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本日付で、クビになりました。~三十六歳、異世界に再就職します~  作者: くまきち
第一章:ちょっと異世界まで
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1話:異世界研修一ヶ月 初日 出発

「おはようございます、沢村さん」

「おはようございます、安達アダチさん」


 今日からの一ヶ月、平日の五日間は、前にも色々と案内をしてくれたお兄さんがつくことになっていた。


 前と同じく駅で待ち合わせたら、ハローワークがある方向の電車に乗って出発だ。


「そのシャツは、向こうで買ったものですか?」

「そうです。初日なので、違和感が少ない服がいいと思いまして」


 お兄さんも向こうの世界に行くからか、いつものスーツではない。

 襟付きの紺シャツに、グレーのチノパン。足元はスニーカーという、前回と似たようなシンプルな服装だった。


 黒縁眼鏡は向こうの世界に着いてから外すらしく、今日もまだ掛けていた。


 わたしはいつも通りの一つ結びに、こげ茶の眼鏡。暗めの赤にしてもらった髪の色は、最近ようやく慣れてきたところ。


 しかし髪は早々に止まった身長と違って伸びるから、月に一回は染めに行かないといけないんだよね。……面倒くさい。

 やっぱりこの世界は早まったかなとか、思わなくもないところだ。


 いや、髪を染めるだけで良いんだもんね。年齢制限も資格もいらないんだから、クビにならないように頑張ろう。うん。




 前の会社とは反対方向の電車に乗ることも、この景色にも慣れてきたなあ。


 平日の九時台の電車だからか、車内はそんなに混んでいない。

 みんなはどの駅で降りて、どこに行くんだろうなあとかを、ぼんやり考えながら揺られていく。


 わたし?わたしは五つ先の無人駅っぽいところで降りたら、紹介された異世界の新しい就職先に行ってきますよ。

 とても怪しい言い方だけれど、二回目だからか気持ちの余裕が全然違う。


 やっぱり、寛ぎすぎてない?異世界なんだけど、こんな呑気で大丈夫?


「今日は初日ですからね。そんなに難しい仕事はないはずですよ」


 うーんと考え込んでしまったからか、不安になっていると思われたらしい。

 そこに不安を感じない人がわたしですよ?問題ありません。


 せっかく気を使ってくれた安達さんに余計なことを言ってもアレだから、ニコリと微笑んでおくだけにしよう。


「わかりました。ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げて、あんまり気は抜かないようにしようと決めておこう。


 前の異世界ツアー 二泊三日の時はなくても、今度は一ヶ月通うことになるんだもんね。

 スリとか犯罪に巻き込まれるとか、あるかもしれないし。




 そうそう。とてもいまさらだけれど、お兄さんは安達アダチさんと言うのです。


 最初にもらった名刺に名前は書いてあったのに、ずっと「お兄さん」呼びだったからね、わたしってば。


 しかし今日から一ヶ月、引き続きお世話になる人だ。さすがに名前くらい覚えて口に出さないと、失礼すぎる。


 ただし、名刺にフリガナがなかったことで、下の名前はわからないままだったりする。


 “敦也“と書いてあったけど、『ジュンヤ』か『アツヤ』か『アツナリ』か、はたまた当て字のキラキラネームか……と悩んで、考えることをやめた。


 だって下の名前なんて、呼ぶ機会も知る必要もなさそうだしね。お互いに。




 お兄さんこと安達アダチさんとは、こうして一ヶ月間の出勤日を一緒に行動することになっている。


 こっちとあっちの世界を行き来するなんて前例が無さすぎて、少しでもこうしてデータを収集することになったらしい。


 わたしももちろん、他の人にはない役目が与えられている。

 それは、業務日誌を書くこと。


 仕事の内容と人の流れ、感じたことや異世界について気付いたことなどを毎日、書くのだ。

 これは研修期間中も書くことになっていて、すでに安達さんから渡されている。


 でもきっとわたしのことだから、「この店が美味しかった!」とかで全ページが埋まりそうな気がするね……。


「食レポばかりだと困りますが、そういう情報も必要ではあります」

「気を付けます」


 今までは、紹介したら行きっぱなしで、こっちの世界に戻ってくることは二度とない。っていうか、帰ってこないことが普通。

 わたしは就職先を紹介してもらえるだけ・・だと思っていたから、いつものパターンと最初から外れていた。


「行きっぱなしが普通という方が変じゃありませんか?」

「ちょくちょく戻ってこれると思っている方が変なんですよ」

「……はい」


 真面目な顔で、被り気味に突っ込まれてしまった。


 まあね、海外や地方に転勤とかだったら、そんなにしょっちゅう帰ってこれないもんね。というより、それこそ行きっぱなしで、向こうにそのまま暮らす、ということが当たり前だろう。


 それでも死んで異世界に生まれ変わる『転生』じゃないのに、どうしてこっちに戻ってこれなくなるというのか……。

 理屈がよくわからないと言い続けるわたしに、「そういうもの」としか言わない安達さん。


 参考までにいくつか読んだ異世界物の小説も、それはもう見事に戻ってこれないパターンばかりでしたよ。

 つまり王道というか、そっちが普通・・・・・・ってことになるんだろう。


 今までは帰らないことが普通でも、わたしはこっちに帰りたい。例えそれが月に四回でも、帰れるのなら帰りたい。

 そう言い続けていつもの・・・・パターンを覆したことで、こうして行き来が認められて本当に良かった。




 安達さんが勤めている会社は、ハローワークと連携して就職先をお世話している仕事内容らしい。


 普通はアンケート結果から割り出されたいくつかの異世界に案内をして、一ヶ月ずつの研修期間を得て、移住先と就職先を決めることになると教えてくれた。


 しかしわたしは、就職先を紹介してもらうだけ・・のつもりだったことで、変則的な待遇になっている。


 ここに来るまで、本当に色々あったけど。主に大変だったのは安達さんと会社の人だから、わたしはあんまり苦労したって気がしていない。……すみません。


 ハローワークが少なからず関係しているということで、今日から一ヶ月は『職業訓練』と同じ扱いだ。

 つまり就職活動をしていることと同じ扱いで、認定日にハローワークに行かなくても、きちんと失業保険が振り込まれる。とても助かる。


「……」


 こうしてまとめると、かなりの厚待遇な気がするなあ。


 でも異世界に行くための交通費は引かれることになっているので、実質、今までもらっていた失業保険の金額のみという扱いだ。


 これはさすがに仕方がないよね、うん。

 失業保険金まで引かれることはなかったから、わたしも十時出勤の十五時退社、そのまま帰宅で土日は休みに了承したのだ。


 数少ない、納得していることだと伝えたわたしに、安達さんが軽く肩をすくめていく。


「本来はこの研修期間の一ヶ月も、私たちの付き添いはありません」

「それも、わかっています」


 一か月後に担当者が尋ねに行って、気に入っていたらそのまま永久就職ならぬ、異世界に永住となることも前に聞いていたことだ。


 つまりわたし以外の人は、永住込みで異世界の就職を了承したことになるのだ。……やっぱり、どうしてそれでオーケーできるのか、ちっともわからないな。




「では、降りますよ」

「はい」


 ウェストポーチに、お弁当が入ったトートバッグを持っているわたしと、小さな手提げの鞄とコンビニの袋を持っている安達さん。


 同じ駅で降りる姿は、周囲からはどう見えているんだろう?


 向こうでは散々「お嬢ちゃん」扱いのわたしでも、さすがにこっちでは年相応に見えているはずだ。


 ……見えてるよね?

 座敷わらしとか言われた見た目だけれど、外でお酒を飲んだ時に何かを言われたこともないし。


 そういえば安達さんって、歳はいくつなんだろう?

 見た目は若そうに見えるけど、年上のような年下のような……。


 普段の黒縁眼鏡に七三の髪型にスーツだと、わたしよりも年上に見える。しかしこうしてラフな格好だと、年下にも見える。


 自分のことは一切話さないから、相変わらず謎な人だ。そこはかとなく胡散臭い雰囲気なところは、最初から変わっていないね。


「沢村さんは弁当ですか?」


 じいっと見ながら歩いていたら、トートバッグを指差して、何が入っているのかと尋ねてきた。


「安達さんはコンビニですね」

「自炊はしませんので」


 基本的に外食中心だと話していた通り、安達さんはコンビニの袋を持っていた。


 お、麺ですね。確かに今日は蒸し暑いから、さっぱりした冷やし中華は美味しいだろうね。


 わたしはお米がない世界に、おにぎりはまだ早いかなあと思ってのサンドイッチだ。

 水筒の中身は番茶だけど、次はスープを持っていく予定だと話した。


「電子レンジはないでしょうけど、冷蔵庫はありますか?」

「店は住居でもありますからね、冷蔵庫がありますよ。そちらに入れさせてもらいましょう」

「助かります」


 前回行った時も思ったけれど、やっぱり向こうはこっちよりもちょっと暑い気候らしい。思い出して慌てて保冷剤を入れてきたけれど、それでも不安だったんだよね。


「冷やし中華は、冷たくないと美味しくありませんからね」


 使えることがわかっていたから、このメニューを選んだのだと話していった。……知ってたんかい。


「先に教えてください。もっと大きい保冷剤かバッグを、担いで来ないといけないのかと思っていたんですよ」

「それは失礼しました」


 住み込みなら自分の部屋に冷蔵庫があると分かっても、この一か月はその部屋を使うことはできないはずだ。


 胡散臭いことと同じく、相変わらず言葉が足りていないと注意したら、気付いた時に言うようにと返されてしまった。


「研修期間中も、私たちは基本ノータッチだとお伝えしたでしょう?」

「そうでした」


 細かいところが気になる性質タチということもあるけれど、そもそもイレギュラーな扱いなんだもんね。他の人は気にしないし、聞かれたこともないと言われては仕方がない。


「あ、じゃあ、ついでにもう一つ」


 はいっと軽く手を挙げて、考えていたことを尋ねてみよう。

 片眉を上げた安達さんが、「どうぞ」と手のひらを向けてきた。


「研修期間中に、街中を見て回りたいんです。具体的に言うと、食材関係を扱っているお店の商品を詳しく知りたいです」

「……つまり、帰る時間を遅くしたいということですね?」

「そうです」

「ふむ」


 前回の体験ツアーで行った街と、これから行く街は別だ。それならわたしよりも詳しそうな安達さんがいる間に、色々見て回れると助かることを話した。


「前回は粉ものを買わなかったですし、市っぽいお店が中心でしたよね?専門店というか、建物が固定されているお店の中を見てみたいんです」


 市は定期的に店が入れ替わるだろうけれど、動かない建物の中にあるお店なら、街に密着してるご近所さんになるのだろう。

 扱っている商品や顔を覚えておきたいし、何よりあちこちの店を見比べて、品質と価格も見比べたい。


「チラシをチェックして、今日はこのお店が安いなとか、魚はこのお店が強いなということと一緒で、時間を掛けて見ておきたいんです」

「それは、住み込みが決まってからではダメなんですか?」

「できれば時間の余裕がある今のうちに、慣れておきたいです」


 正式に決まったら、これからよろしくと挨拶をするつもりだけれども。その前に回って、ついでに色々尋ねたいのだと話したら、ようやく会社に訊いてみることを約束してくれた。


 ……やっぱり、行き来をする扉の時間を変更することは大変なのかも。

 だって異世界に行ける扉なんて、簡単に許可が出ることがおかしいもんね。




 面倒な付き添いの仕事もあるのに、面倒な時間変更に同行まで頼むとか。かなり厄介な人だね、わたしってば。

 最短三日で生活圏を把握しようと決めて、家から五つ先の駅で降りていく。


 少し歩いたら、前にも来たビルが現れた。


 ……今日も、誰もいないな。


 エレベーターが一階で止まっていることも、わたしたち以外の人がいなさそうなことも前回と一緒だ。

 ドアが開いてもやっぱり誰もいなくて、キョロキョロと周りを見回していく。


「どうかしましたか?」

「説明会に来ていた、他の四人はどうなったんですか?」


 向こうの世界に行くには、このビルのとある部屋にある不思議な扉を通ることになっている。

 これはあらかじめ、使う人と日にちと時間を申請して許可証ができたら、やっと使えるものだ。


 使用する人と日にち、時間も明確に決まっているからか、二泊三日で異世界体験ツアーに行った時も、誰ともすれ違わなかったんだよね。


 日にちの指定がされているなら、被らないような許可証を出すんだろうけれど。それにしても会わなさすぎて、ちょっとだけ気になっている。


 そもそもこのビル自体、人気ひとけがなさすぎる。

 他のフロアにも人がいないのかな?外見は綺麗なのに、中は怪しい。非常に。


 わたしが尋ねたら、一つ頷いた安達さんが口を開いた。


「そちらの方々は、向こうに定住しているはずです」

「はず?」

「担当外ですから、詳しい進捗結果は知らないんです。私以外の担当官は、すでに別な方を担当しているようでした。つまり就職先も決まって向こうへの移動も完了した、ということなのでしょう」

「なるほど」


 わたしはやっと今日から一回目の研修期間に入るところなのに、他の人はとっくに決まって、移住も終わったはずとは……。


 この差は何なんだろうか。そしてすみません、面倒で。


「最初の一つで決まるとは思わなかったので、相性が良くて助かりました」


 かなり細かいアンケート結果を見れば、一つでも見つかったことは奇跡に近い。

 安達さん的には一つしか見つからず、ここで無理なら他の異世界もダメだと半分諦めていたらしい。


 わたしは一つあっただけでも、とてもありがたかったから、なるべく妥協できるところはしようと思っていたけれど。

 そんな気遣いはいらないくらい、食も空気も人も異種族も問題なくて、逆に拍子抜けしたくらいだ。


「お腹を壊すとか、体調を崩すこともありませんでした」

「それは良かったです」


 あの例の変な馬?……馬に声を掛けられたり、飛竜の子供に懐かれたり、どこに行っても「お嬢ちゃん」と呼ばれたことは、微妙ではあるけどね。


 わたしの一番の優先事項は食だから、これで職場が合ったら完璧だ。


「沢村さんなら大丈夫でしょう」

「頑張ります」


 わたしに合った世界を探してくれたどころか、就職先までお世話になったのだ。

 また「お嬢ちゃん」扱いをされても微妙な気持ちになっても、おおらかな広い心で仕事をしよう。




 そろそろ行こうと準備を始めた安達さんに、さっきのことをもう一度、確認することにしたほうがいいよね。


「あの。この扉の一ヶ月分の使用許可がすでに発行されているなら、変更手続きは面倒でしょう?行き帰りの時に、軽く話してもらえるだけでも良いですよ?」


 すでにかなりの融通をしてもらっている立場なんだから、これ以上は通行料以外の別料金を払わないといけないだろう。

 もちろん、わたしが。


 だってこうして一ヶ月、職場まで付きっきりとか、それこそオプション外の仕事のはずだ。


 お酒と一緒で言ってみただけだから、面倒ならしなくていいと伝えるわたしに、安達さんがとても輝かしい微笑みを浮かべた。


「私はこの一ヶ月、出張扱いになっているんです。沢村さんを見張るだけでいい、とても楽な仕事です」

「……」

「まあ早く帰りたかったですが、本来は十七時までが定時ですからね」

「十七時までには帰ります」


 ガッカリした溜息と一緒に、ポツリと呟いていく言葉が本音っぽいな。


 街中探検は帰りが遅くなるから、できればしたくないことらしい。

 付き添いが楽な仕事ならサッサと割り切って、ちょっとくらい付き合ってよ。


 わたしに掛かりっきりにさせて、これでも悪いなあと思っている。しかし「週休二日、九時出勤で帰りは終わり次第」という条件のうち、数日が十七時になるだけじゃないか。


「でも十五時に帰るつもりで何かの予定を入れていたら、本当に結構ですよ?」

「いえ、通常なら十七時までが勤務時間ですからね。そもそも場所が異世界ということで、不測の事態を考えなければいけないでしょう?予定は入れていませんよ」

「そうなんですか?」


 見張っているだけの楽な仕事だって言ったけれど、つまり常に待機状態ってことじゃないか。


 普通の勤務のほうが楽なんじゃないのかと首を傾げるわたしに、今度は真剣な顔を向けてきた。


「それに沢村さんに関しては、徹底的に融通を利かせるようにという上司のお言葉です」

「はあ……」


 あれか。慰謝料をぶんどった時に、待遇をよくしたと言っていたことに関係しているのかな。


 けれどキリッとした顔が、どうもにも胡散臭い。


「……本音は?」

「早く帰りたい」

「……」


 何だろうな。時々、真面目なフリをした不真面目な言動が見えるんだよね。


「仕事は真面目ですよ」

「当たり前です」


 そこが真面目じゃなかったら、わたしは死ぬじゃないか。

 しかも異世界でなんて、とっても困る。いや、困るなんてもんじゃない。死ぬ、確実に。


「沢村さんが再就職をする最後までは、責任を持って見守りますよ」

「よろしくお願いします」


 わたしの生死を握っている人がこの人で、いまさらながら大丈夫なのか、心配になってきたな。




 怪しくても胡散臭くても、ここまでの一ヶ月近く、手を尽くしてくれた人だ。……胡散臭いけど。


 マジで頼むよとにらんだら、許可証を渡してきた。


「いまさらですけど、世界の名前とか地域の名称とかはいりますか?」


 そういえば、聞いてなかったかも。

 でもこれからお客さんのこととか店の商品とか、覚えることは多いよね?


 三十六歳の頭に、そんな余裕はあんまりないよ。だからこうして、分厚いメモ帳を用意したんだし。


「前回行った地域の名前は、後で行きたいので知りたいです。それ以外は必要な時に訊きますので、今はいいです」

「わかりました。では、行きましょうか」


 十時出勤ということで、扉の使用許可は九時半からだ。


 ハローワークカードと許可証を出したら、不思議な扉がカチャリと開いた。


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