8話:異世界研修一ヶ月 二日目 帰宅後
「あいたたた……」
「こりゃあ、アザになってるな。頭は……コブができているなら大丈夫だろう」
個人の薬を処方することがある親方は、医学の知識もあるらしい。
わたしの背中とお腹、それと頭を診たら、扉の外にいる弟子に告げていった。
「デーイ。トコロの真ん中とフシダカ、それとウワバミ持ってこい」
「はーいっス」
聞き慣れた単語のような、まったく違うような謎の名前を言ったら、ひょいっと軽やかに弟子が階段を降りていった。
これは後で詳しく訊いて、ちゃんとメモを取っておこう。
「親方ー、布もいるっスよね」
倉庫代わりの二階から持ってきたのか、三つの瓶と布を手にした弟子がすぐに顔を出した。ここでも素早い人、発見。
いや、待って、早過ぎない?だって二階は、箱が山積みだったよね?
全部を覚えているのか、今みたいな急患があった時に対応できるように、すべての中身を覚えていたんだろうか。
口調も態度も軽いけど、この弟子はなかなかデキル人なのかもしれない。
「あぁ、布はいるな。助かった、デーイ」
「へへっ」
布を何に使うのかは、わからないけれども。親方は普通にお礼を言って、弟子が得意そうな顔で微笑んでいる姿は、やっぱり和むなあ……。良い職場だ。
弟子が持ってきた三つの薬草を……いや待って、草なの?葉っぱ?あ、茎らしきものも見える。あれ、種?
……とりあえず。何かの植物っぽい、よくわからない三種類が入った瓶に、親方が手を突っ込んでいった。
ザックリつかんでいるように見えるけど、分量がわかっているのかな?
種だけは少しだけつまんで、さらに振り落としていることからも、ちゃんと量れているらしい。すごい。
あの領域には何年かかるんだろうと思っていたら、茎と葉と種をそれぞれ乳鉢に入れた親方が、ゴリゴリと混ぜ始めた。
弟子は量と手順を確認しているのか、じいいっと手元を見つめている。わたしも覗き込んで、親方の職人の手をじいっと見つめることにしよう。
節があるゴツゴツした親方の手を見ると、寿司屋の親父さんを思い出すなあ。
もう半年近く、お店には行っていないけれど元気かなあ……。やっぱり初任給が出たら、ステーキじゃなくて寿司に行こう。
しばらく潰していたら、乳鉢の中身がトロッとした液体状になっていた。おお、すごい。
色は茶色寄りの緑のままでも、綺麗に混ざっていることがわかるね。
素人がやると、やっぱり上手く混ざらないものなのかな?弟子が感心するように茶色の瞳を輝かせていることからも、なかなか難しい技術なのかも。
葉っぱや茎の筋も何もない液体を布に染み込ませたら、茶色い袋に入れていく。これで完成らしく、わたしの目の前にずいっと差し出してきた。
「これを風呂上がりに、腹と背中に貼っておけ」
「……わ、かりました」
袋は特殊なものなのか、液体を染み込ませた布が入っているのに漏れていない。それはとても助かるけれど、背中とお腹に貼ったら、横になって眠れなくない?
袋を持ったまま固まるわたしに、なぜか安達さんが大丈夫だと言ってくれた。
「使う頃には布にすべて染み込んで、向こうにある湿布と変わらないものになっていますよ」
「えっ!?」
ただの布じゃないのか、三つの薬草のうち、どれかがそういう役割をしてくれるのか。
完全に薬液が染み込んだ布はゼリー状になり、仰向けでもうつ伏せでも、どんな寝方をしても漏れないらしい。何それ、すごすぎる。
「シップが何かはわからんが……不安なら布を巻いておけ。明日の朝は、忘れずに取れよ。貼ったところが気になるなら、よく洗って流せば問題ない」
「わかりました。ありがとうございます」
ズレる心配もいらないらしく、本当にあれだけで湿布が完成したみたい。
ようやくお礼を伝えたら、忘れないうちに朝のシャワーをスケジュールに入れておこう。
こういう時、十時出勤で助かるね。シャワーをしながら洗濯も済ませようっと。
色々あった午後だけれど、今日も無事に終わっていった。
飛竜に絡まれて負傷して、親方に診てもらって薬を渡されるとか、なかなかない出来事だね。
いや、この先も勘弁してほしいけれども。だって、かなり痛かったもん。
渡された湿布を貼れば、明日には治っているはずだと教えてくれた。
今日は転んだこともあって、打っていないはずの箇所も、あちこちが痛む。掃除は置いておいて、湿布に使った薬草を説明していたら十五時になった。
ふぅむ。トコロという薬草は、茎の真ん中の部分を使ったもの、と。
上の部分は柔らかくて、主に食用。茎の真ん中と根にしか効能がないことから、基本的にお店では使わない部分だと話してくれた。
「緑色で、こんな感じっスよ」
「へぇ……」
弟子が絵を描いてくれたソレは、アスパラみたいな外見だった。もしかしたら、捨てていると言われた上の部分は美味しいのかもしれない。
わたしが食べられるのか尋ねたら、弟子が少し考えながらイケるかも?と言っていく。
「食べるヤツもいるっスよ。ただ年中採れるんで、切り分ける時にイチイチ取っといたら面倒なんスよ。サワッちが食べたいなら、次に出た時にでも取っとくっス」
「ありがとうございます」
お店では捨てている部分が食べられたら、節約もできそうだ。
唐揚げを教える代わりに、トコロの上の部分を取っておいてもらうことにする。
どんな味かなあ。アスパラと同じく生でも食べられるのか、茹でたほうがいいのかも実験してみないとね。
「フシダカはこれだ」
フシダカは店で一番とも言える大人気商品で、茶色の小さい種を炒って保存していると親方が話していく。普段は食べる薬で、今日みたいな使い方もできるなら、用途が多様で使い勝手が良いね。
ただし数粒で効くことから、量を誤ると大変な薬草だ。気を付けよう。
弟子が「一日、こんくらいで十分なんスよ」と教えてくれた量は小さじ一杯だ。大量に採れる実なのに少量で効くとは、万能選手なんだね。
「古傷が痛んだり、麻痺のある者が買っていく商品だ」
「なるほど」
わたしの場合は外傷だけれども、傷口に塗っても効果があるなら痛み止めとして使えて良いかもしれない。
ウワバミはそれこそ、茎を叩くとトロロ状になるものだと話していった。
「コイツで布と傷口を接着させる」
「へぇー……」
組み合わせ次第で色々なことができるんだなあ。やっぱり、すごい仕事だ。
「キドとウコギを煎じたものも渡しておく。寝る前に飲むといい」
「わかりました。ありがとうございます」
鎮痛剤のような役割がある二つの薬草は、根の部分を煎じて飲むものだと、親方が渡しながら説明をしてくれる。
何から何まで、ありがたい職場だ。
「その二つなら、クセがないっスからね。サワッち、お大事にー」
「はい。お疲れさまでした」
湿布に内服薬までもらったら、今日のところは帰るとしよう。
「アツは家までちゃんと送り届けろ」
「わかっています」
最後にキチンと念を押してくれる、親方の優しさが染みてくるね。
今日は早く帰ることになったから、他のお店についての話はまた明日になった。早く帰って買い物をして、夕食を作ったらサッサと眠りたいもんね。賛成。
すぐに電車に乗り込んだら、会社からさっきの返事が届いたらしい。いくつかを確認した安達さんが、わたしに振り返って説明をしていった。
「慰謝料というよりは、労災の申請が通りました」
「労災」
に、なるのかな、これって?
相変わらず、よくわからない手続きだね。
「すぐに振り込まれます。明日の帰りにでも銀行に寄って、確認をしてください」
「……わかりました」
一応、仕事中の怪我なら労災になるのか。
でも怪我の原因は飛竜だし、その主のオジサンがお金を渡してくれたんだから、振り込まれたお金はどうすればいいんだろうか。
「何かあった時のために、貯蓄をしておけばいいんじゃないですか?」
「はあ」
飛竜に会いに行った時、たっぷり乗ってお金を使えばいいのかな。積極的には、あんまり乗りたくないんだけれども。
「それなら前回は乗らなかった、ケンタウロスに乗るのはいかがですか?」
「ケンタウロスって?」
「馬ですね。馬というか、人と半分の方ですが」
「うま……」
飛竜に乗って向かった港町で会った、不思議な馬のことか。
あれも馬っていうか人っていうか……馬なのかな?人?半分だからどっちもか。どっちにしても、謎生物だ。
「馬はいいです。腕が微妙に乗りにくいですし。乗ったら最後、その後もしつこく付きまとわれたら困ります」
あの港町を拠点にしているんだろうから、この街で会う確率は少ないとしても。どこかの誰かみたいにしつこい人は結構だと言ったら、しつこい代表がキョトンとしていた。
いや、一人しかいないでしょう!
「ええと、何を買い足そうかな……」
買い物が終わったら、自宅で早めに休むんだ。
夕食は簡単にしたいところだけれど、疲れたから肉にしようかな。それとも消化に良い料理のほうが良いか。
お風呂を沸かしている間に、メインともう一品、何を作ろう。
「朝はうどんで昼はカレーだったから、夜は……」
ついでに、明日からのお弁当の具も考えないと。
夜はちょっと寒いから、豚汁も良いかもしれないな。カレーに使った大鍋が空いたから、そこに二日分を作ってしまえば、明日が楽だし。
「豚汁というと、豚肉と人参、ゴボウに豆腐、それに白滝でしょうか?」
「人参と豆腐はあるので、買い足す食材は豚肉とゴボウと白滝ですね」
わたしが負傷していることと、上司からぶん取ってきた昼食代を持っている安達さんが、律儀に買い物に付き合ってくれている。
今も台車の箱の上に買い物カゴを置いて、ガラガラ言わせながら横にいる姿は……やっぱり恥ずかしいな、この図。
じっと台車を見やったら、何ということもない顔でニコリと微笑んだ。
「親方にも言われましたからね。家まで無事に送り届けますよ」
朝に持って行ったカレー鍋や食器類も運んでもらわないといけないから、家まで来てもらわないと困るんだけれど。遠慮という文字がないことと同じく、羞恥心はないんだろうか。
だって恥ずかしくない?台車と箱と買い物カゴを押しているのって。
「いえ、別に。罰ゲームではありませんし、箱の中身は知っていますので」
むしろ、どこが恥ずかしいのかと首を傾げられてしまった。
……わたしが考え過ぎなだけなのか。もう、考えないことにしよう。これっきりだろうしね、うん。
「ええと、夕食は豚汁と浅漬けにして、明日はどうしようかな」
冷蔵庫には、何が残っていたっけかな?
昨日の残りのヨーグルトと缶詰のフルーツは、まとめて冷凍をしてシャーベットで食べようかな。それとも明日の朝食に食べようかと考えながら、玉ねぎをカゴに入れていく。
昼間は暑いから、南蛮漬けにするのも良いかもね。それならレモンとパンも買い足して、魚と鶏むね肉も追加するわたしに、またしても首を傾げる安達さん。
「何を作る気なのか、まったくわかりません」
「明日のお弁当のおかずですよ。鶏肉の南蛮漬けなら、腐りにくいでしょう?」
そういえばこれも、唐揚げを漬ける料理だね。
酢を入れる代わりにレモンにしたら、少しは香りが気にならないかな。
「向こうで酢を使った料理が、まったくないわけではありませんよ。それほど気にしなくても、問題はありません」
「わかりました」
キャロットラペも作ったし、そもそも初日のサンドイッチはカラシや他にと色々使ったものだった。
ピクルスも持って行きたいから、あんまり気にし過ぎないことにしよう。
「あ、そうだ。イチゴ……は、まだ安くないな」
イチゴジャムは、もうちょっとお預けだね。残念。
明らかに予算オーバーな気がする買い物が終わったら、そのまままっすぐ我が家へ帰る。
こっちでも人が少ない、十五時台で助かったかも。
ウェストポーチ以外に荷物がないわたしと、台車の上に色々積んでいる安達さんという組み合わせは、やっぱりどう見ても怪しいし、とても微妙。
「この辺りで良いですか?」
「はい。お疲れさまでした」
鍋は家の中まで運んでもらって、コンロの上に置いてもらった。空だからわたしでも持てるけれど、背中と腰が痛いからね。
テキパキ食器類も片付けてくれたら、他に何かすることはないかと訊いてきた。
「夕食と明日の仕込みをしたらすぐに寝ますから、特にないですよ」
「では、食材を切るくらいは手伝いましょう」
サッサと腕まくりをした安達さんが、夕飯の食材をキッチンに並べていく。
「……夕食目当てですか?」
親方は、家まで送り届けろと言っただけのはずだ。
夕食を手伝うなんて、この流れはいつものアレじゃないかと顔を歪ませたわたしに、包丁を持ったままの安達さんが、両手を挙げながら意外な話しをしていった。
「いただけるなら食べますよ。それより前回よりも強い当たりだったんですから、体調が急変するかもしれないじゃないですか。できれば薬を使った後も泊まって、様子を見たいところなんですが……。さすがに無理ですからね。せめて沢村さんが眠るまでは、近くにいたほうが安心だと思っただけです」
「え?」
親方が作ってくれた湿布薬が、こっちの人にどういう風に効くかまではデータにないらしい。それもそうだ。
だって今まではそういう話を一切しなくて、ただ単に世界が合っているかだけを確認したら、おさらばだったからね。
今日の場合も前回の食事で何もなかったから、薬も大丈夫かもしれないけれど。普通の薬でも副作用がつきものだと言われると、さすがにちょっと怖いな。
いや、親方を信用していないわけではない。
ただ世界が違うということは、そういうこともあり得る、ということで。
「基本的な薬草を使っていましたし、何より少量でしたから、患部に効くだけだと思うんですけどね。万が一、ということもありますから」
前に研修期間の一ヵ月が待機状態だと話していたのは、こういうことも含まれていたんだね。
それでも一晩泊まってまで様子を見ようとするなんて、「これも仕事のうち」とサラッと言うとか、やっぱり微妙にズレている人だなあ。
「仕事に関しては真面目ですよね」
「……褒めています?」
「一応」
はー……っと深い溜息を吐きながら呟いたからか、微妙な顔をされてしまった。一応、褒めているよ。一応。
「おかわりは、ありませんからね」
豚汁は明日の分もあるんだから、おかわりは却下だと言ったら。キョトンとした後に、ニコリと微笑んだ。
「では、ゴボウのささがきからしましょうか」
「お願いします」
その間に、お風呂の支度をしてこようっと。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
夕食のほとんどを手伝ってもらった上に、素早く食器まで運んでいく安達さん。え、執事?
さすがにそこまでお世話になれないと、わたしも何とか立ち上がる。
「沢村さんは座っていて良いですよ?」
「そういうわけには……」
今ごろジワジワきたみたいで、地味に背中全体が痛くなってきているけれども。痛いからって動かないでいると、全身が固まって大変なことになるんだよ。
「お風呂に入るまでは、動けないと困りますので」
何とか立ち上がったら、すでに洗われた食器類を拭くことにする。
しかし本当に、手際が良い人だなあ。
わたしがお皿を拭いている間にコンロ回りも片付けたら、生ゴミの処理までしていくとは……。これで何で、自炊をしないんだろう。
「味付けが問題だと言いましたが、片付けが面倒くさいということもありますね」
「いま現在、できているじゃないですか」
「これはただ洗っているだけで、ゴミ捨て場までは行っていないでしょう?」
魚の内臓問題とか、野菜くずとか。そういう後処理が面倒なのだと言いながら、流しがあっという間に綺麗になっていった。
矛盾しているような、その通りだと賛同したいような言動だなあ。
「では、明日の朝も早めに来ますね」
「はい、お願いします」
治らなかったり副作用で動けなかったりしたら、第一発見者になってもらわないと。食べ物が大丈夫でも、薬はわからないもんね。
「……ん?もしも明日、わたしが動けなかったら扉も開けられないですよね?鍵を渡しておいたほうが、いいんでしょうか?」
「そうすると普段は閉めている、他の鍵は開けてもらわないといけなくなります。鍵があっても内側が閉められていては、私は中に入れませんので」
それもそうだ。
内側にだけついているチェーンと足元の鍵は、いつも絶対に閉めているところだもんね。
「じゃあ、連絡先を交換するだけですかね?」
「そうですね。扉越しよりは、何かしらの対応がしやすいです」
「わかりました」
こうして約二か月目にして、ようやく電話番号が交換されることになった。
「電番だけで良いんですか?」
「寝落ちか本当に動けないだけなのかが判断できませんので、既読がつくだけでは困ります」
それもそうだ。
今日も素早い安達さんは、すべての片づけを済ませたら、水滴を一つも逃さずに拭き取って、サッサと玄関まで一直線に向かって行った。
連絡先は、名前と一緒に登録しておこう。って、何だかこれ、懐かしいやり取りだなあ。
しかし買い物と夕食の手伝いと片付けをしてくれた人を、タダで帰らせるとは、ちょっと申し訳ないな。
ご飯は食べて行ったけれど、ほとんど作ってもらったようなものだし。でも食後のデザートは、特にないしなあ。
え、わたしは何をしていたかって?
切っている安達さんの横にいて、切り方と量の監視をしながら最終的に味付けをしただけです、はい。
「ああ、そうだ。親方に渡されたお茶は飲んでくださいね」
「わかりました」
鎮痛剤の効果がある、お茶のような薬草なんだっけ。頭はまだ微妙に痛いから、これを飲んだら早めに眠ろう。
いや、マジで痛いんだよ。……お腹と背中も痛いけれど。
効きすぎても困るし、副作用があるかもしれない薬かもしれなくても、できればしっかり効いてほしい。飛竜の頭突き、痛すぎる。
玄関まで何とか見送ったわたしに、安達さんが振り返った。
「何ですか?」
「風呂で倒れたりしませんよね?」
「だい、じょうぶ……だと、思います」
ここで「倒れるかもしれない」と思ったとしても、安達さんに運んでもらうわけにはいかないだろう。
それもそうだと納得したら、ようやく扉が閉められた。
杖代わりの傘は、枕元に置いておこうっと。
「あいたた……」
親方の薬が効くことを祈って、今日は早めに休もう。




