21話:異世界の斡旋
「あああぁぁぁー……、疲れた」
色々な会社の求人を見ながら、受付の人と一緒に決めようとしたのに。
実際は微妙に条件が合わなくて、今日のところは収穫なしとなってしまった。
申し訳ない気持ちもあるけれど、そもそも時期が悪いと思うんだよね。
「もう、四月も後半になるんだもんなあ……」
それなら良いところは売れてしまっただろうし、近場がないことも頷ける。
午前中の早い時間の認定だったことで、お昼近くまでじっくり話し合えたことは良かったけれど。
「あー……、そっか。人が少ないことも、今日は良かったのか」
それでも一つも決まらなかったことが、申し訳ない気持ちになってくる。だってせっかく、紹介状をすぐに用意するとまで言ってくれたのに。
「ううーん。でも、給料は大事なところだよね」
最後の最後にお給料を確認したことで、ガッカリ度が半端なくなってしまった。まさかちょーっと、予想よりも低いとは思わないじゃん?
このくらいはもらえるだろうと、勝手に思い込んだことが間違いなんだけどさ。
疲れ切ってしまったことで、昼食作りが果てしなく面倒くさい。ただの認定日にここまで疲れるとは思っていなかったから、下準備も何もしていないよ。
かといって、お店に入って待つという時間も面倒くさくて、まっすぐ帰ってきてしまったんだけど。
ゴロゴロしていた床から立ち上がり、手軽に作れるものを考えるとするか。
「あ、そうだ。ビーフシチューが残っていたはず。それをソース代わりに使って、オムレツにかけようかな」
ガッツリだけど温まる、そんな料理で疲れた気持ちを盛り上げよう。
「いや、盛り上がらなくていいや。ちょっと昼寝しよう」
うん、そうそう。あんまり急いでも焦っても、仕方がないしね。
スープと漬物と一緒にのんびり食べたら、今日のところは休憩としよう。
「……」
なんだろう。アラームとは違う音が遠くから聴こえるな。
「……ん?電話?」
いま何時だろうとぼんやり目を開けて、電話の音で慌てて飛び起きた。うわっ、本当にいま何時!?
「その前に、電話だ電話!ええと、誰からだろう?」
結局、履歴書を送ったり会社に連絡してもらったわけじゃないから、面接の電話ではないと思う。じゃあどこからだと画面を見たら、懐かしい名前が表示された。
「はいはい、沢村です!」
『おーっす、サワ。何だ、寝てたのか?』
「寝てませんっ」
どこから見ているんだと思わず周囲をキョロキョロと見回してしまうくらいに、とても的確なツッコミだ。……まったく、岸さんは。
『まあ、いいや。それで?こんな時間に寝てるってことは、まだ就職先は決まってないんだな?』
「うぐぉ……。き、決まってはいませんが、今月中に決まる予定ですのでっ」
ザクッと容赦なく刺してくる元・同僚。……遠慮がない、配慮が足りない!
その場で項垂れるわたしに気付かない岸さんは、遠慮なくズケズケと話し続けていった。
『もうすぐ連休だろ?予定がないなら田植えを手伝えって言っただろ?』
「……冗談じゃなかったんですね」
『俺は仕事に関して冗談は言わねえよ』
「でしたね」
ああ、ほんっとうに変わってないな、この人は。
そのままわたしの保証期間がもうすぐ終わることを心配してくれたけど、最初に聞いていたよりも一か月長くなったもんね。ギリギリまで頑張ると伝えて、今日のところは切ることにした。
「ああ、ビックリした……」
本当に、電話越しでも元気で、変わっていなさすぎることがわかる。元気なのも変わっていないのも、すぐに仕事復帰をしたようなものだからかなあ。
でも冬に実家に戻って何をしていたんだろう。農家の勉強かな?
「……岸さんのことは置いといて。四月中って言い切ったからには、なんとか確定させたい」
昼寝をしたことで、前回より回復が早かったみたい。そのまま起き上がったら、ちょっと丁寧に夕食を作って気合いを入れよう。
「最近、手抜き飯ばかりだったもんね。常備菜もそろそろなくなってきたし」
まだ三時だ。今から食材を買い足して、これからの就職活動にカツを入れよう。
「あ、そうだ。梅干し漬けたいって思ってたんだった」
あと、ショウガの甘酢漬け。つまりガリ。
いつもは季節の終わりのいちごをジャムにするくらいだけど。日常的によく使う梅干しと、たまに食べたくなるガリを漬け込んでおきたいんだよね。
それこそ、いつでも食べられるように。
「新ショウガの時期は、もうちょっと先だったかな?梅は五月だし」
四月中に採用されたら、ちょうど新しい会社に入っている時だな。そんな余裕ができるのかは、まだわからないけれど。
新しい会社に入るなら、余計にお弁当の梅干しは必須でしょう。
「あとねえ。お寿司屋さんに行かなくなったことで、ガリが無性に食べたくなるんだよね」
でも売っているガリは、辛すぎたり甘過ぎたりと味が均一ではない。
自分なら上手く漬けられる、という自信はあんまりないけど。何が入っているかわかるし、途中で味の調整がしやすいところは魅力的だ。
「五百グラムからなら始めやすいかな。梅干しはできれば一年分、作っておきたいところだけど……」
これは梅の時期が近くなったら考えるか。最低でも、一キロから購入することになるかもしれないし。
「そうすると、漬物用の壺?樽??が、いるのかな?」
しかし、今はとっても便利なのだ。なんせ”初めてキット”なるものが販売されているから始めやすい。
「漬物に関しては完全に初心者だもんね。実家でも漬けていなかったし」
今は亡き祖母に教えてもらえば良かったかなあ。確か、味噌も手作りしていたんだよね。
「麹味噌、だったかな?ちょっとしょっぱいけど、出汁がなくても深い味わいで、けっこう美味しかったなあ……」
味噌は大豆でできるから、これも本やスマホで調べれば作れるだろう。
「んー……でも。さすがに味噌は、もうちょっとしてからにしよう」
基本的な漬物の梅干しとショウガをマスターしたら、来年は味噌も作ってみようかな。
「その前に夕食とこの先、四日分の食料を買い込むか」
さて、今日は何を食べようかな?
梅干しの前に大根と白菜を柚子皮と一緒に漬けて、大根の葉は塩昆布と和える。アジの南蛮漬けを保存したら、コロッケを冷凍しておくか。
「ふう。冷凍に冷蔵に、何とか充実したかな」
ジャガイモが安くなっていて良かった。
コロッケ以外にも、今日の味噌汁の具としても使っちゃおうっと。
「明日の朝は、ジャガイモをスライスしてパンケーキっぽくしようかな」
薄く細切りにしたジャガイモをフライパンに敷いて焼いたら、その上にとろけるチーズとベーコンを乗せて。その上に同じジャガイモを並べたら、両面を焼くだけなんだけど。
カリッと触感のジャガイモの中から、とろっとチーズが美味しいんだよね。
「なんて名前の料理だったっけ?……まあ、いいか」
カリッとポテトとでも命名しておくとしよう。それともカリポテチーズのほうがわかりやすいかな?
「どっちでもいいか」
ベーコンとチーズでしょっぱいから、サラダにはヨーグルトとミカンとリンゴを入れて混ぜようかな。
「……うん。よしっ」
やっぱり毎日の食事がしっかり決まると、気持ちもかなり上向きになるね。このまま就職先も決めて、ちょっと遅い桜を咲かせようじゃないか。
「頑張るぞー!」
就職先が決まらなかったことで、田植えの手伝いに行く羽目になるなんて絶対に嫌だ。お米は毎日食べるくらいに重要でも、それとこれとは話が別だ。
エイオー!と再び気合いを入れ直し、明日もハローワークに行くぞ!
「もうヤダ……」
撃沈に次ぐ撃沈で、精神状態がズタボロだ。
「今日はあまり求人がなかっただけで、沢村さんのせいではありませんよ」
職業相談の窓口には、昨日と同じお兄さんがいて。親切にも担当を買ってくれ、今日もパソコンで求人情報を見ていたんだけど……。
「四月も半分過ぎましたので、正社員の募集が一時的に少なくなっているだけですから」
「はい……」
正社員を募集しているところが極端に減ってしまい、昨日見たところはどうかと確認したら、とっくに取り下げられていた後だった。……タイミングゥッ!
「わたしが決めなくても、他の誰かが応募したってことですよね」
「そうなりますね」
前にも一気に三十人近くの人が殺到したことで、すぐに取り下げられた求人票があったもんね。あれは結局、誰が受かったのかなあ……。
気が遠くなってきたわたしの前では、難しい顔をしながら何かを打ち込んでいるお兄さん。何を調べているのかと思ったら、急にぱっと表情が明るくなった。
「こちらはいかがですか?少し遠いのですが、今の場所から電車で通うことができますよ」
「はい!」
ふむふむ?
正社員募集……うむ。んん?これは知らない地域の名前だな。
「ハローワークの近くにある駅から、四つ先です」
「じゃあ、わたしの最寄り駅からは六つ先ですね」
でも駅近だから、電車から降りてすぐに会社があるところは良いな。
「少し奥まった駅ということで、人が集まらなかったのでしょう。……もしくは、この時期の正社員募集ですから、内定を伝えた人にキャンセルされてしまったか」
「え、もったいない!」
「よくあることですよ」
何ともったいないことだと立ち上がったら、何社にも内定をもらっている人は、その中から逆に選ぶのだと話してくれた。……そんなに余っているなら、わたしにくれよおお!
さっきとは別な意味で机に突っ伏すわたしに、それでも淡々と会社の説明をしていく受付のお兄さん。
あ、結局、名前なんて言うんだっけ。
「どうしますか?四月も終わりかけの時期ですし、昨日見ていただいた会社よりも給料の面でもクリアしていると思われますが?」
「うーん、そうですね」
”マイカー通勤可”と書いてあるくらい、ちょっと遠いところはネックだけれど。電車を乗り換えないで六つ先なだけなんだから、それほど遠すぎるというわけではない。
パソコンの基礎ができる人ってところで、手書きの履歴書でいいか躊躇いはあるけれど。
「……うん。よしっ!紹介状をお願いします」
「分かりました。少々お待ちください」
その場で会社側に電話を掛けて、応募したい旨を連絡していく。
お兄さんもホッとしてくれたけど、わたしもホッとしたよ。かなり。
ああ、これで決まるといいなあ。いや、決まるように頑張ろうと履歴書の文面を考えていたら
「……えっ!?ええ、はい……本当ですか?」
「え?」
まさか、今から面接しますっていう返事だったのかな。
行けなくはないけど、一旦、家に戻ってスーツに着替えなきゃいけないくらい、今日の服装もかなりラフ。っていうか後輩ちゃんに呆れられた、いつものフード付パーカーです、はい。
メイクはしてあるから、着替えに戻るだけで済む。
一時間後くらいで何とかなりそうかなと指折り考えていたら、「わかりました。失礼します」という声と受話器が静かに置かれていった。
あ、嫌な予感。
「……今から面接をっていう、明るい話題ではありませんよね?」
振り返ったお兄さんの顔はとても申し訳なさそうで、眉間に皺まで寄せていた。悔しいのか、ちょっと口元が歪んでいる。
わたしが先に伝えたことで、緩く首を振っていく。
「申し訳ありません、沢村さん。ハローワークに求人を出したと同時に、親戚の方から身内を入れてもらえないかと連絡があったそうで……。先ほど、そちらの方の面接が終わって採用することにしたので、こちらに取り下げの連絡を入れるところだったと言われました」
「親戚……」
うぅぅー……、ここでコネ採用がきたかぁっ!
何度目かのテーブルに突っ伏すわたしに、お兄さんも黒縁眼鏡を持ち上げる。
「私も悔しいです。身内を採用する予定がある会社は、受けないようにしていたのですが……。親戚の方から連絡が来ることは想定外でした」
会社としては声を掛けていなくて、親戚から声が掛かってあっという間に面接の段取りまでされていたら、そりゃあ断れないよね。
それでも採用しようと決めたんだから、何か決め手があったんだろう。
一気にガックリ来たわたしは、このまま散財したい気分になってきた。そうだ、回らないお寿司屋さんに行こうかな。それともケーキを三個、買ってやろうか。
……ダメだ。こんなささくれた気分の時に、八つ当たりのようにされるご馳走が可哀想だ。そもそも回らないお寿司屋さんもケーキ屋さんも、何かのご褒美として通っていたところなんだから。
それでもこの行き場のない気持ちをどうしてくれようか……。
「もう少し、職場の範囲を広げますか?こちらは駅六つ分先でしたが、反対側にも会社はありますし」
少し考えていたお兄さんが、パソコンの画面を見ながら言ってきた。
ハローワーク側は、今まであまり来たことがない土地で。その逆というと、前の会社があったところだ。
「……いっそ、海外とかは選べませんよねえ」
「海外ですか?」
二つ隣りの県より海外の方が決断しやすいと思ったことを呟くわたしに、律儀に考え込むお兄さん。……良い人だなあ、この人。
聞く態勢になってくれたお兄さんに、愚痴のような感じでぽつぽつそのまま希望を呟いていく。
「海外なら年齢制限とか、定年とかもなさそうですし。別な世界なら可能性はあるかなと思いまして。って言っても、喋れないと仕事はできませんね」
海外はリタイヤする年齢が早そうだけど、その分、がむしゃらに働いてサッサと引退して、っていうのも理想だよね。
……希望っていうより、何だか願望のような内容になってきたな。
それでも真面目なのか、お兄さんは何度も頷いてしっかり応えてくれる。
「そうですね。しかし残念ながらこちらのハローワークでは、周辺の近しい地域の就職先しかお勧めできませんので」
「ですよね……。それに、食の問題もありますもんね。わたしはお米がないと三日もたないんです」
「わかります。私もパンよりも米ですよ。特に、朝は」
そのまま好きなメニューやラーメンは別腹まで話したら、ようやくちょっとだけ浮上してきた。いや、パンももちろん好きだけどね。麺も。
でも米は元気の源というか、やっぱり他とはちょっと違うのだ。
全然ハローワークとは関係ない話をし続けたら、また明日から頑張ろうっていう気になるから根が呑気だよな、わたしって。
「すみません、変な話をして。今日のところは帰ったら、もう一度、自己分析から見直してみます」
立ち上がってお礼を言ったら、仕事の邪魔をして悪かったとお詫びする。
この周辺地域しか担当じゃないのに、海外の話なんてするものじゃないね。
「いいえ、気持ちが前向きになったのなら良かったですよ。ではまた、お待ちしております」
「はい、ありがとうございました」
ぺこりとお辞儀をしたら、電車に揺られてお家に帰ろう。
ちょっと発車まで時間が空いてしまったようだ。昼前のこの時間帯って、微妙に間隔が空くんだよね。
ホームでボーッとしていると、さっきのことが浮かんでくる。
まだ決まったわけでも、採用手前まで行ったわけでもないけれど。あんなに条件の良いところ、駅の反対側に残っているのかなあ?
「タイミングが悪かったね、うん」
そういうことにしておいて、縁がなかっただけだと自分を慰める。
ピー ヒョロロロ……
ああ、良い天気だなあ。
『三番ホーム、電車が入ります』
今日、あのまま面接に来てくれって言われていたら、この電車の四つ先で降りることになっていたんだよね。
それは、家に帰る電車と反対方向。
「四つ先でも終点じゃないな。……海?」
その先はどこに行くんだろうと駅の一覧を見ていたら、海という名前がつく駅名が書いてあった。
「海かあ……」
会社時代は、昔ながらの定期を購入していたけれど。今はあちこちの電車に乗るということで、電子マネーを使っている。
つまり残高があれば、どこにでも行けるというわけだ。
「……行ってみようかな」
発車まで時間があるみたいで、ドアが開いたまま止まっている。まるでわたしが乗り込むことを待っているみたいだ。
「どちらへ行かれるんですか?」
「え?……ああ、海です」
終着駅に海がなくても、ここではないどこかなら良いのかも。
だってなんか疲れたし、帰っても昼食を作らないといけないし。
「ああ、そうか」
もしかして、いまだに流行っているのはこういう気持ちになる人が多いからかもしれない。
「異世界に、行けないかなあ……」
食べ物が合わないとキツイけど、言葉もわからないとストレスすごそうだけど。ここではない絶対的な別世界は、海外よりも異世界だ。
……なーんて。
「じゃあ、行きますか?異世界に」
「はい……、はい!?」
あれ、今まで誰と話していたの、わたし!?
それとも壮大でデカい独り言?それはとってもヤバい奴じゃないか。
うわっと叫び出すところを抑えて、今まで声がしていた方に顔を向ける。
「……」
「行きますか、沢村さん?異世界にも就職先はありますよ」
何でここに、さっきまで話していたハローワークのお兄さんがいるんだ。
いや、それよりも。
「就職先があるんですか!?」
そうだ。そんなことよりこっちが大事!
勢いよく立ち上がったわたしに、いつもの穏やかな微笑みを向けてくる。
「ええ、ありますよ。沢村さんにピッタリな場所が。ただし、異世界ですけれど」
拝啓、岸さん。
ようやくわたしにも、新しい職場が見つかりそうです。
―――ただし、異世界になりそうですけれど。
「詳しく聞かせてください!」
はいっと勢いよく手を挙げたわたしは、海よりも海外よりも遠い場所への就職を決めてしまった。




