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本日付で、クビになりました。~三十六歳、異世界に再就職します~  作者: くまきち
第一章:ちょっと異世界まで
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10話:異世界研修一ヵ月 三日目と四日目 後編

「お昼にしましょー」

「はぁい!」


 このやり取りも三日目だと、何だかいつもの合図って感じだなあ。

 梯子から降りたら道具と一緒に片付けて、彫像は磨き終わったことを伝えよう。


 お店の鍵を閉めてカウンターに入り、奥の部屋で手を洗ったら、階段を上がって三階に行く。この流れも慣れたもので、迷わなくなったことが面白い。


 洗面所の反対側に大きな階段があるから、迷いようがないんだけどさ。


「あ、そうだ。サワッち、トイレは?」

「……行きました」


 最初にトイレを借りたことで、弟子の中に刷り込まれてしまったらしい。

 イイ年齢なのに「トイレは済ませたのか」って尋ねられるのはかなり恥ずかしいから、次からは先に言えばいいんだろうか。


「……」


 いや、どっちみち恥ずかしかった。

 弟子には確認しなくていいってことを伝えることにしよう、うん。




「あー、腹減った」


 弟子がタンタンと軽やかに階段を上がっていく後ろをついていく、わたしと安達さん。


「……」

「何をしているんですか?」

「いや、別に」


 ちょっと強めに足踏みをしても、全然ミシともタンとも言わない階段は、見た目より丈夫な木で作られているのかも。

 わたしは相変わらず無音で、安達さんも静かだもんね。


 あ、弟子はタタタンッと駆け上がって行っちゃった。


 ん?


「どうかしましたか?」

「なんスか、サワッち?」


 三階に着いて見上げたら、怪訝な顔の二人に尋ねられてしまった。


「いや、ええと……。二人の体格も身長も変わらなく見えるのに、なんで階段の音が鳴ったり鳴らなかったりなのかなあと思いまして」


 別に、弟子が大雑把だからではないと思う。

 言動と同じく足取りも軽いことで、何にも気にせずに駆け上がっているだけなんだろう。……それはつまり、大雑把ということになるのか。


 身長は、安達さんのほうがちょっと高い。

 でも今も積んである大量の箱を運んでいるからか、弟子の体格のほうがガッチリしている気がする。二人とも、なで肩じゃないけれど、筋肉がついているなあって感じるのは弟子だ。


 階段を上がる時に音がしないというよりは、安達さんが静かすぎるんだよね。

 意外と軽いんだろうかと思いつつ、そこが疑問だったと言ったら、意外なところから答えが返ってきた。


「デーイは何も考えていないからだろう。アツは、気配を消すのが上手いからな」

「……なるほど」


 とても納得のできる回答をありがとうございます、親方。


 確かに二人とも動きが素早いけれど、弟子は存在が丸わかりだ。けれど安達さんが近付いても、何度かわからなかったことがあった。


 そういえばハローワークの七三眼鏡のスーツ姿は、特徴がまったくなかったね。これは他の社員の人もだったけど、日常に溶け込みやすい、空気のような存在感になるようにしていたのかも。


 わたしは納得したけれど、言われた二人は同時に抗議した。


「ちょっ、親方!オレだって色々考えてるっスよ!?」

「住宅兼店舗なんですから、静かに移動をすることは当たり前でしょう」


 親方に文句を言っている姿は、兄弟みたいに見えるなあ。しっしと鬱陶うっとうしそうに手を振っている親方は、もちろんお父さんだ。


「こんなデカい息子がいる年じゃねぇ」

「……すみません」


 わたしの「お嬢ちゃん」呼びと同じで、親方にとって父親に見られることは勘弁してもらいたいことらしい。

 大変失礼いたしました。




「あ、そうだ。雨どいと彫像の掃除は終わったので、午後はショーウィンドウ……ガラス窓と、出入り口の扉を拭きます」

「あぁ、頼んだ」

「うぇぇ……。サワッち、よく普通フツーにあの像に触れたっスねえ」


 悪魔像をかたどった看板は、弟子はあまりお近づきになりたくない存在らしい。親方が作ったものだから恐れ多いというわけではなく、単純に見られているようで怖いのだと話していった。


 目が見開かれているから、わたしも何度か見られているようには感じたなあ。

 でもあれは看板というか門番っぽいから、やっぱりカッコいいと思うけど。


「……サワッちの眼は機能してるんスか?」

「昨日のワイバーンも可愛いと言う沢村さんですからね」

「ん?」


 弟子には視力の心配をされて、呆れたような諦めたような溜息を吐いた安達さんには、やれやれと肩をすくめられてしまった。


 え、飛竜は可愛いよね?


「だからあんなに、懐かれてるんスかねぇ」


 意味わかんねえと弟子が呟いて、隣りの親方には何とも言えない視線を向けられてしまう、わたしとは……。


 飛竜って、一般的には可愛くないのかな?

 グリグリされるのは痛いけれど、キューって鳴くところは可愛いよね、うん。




 今日は何事もなく、普通に昼食の時間が終わっていった。

 食後に持ってきたお茶を飲みながら、ホッとすることは良いんだけれども。文具の話は、いつすれば良いんだろうか。


「今で良いんじゃないですか?」

「それなら、テーブルに並べましょうか」


 使うかわからない文具も一通り持ってきたことで、結構な量になってしまった。

 いきなり見慣れない道具を並べ始めたわたしに、親方も弟子も怪訝な顔をして、興味深そうに手元を見つめている。


「これは、来週からお店で使いたいと考えている道具なんですが……」

「これを使うのか?」

「なんスか、これ?」


 親方は眉間を寄せた表情から、文具を警戒しているようだ。弟子は持ち前の軽さというか好奇心から、次々とつかんでは尋ねてきた。


「へえー……貼っても剥がせるって、お客さんの取り置き商品につければ便利じゃないっスか?」


 フセンを親方に手渡しながら、弟子がお店で使えそうだと話していった。


 それよりも、聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ。

 薬だけでもかなりの種類がありそうな店なのに、取り置き商品まであるとは困るじゃないか。


 早速、三十六歳の脳の許容量が試されるのかと冷や冷やしたら、弟子がケロッと教えてくれた。


「定期的に決まった商品を買いに来る、お客さんがいるんスよ。その人が来てから作るより、そろそろ来るって頃に作っといた方が楽っしょ?まあ、一人くらいしかいないっスけどね」

「ああ……なるほど」


 粉もの屋の奥さんも、親方のお店の常連だって言っていたもんね。

 取り置きしている人と同じ人なのかなと思いつつ、そういうことなら他の商品と混ざらないように、フセンを貼っておくことは良いかもしれない。


 薬というものは合う人には効くけれど、別な人には毒になるものだ。

 クリップもないならメモも付けられなくて、他と混ざったら大変なことになってしまう可能性が高い。それは困る。




「しっかし、便利なものがあるんスねえ」


 弟子はわたしがよく使っているメモ帳が気になったみたいで、薬や注文票をまとめておくのに良いかもしれないと考え込んでいた。メモ帳っていうか、閉じているファイルのほうか。


 『あ』から『わ』までページ分けした特製のメモ帳は、付け替えることが簡単なリングタイプだ。注文票や他の用紙も、穴を開ければまとめられるところが高評価らしい。


「この紙って、最初から四角い線が入ってるんスか?」

「そうです。一般的には横線のものなんですけど、薬草は絵も描かないと覚えられなさそうなので。これなら文字も絵も描きやすいかなと思いまして……」


 今まで馴染みのなかった薬草は、名前と絵も描かないと覚えられなさそうということで方眼タイプにしたのだ。

 この手帳にはフセンを入れられるポケットもあって、独自に改造できるところもお気に入りの文具なんだよね。


 ……あれ、わたし、親方たちに文具を紹介する商人だったっけ?


「あ、親方!これ、この袋みたいなの、閉じられるっスよ!?」

「ん?あぁ、そうだな」

「小さいものを入れておくと便利ですよ」


 チャック付きのケースに気付くとは、なかなかやるな。

 手帳は使いやすさにかなりこだわったから、弟子が褒めてくれて嬉しいな。


 小さいのに便利でしょうと、なぜかわたしが得意気になっていたら、弟子に微妙な顔を向けられてしまった。


「……その顔、昨日のワイバーンそっくりっスよ」

「え、どの顔!?」


 まさか、わたしにマーキングをしたと言った時のドヤ顔だろうか。え、あんな顔していたの?


 横の安達さんを見やったら、何とも言えない顔をして無言で見返すだけだった。いや、なんか言ってくれ。


「これは他にもあるのか?」

「大きさも色も、かなりたくさんの種類がありますよ」


 親方が気になったものはフセンで、取り置き商品に貼る以外にも使い道があるのかもしれないと、真剣に見つめていた。大きさや色を安達さんに熱心に訊いているけれど、何で持ってきたわたしに訊かないんだろうか。いや、いいけどさ。


「気になるなら帰った時に買ってきますので、明日にでも持ってきましょうか?」

「む?……そうだな」


 親方の指なら、大きめなほうが使いやすいよね。切れば小さくできるんだから、ロールタイプだと喜ばれそう。


 結局、文具はどれも使えることがわかって良かった。

 よくわからない異世界の道具でも、便利なら良いんじゃないという弟子のおかげでもあるね。


 親方も、最終的には使うことを許可してくれた。いや、自分も使ってみたいからだな、うん。……まあ、いいけど。


 食べ物もこういう未知の道具でも、偏見がないと助かるなあ。


 良かったと一安心しているわたしに、弟子がサラッと呟いた。


「つーかカウンターの下なら、お客さんからは基本、見えないところっスよ」

「金と注文票が置いてある場所だからな」


 個人情報の管理はしっかりしているみたいで、注文票を書く場所はお店の中央にあるテーブルでも、すぐに奥の部屋に持って行くことを話していった。


「……」


 それならお客さんの目の前で使わないようにすればいいだけではという突っ込みは、脇に置いておくことにして。

 間違ってもカウンターの上で広げたり、忘れないように気を付けよう。うん。




 文具を広げたことで、長くなってしまった昼食を終わらせたら。掃除も終わらせようと、バケツと雑巾を握り直した。


 窓ガラスは拭くだけで終わりでも、色んな人が行き来する扉はあちこち黒ずんでいるなあ。ん?これって何の汚れだろう。


 彫像磨きは終わったから、歯ブラシも使って汚れを落としていこうっと。


 ゴシゴシ シャッシャッ


「……楽しそうですね」

「え?はあ、まあ」


 取っ手部分の汚れを念入りにこすり落としていたら、後ろからポツリと小さな声で突っ込まれた。その表情は、理解できないという顔だね。

 流しは綺麗にしたくせに、こういう汚れは理解できないのか。うーん、やっぱり変な人。


「まだ梯子を使うんですか!?」

「だって、届きませんから」


 扉全体も梯子を使わないと拭けないことで、またしても真下でハラハラしながら見守られてしまった。


 今日中に外の掃除を終わらせないと、明日も疲れる一日になりそうだなあ。

 もちろん、安達さんが。


「……よし、終わった!」


 彫像と同じく、お店の顔になる表玄関は、特に丁寧に綺麗にしないとね。

 それでも細かい鱗がない分、午後の時間だけで掃除が終わってくれた。


「おー。結構、汚れてたんスねえ」


 表の掃除と同じく、定期的に弟子が磨いていたらしい。それでも細かいところは見逃していたらしく、思っていた以上に褒められてしまった。


 この調子で、仕事でも役に立つところを見せたいな。頑張ろう。


「じゃあ、ちょうど時間っスね」

「はい。お疲れさまでした」


 十五時までに掃除が終わったことで、今日もこれで帰ることになった。

 自分的にも満足な仕上がりは、親方も喜んでくれたみたいで良かったな。


 一番は彫像の出来だったけれど、そこは言われた通り、丁寧に頑張りました!


「あぁ。……綺麗になって気持ち良さそうだ」

「へ?」


 軽く彫像を撫でた親方が、薄い茶色の瞳を嬉しそうに細めて呟いた。

 え、やっぱりその悪魔像は動くの?っていうか、梯子もなしで手が届くんだ。……親方って大きいなあ。


「またねー、サワッち」

「あ、はい。お先に失礼します」


 弟子には聴こえなかったのか、ぶんぶんと手を振りながら見送ってくれた。


 ……尻尾が動いた気がすることも、まぶたが閉じられたことも。やっぱりわたしの目が悪いんじゃなくて、動く像だったなら納得なんだけどなあ。


 訊いてみようかと親方に顔を向けたら、今日も安達さんに指令をしていった。


「今日も家まで送れよ」

「わかっています」


 ……やっぱり親方は、心配性のお父さんみたいだな。




「今日はこれから、文具を買いに行くんですよね?残りのお店の説明は、明日以降にしますか?」


 手を振って二人と別れたら、お店の案内をしたほうが良いかと腕を伸ばされた。


 うーん……、どうだろう。よく通いそうなお店は聞いたしなあ。


「逆に、他に紹介するようなお店はありますか?」

「そうですね。食べ物関係は大体終わりましたから、残りの建物について、延々と説明をするくらいでしょうか」

「残りの建物って……」


 魚や肉、野菜や果物、粉もののお店を最初に聞いておいて良かった。

 こっち側はスーパー街らしいけれど、両脇に並んでいるお店を全部くまなく紹介されたら、もれなく頭がパンクするだろう。


 手を振って、全部を紹介することはしなくて良いと伝えることにする。


「残りは少しずつ、自分で覗いてみることにします」

「わかりました。来週は閉まっていた他の店がすべて開きます。十七時まで延長の申請も出してありますので、途中で気になる店があったら訊いてください」

「はい、ありがとうございます」


 きちんと扉の時間変更をしてくれた安達さんは、やっぱり仕事については真面目だよね。

 ついでに、これから行く予定の文具店にもついてくる気でいるらしい。なんでだ。


「親方からお金を預かったのは私です。それに、具体的な商品の買い付けを頼まれましたので、一緒に行ったほうが簡単でしょう?」


 わたしは弟子から持って行った文具全般について色々言われたけれど、安達さんは親方に頼まれたものがあると話していった。

 お金まで預かったんなら、会計的な意味でも一緒に行ったほうが楽か。


「ちなみに、何を頼まれたんですか?」


 弟子にはわたしが持っているメモ帳と、同じサイズの外側のリングファイルと、方眼と無地のリフィルを一袋ずつだ。とりあえず使ってみて、後から買い足したいと言われている。


 親方は何だろうと尋ねたら、意外な名前が出てきた。


「薬草を保存している容器に貼るラベルシールと、大きめのフセンを何色かです。どちらも防水のものという指定でした」

「……それはまた、本格的な買い付けですね」


 こっちもこっちで具体的かつ、細かい指定な気がしていたけれど。

 さすが、親方。使えるものだとわかったら、大量に買ってこいと頼むとは。


 いや、もしかしなくとも薬に関してはキッチリだけれど経営はどんぶり勘定で。それであんなに大量の箱が山積みという、在庫過多状態だったら困るなあ。


 お金にだらしなくは見えなかったけれどと眉間を寄せて考え込んでいたら、即座に否定されてしまった。


「親方は、経営もキッチリですよ。というよりは真面目過ぎるので、何でも自分でしてしまうんです。沢村さんがこのまま本採用になって余裕ができれば、弟子にも仕事を分散させられると思うんですよ。それで少しは親方が休めたら、紹介をした私としても助かります」

「……そうなるように、頑張ります」


 そして親方、いらぬ誤解と心配をしてしまって、大変失礼いたしました。




 文具を買って、研修期間の四日目の朝。

 それでも今日も、まだ掃除は続くんだよね。


「体調は良さそうだな。薬の影響はないのか?」

「はい。今のところは、全然何もありません」


 吹き飛ばされたことで、どこかにアザができるとか。頭突きをされたことで首が痛いとか、お腹をどつかれたことで食欲がなくなるとか。

 そういう心配はまったくなく、今日もしっかり食べてきたことを伝えていく。


 律儀な親方は、今日も来るなり診察をしてくれた。もちろん、他の二人は部屋の外に追い出している。


 見た目はかなり大きいし、顔もなかなかいかついんだけれども。

 言動が軽くても真面目な弟子と同じく、見た目の印象と中身が正反対なのかも。


 そして心配性な親方は、わたしに重い物は運ばせないようにするということで、今日の仕事をすることになった。

 ここは素直に甘えることにして、来週からの店番で挽回できるようにしよう。


 頑張るぞ!と気合いを入れるわたしに、弟子が頭をきながら、微妙な顔をして呟いた。


「気合いが入ってるとこ悪いっスけど、大体いいトコ終わったんスよねえ」

「……そうみたいですね」


 昨日はまだまだ時間が掛かりそうだなあとげっそりした二階も、半分以上の箱が片付けられていて、今日で終わるんじゃないかというくらいに綺麗になっていた。


「つーか、ほとんどが空箱だったんスよ。だからこの箱を移動し終わったら、在庫を作んないといけないんっス」

「わ、かり、ました」


 おお、いきなり大役が回ってくるような気がするぞ。

 さすがに道具も何もない素人に、量を誤ると危険な薬作りは手伝わせないだろうけれど。


「作るのはオレとデーイでする。サワには薬草の採集と、その後の処理を手伝ってもらう」

「はい!」


 あ、良かった。そんなに難しい仕事じゃなさそう。

 いや、これも大事な仕事だ。採集もするなら、キチンと名前を覚えないとね。




「……って、安達さんはその間、何をしているんですか?」


 親方は弟子にマンツーマンで指導しつつ、薬を作ることになっていて。わたしは指示をされた仕事をこなすことが決まったのに、相変わらず安達さんには何も言わない。


 はいっと元気よく手を挙げるわたしの横で、ニコニコとしながら他人事のように立っているだけの人に尋ねたら、とても深い微笑みを浮かべながら、前と同じことを言い切った。


「もちろん、沢村さんの監視”だけ”が私の仕事です」

「そうですか……」


 もしかしなくともわたしが店番をすることになっても、こうして脇に控えて見ているだけなんだろうか。


「その通りです」

「あ、はい」


 まあね。わたしが飛竜にどつかれても、手を貸すこともなかった人だもんね。

 厄介なお客さんが来ても、わたしと弟子に丸投げをする未来は、とっても簡単に想像ができるというものだ。


 お客さんには、ただ突っ立っているだけのこの人はどう映るんだろうか。

 ……ちょっとだけ、来週が心配になってきたなあ。


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