえず脇に追いやったら、頼んだ薬はどうするのか、訊くことにしよう。
「依頼したのはわたしですからね。使うかはわからないけれど、引き取るわ」
「わかりました。では、お持ちします」
娘の言葉を信じたのか、母親が責任を持って買い取ることを伝えていった。
それなら奥に引っ込んだ弟子に声を掛けて、持って来てもらおうかな。
「二人とも、落ち着いたんスか?」
疑わし気な視線を向けた弟子が、親子を見比べて失礼なことを言っていった。
「いつもの、母さんの早とちりよ」
「あんたが紛らわしいことをするからでしょ!?」
「店で喧嘩すんな!」
フンッと娘が指を差しながら言い放って、母親が食ってかかる。
戦いのゴングが鳴りそうな瞬間、二人の間に手を入れて叩いた弟子が、いい加減にしろと言い切った。
「それ以上したら、迷惑料ももらうっスよ」
「薬の値段だけ言ってちょうだい」
まったく……と呆れたら、気持ち高めの値段な気がする金額を伝えていく弟子。ちゃっかりしているなあ。
「話を聞いて、途中から作り直してもらったんスよ。疲労回復のお茶として飲んでくださいっス」
「……手間を掛けました」
大声で話していた親子の会話は、二階まで響いていたらしい。
それに誘惑をする薬が手元にあったら、本人の許可なく使うこともあるかもしれないもんね。
「そっちのほうが、親方に迷惑掛かるっスからね」
「なるほど」
親方のことを考えている弟子は、先のことも考えてフォローをしてくれたみたいだ。ちょっと恥ずかしそうに頬を赤くした親子が、何度も頭を下げていった。
気持ち高めな気がしたのは、迷惑料じゃなくて手数料だったのか。
わたしもまだまだ弟子のことをわかっていないなあと感心したら、支払いを済ませた母親がカウンターに近付いてきた。
「そうだわ、デーイがもらってくれないかしら?」
お金を払ったら何でも言っていいってわけじゃないのに、懲りない母親は弟子と娘をくっつけようとしてくる。
当たり前だけど、弟子も娘もものすっごく顔を歪ませてしまった。
「娘さん、まだ十五じゃないっスか。十歳も年下は勘弁」
「わたしだって十歳も年上のオッサンなんて嫌よ!」
フンッと同時に却下をしたことで、今度こそ二人がお店から出て行った。
「……」
「はー……、ったく。ん?どうかしたっスか、サワッち?」
「いえ、何でもありません」
二十五歳でオッサンということは、三十六歳はおばちゃん?おばあちゃん?
いや、それよりも十五歳の娘と同類と見られたことに、ショックを受ければいいのか謎だ。
わたしってこの世界基準で、何歳だと思われているんだろうか。
そして十五歳の娘さん、色々デカかったなあ……。
発育不良の見た目のせいで年相応に見られないのなら、これからもこの世界では色々と厄介な気がしてきたよ。
『おやおや、嬢ちゃん。もしや大きくなりたいのかい?』
「ん?」
ようやく静かになったお店のどこからか、わたしに誰かが声を掛けてきた。
誰かっていうか、大人しくしているはずの例のランプの精だな。
そのランプが置いてある棚を見やったら、隙間からにゅうっと精霊が飛び出してくる。
『どうだい、嬢ちゃん。ボクを磨いてくれた、お礼をしてもいいんだよ?』
「お礼?」
『ランプの精のお礼と言ったら、願い事を三つ、叶えるというものだよ!』
じゃじゃーんと大袈裟に両手を開いたランプの精が、三つの願い事を叶えてあげようと誘ってくる。
「……」
怪しい。そして言い方が軽いことで胡散臭い、非常に。
半眼で見やるわたしに、フンフンと歌いながらランプの精が話し続ける。
『そうだねえ。一つ目は、今日みたいな厄介な客が永遠に来ないようにしてあげるってのはどうだろう?』
「え?」
ニヤリと口元を歪めた精霊の顔は、怪しい取引を持ち掛ける悪魔のようだ。
表の悪魔像よりも凶悪な顔は、やっぱり怪しさしか感じない。
「それって、誰基準の厄介なお客さんなんですか?今日の人たちは確かに厄介だと思いますけど、親方の薬を求める大事なお客さんです。来ないようにされたら困るじゃないですか」
すぐに却下したわたしに、面白くなさそうな顔で片眉を上げた。
『なんだい、良い子ちゃんな発言だねえ。それなら、嬢ちゃん自身を変えればいいかい?差し当たって足りないのは、身長と胸周りと……』
「やかましい!」
『ぎゃんっ』
ジロジロとわたしの頭の上からつま先まで見つめたランプの精が、よりによって胸元で止まって『大丈夫か』と訊いてきた。
すぐさま三十センチ定規で叩いたわたしに、なぜか弟子が拍手をしていく。
「すげえ、サワッち!それって線を引くだけじゃないんスか!?」
ヒューと口笛を吹いた弟子が、ハエ叩きのように使ったことを絶賛していった。
前に窃盗犯を叩いた時は、接客中で見ていなかったもんね。
親方と同じように、まじまじと定規を感心するように見つめる弟子の脇で、頭を押さえながら震えていたランプの精が顔を上げていった。
『嬢ちゃん……まさか、モランの娘じゃないだろうね?』
「違います」
「こんなにデカい娘がいる年齢ではありません」
ぬぉぉ……と頭を押さえながら涙目のランプの精が、この手の素早さは親方譲りなのではと、頓珍漢なことを言ってくる。
そこでなんで安達さんが否定をするんだ。確かに弟子よりも十一歳上で、どっちかというと親方と年齢が近いけれども。
デカいって、絶対に見た目のことじゃないでしょ。
誰が歳喰った娘だ、この野郎。
ジロッと横を睨みつつも、ちっとも戻る気配のないランプの精に向き直る。
光は約束をしたから出していないけれど、大人しくなるとも言っていなかった?
『ボクは了承していないよ。それに、こうして話せる機会も声が聴こえる人に会うことも滅多にないからね。積極的に話していくよ!』
「……」
そういうわけで、何か願い事はないかと尋ね直してくる精霊。しつこい。
思いっ切り歪んだ顔を向けても、素知らぬ顔で話し続けていく。
『嬢ちゃんと呼ばれたくないのなら、身長と足りない胸を増やすのが一番だろう?ああ、それで色気が出るとは限らないよ?というわけで、二回目の願い事は色気を出す、にしようじゃないか!よし、決定って痛い!』
誰の胸が足りなくて、色気が皆無だと!?
わたしが年相応の体形になって色気を出すには、二回も願い事を使わないとダメとはどういう意味だ。
バシッ バシッ
『痛い痛い!無言で殴るのはやめたまえ!』
バシッ バシッ
『痛い痛い!すみませんっ!もう言いませぇんっ!!』
「……サワッち、落ち着いて」
バシッバシッ バシッバシッ
『痛いいいぃぃ!!』
どうどうと、弟子が落ち着くように言ってくるが無視だ。
無言でランプの精に向かって定規を叩き続けたら、逃げるように棚の奥へ戻って行った。
「逃げるな!」
「サワッち!」
「沢村さん!」
ランプを振って口から出して、叩き潰してやると意気込むわたしに、弟子と安達さんの二人掛かりで止めてくる。
「止めないでください!」
「気持ちはわかりますが、仕事中です!」
「はっ」
お客さんは幸い、いなかったけれど。ここはお店の中で、今は仕事中だったことをようやく思い出した。
「気が付いたようですね」
「……はい。失礼しました」
一反木綿と呼ばれたり、十五歳のお客さんと同等に見られたりしたことは、そんなに気にしていなかったはずだけれども。
どうにも言い方が気に喰わなくて、定規で叩き続けてしまった。
取引先の相手とかだったら、絶対にこの瞬間にクビになっている案件だったね。いや、クビじゃ済まないか。訴訟案件だわ。
ここが異世界で相手が異種族ってことで、ちょっと油断していたみたい。
「はあ……すみませんでした、落ち着きます」
「まあオレも何度も切れたんで、サワッちのことは言えないっスけどね」
あの言い方はないと賛同してくれたことで、ようやく落ち着いてきた。まだまだ未熟だね、わたしは。
『そんなに気にしていたなら、いますぐ巨乳にしてあげようかい?ああ、嬢ちゃん基準の巨乳だから、谷間がちょーっとできるだけなのは了承してくれよ?』
「……」
『うぎっ!?』
にゅるっと棚の隙間から顔を出して、余計なことを言うんじゃない。
失礼な言い方をする精霊の頬を、思いっ切りつねり上げてやることにする。




