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本日付で、クビになりました。~三十六歳、異世界に再就職します~  作者: くまきち
第一章:ちょっと異世界まで
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25話:異世界研修一ヵ月 占い屋

 うるさかったランプの精が大人しくなった次の日、今日も親方は朝から忙しい。


「くぁー……」


 大きなあくびをしたら、二階に引っ込んでいると言った足取りは重そうだ。

 肩をもみながら首を回して、全体的に疲れが取れていないように見える。


「親方、甘いものでも食べませんか?」

「甘いもの?」


 こういう時は、甘いものを食べて一息ついたほうが経験上、効率が上がるのだ。

 今日は手作りじゃなくて買ってきたお菓子を持ってきたと話したら、一階に降りようとした弟子が戻ってきた。


「サワッち!ソレ!なんスかっ!?」

「親方に言ったんですけど……」


 控えめな声で言った言葉まで聴き取るとは、弟子の耳はどうなっているんだ。

 まあわたしの横の人もいつものように、じいっと見つめているけれども。


 そっちの二人は無視をして、親方に取り出したものを渡すことにしよう。




「これはチョコレートというものです。梅……フスベと同じような疲労回復の効果があって、昔は香辛料として使われていたものなんですよ」

「これが甘いものなのか?」

「はい。甘さは控えめの、カカオ分が高めなものを選んでみました」


 ブラックチョコレートはさすがにまずいだろうと思って、ミルクチョコレート。そしてカカオ分は六十パーセントのものにした。

 全体的にこげ茶色だから、親方の髪の色に近くてまだマシだと思う。


 香辛料で甘いものだと話すわたしに、親方の表情は微妙だ。

 一口先にかじってから、口の中で簡単に溶けるものだと追加する。


「クッキーやパンケーキよりは、ほろ苦いと感じるかもしれません。苦みがあると熱で溶けにくいので、仕事中に食べるにはいいかと思ったんですけれど……」

「チョコレートは、仕事中のお供としては最適ですよ。私もよく食べます」

「わたしの家には必ず、いつでも絶対に置いてあるお菓子です」


 正体のわかった安達さんが、チョコは美味しいものだと太鼓判を押してくれた。わたしも負けじと胸を叩いて、これがないととても困ると言い切ってやる。


 毎年、二月に気になったチョコの新作を買うために、せっせとお金を貯めているわたしですよ。

 初心者向けのチョコレートのチョイスも完璧だと、わけのわからない自信満々で伝えたら、ようやく一切ひときれ、手に取ってくれた。


「親方!オレも、オレも!」

「サワに訊け」

「サワッち!」

「一つだけですよ」


 脇から顔と手を伸ばした弟子が、自分も食べたいとアピールしてくる。

 ランプの精を鬱陶しいと言ったのに、同じことをしている気がするぞ。


「安達さんには許可していませんよ!」

「それはそれです」

「どれですかっ」


 素知らぬ顔で、弟子と一緒にさり気なく手を伸ばして口に放り込む安達さん。

 勝手に食べるなと睨んだら、それはそれだとわけのわからないことを言っていくとはどういうことだ。


「チョコレートは、もっと昔は薬として使われていたんですよ。食べ慣れていない人にとっては、効果が出過ぎるでしょう」


 一箱全部を一気に食べることはおススメしないと注意をしたら、弟子と半分こをすることになった。


「いやこれ、わたしのおやつです」


 なんで全部渡すことになっているんだと抗議をしたら、さらに半分は実験したいはずだと親方を見やった。あ、顔を逸らした。図星らしい。まあ、いいけどさ。


「食べ過ぎないように気を付けてください。あと、熱には注意してください」


 一度溶けたチョコレートは美味しくないと伝えて、仕方がないから親方に渡していく。


「む……悪いな」

「限定品じゃありませんから。向こうに帰れば、どこででも買えます」


 これが限定品だったら許さないと、横の人を睨んでおく。


「わかりました。上司の財布から取った残りで、帰りに買って差し上げます」

「余ったんなら返してあげてくださいよ!」

「嫌です」


 カレーを食べた時に奪った残りなのか、それ以外でぶん取ってきたお金なのかはわからないけれど。これは慰謝料案件だと張り切った安達さんが、胡散臭い微笑みを浮かべながら言い切った。


 どうしてそこで、自分のお金を出さないんだか……まったく!




 朝からチョコレートでちょっとだけ元気になりつつ文句を言ったら、開店をしていこう。


「……」


 あれから静かなランプの精は、お店を開けてもお客さんがいない時間になっても一言も話さないし、光り出さない。……よっぽど、怖いことだったのかな。


 奥の冷暗所にわたしが入れる日は、本採用が決まってもかなり後だろう。

 貴重品が保管されている部屋なんて、新人のド素人が入っていいところじゃないもんね。


 それ以外でも親方が毎日頑張って作っている薬なんだから、丁寧に扱おうっと。


 今日はのんびりお客さんが来る日みたいで、合間に物々交換について尋ねることにする。


「宝石の値段は、大きさと色っスね」

「大きさと色で、価格が変わるんですね?」


 小指の爪ならこのくらい、親指ならこのくらいと話す弟子の手元を測りながら、まずは大きさから教えてもらう。


「色は実物を見たほうが早いっスよね。こっちとこっち、どっちの石の色が多いかわかるっスか?」

「色の多いほうですか?」


 大きさの同じ石をカウンターの内側に並べて、右と左の色の違いを見比べるように言われてしまった。


 眼鏡を拭いて掛け直したら、じっと見やる。


「こっちの右側の石は青と、ちょっとだけ黄色が見えます。左側は、青と黄色に、赤が入っていますね」

「そっス。なんで、左の石のほうが高いんス。具体的にいうと、倍っスね」

「倍に跳ね上がるんですか!?」


 ゲラさんが出した石は、親指くらいの大きさだった。さらに複雑な色合いだったから、それはもうお高いことが、今ならわかる。


 それでも石と薬の物々交換の仕方は、さっぱりわからないけれど。


「オレもまだハッキリわかるもんじゃないっスけどね。お客さんと交渉しながら、お互いが損しない量をやり取りする感じっス」

「わかりました。……気を付けます」


 ゲラさんたち巨人族が主に石でやり取りをするだけで、他の種族は共通のお金を扱うのだと話してくれた。

 ようやくちょっとだけホッとしたわたしに、わからなくなったら呼べばいいと、今日も弟子はアッサリ言ってくれるなあ。


「まだ本採用になるかわからないので、来月にはいないかもしれません」

「えー?あーそっか、そうだったっスね。じゃあもう少しでも、わからないことがあったら訊いてくださいっス!」

「はい。よろしくお願いします」


 何だかこの流れだと、先に餌付けをしたような気がしてきたなあ。

 そんな賄賂ワイロで従業員を決める親方でも、許す安達さんでもなさそうだから、脇に置いておくことにしよう。




「サワ、これはダメだ」

「え?」


 昼食の時間に三階へ上がったら、険しい表情の親方がチョコレートの箱を戻してきた。


 食べたことで具合が悪くなったり、薬草との相性が悪かったりしたんだろうか。

 オロオロするわたしに、何でもなかった弟子がものすごい顔で親方に詰め寄っていった。


「オレは何ともなかったっスよ!?オレも食べちゃダメってことっスか!」

「何か、あったんですか?」


 チョコレートは、わたしの生きがいとも言える食べものの一つだ。

 それを否定されてしまっては、この世界で生きていけない。


 好き嫌いがあることは普通だから、チョコレートだって苦手な人はいるだろう。クッキーやパンケーキが大丈夫だからって油断していたけれど、否定された意味を知らないと、この先に困る。


 食ってかかった弟子と一緒に、控えめに親方を見上げたら、渋い顔をした親方が口を開いた。


「美味すぎて仕事にならん。疲労は回復したが、気が散る食べ物は却下だ」

「へ?」

「は?」


 疲れは取れたみたいで、あれから仕事がとてもはかどったらしい。

 しかし好みの味だったようで、一口一口と手を伸ばしてしまい、あっという間に空になったと、何も入っていない箱を開けながら呟いていった。


「……へ?は?……あの、親方、オレの分は?」

「すまん。全部喰った」

「親方ああぁ!?」


 「楽しみにしてたのにっ!」と、この前のランプの精みたいに絶叫した弟子に、本当に申し訳なさそうな顔で親方が謝罪をしていく。


 ……ええと、つまり?


「美味しくて全部食べちゃったってことは、気に入ってくれたんですね?」

「ああ。疲れが取れたとも言っただろう?……そのまま寝た」

「そ、そうですか」


 ちょっと気まずい顔で横を向いた親方が、予想外にリラックスし過ぎたことで、仕事中なのに居眠りをしたことも告白していった。


 そんなに効くなんて、チョコレートの効果がすごすぎない?

 でも居眠りをしちゃうと色々困るよね。休日返上で仕事をしているみたいだし。


「オレも食べたかったっスよお!」

「だから、すまん」


 床を叩きながら、弟子が心底ガッカリしている。

 そんな弟子には明日、追加で買い直したものを渡しても良いけれど……。


 別な争いが起きそうなチョコレートを持って来ていいものかと、横の安達さんに確認をしてみようか。


「どうしたら良いと思いますか?」

「弟子には約束通り、半分渡した方が良いでしょう。しかしそれほどの効能があるとわかったら、親方も実験したいんじゃありませんか?」

「ああ。実際、睡眠に悩む客はいるからな」


 軽い睡眠薬はお店でも扱っているみたいだけれど、慢性的な睡眠不足にはあまり効果がないらしい。

 仕事熱心な親方は、ぜひともチョコレートを取り入れたいみたいだ。


「次は食べないで実験できますか?」

「……わからん」


 ふいっと顔を逸らして、とっても小さい声で応える親方に、安達さんがやれやれと肩をすくめていった。


「では、食べる用と実験用に二箱、買ってきましょうか?」

「そうだな。……デーイの分も頼む」

「わかりました」


 じとっと睨んでいる弟子の分も買うことが決まったら、ようやく休憩をしようと座り直すことになった。


「親方も食いしん坊ですね」


 仕事熱心で好奇心旺盛なだけかと思ったら、食い意地もなかなかだとわかって、新鮮で面白い。


 コッソリ安達さんに伝えたら、きょとんとした顔で首を傾げた。


「沢村さんの食い意地がうつったんじゃないですか?」

「わたし!?」


 そんなに食い気を発揮していないじゃないかと突っ込みそうになって、食い意地だらけの人生だったことを思い出す。


「やっぱり影響力、ありますね」

「……嬉しくありません」


 食い意地の影響力なんてあっても、嬉しくもなんともない!




「では明日、三箱買ってきますね」

「ああ、頼んだ」

「サワッち、よろしくっス!」


 十五時になったら、帰り支度を始めよう。

 今日と同じチョコレートを買ってくることを親方に伝えたら、はいっと元気よく手を挙げた弟子が、「オレの分を忘れずに」と念を押して言った。


 実験をするなら、シンプルなミルクチョコレートのお得パックを渡そうかな?

 ザクザク入ってお安いけれど美味しいから、たくさんのチョコレートのお菓子を使う時に便利なのだ。


「そんなモンもあるのか?」

「はい。形は不ぞろいですけど、溶かしたり固めたりしたいなら便利ですよ」

「よし、買ってこい」


 追加のおつかいを頼まれて、お金を渡されたところで帰ることになった。


「明日は暑いみたいですから、保冷バッグの大きいものに入れないと溶けますよ」

「わかっています」


 チョコレートの管理は完璧にしているわたしですよ。

 買ったらすぐに冷蔵庫に入れて、厳重に保冷材を囲って持ち運ぶに決まっているでしょう。


「一度溶けたチョコレートは、二度と美味しさが戻りませんからね」


 他の材料と一緒に混ぜたものは、溶かしても美味しいけれど。うっかり溶かしたチョコレートを固めても、絶対に美味しくない。っていうかマズイ。


 そんなことはチョコレートに対してとても失礼だと言い切ったわたしに、何とも言えない顔で見つめる安達さん。


「何ですか?」

「相変わらず、よくわからないなあと思っただけです」

「え?」


 どこらへんが、よくわからなかったんだろうか。


 首を傾げて見上げたら、道の途中で声を掛けられた。




「お嬢ちゃん」

「はい?」


 散々、呼ばれている言葉だったからか、『お嬢ちゃん』って歳じゃないのに振り返ってしまった。……条件反射って怖い。


 けれどわたしに声を掛けたことは当たりだったようで、道の端っこに座っていた人が、こっちへ来いと手招きしていた。


「どうかしましたか?」


 転んだり具合が悪くて、手を貸して欲しいということだろうか。

 何も考えずに近付くわたしに、安達さんが警戒するようにと腕を伸ばしてきた。


「不用意に近付かないようにしてください」

「でも、具合が悪いかもしれないじゃないですか」

「ここがどこだか忘れたんですか?」


 わたしの前に腕を伸ばして、それ以上は近付かないようにと言っていく。

 たまに心配性な安達さんには、声の感じからしてお年寄りだから、助けを求めているだけなのではと言ったら反論されてしまった。


 ここが・・・どこなのか・・・・・……もちろん、それは覚えている。


 安達さんが伸ばした腕よりも一歩下がったわたしに、ローブの下の口元がニヤリと歪んだ。


「ひぇっひぇっ……。そっちの兄さんの言う通りだよ、お嬢ちゃん。ただ、わっちは占い屋でね。気になったから声を掛けただけなんだよ」

「占い屋?」


 道の端に座っている老人のような声の人は、ローブの下から尻尾のようなものをパタリと揺らして言った。


「へ!?」

「ああ、スフィンクスでしたか。それは失礼しました」

「なんだい。兄さんは知ってんのかい」

「有名ですので」


 蛇のような細長い尻尾を見た安達さんが、急に肩の力を抜いて呟いた。


 ええと、ス……フィンクス??って、何?




 普通の会話を始める二人……人?たちに、わたしはキョロキョロ見回すしかできない。

 気付いた安達さんが、わたしに紹介をするように手のひらを向けて言った。


「獅子の身体に蛇の尾、鷲の頭に猿の顔面を持った、スフィンクスという種族の方です。その中でもこの方は、当たると評判の占い師なんですよ」

「はあ……」


 チラッと見えたローブの中の腕は、確かにふさふさの毛皮に覆われていた。

 手元の太い指には、鋭い爪がついている。口元が人間っぽいのは猿の顔だからで、額よりも上にはトサカのようなものが見えた。


 両脇が尖っている頭は、斬新的な髪型って言ったら通りそうだけれども。

 そんな方に気になると言われたわたしって、一体……。あ、異世界人だった。


 ここで「異世界から来たんですよ」と言っていいものか悩んでいたら、サッサと手を伸ばしたスフィンクスに捕まってしまった。


「わっ!?」

「ふぅむ……なかなかせわしない人生だねえ。バランスは良さそうだけど、あちこち成長が止まってるね」

「うっ……」


 それは「お嬢ちゃん」と呼ばれる微妙な身長のことだろうか、それとも一反木綿と言われる体形のことだろうか。


 初対面の方に図星を突かれて、思わず顔を歪ませてしまった。


「ああ、すまないね。歯に衣着せぬ言い方が、わっちの売りだからね」

「はあ……」

「なんだかまあ、面白そうなことが待っている未来じゃないか。差し当たって一番ありそうな未来の分岐点は、一年後だね」

「え!?」


 今週で、採用されるかどうかの研修期間が終わる。

 その日からが、異世界と深く関わるかどうかの分岐点かと思ったら、それよりももっと大きな出来事が待ち受けていると言われてしまった。


 異世界に就職するよりも大きな変化って、何だろう。


 ちっとも思い当たることがなくて怪訝な顔をするわたしに、ふぇっふぇっと肩を揺らして笑っていった。


「このままいけば、一番ありそうな未来ってだけさ。未来の前にはいくつも細かい分岐点がある。どれを選ぶかによって少しずつズレることはわかるかい?……そうさね、今日の夕食を魚にするか肉にするかでも違うと言ったほうが、嬢ちゃんにはわかりやすいかね?」

「……はい、とても」


 未来も過去もることができる不思議な占い屋さんは、わたしの性格も把握しているらしい。

 手のひらを見られただけで、食いしん坊だとバレたことは嬉しくない。


 ……ちょっと横の人、口元を押さえながら震えているんじゃないよ。




 一年後に大分岐点が訪れるということは、気に留めておくだけにしよう。

 それこそ今日の夕食は何にしようかなと、悩むことと同じで、毎日、何かしらの選択をしながら生きているんだもんね。


 変わる可能性の高い未来を気にするよりも、再就職できるかどうかを考えることにしよう。


「……沢村さん、そろそろ時間です」

「あ、はい。あの、お代はいくらですか?」


 押し売りのような形で占われたけれども、対価を払わないといけないよね。

 お財布を取り出したわたしに、お金でのやり取りはしていないと、手を振られて断られてしまった。


「スフィンクスは基本的に、アドバイスを伝えて物をいただくんです」

「じゃあ、お金以外ってことですか」


 ゲラさんみたいに、交換できるような宝石は持っていない。

 妙齢の女性ならば、貴金属とか宝石のついた装飾の一つくらい持っていろよって話かもしれないけれど。


「あ」


 興味がないものにお金を掛けないわたしが、大事にしているものを思い出した。


「あの……これはキャラメルというお菓子なんです。口の中で溶けるものでして、甘いんです。食べられますか?」

「おやおや、珍しいものだねえ」


 小さく微笑んだスフィンクスが手を伸ばして、キャラメルを受け取っていった。

 チョコレートが不発だったら、キャラメルを渡そうと思って入れておいたのだ。


「ありがとうございました。さようなら」

「はいよ、嬢ちゃん。……そっちの兄さんも気を付けな」

「え?」


 手を振って別れたら、何かを小さく呟いた。

 なんて言ったんだろうと振り返ろうとしたわたしの横で、珍しく、険しい表情の安達さんが立ち止まっていた。


「どうかしましたか、安達さん?」


 いつもと逆に尋ねたら、すぐに元の顔に戻って首を振っていく。


「何でもありませんよ」

「そうですか?」


 ちょっと駆け足で戻ったら、チョコレートを買いにスーパーへ寄ろうっと。


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