24話:異世界研修一ヵ月 しつこい妖精
掃除を終えたら、昨日の午後の売り上げを計算しようとカウンターの中に戻って行く。
『やあやあ。そんなに急いで、お嬢ちゃんは何をしてるんだい?』
掃除道具を片付けてカウンターに入ったら、すぐに計算をしよう。よし、間違いはなさそうだ。
昨日の午後の売り上げと今日のお釣りのお金を分けたら、次は開店準備をしようと立ち上がる。
店内を拭いてカウンターに戻ったタイミングで、お客さんが入ってきた。
「いらっしゃいませ」
この挨拶にも慣れたなあと思いつつ、今日も新しい薬を尋ねられてしまった。
弟子が案内をしたり奥に取りに行ったりしている間に、わたしはわたしで、お客さんにどんな薬なのかを訊いたり勉強をしていく。
『ボクをちょーっと動かしてくれないかい?久しぶりに店の様子が見たいんだよ』
そうか。朝晩の気温差があるこの時期は、風邪を引きやすい時期でもあったね。
「鼻は詰まるし、のども痛くなったの。気が付いた時に処置をしておけば、一晩で治るでしょ?」
「何事も、最初が肝心ですもんね」
ふんふん、なるほど。
幸い、わたしはまだ風邪を引いたり体調を崩すとかもないけれど。その時はこの薬を買って行こうかな。
のど全般に効く薬のようで、吟遊詩人なる職業の人も愛用しているものだと話してくれた。
「声を職業にしている人が使っている薬は、説得力があるじゃない?」
「そうですね」
ぎんゆうしじんって、何だろう……。とりあえず、声を使った職業の人らしい。
薬についてと一緒に、これも後で弟子に訊いてみよう。
新しい薬の名前と値段を自分のメモ帳にも書き加えたら、袋に入れた薬を渡していく。
「ありがとうございました」
今日もにこやかに手を振られたので、手を振り返しながらお客さんを見送った。
『聞こえているんだろう?さあさあ。ちょーっと、ボクを表に出してくれるだけで良いんだ』
「あ、親方」
『……』
さて、と振り返ったわたしに、相変わらずしつこく話し掛けてくるランプの精。
無視をすることも疲れてきたけれど、本っ当にしつこい。
親方の名前を出したら止まってくれたけれど、これ、毎日しないといけないの?
最近の安達さんは大人しいというのに……。しつこい人はこれ以上いらないって言ったはずなのになあ。
「どうしてそこで、私を見るんです?」
「ランプの精が、少し前の安達さんそっくりだからです」
「は?」
本当に、いつまでわたしの周りにはしつこい人が居続けるんだろうか。
「どういう意味ですか、沢村さん?」
「そういう意味ですよ」
いい加減、自分のことだと自覚して、少しは自重をしてくれ!
わたしがげっそりしていたら、お客さんが出て行ったタイミングで今度は弟子が発狂した。
「……うるっせぇ!もう無理、どっか行け!」
「あ」
叫んだ弟子がそのままカウンターから飛び出したら、ランプをつかもうと乱暴に棚に手を突っ込んでいく。手前に並んでいる重い壺たちは、片手でドンドンと脇に追いやっていた。……勢いがすごいね。
冒険者に向けていた口調にもなっているから、本当に怒っているんだろう。
『おお、モランの弟子!ボクを出してくれるのかい?』
「ちっげーよ!」
外に出られたついでにランプの口から精霊が出て、期待に瞳を輝かせる。
『おいおい、モランの弟子よ。ボクを丁寧に扱えって言ったのは、先代の遺言でもあるんだぞ?』
「うるっせえわ!親方の親方の言葉でも知らん!」
わたしにも聞こえるランプの精の言葉は、弟子も同じだ。お客さんには聴こえていないみたいで、特に突っ込まれないことは助かるけれど。
朝からしつっこく話し掛けてくることにとうとうキレて、鷲掴みにしたまま店の奥に引っ込んだ。
……もしかしなくとも、窓から投げるつもりなんだろうか。
「そこまではしないでしょう。鍵付きの箱に片付ける、とかじゃないですか?」
「ああ、なるほど」
生き物だけれど、精霊だもんね。そもそも、ランプの中に入っている人……人?ええと、方だし。
箱に閉じ込めても生きていられるような処置をするのではという安達さんの言葉に、壊したり窒息したりはさせないようでホッとする。
会話までしたランプの精が、窒息したり壊されたりしたら寝覚めが悪い。
「そういう問題ですか?」
「だって、気になるじゃないですか」
親方の親方の代からいる古株の商品で、ずうっと売れ残っていたランプ。
わたしが買うわけにはいかないし、磨いたからって、主になったわけでもない。
それでも中に人型の生き物がいることを知ったのに、ランプから出られないのは可哀想だもんね。
「よっしゃあ!これで静かになった!」
「……お疲れさまです」
ドシドシといつもよりも荒く階段を下りてきた弟子が、清々したと両手を思いっ切り挙げて、片付けてきたと宣言していった。
ただ箱に仕舞うだけの”片付けた”、なのか、別な意味での”片付けた”なのかが、わからない清々しさだなあ。
「さすがに壊してないっスからね?」
「……そうですか」
親方に許可を取って、二階の奥の冷暗所にしている部屋に置いてきたらしい。
どっちみち、暗い場所に仕舞われてしまったのか。
「じゃ、うるさいランプは片付けたんで、仕事しましょー」
「はい、そうですね」
カラッと本当にスッキリした顔で笑った弟子に促されて、ようやく本来の静かなお店に戻っていった。
「またどうぞー」
「ありがとうございました」
その後もお客さんが入れ替わって、和やかな気持ちで午前中が終わっていった。
「んじゃ、メシにしましょうか」
「はい」
お腹ペコペコーと言いながら、弟子がお店を閉めたら階段を上がっていく。
午前中の売り上げも持って行って、昼食が終わったら計算をしようっと。
ガタガタ ガタガタ
「ん?」
三階のいつもの場所に向かう途中、どこかで何かが動いた音がした。
「何かありましたか、沢村さん?」
「いや、何でもないですね」
「はあ?」
二階の奥の部屋で、ランプの精が暴れている音だったのかもしれない。
それなら無視が一番だと、安達さんに手を振って気のせいだということにする。
ここで反応したら、またビカビカと光り続けるかもしれない。最悪だ。
「二度と光らないって約束したんスから、それはないっスよ」
「妙なところで律儀ですね」
「次はランプごと、ぶん殴られるってわかったからじゃないっスか?」
「……なるほど」
思い出した弟子と一緒に自分の頭を撫でながら、アレは相当、痛そうだったもんなあとランプの精に同情しながら、三階へ上がっていく。
今日も一皿ドカ盛りの昼食を並べる途中で、親方も三階へ上がってきた。
うっすらとクマが見える目元をこすりながらってことは、薬の調合か何かが追い付いていないのかな。
それとも勝手に増やしてしまった、売り上げ業務のせいだろうかと見上げたら、そっちは問題ないと手を振っていく。
「在庫の対応が早くできるようになったことで、こっちは助かっているんだ、気にすんな。そろそろ来る業者に頼む、薬草の手配が間に合わないだけだ」
お店からあまり離れられない親方は、手に入れにくい薬草を専門の業者に頼んでいるらしい。
他にも扱いにくくて繁殖しやすい危険な薬草の回収もしているようで、必要な分の確認作業が連日続いているのだと話してくれた。
お金の計算で時間を使ってしまったわけじゃなくてホッとしたけれど、休日返上で在庫を調べていると言われては、十五時に帰ることが申し訳ないな。
わたしでは何がどのくらい必要かの判断ができないから、いても意味がないことだけれども。
「育てやすいのとか、年中必要な薬草は裏庭で育ててるんスけど、他の地域のとか特殊な薬草とかは、業者に頼んで仕入れてるんスよ。エローラさんの飴に使った、カズラがあったっしょ?あれとか他の人には、面倒な薬草なんスよ」
「そうなんですか?」
「こういう、太くて硬いツタが厄介で成長が早いんで、他の薬草や建物を巻き込むんスよ。ツタも葉も果実も上手く使えばいい薬になるんスけど、そういう加工技術を持ってる人もなかなかいないんス」
大量に採れるカズラは、他の人にしてみれば厄介な邪魔ものらしい。
駆除を頼まれた人が根っこまで採ったら、親方がすべて買い取っていると教えてくれた。
ツタの内側から出た汁は目薬の材料として使って、外側の固い部分と果実の皮は蒸し焼きにして乾燥させると、内臓系に効く薬になるとは……。
「処理が面倒そうですけれど、使える薬草ですね」
「そっスね」
そして果汁は煮詰めて飴の材料にするとか、親方じゃなかったらそんなに全部を綺麗に使いこなせないだろう。さすが、親方だね。
「あ、そうだ。梅干しと梅酒の効能というか、何か変化は出ましたか?」
多めに持ってきたから、親方が独自に実験をしていたみたいなんだよね。
口に入れて人体実験もしていたけれど、今のところ見た目の変化はなさそうだ。
それならやっぱり何もなかったのかなと尋ねたら、二人が勢いよく顔を上げた。
「ん!?」
「アレはすごいぞ、サワ。青いものよりも効果があった!」
「特に、ウメボシがすごかったんスよ!」
「……そ、そうですか」
キラキラと茶色の瞳を輝かせた二人が、そのままの勢いでいかにすごかったかを話していった。近い近い。
「梅酒は薄めて飲むものだろう?のどの痛みが和らいだと言われた」
「は、はい」
言われたって誰にだろうと思いつつ、興奮している親方に賛同するように頷いていく。
「ウメボシ食ったら、全然疲れが残らないんスよ!これは売れる新商品になるってんで、裏庭の木の半分を使おうと待ってるとこっス」
「半分もですか?」
「サワッち、新商品っスよ!?」
「あ、はい」
バンバンとテーブルを叩きながら、弟子も負けじと大興奮だ。落ち着いてくれ。
梅に似たフスベという実がなる木は、店の裏庭に植えてあるらしい。
とても大きな木だから、半分を赤くしても、青い梅を使った定番商品には影響がないのかもしれないけれど。
そんなにいきなり半分も使ってみようとか、博打すぎない?大丈夫?
わたしが持ち込んだものが、こんなに影響があると心配になったきたな。
二人が楽しそうに話している姿は、見ていて嬉しいことだけれども。
「ありましたね、影響力」
「え?」
どんな客層にも売れる商品になるのでは、という話をしている二人を指差して、ニコリと微笑んだ安達さんが奇妙なことを呟いた。
わたしと影響力の話をしたのは休みの日の自宅で、さらに早朝の電話の中だ。
「……」
「盗聴器はつけていませんってば」
「……」
「本当です」
久しぶりに、ものすっごく歪んだ顔を向けてしまった。
ブンブンと手と首を振りながら「冤罪だ」と訴えるけれど、じゃあ何で、早朝に自宅でした岸さんとの会話の内容を知っているんだよ!
犯罪行為はしていないと釈明する安達さんは、とりあえず無視をする方向で。
午後の業務も頑張る、という考えに切り替えることで心の平穏を保っていこう。
この人に関しては、考えても仕方がない。
考えるだけ無駄だと脇に置くことにして、今日も存在自体を無視する、よし。
「いらっしゃいませ」
梅干しと梅酒の影響はなかったみたいで、そこは安心したかな。
赤い梅がたくさんなるのなら、梅ジャムも良いかもしれないと考えながら、お客さんの相手をしていく。
「ありがとうございました」
ええと、これも家庭の常備薬みたいなものなのか。
月の終わりだからか、個人的な薬よりも家庭で使うような万能薬を買って行く人が多いなあ。
「あー……そっスね。季節の変わり目でもあるんで、軽いうちに治せるようにって見直す人が増えるのかもしれないっス」
「午前中のお客さんも、そんな話をしていました」
みんな、予防を大切にしているんだなあ。すごい。
「ま、個人の店が多いっスからね。でもウチも早めに閉めたように、絶対に毎日、開けないといけないってわけじゃないっスよ」
「うわぁ……。超・ホワイト企業」
「へ?」
休みが必要なら休めばいいと、アッサリ言っていく弟子の言葉に、「風邪くらいで有給を使うな」と言われた友人の会社を思い出す。
わたし?わたしがいた前の会社は、この辺りはキッチリしていましたよ。
しかし仕事らしい仕事をしていなかったわたしですので、有給はあんまり使わなかったけれども。
いまは暇な時期に積極的に有休を使わないと、忙しい年末に無理矢理使わないといけなくて、それもそれで大変らしいと後輩ちゃんが話していた。
……ん?ここは週末二日の休みしかないけれど、平日に一日か二日、別な休みはないままなんだろうか。
今月は研修期間だから、土日以外の休みはない。
採用されて住むことになったら、平日に休みがあっても、あらかじめ安達さんの会社に許可を取らないと帰れない。
そして帰れても、その分の交通費は給料から引かれるのだ。理不尽。
平日は仕事で土日休み、時間は朝の九時から十七時まで。
住み込みになったら残業もあるかもしれないけれど、常識的な時間に終わらせてくれる気がするなら問題ないか。
そもそもまだ最終日じゃないし、採用するとも言われていない。
気の早い話は置いておいて、目の前の仕事に集中しようっと。
ガタガタ ガタガタ
「……」
集中をしようと気合いを入れたのに、天井から何かの物音が響いてくる。
ガタガタ ガタガタ
「……」
やっぱりこれって、奥の冷暗所に押しこめられたランプの精が暴れている音なんだよね?
けれど弟子は思いっ切り無視しているから、わたしも無視をすることにしよう。
「またどうぞー」
「ありがとうございました」
お客さんを見送ったら、そろそろ十五時になりそうだね。
ガタガタ ガタガタ
「……」
「……」
ガタガタガタガタガタガタ……
「……うるっせえぇぇ!!」
あ、キレた。
「なんで大人しくしてねえんだ、あのヤロウ!」
ガラッと力まかせに奥の部屋の扉を開けたら、弟子が猛スピードで駆け上がっていく。
「うるっせえんだよ!」という声が下まで響いているということは、相当怒っているね、これは。
「沢村さんは怒りませんね?」
「しつこい人に対する耐性はありますので」
「は?」
一緒に奥の部屋から二階を覗いている人を見やったら、やっぱり怪訝な顔で首を傾げられるだけだった。
一体、いつになったら気付いてくれるんですかね!?
「……」
「戻ってきませんね?」
親方の怒鳴り声も響いた後は、物音一つしない二階を見やる。
親方は仕事をしている途中に弟子が乗り込んできたことで、ランプの精と一緒に窘めているのかと思ったんだけど……。
途中からの異様な静けさに、何があったのかを心配しつつも、ここでわたしまで離れたらお店が危ない。
気になるけれど、わたしにできることだけを頑張ろうっと。
エローラさんがにこやかにお店に来てくれたり、別なオーガの人が来たり。お店に置いてある定番の薬を売りながら、票に書き込んでお会計を済ませていく。
「また砂糖を買っていってくれたんでしょう?何か店でも出すの?」
「いえ、違います。親方に頼まれた、薬の調合で使うんです」
お会計が終わっても、エローラさんがカウンターの前で話し続ける。
具体的なことは言えないから誤魔化しつつ、話し相手になっていこう。
「ああ、気にしなくていいわよ。薬は素人には扱えないでしょう?詳しく説明されても、わたしのほうが困るわ」
何と言えばいいのか迷っているわたしに気付いてくれたのか、手を振りながら、細かい話は結構だと言っていく。
「店の商品は組み合わせによって作れる料理が違うから、色んな話をするけどね。量を間違うと死ぬかもしれない薬は、詳しく話してはいけないわ」
「……そうですね、わかりました」
諭すように言われた言葉で、一歩間違うと危険なものを扱っているということを思い出す。
ちょっと慣れてきたことで、弟子に尋ねることも少なくなってきたけれど。まだまだ知らない薬はたくさんあるし、お店に出せない取扱注意の商品は山ほどある。
「気を付けます」
「また、お店にも来てね」
じゃあねと手を振って帰るエローラさんに手を振り返したら、気を引き締めようと拳を握っていく。
今まではお客さんの言う量をそのまま売っていたけれど、こっちから注意をしたほうがいいような商品もあるかもしれないもんね。
気を付けようと票とメモ帳を見直していたら、ようやく弟子が降りてきた。
「いやー、めっちゃヤバかった」
「え?」
何だか疲れ切った弟子が、首の後ろを掻きながら深い溜息を吐いていく。
ただランプの精を大人しくさせるとか、仕事の邪魔をした親方に怒られただけかと思ったんだけれど。
それ以外に何かあったのかと怪訝な顔を向けたら、弟子がカウンターに突っ伏すように項垂れていった。
「あー……、サワッちはまだ知らなかったっスね。あの奥の部屋には、貴重な素材がたくさん置いてあるんスよ。ランプの精をそこに置いてきたんっスけど、見事に色々ひっくり返してくれたみたいで、親方と一緒に片付けてきたんス」
「……それは、大変お疲れさまです」
ひっくり返したら、損害がひどいんじゃないだろうか。
それは、ランプの精の願い事とかで何とかできるのかと不安になるわたしに、「まあまあ大丈夫だった」と一応、無事なことを教えてくれた。
……それなら良かった、の、かな?
わたしが目覚めさせてしまったような手前、被害があると困る、とても。
「サワッちのせいじゃないっスよ」
「はい……」
気にしないように言われても、やっぱり気になってしまうよ。
『ひどいじゃないか、モランっ!あんなに暗くて寒くて怖いところに、このボクを閉じ込めるなんて!』
「大人しくしてろって言っただろうが!」
『……』
「……」
お茶を飲んで一息ついた頃に、今度はランプを持った親方が降りてきた。
泣いているような声で訴えるランプに、呆れた溜息を吐いた親方が窘めていく。
誰のせいで冷暗所に追いやられたと思っているんだと言われたら、自業自得だとしか言いようがないもんね。
そのまま元の場所に戻すことになったようで、棚の奥の奥にランプを突っ込んでいった。
『もうっ、乱暴に扱わないでくれってば!』
「うるせえって言ってんだろ。次にああなるのはお前だからな」
『……』
「?」
親方の言葉にキュッと口を引き結んだランプの精は、それから本当に、大人しくなってくれた。
ああなるって、部屋の貴重品をひっくり返したことで何かあったのかな?
弟子も一緒に震えているってことは、とても恐ろしいことだったんだろうか。
「??」
ランプの精が恐れるほどのことって、何だろう?




