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24話:異世界についての説明会 後編

 休憩時間が終わったので、また五階まで階段で上がっていく。


 ふう……。ちょっとは毎日、運動をしていた成果が出ているかな。それほど息が上がっていなくて、次は縄跳びも取り入れようかとか考えながら登り切った。

 縄跳びは肩こりにも良いんだよね。何より、全身運動だし。


 でも縄跳びはどこで買えばいいんだろうかと思いながら五階に着いたら、すでに部屋の扉が開けられていた。


「沢村さんはこちらへどうぞ」

「はい……」


 やっぱりというか、何というか、わたしの担当はいつものお兄さんだった。あの女の人が良かったなあ。


「そんなに不満そうな顔をしないでくださいよ」


 嫌そうな歪んだ顔をしてしまったからか、目の前のお兄さんがちょっと傷付いたように顔を伏せた。でも口調は軽いから、どうもこう、すみませんと謝りたくない気分になるんだよね。


「はあまあ、……でもすみません。ずっと胡散臭いと思っていますので」

「……正直で結構ですよ」


「ぶふっ、……ゴホンッ」


 どこかから、誰かの吹き出した声が聴こえた。だって、怪しいじゃんね?


 再就職について親身になってくれたことは正直、有り難いと思っているけどね?でもやっぱり、それとこれとは別なんだよ。


 他の人たちもそれぞれの担当の人と一対一に座ったことで、後半の部が始まっていった。


 いくら胡散臭くても、再就職先の話をするんだ。今まで見てきた求人票のようにまとまっているのかはわからないけれど、しっかり見極めて気になっていることもキチンと訊いていこう。




「では、沢村さんにお勧めな勤め先は三か所ありました。一つ目はこちらです」

「はい」


 いつものパソコンではなく、持ち運ぶためかハローワークとは関係ないからか、今日はタブレットの画面を見せられた。

 そこにさっきのアンケート結果と、異世界の情報が入っているのかな。


 日本語で書いてあるのかと恐々見たら、ちゃんとわたしでも読める見慣れた言語だった。助かった。


 その中でまず一社目は、接客というところに特化した宿屋みたいだ。


「ん?宿屋ですか?」

「ええ。注文を取ったり食事を運んだり、各部屋の掃除が仕事内容です」


 ふむふむ、なるほど。

 冒険者になることは却下だけど、生活を整えることは好きだもんね。食事の用意をすることはなさそうでも、簡単な仕込みは手伝うのかな?


「いずれはそうなるでしょう。どの大きさのナイフが使えるかという一覧もあったでしょう?あれで料理人向けか、剣士などの職業として使う人向けかに分かれるんです」

「へえ……」

「沢村さんには、自炊をしてきた強みがあります。できることが増えればその分、給金は上がりますよ」


 ふぅん……。

 今まで見てきた求人票では、あんまり給料の上限はなかったけれど。この宿屋は優良企業みたいで、成果による対価をキチンと支払ってくれるということなのか。ふむ、それは助かる。


「場所は少し田舎になりますが、たくさんの人が行き来する重要な拠点となる街の宿屋です。市も定期的に立っていますし、海も比較的近くにあります」


 お、さすがわかってる。

 市があるということは、新鮮な野菜や果物が買えるということなのだろう。海も近いことで、こちらも新鮮な魚が手に入るとわかって一安心だ。


 自分の口に合うのか、好みについてとかは今は置いといて。たくさんの人がいる街なら、まあまあ大丈夫なんじゃない?


 わたしが好感触を示したことで、お兄さんも満足そうに頷いた。


「宿屋の裏側が、こちらを経営している人たちの家です。そちらの一部屋を間借りして、生活をすることになりますね」


 ……ん?


「希望と違うところは、平日休みになることですね。それでも連休は取れますし、勤務時間も決まっています。宿屋と言っても深夜営業はされていませんので、お酒の相手をする必要はありませんよ」


 スラスラそのまま話し続けるけれど、ちょっと待ってほしい。


「あの……。異世界に就職するだけではなくて、そっちの世界に入り浸るってことですか?」

「入り浸るというか、基本的に向こうで暮らすことになりますけど?」

「へっ!?」


 だからこうして、住み込みで働けるところを紹介しているのだと、初めて聞いたことをサラッと言っていくお兄さん。


 食事も言語も大事だけど、それよりももっと重要なところじゃないの、それ!?




「……」

「……」


 ちょっと待てと中断させたことで、わたしのテーブルだけとっても静かだ。周りではサクサク進んでいて、「では、明日にでも現地を見に行きましょうか」という話をしている人までいる。


 けれどわたしは、それどころではない。

 だって生活の拠点を動かすことも考えていなかったし、そういうつもりで向こうに行く気なんてなかったからだ。


 黒縁眼鏡を少し上げたことで、動揺していたお兄さんも落ち着いたらしい。座り直してタブレットから顔を上げた。


「……ええと。では沢村さんは通うことを希望されている、ということでよろしいでしょうか?」

「はい」


 何で驚かれているのかわからないけれど、あくまで就職先・・・の話をするだけだったはずだ。

 あの家から通うことに変わりないと言い切るわたしに、ちょっとだけお兄さんが固まってしまった。


 週休二日やお給料が上がるとかより先に、キチンと決めておかなくちゃいけないことだったのかも。


「えっと……、他の人はそうじゃないんですか?」


 何の疑問もないのか最初からそのつもりだったのか、他の人は誰も突っ込まずに異世界へ行く準備の話をしている。


 いやいやいや、おかしいでしょ。

 だってここはハローワーク。次の勤め先を斡旋あっせんするだけで、暮らす場所まで提供するなんて初耳だ。




「……ええと、ですね。冒険者向けの世界があるとお話しましたよね?」

「ああ、はい」


 何と言えばいいのかと座り直したお兄さんが、タブレットを置いて少しずつ話し始めた。言葉を探しているように、視線を少しさ迷わせながら躊躇いながらだ。


 わたしも小さく頷いて、その話は聞いたし、さっきのアンケートでも即座に却下した項目だと付け加える。


「研修期間の話の時、交通費の話があったので通うものだと思ったんですけど」

「ああ、なるほど。……言い方が悪かったですね。こちらの世界から家財やその他を持ち込むことは一度では無理です。なので気に入った世界や就職先が決まったら随時、行き来ができるという意味です」


 その後は完全に向こうの世界に行きっ放し、というよりも、完全にこっちの世界には戻ってこれないと言っていく。


「……じゃあ、冒険者向けの世界というのは、どんなところなんですか?」

「そちらを希望された場合は、こちらで言うハローワークのようなところまで案内するだけです。希望する職種が冒険者ですから、仲間を集めたり仕事を探すことは自力になります。普通の方には住み込みの職場や社員寮がある勤め先を紹介させていただいております」

「なるほど」


 つまり冒険者希望の人には向こうのハローワークを紹介して、そこからは自力で頑張れということになっていて。わたしみたいに就職先としての新しい職場を紹介する場合は、宿込みで案内することになる、と……。


「困ります」

「でしょうね」


 異世界で、米がない話は山ほど聞く。そして洋食文化が中心なことも。

 さらに帰ってこれないなんて、半年分の一括払いをした年金はどうなるの!?


「……そっちの心配ですか」

「今まで払ってきたのに、就職先が別世界だからもらえないなんて理不尽じゃないですか」


 っていうか、それなら一括払いなんてしなかったよ。十万円がもったいない!


 死んで異世界の別人として生まれ変わる転生なら、仕方がないかなと諦めもつくけれど。次の就職先が異世界ってだけで、回らないお寿司屋さんに行けないこともとっても困る。


「初任給で行くことを励みに、今まで頑張ってきたんですよっ!?」

「そ、そうですか……」


 結局、食事ソレかよっていうツッコミが聴こえてきそうな、お兄さんの引きつり具合だけれども。わたしにとっては何よりも重要なことだと何度も伝えている。


「週休二日も大事ですけど、帰ってこれないことは困ります」

「……わかりました。再検討いたしましょう」

「よろしくお願いします」


 他の人は何だかすでに、異世界に行く日を決めた話し合いまでしているけれど。そんなに簡単にこっちの世界をアッサリ捨てて、「明日から行ってきまーす」とか言えないから!


 わたしのアンケート結果を見直しながら、タブレットに一生懸命打ち込んでいくお兄さん。


 頼むから、一つでいいから就職先をお願いします!




 楽し気な空気の周りと違い、祈るような呪うような気迫のわたし。


 まだまだ何かを打ち込んで考えているお兄さんの後ろで、別な人が立ち上がっていった。


「では、本日はこれで終わりです。明日の十時に、ハローワークのこの場所に来てください」

「わかりました。お世話になります」


 持ち物や服装についても話し終わったのか、いつもの講座の終わり方のように、軽い挨拶をしたら帰っていくおじさん。え、それだけ?


 そのおじさんを皮切りに、次々とスッキリした顔で帰っていく他の人たち。


 え、待って。そんなに簡単に決まったの?

 確かにかなり細かいアンケートには答えたけど、それ以外にももっと訊くことはあるでしょう?


 他の講師の人たちもテーブルと椅子を片付けたら、サッサと部屋から出て行ってしまった。……居残りはわたしだけってこと?マジか。


 一生懸命調べているところに悪いけど、恐る恐る尋ねてみることにする。


「……あの。他の人は異世界に住むとか、和食が食べられないかもしれないことも気にしていないんですか?」


 他にもたくさん、気になることはたっぷりあるけれど。とりあえず自分にとっての最優先事項を訊いてみたら、タブレットから視線を逸らさずアッサリ告げられてしまった。


「今までそのような質問をする方も、こちらと往復したいと希望する方もいませんでしたので」

「……すみません」


 さっきまで微妙に謝りたくないなあとか、失礼なことを思ったものだけれども。いかに面倒くさいことを言ったかがわかって、わたしは心の底から謝った。


 すみません。こんなに面倒を掛けているというのに、いまだに名前がわからないとかも含めてすみません。


 ぺこりと頭を下げながら、二人になった部屋でひたすら謝り続けた。


 ああでも、まだまだ訊きたいことはたくさんあるんだよなあ……。

 それもとってもいまさらだから、みっちり納得するまで付き合ってもらうことにしよう、うん。




「ん?研修期間内に決まらなかったら、どうなるんですか?」

「一か月ごとにお勧めの就職先、もしくは世界にご案内することになっています。沢村さんの保証期間は七月までですよね?では、三つあったら三か所に行けますよ」


 やっぱりタブレットから目を離さないで、サラッとすぐに答えが返ってきた。


 そう。最初は半年だった保証期間が、退職金の上乗せと同じく手を回してくれたのか、一か月延びていた。

 それとも年齢的に、かなり時間が掛かると思われての処置だったんだろうか。


 その通りになっていて、紹介されても戻ってこれるかがわからない就職先を紹介されそうになっていることは、さすがに予想外だろうけれど。


「ええと、そこまでしても決まらなかったら?」


 とても困るけれど、今までだって決まらなかったんだ。そしてまた、三つも候補が現れてくれることも考えにくい。


「だからこその研修期間ですよ」

「なるほど」


 求職活動とも認められるし、少ないながらもお金が入ってくるというわけか。

 ちょっとホッとしたわたしに、初めてお兄さんが顔を上げた。


「……が、そうですね。期限内に決まらなかったら」

「決まらなかったら?」


 どうなると言うんだと顔を引きつらせるわたしに、微笑みながら恐ろしいことをサラッと言っていった。


「その時は異世界にも就職先がないということになりますね」

「困ります!!」


 何がなんでも見つけてやる!


 ……の、前に。


「週末にはこっちに帰らせてもらえそうですか?」

「……もう少々お待ちください」

「はい……」


 ああ、これで就職先が決まると喜んだのに。


 やっぱり、そんなに簡単にはいかない人生のようです。はあ……。


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