21話:異世界研修一ヵ月 怪しいお客
「あ、そうだ。あの、派手なお客さんたちは何という種族の方だったんですか?」
梅干しと梅酒の試食会が無事に終わった次の日、本を見せながら作り方を話したことで、シソっぽいものも見つかった木曜日。
大柄な派手な二人は結局、何という種族の方だったのか尋ねてみた。
この二人が帰った後に、何かをわたしがやらかして、呆れられてしまったみたいなんだけれど。
その意味はわからなかったから、尋ねても良さそうなことを訊くことにする。
……できれば何に対して呆れられたというか、諦められたのかは訊きたい。でもそんな雰囲気じゃないから、今は脇に置いておくことにした。
オーガという種族のオッズさんが買った薬の説明が終わったところで尋ねたら、メモを取り出しながら弟子が口を開いていく。
どうやらついでに、棚の在庫を数えるみたいだ。
「あの二人っスか?ゲラさんは巨人族の女の人で、もう一人はワイクさんって言うんスけど、こっちは人狼なんス」
「じんろう……って、何ですか?」
「えーと、人間と狼の半分こって言えばいいっスかね?」
「半分こ」
人間と狼のハーフで、人狼ってことか。……そうか。
狼っていうとこげ茶色の毛のイメージだけれど、この世界だから銀色なのかな?
「ゲラさんが最初に買った薬は、オレらサイズに縮めるものだって言ったっしょ?それでも色んな種族の中で巨人族が一番デカいんで、縮んでもデカいんスけどね。親方くらいしか頭撫でたりしないんで、いつも大人しくなるんスよ」
「ふぅん……」
それなら、ゲラさんにとっては貴重な体験だね。
だって誰よりも大きいのに、親方には小さい子をあやすように頭を撫でられるんだもんね。
いや、それでもアレは反則だって。
親方は無意識なのか意識をしているのかわからないけれど、誤解をする人もいるんじゃないのかな。
わたしがされたら、それこそ小さい子をあやす感覚な気がするから、誤解も何もないけれども。
「……」
そういえば弟子もだけど、親方も成人男性だよね?
採用されたらわたしもここに住むわけで、そっちの誤解はされないんだろうか。
「……」
いや、ここで「恋人か奥さんはいますか?」って訊いたら、弟子か親方を狙っている風にとらえられるかもしれない。それは大誤解だし、気まずくなりそうだからとても困る。
「なんスか、サワッち?」
「いえ、何でもありません」
「?」
恋人か奥さんがいたら、来月に教えてくれるだろう。
いま訊いても仕方がないことは、脇に置いておこうっと。よし。
そんなわけで、色々あった三週目の最終日。
滞在延長の許可が下りたことで、パンケーキを作る日でもある。
「道具は私が運んでいるんですから、良いではありませんか」
「当然です」
またしても台車に箱を乗せながら、泡だて器やボウルなどの道具を一緒に運んでいる金曜日の朝。
言い出しっぺの安達さんに伝えたら、今回も台車と箱を用意して、さらに運んでくれることは助かっているけれど。
九時台のあんまり人はいない時間帯でも、やっぱりかなり恥ずかしい。
「相変わらず、変なところを気にしますね」
「気にしなさすぎの、安達さんのほうがおかしいですよ」
恥ずかしいことではないと堂々と言い放つ安達さんは、前の時はスーパーにまで台車を引いていったのだ。
横に並んでいるから、わたしもセットで見られていることは知っているけどさ。恥ずかしいものは、恥ずかしいんだよ。
「そういうものですか?」
「そういうものです」
ちっとも共感してくれない安達さんは、よくわからないと首を傾げている。そのままガラガラ台車を押したら、お店の前に到着だ。
「ん?」
いつものように彫像に挨拶をしたら、何だかうっすら汚れが見える気がする。
「どうかしましたか?」
「あの、尻尾の辺りに何か見えませんか?」
ここに来た一週目に磨いただけだから、蜘蛛の巣か何かが付いたのかな。
眼鏡を掛けても最低限の視力しかないわたしは、裸眼で生活できている安達さんにも確認してもらうことにした。
じいっと指を差した方向を見やった安達さんは、ちょっと怪訝な顔をしている。けれど、小さく頷いてくれた。
「モヤのように見えるので、蜘蛛の巣か何かが付いたのでしょう」
「それなら梯子がいりますね」
彫像までは梯子を上らないと届かない。ホウキがいいか雑巾がいいかと考えて、どっちみち時間が掛かりそうなことに気が付いた。
開店前にお店の前を掃くことが日課になっているけれど、その後は前の日の売り上げを集計しないといけないのだ。
気付いたからには、今すぐに取りたい。でも自分から言い出した仕事を、放っていいわけではない。
うーんと考え込むわたしに、サラッと安達さんが提案してくれた。
「今日は十五時に閉めます。その時に取れば良いんじゃないですか?」
「あ、そっか。今日は遅くまで残れましたね」
いつもは三十分しか余裕がないから、梯子を使う本格的な掃除は難しい。けれど今日は、パンケーキを作ることになっている日だ。
親方にも許可をもらって、閉める前に掃除をさせてもらおう。
ホッとして中に入ろうとしたわたしに、ポツリと安達さんが呟いた。
「……本当に、偏見がありませんね」
「え?」
ガチャリと開けた音と重なって、何と言ったのか聞こえなかった。
振り返ったら台車を持ち上げているところだったから、そんなに重要なことじゃないのかな?
「……ん?」
開店前に店を掃いていた時も、こうして営業時間になっても。
何だかどこからか、妙な視線を向けられている気がする。
思わずキョロキョロと周囲を見回すわたしに、弟子も怪訝な顔をしていた。
「なんか落ち着きないっスね、サワッち」
「すみません。どこからか見られているような気がして、気持ちが悪くて……」
気のせいと言われたら、それまでなんだけど。
どうも影から様子をうかがうような、そんな視線を感じると言うわたしに、弟子と安達さんも周囲を見回していった。
「んー……そう言われても、妙な人はいなさそうっスよ?」
「女性は勘が鋭いと言いますからね。少し気を付けておきましょう」
「お願いします」
いつもより、周囲を警戒することを安達さんが請け負ってくれた。
わたしの監視が仕事だもんね。気のせいかもしれなくても、仕事に影響があると困るだろう。
ようやくちょっとだけ肩の力を抜いたら、昼食の時間になったらしい。
ぐー……
「……」
「……」
「……サワッち。もしかしなくても腹が減ってただけ、とか言わないっスよね?」
「ち、違います!」
朝から普段より神経を使ったことで、気が緩んでしまっただけで。お腹が空いていたから気が散っていたとか、そんな理由では決してない!
「メシにしましょうか」
「……はい」
「あ、サワッち、トイレは」
「行ってきます!」
言わなくていいって頼んだのに、弟子がまたしてもトイレに行かなくていいのか尋ねてくる。
色んな意味で恥ずかしいから、トイレにこもってリセットしたい!
水曜日に続いて今日も早めに閉めるからか、朝からちょっと忙しい。
わたしが色々と持ち込んだり訊いたりしたことで、お店と利用しているお客さんに迷惑を掛けているんじゃないかな。
「今月は大丈夫っスよ。最初は五日も休みだったっしょ?」
「そうなんですか?」
繁忙期ではないから早めに閉めても問題ないと、なぜか弟子が言い切った。
本当に大丈夫なのかと親方に顔を向けたら、小さく賛同するように頷いていく。
「フスベの効能がわかるのはこれからだが、店の新商品になる可能性が高い。時間を取ることは当たり前だ」
「……そうですか」
親方も堂々と言い切ったけれど、今日のパンケーキは薬屋と関係なくない?……まあ、いいけどさ。
そんな風に、先週と違ってちょっとだけ慌ただしく過ぎる午後。
「サワッち、次はこっちの会計よろしくっス」
「はい、ただいま!」
弟子がお客さんをさばいて、わたしがカウンターの中でお会計を済ませていく。この流れもスムーズにできているのは、馴染んできたってことなのかな。
お店の迷惑じゃなくて、猫の手並みに少しでも役に立っていたなら嬉しいな。
ちなみに絶対に何もしないと言っているわたしの監視役は、混んでくる前に奥の部屋に引っ込んでいる。
覗けるような隙間はない気がするんだけれど、どうやってわたしの監視を続けているんだろうか。……相変わらず、謎な人だ。
「ありがとうございます」
異種族の人でも物々交換は滅多にないらしく、見知ったお金で商品を買っていくお客さんばかりで助かる。
フセンが意外と大活躍で、薬の入った袋に弟子が名前と量と値段を書いたメモを見ながら、わたしは計算をしていくのだ。
……そ、それにしても。
「いらっしゃーい」
「いらっしゃいませ」
「またどうぞー」
「ありがとうございます」
ふう、ふう……、はあ……。
あまり途切れることなく来るお客さんの波が、ちっとも減らない。弟子はもう、何人を相手にしているのかわからないくらい、店内のあちこちを走り回っている。
わたしはメモを見ながら計算間違いをしないように、ひたすらカウンターの中でお会計係だ。
「ん?」
視界の端に、何かが動いたような気がしたんだけど。
「?」
「これ、いいかしら?」
「あ、はい。お待たせいたしました」
少し足を伸ばして入り口付近を見やったら、すでにそこには姿がなかった。
気のせいということにして、目の前のお客さんに顔を向けよう。
「はあ……」
そろそろ十五時になりそうなのに、ちっともお客さんが引かないぞ。困った。
一息吐いたところで、チラチラ視界の端に入る小さい影が気になってきた。……やっぱり、店内に何かがいる。
この世界では珍しく、わたしと同じか、それよりも低い背の人が紛れ込んでいるみたい。
弟子や他のお客さんはもれなく大きいから、視界に入っていないだけなのかも。誰もそっちに視線を向けていない。
巨人族がいる世界だもんね。きっと、小人族なのかもしれない。
「……」
ん?そうするとわたしって、小人だと思われてる?いや、まさか。
小人かどうかは脇に置いておいたら、カウンターにお客さんが近付かないことを確認して、そっと近付くことにする。
服がぶかぶかなことは、キッズサイズを勧められたわたしが言えたことではないけれど。周囲をうかがうような姿も、帽子を目深に被っているところも、別な意味で気になっていたのだ。
まさか、窃盗犯じゃないよね?
それならここを、誰のお店だと思っているというのか。
巨人族すら手玉に取る、二メートルはある巨体の親方のお店だよ?
最初は向こうの世界で見たことがある怪しい動きと似ていたことで、気になっただけなんだけれど。相変わらず弟子は気付いていないし、他のお客さんの視界にも入っていないみたいだ。
その怪しい人は他の人たちの隙間を抜けながら、いつもは鍵が掛かっている棚に近付いている。今は弟子と他のお客さんが何かを見比べている下から、離れる瞬間を狙っているみたいだ。
……やっぱり、商品を盗むつもりなのかな。
「行くんですか?」
「窃盗は立派な犯罪です」
プラスチックの三十センチ定規をポーチから取り出して、軽く一振りしてみる。よし、久しぶりだけど腕は鈍っていないようだ。
わたしが持っている武器と言えば、肥満体形の部長を叩いていたものと同じ定規しかない。さすがにカッターやハサミでは、お互いに危険すぎるもんね。
奥の部屋から尋ねた安達さんには、一つ頷いて応えたら。いつでも振れるように握り直して、カウンターから静かに出て行くことにした。
「……」
なるべく気配を消しながら、カウンターの左側にある鍵付きの商品棚へ近付いていく。
いつもより姿勢を低くしたからか、わたしの存在にも誰も気が付いていない。……いや、いつもはあるからね、存在感。
棚の影に隠れるように、定規を持った右手は背中側に、何かあったらすぐに出て行けるように、左足を一歩前に出して様子を窺ってみる。
「……」
やっぱり、どう見ても怪しい要素しかない。
人を見た目で判断してはいけないけれど、怪しいんだから仕方がない。
明らかにオーバーサイズな服は、異様にポケットが大きい。
目深に被った帽子からのぞく目は、ひたすら棚の中を見つめている。さらに決定的なのは、開きっぱなしの出入り口を何度も確認しているところだ。
商品をつかんだら、すぐ逃げられるようにタイミングを計っているのかも。
「デーイ、これってもっと多い量のものはないの?」
「いま行くっスよ。すんません、ちょっと待っててくださいっス」
「あ」
棚を見ていたお客さんごと、反対の棚へ行こうとした弟子が蓋を閉める途中で、例の怪しい人がサッと何かを挟んで閉め切らないようにしていった。
鍵を掛けても、あれでは隙間から中身が取り出せるだろう。
やっぱり、混んでいる時を狙って商品を盗る窃盗犯だ!
下準備を少しだけだけど、手伝ったから知っている。薬一つ作るにも、とっても時間と手間が掛かるのだ。
それを対価も払わずに手に入れようなど、絶対に許さない。
反対側の棚の影にいるわたしには、まだ気付いていないみたいだ。
お客さんと話している弟子を見て、出入り口までの道のりを確認したら、素早く手を伸ばして大きすぎるポケットに詰めていった。
「コラ、窃盗犯!」
「痛ぇっ!?」
バチンとイイ音とともに、ポケットに入れそびれた商品が床に落ちていった。
久しぶりだから不安だったけれど、十年以上、部長とはおやつの攻防をしてきた実績があるわたしだ。
「ポケットに入れた商品も全部出しなさい!」
「ぐ、ぁぁ……」
左手の甲を押さえながらも、出入り口に向かおうとする窃盗犯の反対側の手の甲も思いっ切り定規で叩きつけてやる。
床に落とした以上の商品を手に取ったところは、バッチリ見ているんだからね!
よろつきながらも逃げようとする犯人を定規で叩いたわたしに、ようやく弟子が振り返った。
「サワッち、どうかしたんスか?」
「デーイさん、捕まえてください。この棚の商品をポケットに入れました。床にも落ちていますが、窃盗の現行犯です!」
小柄でも男の人っぽいことで、捕まえるのは弟子にお願いしようと声を掛ける。
「あ!」
目を逸らさずにいたのに、素早い犯人は外に出ようとしているところだった。
「逃げるな、窃盗犯!」
「サワッち、危ない!」
「ちょっ、沢村さん!?」
石っぽいから薬ではないみたいだけど、商品には変わりない。
逃げ出す犯人を追い駆けようとしたら、急に出口が何かで覆われていった。
「いやあ、モランさん。かなり遅くなってすみません。あちこちでこってり絞られましたよ」
アハハとまったく反省していないような顔でカラッと笑いながら、青い髪の男性がホウキを振り回しながらお店に入ってきた。
「あ!ええと、アゼロさん!その人、窃盗犯なんです。捕まえてください!」
「え?」
「ぶふっ!?」
ブンブンとホウキを振り回しながら入ってきたからか、逃げようとしていた犯人の顔に思いっ切り当たった。
あ、それは痛そう。
「ん?何か当たったか?」
「アゼロ。ホウキを振り回したら危ないってことも、注意されたじゃないか」
「んぎっ!」
ホウキを顔面に受けた犯人は、そのまま外に放り投げだされてしまった。さらに追い駆けてきた相棒のオードさんが駆け込んできて、思いっ切り踏まれていく。
「え?アゼロ、何か言った?」
「いや。それより窃盗犯がいるらしいんだが、どこ行ったんだ?」
「……オードさんの足元です」
今日も大きいローブで顔を隠しているオードさんが、わたしの言葉に足元に視線を向けていく。
同じくアゼロさんも下を見て、ようやく犯人が倒れていることを知ったらしい。……遅い。
ようやく弟子も顔を出して、何事かと首を傾げた。
「えーと、サワッち?」
「はい。二人に倒されたこの人が、鍵付きの棚にある商品をポケットに入れていくところを見ました。いまもまだ入っているはずですので、確認してください」
ホウキで投げ飛ばされて踏まれた犯人は、ギルドへ引き渡すことになった。
……もちろん、親方と弟子にめちゃくちゃ怒られた後だけど。
「オレたちが責任を持って引き渡してきます!」
「よろしくお願いします」
ドンッと胸を叩いたアゼロさんとオードさんの間に挟まれて、ギルドへ窃盗犯が連行されていく姿を見送ることにする。
プラスチックの定規だけれど、指の間の骨に当てると異世界の異種族でも痺れるんだな。
勉強になった。っていうか、それで足止めができて良かった。
「良かった、じゃありませんよ。親方を呼ぶとかしてください」
ホッと一息吐いたわたしに、ナイフか何か持っていたらどうするんだとお説教をしていく安達さん。
わたしが定規を構えたことで、慌てて親方を呼んでくれたみたいだけれど。こういうのは現行犯じゃないといくらでも逃げられるんだから、指名手配犯が捕まって良かったじゃないか。
ついでに弟子は親方に、棚から離れる時は鍵を掛けろと怒られていた。あそこで閉めていても、隙間が空いていた可能性はあったけれどね。
二度目はないように、次からは声を掛けることにしよう。
「先ほどの窃盗犯は、ゴブリンと呼ばれる小人の一種ですね。手慣れていたところからも、ベッジという常習犯で間違いないでしょう」
「前にも被害があったんですか!?」
「こちらではなく、周辺のお店ですよ。あのように小柄な見た目なことで、今までは逃げられていたようです。同じく小柄な沢村さんだからこそ、視界に入ったんでしょうね」
捕まった窃盗犯は、少し前からこの辺りで指名手配をされていた人らしい。
今日は特に混んでいたことで、盗みやすいと思ったのかもしれないと安達さんが話していった。
「親方のお店には、この悪魔像がありますからね。睨みを利かせていることで、店で悪事を働くと追い駆けて噛み千切られると噂なんです」
だからこういう犯罪には、滅多に巻き込まれないと安心していたらしい。
「わぁ……やっぱり番犬だったんですね」
それならいつでも綺麗にしておかないと、威厳がなくなるよね。
お店を閉めたら、蜘蛛の巣っぽいものを取って磨くことにしよう。
今日は逃げられる前に気付くことができたけれど、もしも逃げられてしまった時は、追い駆けて鋭い爪で捕まえてもらおう。
武器を持った犯人が来た時も頼みます、という意味を込めて見上げるわたしに、横からいつもの突っ込みが届いた。
「ですから、その彫像は動きません。ただの噂ですよ」
「動いた時はよろしくお願いします」
「聞いています?」
ナムナムと、手を合わせて拝んでおく。よし。




