20話:異世界研修一ヵ月 たくさんの異種族たち
「うるせぇって何度言やわかんだ、ああ?」
迫力のある長身三人の中でも、親方は肩幅もガッチリしているから特別大きい。
オレの店で騒ぐなと、前の冒険者たちに言った言葉を二人にも投げかける親方の表情は強烈だ。
「そう言ってサワッち、怖がったことないじゃないっスか」
「だって、親方が優しいことは知っていますから」
そしてとっても心配性な性格でもある親方の、どこを怖がればいいというのか。
コッソリ突っ込む弟子に親方は怖い人ではないと伝えたら、ものすごく驚いた顔をされてしまった。
「あー……、ワイバーンもガーゴイルも怖がんないサワッちだった」
「ん?」
何かに納得をした弟子が呟いて、手を振ったら「アホらしい」と、話が終わってしまった。
え、どういう意味?
「ゲラは買うもん決まったな?それ持ってサッサと帰れ」
面倒くさそうに手を振った親方が、まずはお会計も品物も渡し済みの女性を追い返していった。けれどご不満なのか、少し太めの眉を吊り上げて睨み返していく。
美人が睨むと迫力が違うよね。
これは怖いと見やったら、親方の大きな手のひらがゲラさんの頭に乗った。
「足りなくなったらまた来い」
「……わかったわ」
さっきの迫力はまったくなく、ポンポンと優しく頭を撫でたら、大人しくなっていく。
うっわぁ……これはズルい。
親方、男前!
わたしまでちょっと赤くなりながらも、大人しくなったお客さんを見送ることにする。
「ありがとうございました」
「またどうぞー」
銀の髪の男の人を丸ごと無視して、カウンターにいるわたしたちに向かって手を振ったら、にこやかに帰っていった。……これ以上、喧嘩にならなくて良かった。
親方も律儀に表まで見送ったら、嫌そうに歪めた顔を男の人に向けていく。
「で?お前も決まった薬を取りに来ただけだろ?静かにしてろ」
「今日に延期してくれと言ったのは、そっちじゃないか」
しっしと手を振った親方が、薬を取りに向かうらしい。
面倒くさそうに奥の部屋に入るとは、この人も冒険者たちみたいに厄介な人なのかな?
すでに面倒くさいことはわかったけれど、親方まで素っ気ない態度を取ることが引っ掛かる。
親方の言葉に軽く肩をすくめたお客さんは、中央の椅子に勝手に座っているだけだし。
「お茶、出しますか?」
「長居させたくないから、いらないっス」
「わかりました」
コッソリ確認をしたら、カウンターから出ないように気を付けよう。
親方も早く帰って欲しいのか、すぐに戻ってきたら追い返すように商品を渡していった。
「相手にすんなっていつも言ってんだろぅが」
「向こうが似たような見た目にするんですよ」
弟子が票に書いていく手元を見ながら値段を伝えていく時に、銀の髪からのぞく瞳に気が付いた。
この人の瞳の色ってオレンジなんだ。益々、派手だなあ。
「そうだ、モランさん。このお嬢ちゃんは誰なんですか?」
「ウチの新入りだ」
「サワと申します」
そうそう、そうだった。今日会ったら紹介をするって話だったもんね。
ぺこりと頭を下げて挨拶をするわたしに、ふさふさの銀の眉毛を寄せて頷いた。
少し伏せた睫毛も銀色な男の人なんて、初めて見たよ。
何だこの人。全身派手でまぶしいとか、何者なんだ。
しばらくわたしを見つめていたら、今度は自分を指差して言った。
「どうだい、お嬢ちゃん?私とさっきの女は似ていないよな?」
「え?」
とってもニコニコしているけれど、瞳の奥は笑っていない。
キャラが被っているって言い合っていたのは、見た目や雰囲気が似ていることが嫌だってことだったのかな。
「サワッち、相手にしなくていいっスよ?」
他のお客さんはいないから、ちょっとでも気分よく帰ってもらうために、考えてみることにしよう。
ゲラさんを思い浮かべながら、目の前の男の人との違いを探してみる。
「そうですね……」
髪や瞳の色は全然違うね。これは似ていないところだ。
眉毛はどっちも太めだけれど、男の人のほうがふさふさだ。ゲラさんは短めで、平安時代によく見る……マロ眉っていうんだっけ?あれみたいだったもんね。
「目の付け所が良いね。他には?」
「ほか、は……」
目元は真逆。ゲラさんはツリ目がちだったけれど、この人はタレ目だ。色もうす茶色とオレンジだから、そんなに近い色ではないね。
「いいね!」
他は……と顔を上げて、一番目立っている髪の毛を見やる。
そういえば二人とも、額の真ん中で分けていて、長めの緩いウェーブの髪なんだよね。
男の人は後ろが少し長いだけで、それでも肩より少し下までの長さだ。ゲラさんは腰の下まであったから、かなり長いね。
でもこれはどっちかというと似ているところになるから、言わないでおこう。
「他は男女の差による体格の違いになりますから、そのくらいでしょうか」
「うーん……もうひと声欲しかったが、まあいいか」
ようやく満足したのか、薬の入った袋をつかんだら颯爽と出て行った。
「やっと帰った……」
親方も小さな溜息を吐いていたけれど、弟子はものすっごく深い溜息を吐き出していった。
朝からまあまあ疲れる人たちがお客さんだっただけで、わたしとしては、まぶしかったなあくらいの感想しかないなあ。
「派手な人たちでしたね」
あ、そうだ。何の種族の方だったのか、訊き忘れたよ。
常連さんなら親方や弟子は知っているかなと顔を向けたら、何とも言えない顔をしている二人と目が合った。
「何ですか?」
「いや……」
親方はちょっと口ごもったら、軽く手を振って奥に引っ込んでしまった。
「サワッち、それだけっスか?」
「それだけって……何がですか?」
微妙に呆れた意味が含んでいるような弟子の視線と言葉に、何かを突っ込まれたらしい。でもそれだけっていう言葉が、何に対する”だけ”なのかがわからない。
「?」
「いや、いいっス。サワッちっスもんね」
「はあ……」
何だろう。親方にも弟子にも、何かを諦められたような距離を感じる。
これはもしや、クビに直結することをやらかしてしまったんだろうか。
二人はとても疲れ切っていて、それ以上は話したくない雰囲気に見える。
仕方がないので安達さんに顔を向けたら、こっちもこっちで何とも言えない顔をしていた。
「……わたし、クビになりますか?」
「それはまだわかりません」
残りの日数で挽回すればいいだろうと、アッサリ告げられてしまった。
……どこを間違ったんだろう。
言ってくれないと、改善のしようがないじゃないか。困った。
あんまりしつこく尋ねることもできずに、そのまま次の日になってしまった。
会計以外の仕事で挽回できることはあるか、積極的に探すことにしよう。
よしっと気合いを入れたら前に宿屋の食堂で見た、ゴツイ顔と体格の方が控えめにお店に入ってきた。
わたしよりも大きな身体の、オーガと教えてもらった種族の方の来店だね。
「いらっしゃいませ」
「……」
「?」
腰痛の薬か湿布でも買いに来たのかなあと思っていたら、すいっと顔を逸らしていく。
「??」
挨拶をしたわたしに気付いたら、わかりやすく固まって、顔を思いっ切り逸らすとは、一体……。
わたしの顔に、何か付いていたかな。それとも最近は出来ていたと思っていた、営業スマイルが不発だったんだろうか。
こういう時に、弟子はさっき売れた薬について親方と相談しに行って不在だ。
あ、そうだ。何を買いに来たのか訊いて、弟子が戻ってきたら用意してもらえばいいんじゃない?
それなら話し掛けてもおかしくないと手を叩いたら、カウンターから出て近付くことにした。
「あの」
「……」
声を掛けようと近付くわたしから、距離を取ろうと二歩下がる。
「今日は」
「……」
「何を」
「……」
「買いにいらしたんですか?」
「……」
逸らす方向に潜り込むように、下から覗き込んでいくわたしと、すぐに顔と身体を逸らして一言も話さないお客さん。
グルグル回りながら話し掛けるわたしを、一生懸命、視界に入れないようにしている。
いや、わたしのほうが小さいんだから、上を見ればいいだけじゃないの?
来店の理由を尋ね終わったら、その場で大人しく見上げるだけにしてみようか。……何にも言ってくれないから、一方的に訊いただけだけれども。
睨まないように気を付けながら、じっと見つめるだけにしたら。居たたまれなくなったのか、わたしをチラチラ見始めた。
お、反応が返ってきたぞ。もう一度、尋ねたら、今度は教えてくれるかな?
「今日は、何を買いにいらしてくれたんでしょうか?」
「……フ、フシダカだ」
「フシダカですね、わかりました」
瞳と指を忙しなく動かしながら、体格に似合わない小さな声で答えてくれた。
フシダカは人気商品の一つで、炒めるとゴマ油のような香りがした、黒い粒状の実だったよね。
思い出しながら名前を書く途中で、自分で処理をしたものを買っていく人を見るのは初めてなことに気が付いた。
わたしの作ったものはまだ売らないだろうけど、ちょっと嬉しいなあ。
必要な薬の名前をメモったら、この調子で欲しい量も訊いておこう。
「量はどのくらい、必要ですか?」
「ひ、一袋……で、いい」
「一袋ですね、わかりました」
小さじ一杯で十分だって言っていたけど、仕事柄、毎日、口にしているのかな。それなら一袋もあっという間になくなりそうだと思いつつ、他に尋ねることは何かあったかと考え込む。
「遅くなりましたが、ただいまこちらで見習いをしております。サワと申します」
そうだった。自己紹介がまだだった。
改めて向き直ったらビクリと身体を震わせて、後ろに下がってしまったけれど。挨拶だとわかったら、小さく頷いていく。
「……そ、そうか。オレは、オッズだ」
「オッズさんですね。よろしくお願いします」
とっても小さい声だけれど、名前を教えてくれるまでには慣れてくれたのかな。ぺこりと下げた頭を上げたら、最初よりはわたしを長く見ていた。
「……」
「……」
あ、しまった。次の話題が何にもないぞ。
「……」
「……」
笑顔のまま固まるわたしと、同じくどうすればいいのかわからないお客さん。
これから、どうしよう。
「サワッち、お待たせー。うぉ、オッズさん、いらっしゃい」
「デーイ」
「デーイさん」
薬について訊いて自己紹介も終わったら、何を話せばいいのかわからずに、二人で固まってしまっていた。
そんなタイミングの時に弟子が戻ってきてくれて、わたしもホッとしたけれど、お客さんだって安心しただろう。
「オッズさんはフシダカを一袋、買いに来てくれたそうです」
ホッとしたら、次にすることは引継ぎだ。弟子に何が必要か伝えて、持って来てもらわないと。
けれど「ああ、それっスか」と軽く頷いたら、お店に出ている棚から、ひょいっと袋を取り出した。え、まさか、それだったの?
「まだサワッちには説明してなかったっスね。これがフシダカっスよ」
「……わかりました」
カウンターから見て右側の、箱やら袋やらが並んでいる棚は売れ筋商品を置いていたらしい。
でもそれならお客さんも知っていることなんだから、カウンターに持ってくればいい話じゃないの?
「オーガの人たちは、人んちのものを勝手に触ることが嫌いなんスよ」
「そうなんですか」
普段の買い物は大丈夫か心配になったけれど、ここでは気になったり欲しい商品を指差して、量を伝えて対応するお店ばかりだった。
海外だって、気軽に商品には触れないようになっているもんね。
真面目な人なんだなあと見上げたら、またしても顔を思いっ切り逸らされた。……まだそこまでは慣れないか。
いつも買う種類の薬と量だからか、カウンターにお金を置く動作に迷いがない。票と見比べたら同じ金額だったから、やっぱり定番の薬なんだね。
大きな体格と同じく、指も太くて丈夫そうだなあ。
じいっと思わず見てしまったら、隠すように引っ込んでしまった。
「サワッち、視線強すぎっスよ」
「すみません」
異種族の手なんて、至近距離で見ることはないもんね。思わず近付くわたしに、弟子が控えめに腕を引っ張った。
謝りついでに、気になったことも訊いてみよう。
「あの、手の荒れを癒すハンドクリーム……ええと、ささくれとかを治す、軟膏か何かは使わないんですか?」
湿布に似たものもあったから、クリームのようなものもあると思うんだよね。
荒れているという言い方は失礼かもしれないけれど、確かオーガは土木作業員が多いと言っていたはずだ。
手が滑らかになったり、滑りが良くなるものは使わないのかと尋ねたら、オッズさんが小さく首を振っていった。
「落とすと困る」
「……それもそうですね。失礼しました」
土木作業で何をするのかはイマイチわからないけれど、木や土なんかを運ぶ時に、手の滑りが良すぎて落としたら危険だ。
妙なことを訊いて申し訳ないと謝って、薬の袋を丁寧に渡すことにしよう。
「ありがとうございました」
「またどうぞー」
「……」
やっぱり最後も顔は逸らしているし視線も合わせてくれないし、無言だけれど。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ頭が揺れた気がしたから、お辞儀をしてくれたのかもしれない。
「んじゃあ、今日はこれで閉めるっスよ」
「あ、はい」
今日は約束の二日後、水曜日だ。
つまり十五時に店を閉めたら、梅干しと梅酒の試食会がある。
「沢村さん、オーガは臆病だって教えたじゃありませんか。怯えていましたよ?」
「うっ……すみません」
コッソリ、安達さんに注意をされてしまった。
見た目と中身が違うことは、親方でもわかっていたことなのに。
しつこくて鬱陶しくならないように、気を付けようと決めたばかりなのに。
異種族の性格も把握して接客をしなくちゃ、お店にも迷惑を掛けてしまう。
「……そこで何で、私を見るんです?」
「しつこくて鬱陶しい代表だからです」
反面教師の顔を見て、誓いを新しくしておこう。よし。




