閑話:ベッジの回想
モランの店は有名だ。
オレらのような悪党の中でも、あの店は別格なのだと語り継がれていた。
「週末のこんな時間に、コソ泥なんか連れてくるなよ」
しっしと鬱陶しそうに手を振るギルドの職員が、オレと一緒に手続きをした青い髪の男を追い出して言った。
「この辺りの店が被害にあってた元凶だろう!?捕まえたのは確かにオレじゃないが、頼まれたんだ。責任を持つことは当たり前だろう!」
「そんならアゼロがそのまま、最後までソイツの面倒を見ろよ」
バタンと容赦なく扉を閉めたギルドの職員は、「就業時間だ」と鍵まで掛ける。
……これだから役所の人間ってヤツは好かねえんだ。
チィッと小さく舌打ちをしたオレよりも騒がしい男が、閉められた扉に向かって悪態をついていく。
「こら、話はまだ終わってないぞ!最後までって簡単に言うがな、オレだって明日からは休みっだっつーの!」
「仕方ないよ、アゼロ。門が閉まるまでに支度を済ませて、この街の外に出すだけでいいって言ったじゃないか」
オドオドしながらも、ローブを被った男が小さい声で窘めていく。
気弱そうなローブの男は、蹴りでも入れれば簡単に逃げ出せそうな細い体格だ。しかしオレにつけられた紐は二重に握っているし、視線にも必ず入れている。
オレが動こうとするたびに、逃げられないように足で先回りをするのだ。
よりによって問題児と噂のこいつらに捕まる羽目になるとは、オレの運気もこれまでのようだ。
「ほら、行くよ。いつまでもギルドの前で騒いでいたら、剥奪されちゃうよ」
「まったく……これは正式な依頼ってことにしてやるからな!」
まだギルドに文句を言い続ける青い髪の男とオレを引きずるように、ローブの男が歩き出した。
「まずは、モランさんのお店に謝罪に行かないと」
「今日は早めに閉めると言っていたはずだが、まだ開いているだろう」
ブツブツと相変わらず小さい声で、街の門が閉まるまでの時間に、やらなければいけないことを指を折りながら話していく。
青い髪の男は大仰に頷きながら、仕事が終わったら祝杯を挙げようと呑気なことを言っていった。
「……」
ギルドに引き渡されたのは、こいつらが冒険者だからだ。
けれど、オレはこいつらに倒されたんじゃない。
オレよりも少し背が高いだけのガキに見抜かれるとは、ヤキが回ったもんだ。
まだ痺れる両手の甲を揉みながら、あの長い透明な硬いものは、何だったんだと考え込む。
フン、ちょうど良い。
モランを親方と呼んだのなら、あの店に雇われてるヤツなんだろう。あんなガキまで雇わないと回らない店になり下がったのかと少しがっかりしながら、能天気な二人と一緒に店に向かった。
「オード。これでオレたちのことを、少しは認めてくれるかな?」
「アゼロがホウキを振り回したことで壊れたから、デーイに怒られたじゃん。無理じゃない?」
「あの嬢ちゃんが味方になってくれないかな」
「今日は一応、キレイにしてるけど……。モランさんみたいに、水ぶっかけたいって言ってたもんね」
「……」
わけのわからない会話を始めた能天気な二人は、どうやらこれから行くモランの店の話をしているらしい。
青い髪の男が振り回したホウキは、オレの顔面と後ろ頭に当たったことで、外に吹っ飛ばされることになったものだ。
それは借りものだったらしく、モランの弟子のデーイが「返しに来るなら丁寧に扱え、このバカ!」と言っていたことを思い出す。
嬢ちゃんというのは、オレの手の甲を叩いたガキのようだが、新入りなのにこの二人にすでに恐れられているのか?
キレイじゃないと水を掛けるとは、いまだに痺れが取れない手を叩いたことからも、好戦的な人物みたいだ。
武器で脅してまで、盗みを成功させるのは三流以下のすることだ。
一流とは誰にも気付かれず傷つけず、狙った獲物を手に入れることができる人物を言う。
それを信条にやってきたっつうのに、あんなガキに見破られた上にこんな間抜けな二人に連行させられることになるとはな。
……まったく。潮時というのはこういうことか。
それでも、これほど何もできないまま終わった仕事は他にない。
せっかくモランの店から逃げ切れそうだったのに、あの彫像を動かすことすらもできなかったのだ。
このままでは仲間に笑われて終わりだと眉間を寄せたところで、例の店が見えてきた。
「ん?嬢ちゃんは何をしてるんだろう?」
「えーと。たぶんだけど、モランさんが作ったっていう、例の彫像に話し掛けてるのかな?」
「……」
店の入り口の上に飾られている彫像は、オレらの中では有名だった。
モランの店の守護像で、不貞を働いた輩には、鋭い牙と爪で襲い掛かるとまことしやかに伝わっていたのだ。
それをあのガキ、笑いながら話し掛けるとか頭おかしいのか?
思わず足が止まったオレだったが、能天気な二人にも衝撃だったらしい。
ポカンと間抜け面をさらに間抜けにした二人と一緒に、彫像を磨いていくガキを遠くから見て固まった。
「よいしょっと」
しばらく尻尾の辺りを磨いていたガキが、ようやく梯子から降りていく。
梯子は高さがあることで重いのか、よろけた瞬間に彫像に当たったらしい。
「うわぁっ!?すみません、痛かったですよね!?」
アワアワしながら彫像に向かって平謝りをしていく目の前のヤツは、さっきオレに妙なモンを叩きつけたガキと同一人物なのか?
デーイとは別なヤツが何かを言ったようだが、「梯子が当たったら誰でも痛いでしょ!?」と噛みついていた。わけがわからない。
「……なあ、オード」
「なに、アゼロ?」
「嬢ちゃんは何を言ってるんだ?」
「えーと、たぶん、モランさんが作ったものだから、大事にしてくれているんじゃないかな?……たぶん」
「……」
能天気な二人も固まるほど、やはりあのガキは普通じゃなかったってことか。
「嬢ちゃんが外にいるってことは、そろそろ閉めるのかも。行くぞ、オード!」
「あ、そ、そうだね」
まだ明るい時間帯だが、彫像を磨くことも店を閉める支度のうちらしい。完全に閉められる前に挨拶に行こうと、気が付いた二人に促されて近付くことになった。
おい、紐を引っ張んな。いくら皮膚が丈夫な種族でも、荒縄は痛ぇんだよ。
「ん?」
無神経に紐を引っ張るローブの男に悪態をついていたら、急に目の前が真っ暗になった。
まだ明るい時間だと思ったばかりなのに、雨でも降るのかと上を見たら
キュッキュー
「はあっ!?」
「ふぇ!?」
「んなっ」
バサリと大きい青い翼を広げ、二本の脚には鋭い爪。
首に巻いてある専用のロープで、決まった主がいる飛竜だということがわかる。
そんな飛竜が何でこんな街中にと上空を見ながら固まるオレの目の前で、軽やかに降り立って行った。
「あ、キュー太郎」
「なんて!?」
キュッキュー
「おい、嬢ちゃん。その名前は却下したはずだぞ」
「そうでした。じゃあ、キュウベエ」
「それも却下だ」
キュー
「はあっ!?」
不満そうに首を振る飛竜に手を伸ばして、背中に乗る主と会話をしていく。
……あの、飛竜が。主以外には絶対に懐かないと有名な飛竜が、なんであのガキには懐いてるんだ?
キュッキュー
「くすぐ……いや、痛い痛いマジで痛い」
「ほら、落ち着け」
キュー
妙な武器で手を叩く、彫像には挨拶をする。その上、主のいる飛竜にまで懐かれているなんて、何だ、あのガキは。
呆然と固まるオレたちの前にモランが現れて、ガキと飛竜を見比べながら溜息を吐いていく。
「ダイロ、また来たのか?」
「嬢ちゃんがなかなか来ないから、コイツが勝手に進路変更したんだよ」
キュッキュー
「痛い痛い」
飛竜は持ち主以外には懐かない。それは今もやっている、顔をこすりつける敬愛の行動を、最初に見た者にしかしないからだ。
「ほら、嬢ちゃんが痛ぇって言ってんだろ」
キュー
首に巻かれたロープを引っ張られたことで離れたが、ガキが伸ばした手を普通に受け止める姿も、他では絶対に見られないことだ。
……何なんだ、あのガキは。
最後に足を引っかけて転ばすか、腰のバッグから何かスろうと考えていた。
実際はオレ如きが何かできるようなヤツじゃなかったってことが、わかっただけだった。
「モランさん。外に出す前に挨拶に来ました!」
飛竜を見送って閉めようとする直前に、青い髪の男が声を掛けていった。
慌てた様子でオレを引っ張り、追い返された店に最後の挨拶をする羽目になる。
「指名手配をくらっていた、ベッジという男です。オレたちが責任を持って、門の外まで連れて行くことになりました」
「ふーん、逃げられないようにな」
「うるさいぞ、デーイ!」
耳をほじったデーイが、この二人で大丈夫なのかという顔を向けている。
それはオレも思っていることだが、ここで逃げるとさらに別な罰が加わるのだ。この街から一定期間出て行く、というモンだけで十分だ。
「嬢ちゃんが捕まえてくれたんだろう?しかしだな、武器を持っていないとは限らない。次は無茶をしないで、すぐにオレに連絡をするように!」
「ええ?ああ、はあ……」
「……」
青い髪の男はビシッと決めたようだが、ガキは疑わし気な歪んだ顔を向けるだけだった。
……オレはガキにこんな顔をされる、信用も頼りがいもない男に捕まったことになったのか。最悪だ。
「なんだ、モランの店で盗みをしようとしたのか?それならオレが途中で落としてやろうか?」
キュー!
飛竜と主が上空から海にでも落としてやると、ニヤリと微笑んでいく。
「そんなことをしたら、死んでしまうじゃないですか!……次に来た時には、お客さんとしてお金を持って来てください」
「……」
”次”がいつになるのか、わかって言ってるのか、このガキは?
街の住人として登録をされたまま罪を償うことと、街から一定期間だけでも出るように言われる罪は全然違う。
―――そんなことを言っても、ガキだからわからねえか。
帽子を取って頭を下げたら、ようやく店の前から足を動かした。
「頼りないけど、よろしくお願いしますね」
「もっと頼ってくれていいんだけど!?」
「ちっとも頼りになりませんから、無理です」
「……」
オレは本当に、何でこんな間抜けと一緒に街を出ないといけないんだろうか。
「第一印象が悪かったんだな。よし、ここから挽回するぞ、オード!」
「次はダンジョンにいる獣を退治して、連れて行けばいいんじゃない?」
「いいな、それでいこう!」
「……」
確かこいつらは、ダンジョンから血だらけの泥だらけのままよく戻ってくることで叱られて、先日まで街の清掃の罰を受けていなかったか?
ダンジョンにいる獣たちは、倒しても消えることはない。まれに宝石に変化する獣もいるが、適切な処理をするまでは、息の根を止めても血は流れ続けるのだ。
そんなものをダンジョンから、あの店に持って行ったら……
「フッ」
確実に呆れられ、挽回するどころか叩き出されるオチだろう。
その瞬間を見れないのは残念だが、間抜けな噂は外にも届くはずだ。
チラッと後ろを振り返ったら、飛竜に手を振って別れる途中のガキが見えた。
ガキに見えるのは見た目だけで、ガキじゃねえのかもしれねえな、あの女。
「ヒッ!?」
遠目でもわかる。
あの彫像がオレを見ながら、ニヤリと裂けた口元を歪ませていったのだ。
まさに、悪魔像と呼ばれるに相応しい恐ろしい顔だった。
「なんだ、どうかしたのか?」
「……なんでもねえよ」
首を思いっ切り振って、この街にもあの店にも、二度と近付かないことにしようと改めて誓って外に出た。




