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本日付で、クビになりました。~三十六歳、異世界に再就職します~  作者: くまきち
第一章:ちょっと異世界まで
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11話:異世界研修一ヵ月 五日目

「……いいか、よく聞けサワ」

「はいっ」


 親方の真剣な表情に、ゴクリと生唾を飲み込んで頷いた。


「コイツは使えるヤツだが繁殖力がハンパねぇものだ。一粒でも他と混ざったら、冗談じゃなくすべてコイツになる。絶対にここから動かずに最後まで処理しろ」

「はいっ!!」


 親方に連れてこられた三階の一室で、わたしはこれからとある薬草の処理をすることになりました。




「葉は外に干せ。完全に乾燥させたら粉末にする」

「はい!」

「種は油といためて使うが、水分から離しておけよ」

「水分から離すんですか?」


 葉っぱを乾燥させて粉末にすることは、痛み止としてもらった番茶っぽい薬草で見たから知っているけれど。

 油で炒めるから、はねないように水をかけるなってことかな?


 メモから顔を上げたら、「そんな生易しいモンじゃねぇ」とにらまれてしまった。……親方がすごむと、かなり怖い表情だなあ。


「このスモウトの種は水分を含むと粘りけをもつんだ。それが人や動物にくっつくことで、各地に繁殖をしていく」

「え!?そんなに怖い薬草なんですか!?」

「そうだ。いいか、コイツの厄介なところは人にもつく・・・・・、っつーところだ」

「……わかりました」


 そんな危険な薬草を、こんなど素人に預けないでほしいよ。

 しかし葉っぱは乾燥させるだけ、種は油で香ばしくなるまで炒めるだけなんて、わたし向きの薬草っぽいもんね。


 っていうか他の薬草は樹皮を炭になるまで焼くとか、外側の固い皮をいで蒸し焼きにするとかだと言われたら、無理だけれども。うん。無理無理。


「今の季節は新芽や若木が多いんで、サワッちでも扱えるものがほとんどっスよ。ただ皮についてるヤニは皮膚につくと、かぶれるんスよ。使える炭の見極めはオレでも難しいんで、親方にしか出来ないんス」


 親方の弟子になって二年のデーイさんは、店番をしながら親方の仕事を脇で見るくらいしかできなくて。薬草の名前や効能は知っていても、作業に関してはわたしと同じくらいの素人だった。


 ようやく手伝える日が来て、こうして張り切っているみたいだけれど。

 わたしには安達さんが監視役としてついているように、親方に付き添われながら仕事を教えてもらわないと作れないものが多過ぎると、肩をすくめながら呟いた。


「ま、せっかくサワッちが増えたっスからね。これからデキルとこを見せるっスよ!」


 ようやく弟子らしく手伝えて嬉しいことは、爛々と輝く茶色の瞳で丸わかりだ。


「わかりました。わたしも頑張ります」


 せっかく、わたしにできる仕事を預けてくれたんだもんね。

 葉っぱはカラッカラに乾燥させて、種は念入りに炒めてやるぞ!




 と、いうわけで。

 親方と弟子は二階で在庫確認と整理をしながら、それぞれ処理した葉っぱや種、果実や樹皮を片付けている。


 わたしは屋上でスモウトと呼んだ葉っぱを並べたら、カレーを温めた部屋で種を炒める。

 とりあえず、これが今日の仕事内容ということだね。


「よいしょっと」


 昨日の午後に採集をしたスモウトの葉っぱを、大きなザルに入れて運んでいく。

 屋上へ行く階段は一階から続く大きな階段と同じで、幅も広く取られているから通りやすい。両手で抱えないといけないザルも楽々で、とても助かる。


 まあこの建物全体が、親方を基準に建てられているからだろうけど。


「ええと。乾燥をさせるから、隙間を空けて並べれば良いんだよね」


 昨日、採った時は丸まっていたものなのに。一晩、重しを乗せていたおかげで、平らになって並べやすい。


 しかしこの葉っぱ、一枚がかなり大きいのだ。

 わたしの手のひらを広げたよりも大きいとは……。さすが異世界と言うべきか、わたしが小さいのか迷うサイズだ。


 畳のような大きいゴザの上に、一枚一枚、葉を開きながら並べていって。重ならないように葉を置いたら、あっという間に屋上の半分以上が埋まってしまった。


 葉っぱが重なるとそこが生乾きになっちゃうから、十分な隙間を空けて、と。


「ふう……」


 これで、どのくらいの量になるんだろう。


 季節ごとの薬草を採ったら二年分を毎回作って、何かあっても一年は余裕があるように保存していると教えてくれた。

 弟子が二階の箱はほとんど空だったと言っていたように、本当にギリギリだったみたいだ。


 それならこの一週間のお休みは、まさに渡りに船だったんだろうね。


「……」


 わたしの就職活動期間と被ることが、微妙に気になるタイミングの良さだな。

 わたしをこの時期に寄越せるように、色々と裏で手を回したりしていないよね?


「何ですか?」

「何でもありません」

「?」


 じいっと、思わず横にいる安達さんにいぶかし気な視線を向けてしまった。


 いや、さすがにそれはないか。

 だってアンケートの内容、かなり細かかったもんね。その中からこの世界がたまたま選ばれただけで、合わない可能性だってあったはずだ。


「何ですか、沢村さん?」

「何でもありません」

「??」


 ないないと手を振ったら、次は種を炒めようと、空のザルを手に取った。




「ええと……。種は、この鍋と油で種を炒めるんだよね」


 親方に言われた手順を、間違いがないように何度も確かめないとね。

 その前に、ザルを二階に戻して、と。


「サワッち、いいとこに!そのザル、オレがもらうっス」

「はい」


 わたしが両手で抱えるくらいに大きなザルは、二階でも大活躍だ。

 サッサと弟子がわたしの手元からザルを受け取ったら、また別な葉っぱを入れて階段を駆け上がっていた。


「あ、しまった」


 屋上の半分を埋めてきちゃったんだけど、広げすぎたかな。

 スモウトの葉っぱよりは小さく見えたから、大丈夫かな?後で訊いてみよう。


「じゃあ、わたしは三階にいます」

「あぁ、頼んだ。……つまみ食いはするなよ」

「わかっています」


 チラッとわたしと安達さんに視線を向けた親方が、念を押して言う言葉が子供に対する注意に聞こえるんだけど……。

 返事をしつつも何とも言えない顔を向けてしまったら、親方もサッサと奥の部屋に潜ってしまった。


 つまみ食いなんて、さすがにしないよ。わたしの横の人は、わからないけどね。


「今度は種を炒めるから、窓は開けて、と」


 換気扇代わりの窓の向こうには、隣りの建物の壁がある。

 うまく建てられているのか、通り道があるのか。かなり近い位置に見えるのに、キチンと風が通っているんだよね。とても助かる。


 建物の中は涼しいけれど、夏は涼しくて冬は暖かい建物なんだろうか。

 夏は暑くて冬は寒いと、エアコンがないから確実に死ぬ気がする……。


「……よしっ」


 過ごしやすさの心配は、本採用が決まってからすることにして。

 ゴクリと二度目の生唾を飲み込んだら、種を炒めることに集中しよう。




「ええと。このスプーン一杯分で、種を一袋分を炒める、と」


 この油も親方が絞ったものらしく、別な薬草の種から採って作ったものだと弟子が教えてくれた。

 彫像といい診断といい、本当に親方って万能だなあ。


 油の入った缶を開けて、計量スプーンのような丸っこいスプーンではかっていく。

 腐りにくい種類らしく、まとめて缶に保存しているらしい。


 しかしこの油、良いものだってことがわかる香りだなあ……。この油で揚げものをしたら、絶対に美味しいだろうね。天ぷらが食べたくなってきた。非常に。


「匂いでわかるんですか?」

「はい。臭くないですし、サラッとしていて綺麗な金色に見えるでしょう?」


 「油なんて、全部同じなのでは?」と言う安達さんに、このまま野菜にかけたらドレッシングとして使えるはずだと話したら、新鮮さがわかってくれたみたい。


 適当な油をそのままかけると、もれなく胃もたれするからね……。あれはひどい二日間だった。

 食べられればなんでも良いと言っていた、無知な頃の若気のアホさを思い出してげっそりするわたしに、安達さんはそういうものかと怪訝けげんな顔をしている。


「外食だらけの安達さんなら、油の良し悪しも知っていると思いますけど?」

「そうですか?……ああ、そういえば。確かに冷めると不味まずくなっていた天ぷらは、翌日に響いたことがありました」


 油のせいだけとは限らないけれど、天ぷらは油をたっぷり吸うからわかりやすいんだよね。


 カラッとした触感の揚げ物でも、なかなか消化がしにくかったり。逆に、いくつ食べてもベタベタしなくて、胃もたれをしない料理はあるものだ。


 この油で種を炒めるとか、お腹がすいてきそうな気がして別な意味で危険だね。


「だから親方も、注意をしていたでしょう?」

「……そうでした」


 種は消化不良や便秘に効く薬になるのだと教えてくれたけれど、量を間違えると大変なものが薬だもんね。そのうちお世話になるかもしれなくても、キチンと処方をされてから口に入れたい。


「っていうか親方は、わたしよりも安達さんに向かって『つまみ食いをするな』って言っていませんでした?」

「気のせいですよ」


 きっと初日のサンドイッチ強奪事件を間近に見て、食い意地のひどさがわかったんだろう。あれはさすがに、弟子と一緒に思いっ切り引いていたもんね。


 つまみ食いをしそうになるくらい、美味しい種の味は気になるけれど。

 掃除と一緒で、しっかり丁寧に炒めることに集中しようっと。




「あー……、めっちゃイイ匂いがこの部屋からする」

「ん?」


 種をまんべんなく油に絡ませるように、念入りに炒めていたら。フラフラと弟子がさ迷いながら、入り口から顔を覗かせた。

 口元がまた光っているから、お腹が減っているのかもしれない。その気持ちは、とてもわかる。


「デーイ、口」

「あ、やべ」


「……」


 呆れた口調でたしなめる安達さんだって、「ちょっと味見をしてみませんか?」って言っていたくせに。


 そんな二人はもれなく無視して、油がまんべんなく種を覆っていて、いい香りがしているかを確かめよう。

 ああ……本当にいい香り。何だかちょっと、ゴマ油っぽい香りだなあ。


「こんなものかな?」

「そっスね。これを冷ますと硬くなるんで、そしたら瓶に入れて保存するんスよ。半分は水に漬けといて、目薬として使ったりもします」

「へえー」


 生の種に水は厳禁でも、こうして油で炒めたものは色々と使い道があるらしい。


 目薬としても使えるのに、さらに薄めたうがい薬のほうがお店で人気商品とは……。用途が違うから元になる薬草も違う気がするのに、同じ種でいいとか。

 ここら辺が異世界というか何というか、だね。


「サワッち、視力低そうっスもんね。親方に言えば処方してくれると思うっスよ」

「え?」

「薄めたこの液体で目を洗うと、視力が回復するんスよ」

「ええ!?」


 何その万能薬、めちゃくちゃ欲しい!


「つっても、効果は人によるっスよ?基本、うがい薬なんで」

「良いです良いです。少しでも回復するかもしれないなら、買いたいです!」

「えぇー……食いつき、めっちゃスゲェんスけど……」


 わたしの勢いに弟子が若干、引いているけれど。構うものか。この鬱陶しい眼鏡とおさらばできるなら、五桁だってお金を出すよ。

 だって眼鏡は三万もしたもんね……。それに比べれば、安い安い。


「沢村さん、金銭感覚がおかしくなっていませんか?」

「だって、視力が回復するんですよ!?」


 そんな薬、誰だって欲しいに決まっているじゃないか。


「あ、そっか。安達さんは伊達眼鏡でしたね」


 それなら、わたしのこの気持ちはわからないか。




「何を話している」

「あ、親方」


 弟子も視力は良いみたいで、わたしの切実な訴えには半信半疑だ。

 親方は処方をしていることから、わたしの気持ちがわかってくれるはず!


「親方、この目薬、わたしに売ってください!」

「あ!?」

「眼鏡とお別れしたいんです!」


 二十年近くも身に着けているものなら、少しは愛着があるだろうと言われても。眼鏡は本当に、掛けなくていいなら掛けたくないものなのだ。


 部屋の様子を覗きに来た親方に手を挙げて、ずいっと近付いて鍋を指差したら、ものすごく困った顔で後ろの二人に助けを求められてしまった。


「サワは何の話をしてるんだ?」

「沢村さんは、眼鏡を好きで掛けている人ではないんですよ」

「ほら、親方。ワイバーンが可愛いとか言うサワッちっスよ?目が悪いのは知ってるっしょ?」

「ん?」


 何やら、聞き捨てならないことを言われたような気がするな。


「飛竜は可愛いじゃないですか」

「あんだけ怪我させられて可愛いとか、頭おかしいっスよ!?」


 青い鱗と翼に、つぶらな瞳。キューっと高めの声で鳴くところは可愛いポイントでしょう。


 うぇ……と顔を歪ませた弟子は、信じられないという表情をしながら、わたしにしっしと手を振っていった。む、何と失礼な。


「沢村さんだって、私にしょっちゅうしているじゃないですか」

「安達さんは鬱陶しいんですから、近付かないように言うことは当たり前です」


 それはそれだと、何度も言っているじゃないか。




 とりあえず、湿布の副作用が出るかわからない期間だからということで、目薬はまた今度ということになってしまった。ちぇ……。


 その後は炒めた種を親方が回収したり、屋上に広げた葉っぱを撤収したり。別な薬草を店の裏庭から摘んで来たりして、一週目の最終日が終わっていった。


「全然お手伝いできませんでしたが、来週からお店は再開できるんですか?」


 絡まっている蔦を切って、乾燥させたり。タンポポのような薬草を摘んで、乾燥させたり。

 午後はひたすら一階と四階の屋上を往復しただけで、役に立ったのか微妙だ。


「いや、その乾燥させる作業が地味に時間を取るんだ。これくらいあったら、後は少しずつ他と混ぜることができる」


 単品で作用する薬草はあんまりないらしく、乾燥させたものを粉末にしたら色々と混ぜて、薬にするのだと話していった。


 少しは役に立ったのなら、嬉しいけれど。

 わたしが一番仕事をしたなと思えることは彫像磨きだから、やっぱり微妙だ。


「あれこそオレが今まで磨けてなかったものっスからね。サワッちがしてくれて、助かったっスよ」

「はあ……」


 わたしが毎日、お店に入る前と帰る時に挨拶をしていたことも、弟子は信じられないという顔で見ていたもんね。

 そんなにあの像と視線を合わせたくないのか、……そうか。


「じゃあ、また来週っスね、サワッち」

「はい。お疲れさまでした」


 まだまだ作業が残っているっぽいお店から、先に帰ることは申し訳ないけれど。今週は滞在延長の許可を取っていないことから、十五時が限度なんだよね。


 手を振って別れたら、もう歩き慣れた道で家に帰ろうっと。


「いえ、今日は金曜日です。業務日誌をまとめてもらって、渡していただかないと困ります」

「あ、そうだった」


 そうそう、そうだった。三日目までは掃除中心で、あんまり書くことがなかった日誌だけれど。

 四日目と五日目は薬草の処理が中心だったから、詳しく書かないとわたしも忘れてしまうだろう。


 土日は休みだから、メモ帳の整理に当てることにして。

 処理した薬草と、話だけ聞いたものは絵もしっかり描いておこうっと。




「……しかし、場所は沢村さんの家で良いんですか?」

「はい。午前中については昼食の時間に書いたので、午後のことをまとめるだけで終わります。それに、あんまり外で書ける内容ではありませんよね?」

「それもそうですね」


 まあ今まで人が少ないのをいいことに、電車の中とか歩きながらとか、色々話していたけれども。

 そもそも文字に書き残す業務日誌は、外で広げていいものではないだろう。


「では、お邪魔します」

「はい、どうぞ」


 閉め切られた部屋はまず、窓を開けて換気をしよう。

 それから手を洗って風呂桶にお湯を足しながら、お茶の用意をしようっと。


「おかまいなく」

「おかまいします」

「は?」


 最近は雑な対応が多かったけれど、送り迎えに次の日まで待機とか、色々と迷惑を掛けてしまったもんね。


「とりあえず、冷たいものをどうぞ」

「はあ……」


 缶詰の果物とシロップを一緒に凍らせて、即席シャーベットにした物をテーブルに置いた。おまけで、バニラアイスも付けてやろう。


「アイスも作るんですか?」

「作れますけど、今日のバニラアイスは買ったものですよ。シャーベットは作ったものです」

「はあ。では、いただきます」


 卵と砂糖と牛乳でアイスは作れるけれど、さすがにそこまで手作りはしないよ。


「これは美味しいですね」

「缶詰を丸ごと凍らせるだけですから、簡単ですよ」


 果物を細かく切る手間はいるけれど、シロップごとジップロックに入れて平らに凍らせれば、パキパキと簡単に割れて便利なのだ。

 スプーンで砕く時に、ヨーグルトを入れればサッパリするところも、アレンジが多彩でとても助かる。


「これから暑くなる時期は、まとめて作っておくと楽なんです」

「ああ、なるほど。それは良いですね」


 お風呂上りとか、急に暑くなった日とか。

 かき氷が食べたいなあっていう時に、サッと食べれるところがとてもイイ。


 食べ終わった頃にお湯が沸いて、今度は自分の分のお茶も淹れたら、座ることにしようっと。




 業務日誌は、前の会社でも書いたことがない。

 けれどそれは安達さんの会社でも同じで、そもそもわたしのような行き来きを希望する人が初なのだ。


 そういうことから中身は日付と時間別の業務内容を書く欄、それと一日の感想で、一日一ページとなっていた。


「……」


 五日目にして、いまさらだけれど。これ、夏休みの絵日記みたいじゃない?


「よく気が付きましたね。そちらを参考にしました」

「あ、そうですか」


 絵を描くスペースはないから、日記ではないけれど。何だか懐かしい感覚に、やっぱりここでも「お嬢ちゃん」扱いをされているようで微妙な気持ちになってくるな。


「扱った薬草の絵を、一緒に描いたほうが良いですか?」

「見た目の特徴を書いてもらうだけで良いですよ」


 絵が得意なわけではないけれど、ただでさえ聞き慣れない単語満載の日誌なら、少しでもわかりやすくしたほうが良い気がする。

 けれどアッサリ首を横に振ったら、簡単で良いと言われてしまった。


「研修期間は一ヵ月あります。採用されてからクビになるまでの間は、日誌を書き続けてもらわないといけないんです。最初だからと気負わないで、続けやすい適当さで十分ですよ」

「……そういうものですか」

「途中で書くことを重荷になるほうが、こちらも困りますからね」

「わかりました」


 それなら絵を描くのは自分のメモ帳だけにして、業務日誌はあくまでも簡潔に、わかりやすくを心掛けるだけにしよう。うん。




「お待たせしました」

「はい、受け取りました」


 誤字脱字がないかを見直したら、十七時まで勤務時間の安達さんに渡していく。このまま会社に行って、上司に渡すことで今週の仕事が完了らしい。


「やっぱり、わたしも行ったほうが良くないですか?」


 この前の怪我の報告の時は安静にしないといけなかったから、わたしは自宅待機になったけれど。

 自分で書いた業務日誌なのに、担当だからと安達さんに押し付けるのは、社会人としてどうなんだろうか。


 まだ十六時にもなっていないし、出掛けても夕食には余裕で間に合う。

 自分の報告は自分ですると言うわたしに、それでも安達さんは手を振った。


「本採用となったら、届けていただくことになるかもしれません。しかし今はまだ、研修期間です。こういう雑事は私たちに任せて、空いた時間は採用されるための努力に使ってください」

「……わかりました」


 まだ本決まりでないのだし、これが自分の仕事だと言われては、これ以上は何も言えないね。


 そのまま安達さんを見送ったら、わたしを連れて行けない理由を話してくれた。


「いま沢村さんを会社に連れて行ったら、囲まれて質問攻めにあうと思います」

「え?」

「行き来を希望する人は初めてだと言ったでしょう?」

「うえっ!?」


 ニコニコしながら、サラッと物騒なことを言うんじゃない。


 迷惑かけっぱなしの安達さんの上司には、挨拶をしたいと思っていたけれど。

 囲まれるなら教会と同じく近付かないことで、決定!


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