20話:再就職への道
「うーん……、なかなか採用まで行かないなあ」
書類審査で落ちてから、ハローワークの窓口の人と一緒に添削に添削を重ねたら面接まで行けたけど。その後の本採用通知がなかなか来ない。
「履歴書の写真と、目の前の本人が違う風に見えるとか?挙動不審すぎて、一緒に仕事をしたくないとか?」
落とされそうな理由を自分で言ってて空しくなったな。そして地味にキツイ。……一緒に仕事をしたくないって思われたら、どうしようもないもんなあ。
「年齢制限はないところなんだけど、やっぱり他に若い人がいたら将来性を見出すのかも」
うぅ……、やっぱり今日も世知辛い。
朝起きて、カレンダーをめくって新しい月に変わったことを知る。
「……四月をこんな気持ちで迎えるとはなあ」
新年も誕生日も、まさか無職のまま迎えるとは思わなかったけれど。それよりも暖かい日が増えて花が咲いて、周りはとっても色鮮やかな世界になったのに。
「なんで、まだ無職なんだろう……」
このアパートの大家さんは常駐していなくて、頻繁に顔を合わせるわけじゃないから、「最近、会社に行ってないみたいだね?」とは突っ込まれないけれど。
他の部屋の住人は、さすがに五か月近く部屋に入り浸っているわたしに気付いているだろう。
「ん?でも、それはどうかな」
だって隣室の人たちとは最初に挨拶をしただけで、他の部屋の人なんてたまーにすれ違うくらいだ。
つまり講習を受けた時みたいにみんな自分のことで精いっぱいで、わたしのことなんて見ていないはず。
「それもそれで寂しい気はするけど、お互いさまか」
では次の認定日の十一日まで、講座のおさらいと面接の練習をしながら求人票とにらめっこするか。
「それより四月って講座が少ない!」
わたしが何度か受けた『再就職支援セミナー』はまったく予定されていなくて、あったのは三十九歳以下対象の『若年者セミナー』というものだけだったのだ。
「これも毎月やっていたけど、タイミングが合わなくて参加しなかったんだよね」
自己PR作成や志望動機のポイント、面接対策などの応募に向けての本格的な準備をサポートしてくれるものらしい。
「しかし定員は八名って、かなり少ないな……」
これはきっと、演習講座と同じ理由かな。
”早期再就職を目指す方必見!”て書いてあるってことは、一人一人にアドバイスをしたり実践したりする講座なんじゃない?
「でも今から申し込むには、微妙な日にちだなあ……」
だって四月二十三日って、もしかしたら履歴書と面接を通って再就職が叶った頃かもしれないし。
「うーん……。そうなったらキャンセルだろうけど、本当に必要な人が諦める事態になったら困るなあ」
前に参加した講座も人気だったようで、”キャンセル待ち受付中”という札が結構ギリギリまで書いてあったんだよね。それでもどの講座も来れない人がいたのか、満員御礼ではなかったけれど。
「さすがに再就職が決まったら、このセミナーもキャンセルするってハローワーク側もわかるだろう」
次に行った時、一応、予約だけしておこうかな。
だってもしかして、全滅したまま五月のカレンダーをめくることもあり得るし。
「……。いや、そうならないようにきちんと対策を練って頑張ろう!」
エイオーと拳を振り上げたら、四月からも気合いを入れていくぞ!
「もうヤダ……」
書類審査も通って面接で手ごたえもあって、「決まったか」と浮き足立ったら、まさかの「勤務先が変更になる可能性がありますがよろしいですか」って……。
支店があちこちにある会社でも、転勤はないって書いてあったのに。
「急遽、二つ隣りの県の支店で人数が足りないから行ってくれないかとか、詐欺にならないの?そもそも普通は、いまいるベテランを向かわせて、新人は手元で教育じゃない?」
履歴書のどこを見て、遠くにやっても大丈夫と思われたのか分からないけれど。受かった後に、「じゃあ転勤よろしくね!」って言われるよりは、さすがにまともだったと思いたいけど。
「うぅぅー……、悔しいぃ」
即答するには若くない。若くないんだよ、わたしは。
いくら地元から離れて暮らしていても、一人暮らしが長くても。ここで別な県に行ける程、身軽でもなんでもない。
「海外くらいの遠さだったら、いっそ諦めもつくんだけどなあ……」
今日の会社は確実に落ちたな。受かっても転勤と言われるのが怖いから、きっとこちらからお断りをすると思う。っていうか、する。絶対に。
床に思いっ切り転がって発散したら、お腹が小さく鳴ってしまった。
「お腹空いた」
今日の会社は諦めることにして、また明日。
……いや。ちょっと明日は休んで、明後日からまた頑張ろう。
「はあ……」
手ごたえを感じたこともまた、溜息が出てしまうくらいに悔しいところだ。
「こういう時は、あったかい鍋にしよう」
少しでも明日、元気に起きれるように。しっかり食べて、芯から温まろう。
「いただきます」
ピピッ ピピッ
いつものアラーム音が聴こえる。
ちょっと落ち込んだ昨夜だったけど、温かい料理で少しは浮上できたらしい。
鍋にしたことで蓋を開けた瞬間、湯気で涙が出そうになったけど。
「歳を取ると涙もろくなるっていうことかな」
いや、誰でもあれはダメージあるよ。
だって今は四月。つまりわたしが無職になってから、とうとう五か月目になってしまったということだ。
「雇用保険の満期は六か月なら、やっぱり今月が勝負だな」
二月までは、『失業認定申告書』には講座の名前ばかりを書いてきたけど。三月からは、”事業所の求人に応募した”という欄に書き始めたのだ。
「ここの欄、なんで二つしかないんだろう?そんなにたくさん合うものは見つからないってことと、面接まで時間が掛かるからかな?」
まあ、確かに。履歴書の添削についてや応募したい会社については、就職相談の窓口で話ながら決めたから、そんなに数はこなせないものだとわかったからね。
「五月には大型連休もあるし、そろそろ正社員の応募が少なくなってきたもんね。もっと気合いを入れないと!」
それでも、今日は休もう。さすがに心が疲れたし……。
「梅雨の前にカビ取りしておこうかな。晴れたから、カーテンも洗っておこう」
大きいところを綺麗にしたりシーツを洗濯すると、とっても気持ちが晴れやかになるんだよね。
さすがに花粉が飛び散る外には干せないけれど、さっぱりさせて新しい気持ちになろうっと。
「さて」
忘れていたけど、今日は四月十一日。まずは認定日の申請からしないとだった。
大物も洗ってカビ取りもしたことで、とっても気持ちが前向きになった。
動き過ぎて疲れて、ご飯を作ることが面倒くさかったけど。残しておくと、この時期はすぐに腐っちゃうからなあ。もったいないし、結局、食材の無駄使いだ。
それでは意味がないと奮い立たせて作ったご飯は、簡単手抜き飯の数々。
「まあ、いいよね。わたし一人だし、副菜はあらかじめ作っておいたものだし」
何とか退職金を切り崩すことなく来ているんだから、このまま貯金として蓄えておきたい。切実に。
そのためにも早く再就職が決まらないかなあと思いながら待っていたら、いつもよりも早めに名前が呼ばれてしまった。
っていうか、全体的にいつもよりも人が少ない気がする……。
「ええ、そうです。この時期は再就職先の決まる方が多いので、一時的ですが人の出入りが少なくなりますね」
「そうなんですか」
それもそうか。だって求人は、これでもかって数が届いていたもんね。
正社員しか見ていなかったけど、契約社員やパートにアルバイト、日雇いに短期と毎日、色々な募集が届くのだ。
ふぅんと思いながら待っていたら、今日も就職相談はするのかと尋ねられる。
「はい、お願いします」
「では、こちらの番号札をお持ちください。直接、呼ばれますのでお待ちになってください」
「わかりました。今月もお世話になりました」
もう、ここで認定を待つことも四回目だもんね。最初の保険の説明を入れると、実に五回目にもなる。
……こんなに時間が掛かっている人、わたし以外にいないんじゃなかろうか。
周囲を見回しても、いつもどんな人がいたのか覚えていなくてわからない。
「観察力がないと言うか、興味がなさすぎると言うか……」
ハローワークに通っている人は、いうなればみんなライバルだ。それでも何度も講座を受けているのに、同じ人と一緒に受けていたかどうかもわからないとは。
こういうところがクビになった原因かなあ。危機感のなさというか、マイペースというか。
クビを言い渡された日を思い出して微妙に落ち込んでいたら、渡された番号札を呼ぶ声が響いた。
「あ、はい!」
「こちら、十六番へどうぞ」
何か新しい就職先か、おススメの会社がないかだけでも訊いてみようっと。
「失礼します」
「はい、こんにちは」
あれ、いつももっと年配のおじいさんとか、おばさんなのに。
七三分けの髪型と黒縁眼鏡で年齢がハッキリしないけれど、結構、若い男の人が今日の担当らしい。珍しい。
最初にあった雇用保険の説明とか、失業保険の認定をする窓口の人は若めの人が中心だけど。こういう就職相談では安心感が重要なのか、人生経験豊富そうで相談しやすいのか、年配の人ばかりだったのに。
実際、今までも自分より年上だとわかる人だった。
歳が近そうなところを生かした、別のアドバイスでもしてくれるのかな?だってさっき見た求人票、正社員がガッツリ減っていて、代わりに短期のアルバイトや、パートが中心になっていたもんね。
この時期に正社員を希望するわたしには、年上よりも身近な年齢の人がいいって判断されたのかも。
少し不思議に思いつつも、案内をされた番号のスペースに入って椅子に座る。
「さて、沢村さん。……ああ、面接までもいっていましたね」
「はい」
相談窓口にあるパソコンには、わたしの今までの活動履歴が載っているらしい。これを見て話してくれるので、わざわざ書類審査で落とされたとか自分で言わなくてもいいことは助かる。
それでも気持ちのいいものではないので、いつもこのパソコンはちょっと微妙な目で見てしまう。
一通り見て確かめ終わったのか、ニコリと微笑んだ男の人が向き直った。
あ、そうだった。いつも挨拶をしてくれるのに、今日の担当の人の名前ってなんだったっけ。
名札でも首から下げていないかなとか考えているわたしに、いくつかの求人票を見せてきた。
「こちらはハローワークから前に送った求人票です。そして、こちらが沢村さんが選んで応募した求人票になります」
「はい……」
本当に、この最初は惜しかった。でも、今ならわかる。
履歴書の書き方も面接も練習も何もしていなかったこの頃では、絶対に落ちると。
思い出して落ち込んだわたしに、慌てたように手を振っていく窓口のお兄さん。
「ああ、責めているわけではありませんよ。ここから傾向と対策を考えようと思いまして」
「え?」
意外な言葉に顔を上げたら、もう一度、とっても安心感たっぷりの温和な表情で微笑んだ。
「沢村さんは接客のみで選んできたようですが、人と関わることは大雑把に言えばすべて接客業です。そこで、もう少し範囲を広く探しても良いのではないかと思いまして……」
何だか、目からうろこがぽろぽろと落ちたような言葉を言われた気がするぞ。
最初にハローワークから届いたものがホテルのフロントだったことで、受付とかレジ打ちとか、そういう接客と呼ばれている職種を見てきたけれど。
事務だって電話に出るし、小さい会社なら秘書のような仕事もするだろう。
「……ああ、そうですね」
「ええ、そうなんですよ」
なんで、今まで気付かなかったんだろう。
わたしがいた部署にも営業さんがいたけれど、会社に来た人にお茶出しついでに会話をしていたし。別に外から来る人を相手にしなくても、会社の人を相手に仕事をしている経理の人だって接客みたいなものだ。
わたしの肩の力が抜けたことを確認したのか、他の求人票をパソコンで検索して見ることになった。
「ここで良いと思ったものがあったら、遠慮なくおっしゃってください。その場で紹介状を書いて、先方に連絡をしますので」
「わかりました」
前は検索の仕方と見方を教えてくれるだけで、後は自分で頑張れと言われたものだけど。あんまり決まらずに期間ももうすぐで終わることで、ハローワークの人も焦ってくれたのかな。
最初は若そうで大丈夫かと心配になったけど、とっても親身に考えてくれているみたいだ。
よし、期待には応えねばならないだろう。
「……あ。ここはどういう会社ですか?」
早速、気になる会社が出てきてくれた。
ふむふむ、正社員募集。第一段階はクリアですね。転勤もなし。超重要。
特別な資格はいらないし、パソコンも使えたらって感じみたい。それなら手書き履歴書でも大丈夫かな。
すぐに検索をして会社についても話してくれた内容を確認したら、なかなか良さそうなことがわかった。
「あ。でも、お給料がちょっと……」
ぐるっと求人内容を見回して、場所も問題なさそうで良かったのに。最後の最後に見た給与の欄の手取りが、ちょっとギリギリ過ぎた。
「ここから保険や色々引かれることを考えると……」
「はい。もう少し欲しいので次を探します」
贅沢かもしれないけれど、退職金もまだ残ってはいるけれど。
無職になって風邪を引いたり年金や将来について考えたりしたことで、お給料の最低ラインも考え直したんだよね。
「もうちょっといただけたら、ここが良いんですけど」
「昇格したら上がる、ということは書いてありませんね。給与の欄には同じ金額が書かれていますから、何年勤務しても変わらなそうです」
「そのようですね」
求人票の賃金の欄には、”a+b 〇円~△円”が基本給になる。
”a=基本給と、b=定額的に支払われる金額”を合わせたものという意味だ。
ここで、最初の”〇円と△円”が別の金額なら、最初は〇円でも△円に上がることがある、というわけだけど。
たいていは同じ金額が書いてあるだけなので、当然ながら勤務年数を重ねても、賃金が上がる可能性は低い。むしろ下がるかも。サービス残業とかで。
「難しいですね」
「ええ。こればかりは相性もありますが、難しい問題です」
うーんとそのまま二人で考え込んで、その日は見るだけで終わってしまった。
再就職って、難しいなあ。




