7話:異世界研修一ヶ月 二日目 午後
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
「あー、食った食った」
カレーはおっかなびっくり、それでも美味しそうに平らげてくれて良かった。
それより買ってきたポテトサラダに一番驚いていたことは、正直とても微妙だ。
まあ、サラダは美味しいけどさ。
作ったものよりも買ったほうが人気だと、作る気が失せるものなんだなあ。
いやでも、お母さんの唐揚げってベチャッとしたものだったから、あれは買ってきたほうが断然美味しいって言っちゃうよ。本人も言ってたし。
「沢村さんは、自分で揚げていませんでしたか?」
「揚げていますよ。揚げ物は、揚げたてが一番ですから」
お母さんの唐揚げは片栗粉の量が足りないだけなんじゃないかなと、何度か自分で作った今ならわかってきたことだ。
味は良いだけに、食感が『カリッ』じゃなくて非常に残念だったなあ。
「へえ……、片栗粉って重要なんですね」
「小麦粉だけの人も多いですけれど、わたしは下味をつけるので、小麦粉だけだと足りないんですよ」
小麦粉で水分を吸ってもらって、片栗粉でカリカリに仕上げる。最高。
作ったばかりだけど食べたいなあと思っていたら、鍋を洗っていた弟子が怪訝な顔を向けてきた。
「カラアゲって、なんスか?」
「えっ!?」
か、唐揚げを知らない人がこの世にいるなんて……っ!?
って、世界が違うんだから当たり前か。
安達さんがこっちの世界の似たような料理の話をしたのか、親方も「あぁ、あれか」と頷いていった。
「『カリッ』ていうより、『ベチャッ』スよ、あれは」
わたしの言葉を使って、こっちの料理はベチャッとするものだと話していった。定番料理なのか、触感に不思議はないらしい。
でも、唐揚げって言ったら『カリッ』でしょう。
ちょっと首を傾げるわたしに向かって、安達さんが説明をしてくれた。
「水分の多いタレに漬け込む料理なんですよ」
「それなら、『カリッ』よりは『ベチャッ』ですね」
ふぅん……。
油淋鶏はネギダレをかけるから、どっちかというと、そっちに似ているのかな?
「いえ、もっとしっとりですね」
「それじゃあ唐揚げの良さがなくないですか?」
「だから、『カリッ』よりも『ベチャッ』なんですよ」
「……なるほど」
唐揚げといえば『カリッ』で、続く音は『ジュワァ』が世界共通だと思っていたけれど。世界が変われば、当然ながら常識も違うんだなあ。
微妙に納得したわたしに、今度は弟子が首を傾げる。
「つーか、タレがないなら美味くないっしょ?」
「肉にタレを染み込ませるので、味はついていますよ」
「肉にっスか??」
つゆに漬けて食べるこっちの唐揚げモドキは、どうやら素揚げらしい。それならタレをかけないと、美味しく感じないか。
わたしがお皿を拭きながら、ニンニクとショウガ、醤油で揉み込んで味をつけるのだと話したら、弟子の口元が光った。え、ヨダレ?
「……デーイ」
「あ、やべっ」
言動は軽いしちっとも改める気もなさそうな弟子だけど、食に対する情熱は共感できそうなところだね。うんうん、美味しいものは世界共通ってことだね。
賛同するように頷いたわたしを見て、安達さんがニコリと微笑んだ。
「では、明日は唐揚げにしましょうか」
「ちょっと!?」
鍋を箱に仕舞いながら、サラッと何を言うんだ、この人は!
「ほら、紅茶豚も気になりますし」
「作るって言ってないでしょ!?」
勝手にラーメンも予定に入れるなと怒ったら、親方と弟子二人の手のひらが同時にこちらに向かってきた。
「サワ、作らなくていいぞ」
「そっスよ、サワッち。オレも料理は作るんで、落ち着いたら教えてくれればいいっス」
「えっ!?」
昨日の流れで作る羽目になるのかとゲッソリしたのに、二人が拒否したことで、安達さんの作戦は呆気なく中止となった。
なんて素晴らしい同僚だろうか……っ!
「アツはサワに無理を言うな」
「材料費は払っていますよ」
「金の問題じゃないっスよ」
ブンブンと手を振った二人の言葉で、明日からは自分の分だけを作ればいいだけになってくれた。ああ、助かった……。
しかし、しつこい安達さんはめげなかった。
「では、唐揚げを教える時は呼んでください」
この食に対する情熱を、もっと仕事にも向けないかな、この人。
「嫌ですよ」
それって、わたしがこっちに住み込みになった時じゃないか。
つまりハローワークとはおさらばしている時なんだから、安達さんとも無関係になるはずだ。
しっしと手を振るわたしに、首を傾げた安達さんが恐ろしいことを呟いた。
「本採用になった後も、私とは無関係にはなりませんけど?」
「えっ!?」
な、何で?
お皿を持ったまま固まるわたしに、安達さんが「本採用になったら教えます」と、今は説明しないことを言うだけだった。
「……サワッち、ドンマイ」
「……」
静かに弟子に肩を叩かれたことで、今の言葉が本当だということがわかった。
こういう時はいつものように、軽くしてくれないと困るじゃないか。
「あー……、仕事するか」
「そっスね」
「……はい」
困った親方が仕切り直したことで、今の問題は脇に置いておくことになった。
採用されたら、ペラペラの保険証と一緒にハローワークからも安達さんからも、お別れできると思ったのに。
「だって沢村さんは他の人と違って、行き来を希望したでしょう?」
行き来を希望したことで、ハローワークからは卒業できても鬱陶しくてしつこい人とはお別れできないなんて……。
「最悪じゃないですか」
「そこはほら、お互いさまというヤツですよ」
ニコニコと、今日も胡散臭い微笑みを浮かべるこの人と誰か交換してくれませんかね!?
「無理です」
「ぐぅ……」
とりあえず結果が出る一か月後まで、掃除と接客で気を紛らわせよう。
まずは、ガーゴイルの掃除を終わらせないと。
丁寧にゆっくりやりすぎたからか、ようやく尻尾が終わっただけなんだよね。
「こんにちは」
梯子を上がって挨拶をして、尻尾の次は胴体を磨くことを彫像に向かって説明をしていくわたし。
胴体はベストのような服が彫られていることで、尻尾みたいな細かい鱗はない。それでも優しく磨こうと雑巾を握りしめたわたしに、安達さんは突っ込まない。
わたしも無視をすることにして、溝のホコリは歯ブラシで払いながら、ピカピカに磨いていこうっと。
ゴシゴシ ゴシゴシ……
胴体はやっぱりアッサリ終わってしまって、今は鋭い鉤爪を磨いているところ。ううむ、鋭いなあ。
もしも動くのなら、番犬代わりになるんじゃないだろうか。
翼で飛んで、この鋭い爪で犯人をつかんで。……って、犯人って誰だ。
商品を扱っているお店だから、窃盗犯とかかな?
それとも意外と高級品を扱っていて、強盗が来たりするんだろうか。
護身術も何も身に付いていないわたしが店番だと知られたら、店ごと盗り放題にならないかな……。
その時は守ってくださいという意味も込めて、丁寧に彫像を磨くことにしよう。
ゴシゴシ ゴシゴシ……
「ふう……」
鋭いところは、歯ブラシで磨きやすくて助かるな。
首周りも磨いたら、いよいよ顔の順番が来てしまった。
「……」
やっぱり今日も、普通に目玉は開きっぱなしだ。当たり前なんだろうけど。
「……」
うーんでも、この前は閉じたよねえ?見間違いだったのかな。
それとも眼鏡の度が合わなくなったんだろうかと悩みながらも、一旦、手を洗いに降りることにしよう。
何となく、顔を拭くなら綺麗な手が良いよね。うん。
「終わったんですか?」
「いえ。一度、手を洗いに行くだけです」
動かない彫像なのにと、今まで散々首を傾げられた安達さんには、顔を拭くから手を洗いに行くということを話しても意味がない気がする。
手が真っ黒だったことで納得してくれたから、いいってことにしておこう。
「雑巾も変えようかな」
やっぱり顔は新しい布の方がいいよね、絶対に。
手と汚れた雑巾を洗ったら、バケツと一緒に外に運んでおこうっと。
キュー
「ん?」
何だか、とっても聞き覚えのある懐かしい声が聴こえたね。
キュッキュー
「おい、待て。そのまま突っ込むな、死ぬぞ!」
「へ?」
頭上がいきなり真っ暗になったことで見上げたら、これまた聞き覚えのある声が響いていた。
「え?」
キュー
「うぐっ!?」
「沢村さん!?」
見上げたら青い綺麗な翼を持った大きな鳥がいて、わたしのお腹に思いっ切り額を突っ込んできた。
「大丈夫か、嬢ちゃん!?」
「っ……痛いぃ」
通り魔とかに殴られると、こんな感じなんだろうか。
突っ込まれたお腹も痛いけれど、そのまま吹き飛ばされて背中も痛い。それより何より、自分の身に何が起こったのか処理が追い付かない。何事?
そんな中でとっさに頭を守ったわたし、エライ。
「いやあ……悪ぃな、嬢ちゃん」
「いえ……」
何とか立ち上がったわたしに、飛竜から降りたオジサンがとても申し訳なさそうな顔で謝ってきた。
口調は弟子みたいに軽いけど、わたしに体当りをした飛竜にゴツンと思いっ切り拳を向けている。
「ほら、お前も謝れ。嬢ちゃんが小さいのは知ってるだろーが」
キュゥ……
とても申し訳なさそうに、大きい身体を縮めるように謝る飛竜。可愛いな。
お腹も腰も痛いけど、また会えたことは嬉しいよ。痛いけど。
これきっと、青アザができてるヤツだよね?
帰ったら湿布を張っておかないと、翌日に絶対響く痛さだ。
しょんぼりしている飛竜に手を伸ばしたら、オジサンに殴られたところを撫でていく。痛いけど、まあまあ無事なことを伝えよう。
「次はもうちょっと、抑えてくれればいいよ」
降りてくる勢いで突っ込まれたら、今度はどこかの骨が折れるだろう。オジサンがスピードを調整してくれたみたいだけど、それでも吹っ飛んだもんね。
キュー
「くすぐった……痛い痛い痛い」
わたしの言葉になのか、撫でたことになのか。ぱあっと微笑んだような顔をしたっぽい飛竜が、わたしの顔にグリグリと頭を押し付けてきた。
痛い痛い、マジで痛い。
何とか踏ん張っているわたしに、少しだけホッとしたオジサンが、上空から姿を見つけたら急下降したことを話してくれた。
「いきなり下に向かって降りるからよお、何事かと思ったぜ」
「ほうへふは」
わたしを見つけて飛んできてくれたことは嬉しいけれど、そろそろ足も腰も限界だ。
まだグリグリを続ける飛竜から離れて、ついでに仕事中だったことも思い出す。
「サワッち、どうかしたっスか?なんかすごい音がして……」
「あ」
傍から見たら、遊んでいるようにも見えるよね。
飛竜の顎と頭を撫でて、何とか離れようとしている途中だっただけなんだけど。
「すみません。前にお世話になった飛竜と、飼い主のオジサンです」
キュッキュー
「痛い痛い痛い」
せっかく離れたのに、弟子に向かって話したら飛竜が近付いてきてしまった。
鱗が硬いから、ジャレているだけでも痛いんだってば。
グリグリと反対にわたしが撫で回して離れたら、掃除に戻ることを話さないと、研修期間中にクビになってしまう。
まずはオジサンに向かって、仕事中だということを伝えよう。
「このお店でいま、働いているんです」
「ああ、仕事中だったか。それは悪ぃな」
すぐに納得したオジサンは、飛竜に向かって「帰るぞ」と言っていく。ちょっと不貞腐れたような顔をしたっぽい飛竜だけど、一声鳴いたら小さく頷いた。
キュー
「痛いっ」
ちょっとしか離れていなかったからか、飛竜の頷きで、そのままわたしの頭上に頭突きをするように振り下ろされてしまった。
「うぐぅ……」
「大丈夫か、嬢ちゃん」
キュー?
お腹の次は頭突きとか、これ、医者にはどういう説明をすれば良いんだろうか。
頭を押さえてうずくまるわたしに、飛竜はちょいちょいと、ようやく手加減するように触れてくれた。……遅いよ、色々と。
何とか立ち上がったら、固まりっ放しの弟子に向かって説明をしないと。
「ええと、それで」
……何だっけ。あ、そうだ。
上空からわたしを見つけて挨拶をしてくれただけで、これから掃除の続きをすることを話すんだった。
「そういうわへへ、ほへははひほほほふふひ……」
キュッキュー
「……。仕事の続きをしますので、」
途中から、飛竜のグリグリ攻撃が始まってしまった。
何とか剥がしたら、仕事の続きをすると話す目の前で、弟子と安達さんが震えている。
「ぶわっはっはっはっはっはー!サワッち、ワイバーンに好かれてるんスか!?」
「へ?」
「主以外には絶対に懐かないって有名なのに!」
バンバンと膝を叩きながら、朝と同じく大爆笑の弟子だ。
キューッ!
「痛ぇ!」
笑われている原因が自分だとわかったのか、わたしが笑われていることに怒ったのか、飛竜が転がる弟子を思いっ切り突いていった。あ、そこは痛そうだ。
脇腹の腰骨の部分に的確に突っ込んだ飛竜は、痛みでのけぞる弟子に向かって、フンッと満足そうな鼻息を吐いていった。
「ありがとう?」
キュー
お礼を言って撫でたら、今度はニコリと微笑んだ気がした。やっぱり可愛いな。
「デーイ、何をしてる」
大爆笑が響いたからか、ちっとも戻ってこない弟子を迎えに、親方まで外に出てきてしまった。
「……」
あ、やっぱり。
店の前に飛竜、弟子は地面に転がったまま脇腹を押さえて震えていて、わたしはあちこちボロボロの姿では、何があったのかわからなくて固まるよね。
「よう、モラン。オレの子が嬢ちゃんを気に入ってな」
「あぁ、ダイロか。オレの子って……ワイバーンがサワを?」
キュッキュー
いぶかし気な顔で首を傾げた親方に応えるように、飛竜が例のグリグリをわたしにしてくる。若干、前よりは痛くないから、手加減してくれているのかも。
「懐いているだろ?」
「……そうだな」
行き帰りの二回、利用しただけなんだけど。何でこんなに懐かれているのかは、わからないな。
それなら名前でも付けようか。
「名前は特にねぇな」
「じゃあ、キュー太郎」
一人一匹と決まっているのか、今はこの飛竜だけがオジサンの相棒らしい。
「何ですか、キュー太郎って」
「鳴き声からです。わかりやすいでしょ?」
ようやく笑いが収まったのか、安達さんが冷静に突っ込んできた。
男の子っぽいから太郎にしたんだけど、女の子だったのかな?
「メスだったら何て名前にするんですか?」
「え?……キャサリン?」
キャロラインでもいいけど、長いからね。
「そういう問題ですか?」
「はあ、まあ」
名前は覚えやすいことが一番ではないか。「ねえキュー太郎」と顔を向けたら、何だか微妙な顔をしているっぽいね。
「キャサリン?」
キュッキュー
「キャロライン?」
キュッキュー
嫌だとでも言うように、首を振っていく飛竜。ううむ、お気に召さないのか。
「キョウスケ!」
キュー?
「キョウタ!」
キュッキュー
似たような響きの名前を次々と言っても、やっぱり微妙らしい。
ちょっとだけ首を傾げるような仕草をするだけで、なかなか縦に首を振ってくれない。困った。
「どれも断る」
「ちぇ……」
最終的にオジサンがすべて却下したことで、わたしの名づけ案は不採用となってしまった。ちぇ、残念。
「じゃあな、モラン。嬢ちゃん、そのうち乗ってやってくれ」
「わかりました」
落ち着いたら、街の行き方と名前を教えてもらって会いに行こう。
乗るのは……できれば遠慮をしたいところだけれども。
「ああ、そうだ。嬢ちゃんは他の飛竜には乗れないからな。コイツ以外には、なるべく近付くなよ」
「え!?ど、どうしてですか?」
いや、他の飛竜は大き過ぎるし、乗る予定もまったくないけれども。オジサンの飛竜以外には乗れないなんて、わたし、何かしたのかな。
安達さんに顔を向けたら、「私は乗れますよ」と言われてしまった。え、何で!?
「コイツが前回も今日も、嬢ちゃんに自分の鱗をつけただろ?自分の物っつー印になるんだよ」
「はい!?」
確かに前回も今日だって、何度も何度もグリグリされたけれども。
あれってマーキングの一種だったのかと固まるわたしに、ドヤ顔のような表情の飛竜が、思いっ切り首を縦に振っていった。
キュー!
「うえっ!?」
「そうだ、モランに薬をもらえば良い。これで嬢ちゃんに湿布か何かやってくれ」
「あぁ、わかった」
「いや、ちょっと」
他の飛竜に乗れないことはいいけれど、マーキングについてはもっと詳しく説明をして欲しい。
手を伸ばすわたしを無視したオジサンは、親方にいくらかのお金を渡したら飛び乗った。
「じゃあな」
「いやいやいや」
キュー
一生懸命、引き留めようと手を振るわたしには、軽やかに手を振るオジサンと、尻尾を振っていく飛竜。
いやこれ、お別れの挨拶じゃないから!
「あははははは!サワッち、マジウケるー!」
空に向かって手を伸ばしたまま固まるわたしに、弟子がまたしても大爆笑だ。
「サワ、湿布ってなんだ?」
「え?あ、ああはい。キュー太郎に突き飛ばされまして……」
お腹と背中、ついでに頭突きもされたから頭も痛いと言うわたしに、思いっ切り顔を歪ませた親方が安達さんに顔を向けていった。
「おい、アツ!お前は何してんだっ」
「アレはどうしようもありませんよ」
前の時だって手を貸すこともなかった安達さんは、今回も特に何もしていない。本当にただの監視役だ。
ジトッと親方と一緒に睨んだら、ポンと手を打って頷いた。
「今度こそ申請が通る案件ですから、慰謝料の請求をしておきますね」
「そっちじゃありません!」
向こうと連絡が取れる通信機を出したら、止める間もなく送信していく。
そういうところは、素早くなくていいんだよ!
「とりあえず、背中とお腹と頭の薬をもらいましょう。ほら、親方の出番ですよ」
「……」
またわたしの通帳に、意味不明のお金が振り込まれることが決まってしまった。……上司は今ごろ、絶対に頭を抱えている気がする。
会うことはないだろうけれども、何度も安達さんから無茶振りされている上司に会ったら、一言お詫びを伝えることにしよう。うん。




