サラの幸せ 其の一
-サラ-
朝早く、日が昇る前に目が覚めた
ルシオ様の従者になってから数年、早起きが習慣になっているので今では自然と目が覚めるようになっている
従者としてルシオ様より遅く起きることは許されない
寝巻から着替え、水場で布を濡らし軽く体を拭く
そして少しだけ乱れている髪を手櫛で撫でて整える
起きてから5分程で私の準備は終了
そしてルシオ様の寝室の前へとやって来て、音を立てないように扉を開ける
ベッドではマヤ様が静かに寝息をたてていてルシオ様の姿は無い
しかし私がルシオ様より遅く起きてしまったからでは無い
昨日からルシオ様は仕事で帰って来ていないからだ
ルシオ様は現在タナトスに居らっしゃる
タナトスでは時差というものがあるので、きっと私達が眠っている間もルシオ様は働いていることだろう
主の負担を少しでも減らしたいものだが、騎士団でもない私が外交を行う訳にもいかず、こればかりは歯痒い思いをしている
しかしルシオ様が留守にしている時は御家族を守るのは私の役目
マヤ様達の安全確認も重要な仕事だ
「ん~・・・ルシオ~・・・えへへ」
「ふふっ」
枕を抱きしめ、だらしない顔で寝言を言うマヤ様を見て思わず笑みがこぼれてしまう
隣の子供用ベッドで眠るマオ君も良い子で眠っているようで安心した
その後シシル様等他の方達の様子を確認して回る
今日も異常無しでひとまず安心
早起きしたもののやることはあまりないので朝食の支度を手伝いに食堂へと向かう事にした
食堂には既に私より早く起きて家事に取り掛かり始めているメイドの三人が居た
毎日毎日この三人は本当に凄いと思う
シエロさんなんて年下なのに家事も上手で私よりしっかりしている
そんな優秀なメイド三人の仕事の手伝いで私にできる事といえば食器を並べるくらいだ
厨房に立たせてもらう事はまず無い
厨房に立てるのはメイド三人とマヤ様くらいで、最近シシル様が練習の為に立つようになった
そもそも私は殆ど料理ができないので邪魔になってしまうだけだろうけど
食器を並べるだけならすぐに終わってしまい
あっという間にやることが無くなってしまった
いつもならここらでルシオ様を起こしに向かいあれこれお世話をすることができるのだが
それが無くなると手持無沙汰になってしまう
「はぁ・・・」
たった一日主人が居ないというだけで落ち着かない
その後はエルダさんと稽古をしたりして時間を潰した
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夜になった
夕食も済み、食堂にはマヤ様シシル様、そしてエルダさんと私の四人だけ
ルシオ様が居ないということで女性陣だけでお酒を飲むことになった
マヤ様達がお酒を飲むのは珍しくないのだけど
私が参加しているのは珍しいことだった
ルシオ様に仕えている以上いざという時に動けなくては従者失格だ
なので私は殆どお酒を飲むことがない
今日は半ば強引にマヤ様に誘われて参加している
「ほら、サラももっと飲みなさいよ」
「飲んでいますよマヤ様」
すでにできあがったマヤ様に絡まれ、少しでもグラスのお酒が減ると注ぎ足される
主人の奥様であるマヤ様のお酒を断る訳にもいかず、私にしてはかなりのペースでお酒を飲んでいた
といっても先ほどからはチビチビと口を付けるだけであまり飲んでいない
飲んでいるふりをしていればマヤ様はいつも通り上機嫌だ
こういう言い方は不敬だが、酔っぱらっているマヤ様は扱いやすい
ルシオ様が居ない今、いざという時ご家族をお守りする任務を忘れてはいけない
少し酔いが回って来てはいるが思考が鈍る程ではなかった
「偶には育児を忘れて羽目を外すのもいいものですね」
「シオンはまだまだ夜泣きも多いから大変だものね~。今日はテラ達に任せてシシルも飲みなさいよ、ほらほら」
「ありがとうマヤ」
子供達は寝かしつけた後テラさん達が様子を見てくれている
なので今日はシシル様も飲むペースがいつもより速い
そしてエルダさんはというと
シシル様の隣に座り、ほわほわした表情で黙々とお酒を飲んでいる
すでにこちらもできあがっているようだ
(私はあまり参加しませんが、三人で飲む時はいつもこんな風に飲んでいるのでしょうか?)
いつもならここにルシオ様も参加しているが
シシル様やエルダさんがここまで酔っぱらっているのは珍しい
マヤ様は平常運転だが
シシル様はまだルシオ様の前では酔っぱらって情けない所を見せたくないのだろうか?
子供の事やご近所付き合い、巷の流行やルシオ様の事
酔っ払い達の話題は尽きず、賑やかな夜が続いた
そして話題は恋の話へと変わっていった
「エルダは結婚とかしないの?」
「私ですか?・・・私はシシル様のお世話がありますので」
「とか言ってますけど、シルトゥリエに良い感じの方が居るんですよマヤ」
「シシル様!?」
「え!?なになに?聞かせて!」
(ほぅ・・)
「シルトゥリエに居るエルダの幼馴染なんです。凄く優しい方なんですよ」
「あ、あいつとはそういう関係では・・・」
エルダさんは顔を真っ赤にしている
酔っているからというだけではないだろう
「へぇ~、いいじゃない幼馴染。やっぱり昔から知ってる相手の方が良いわよ。アタシとルシオもそうだし」
「ルシオ殿と比べるといささか頼りないですが・・・」
「関係無いわよそんなの。そりゃルシオは凄いけど、好きになるのに理由なんて必要ないもの」
「良い事いいますねマヤ」
「べ、別に好きなわけでは・・・」
「もたもたしてると誰かに取られちゃうかもしれないわよ?」
「うぅ・・・」
色恋沙汰というのは自分には無関係なので
マヤ様に絡まれないよう静かにお酒を摘まんでいた
「それでサラはいつ結婚するの?」
「ん、私ですか?私は結婚などしませんが?」
「なんで?」
「ルシオ様の従者としてそのような事考えている暇はありませんので」
「そのルシオとは結婚しないの?って聞いてるのよ」
「んなっ!?ゴホッゴホッ」
唐突な爆弾発言にお酒が器官に入りむせてしまう
「あ~あ~、大丈夫?サラ」
「ゲホッゴホッ・・・わ、私がルシオ様とだなんて!恐れ多いです!」
「え?そうなの?ルシオのこと好きなんでしょ?」
「そ、それは・・・」
好きか嫌いかと聞かれればそれは当然好きだ、大好きだ
ルシオ様を想う気持ちは例えマヤ様やシシル様相手でも負ける気はない
だがそれは従者として、主人への『忠誠心』であって
恋心ではない・・・
昔はあったかもしれない
いや、あった
だってそれはしょうがないことではないだろうか?
命を助けてくれて、生きる目的をくれて
ルシオ様はいつだって私に光を示してくれる
そんな相手を好きになるなという方が無理な話だ
でも今はそんな感情もなくなり
ルシオ様の従者として、淡い恋心は主に仕える忠誠心へと変わった
でもそれで私は十分に幸せだ
それ以上を望むなんてとてもじゃないが恐ろしい
「ルシオ様のことはもちろん好いております。ですがそれは従者としてで・・・」
「アタシはサラだったら三人目でも構わないわよ?」
「な・・・」
『それをあなたが言うか』とつっこみそうになった
タナトスからルシオ様が帰って来た後、シシル様の事をルシオ様から打ち明けられたマヤ様の落ち込みようはとても見ていられない程だった
それが今では三人目にならないかと勧めてくるほど
「私はルシオ様にお仕えできる今がとても幸せなのです。これ以上は望みません」
「・・・・・でもサラはルシオに再会するまでずっと辛い思いをしていたんでしょ?」
「・・・・」
「なら、サラはもっと幸せになってもいいと思うの。女としての幸せというか・・・好きな人と結ばれるべきだとアタシは思う」
先程までだらしなく酔っぱらっていたマヤ様が真剣な表情で私を見る
ルシオ様に出会うまで、そしてその後再開するまで
私は辛い思いをしてきた、それこそ生きるのが嫌になるほどの
「・・・いえ」
でも私は汚れてしまっている
セルドロに拾われて殺し屋として教育され
人を殺して手を汚し、そしてセルドロに抱かれ汚された
そんな汚れた私がルシオ様と結婚なんて
お仕いできる現状が奇跡のようなものなのに
私なんてルシオ様にふさわしくない
「ごめん・・・嫌な事思い出させちゃったかしら・・・でもアタシは」
「いいのです。ですが私はルシオ様にお仕えできている今が十分幸せなので。これ以上は望みません」
「サラ・・・」
先程までの楽しい雰囲気が一変し重苦しい空気が漂う
「申し訳ありません、私のせいで白けてしまいましたね。私はもう休むので皆さまだけで続きを」
「ただいま~」
自分だけ切り上げようとしたところで食堂の入り口から聞きなれた声が聞こえた
「あ、ルシオ・・・」
「お帰りなさいませルシオ様。お出迎えできず申し訳ありません」
「気にすんな。皆で飲んでたんだ?時差ボケ直さないといけないし俺も飲もうかな」
ルシオ様はそう言って着替えもせずマヤ様の隣に座り、空いているグラスにお酒を注ぐ
そしてお酒を飲もうとしたところで異変に気付いた
「あん?なんかあった?」
「いえ、何も・・・」
「ねぇルシオ。ルシオはサラのことどう思ってる?」
やめて
「サラのこと?“どう”っていうのは?」
私はルシオ様に仕えるようになってからずっと幸せなのに
「サラのこと好き?」
それを壊そうとしないで
「そりゃ好きだけど?当然だろ?俺が一番信頼してる人間なんだし」
初めてマヤ様に対して怒鳴りそうになった
「・・・・・え?」
でもルシオ様の言葉で頭が真っ白になった
「え?って・・・前に言わなかったっけ?」
「・・・・初耳です」
「あれ?言ったけどやり直したんだっけか?確か言った事あるはずだけど・・・」
ルシオ様は『いつだったっけ?』と言いながら思い出そうとしている
いや、そんな事より
(ルシオ様が私を一番信頼している?)
ルシオ様は確かに今『一番』と言った
この私を『一番信頼している』と
落ち込んでいた気持ちが急浮上して感情の振れ幅に思考がついてこれない
「わ、私が一番なのですか?」
「うん」
「マヤ様でもシシル様でも、ウィルフレッド君でもなく?」
「ん?まぁマヤ達のことも同じくらい信頼してるけど、一番はサラかな」
嬉しすぎて全身に鳥肌が立った
私がルシオ様に仕えているのは恩返しの為だ
命を救ってくれたこと、セルドロの呪縛から解放してくれたこと
そんな人生をかけても返しきれない程の大恩を返すため
だから見返りは求めない
たとえ対価が無くとも人生をかけてルシオ様へ恩を返すためにお仕えしている
でもやはり心の何処かでは期待していた
私はちゃんとやれているのだろうか?
ルシオ様の役に立てているのだろうか?と
褒めて欲しかった
その不安が今払拭された
「な、なぜ私なのですか?」
「ん~、例えばだけど・・・何かの理由があって俺が真剣にサラに『死んでくれ』ってお願いしたら、お前本当に死を選ぶだろ?」
「・・・・はい」
私の命は既に何度もルシオ様に救われた命
ならばそれがルシオ様の為になるというのなら喜んで命を差し出す覚悟はある
「ははっ、だからだよ」
「?」
「それが例えばウィルなんかの場合だと、まず『どうしてそうしなきゃいけないのか?』って事を聞いて、その問題を解決するために一緒に悩んでくれると思う。まぁそれが普通だと思うけどさ」
「ですが私はルシオ様の従者です。主が『死ね』と命じればその覚悟があります」
「俺は誰かに心酔したこととかないからわかんねえけど・・・サラのその覚悟は誰もが持ってる物じゃないんだよ」
当然だ
そのくらい自分でも分かっている
私のルシオ様に対する思いは誰にも負けない
「サラのそういう思いが危ういと思う反面、だからこそ一番信じれるのはサラなんだ。絶対にサラは俺の事を裏切らないって思えるし」
ルシオ様が私をそんな風に思ってくれていたなんて
嬉しくて涙が出そうになる
「あ、でも別にマヤとかシシルとかが俺の事裏切るとも思ってないよ?」
「あたりまえでしょ」
「当然です、旦那様」
「例えばの話をしただけで・・・っていうかもしかしてマヤ、あの話サラにしたのか?」
(あの話?)
「うん・・・そうなの。それでちょっと空気が悪くなっちゃって」
「酒飲みながらする話じゃないと思うけど?」
「う~、だってぇ!お酒の勢いでも借りないと言えないわよ!」
「・・・どういうことでしょうか?」
ルシオ様とマヤ様が事情を説明してくれた
と言っても先ほどマヤ様が仰ったことが大体の理由だった
私に『もっと幸せになってほしい』と
ルシオ様と結婚し、そしてマオ君という子供が産まれた今、マヤ様は以前よりも今が更に幸せなのだと
だから私も結婚して子供を持てば幸せになれるのではないかと考えたそうだ
シシル様との結婚を許したことで吹っ切れたこともあり、私なら三番目の妻として迎えることができると
なんとも安直な考えだとも思うが、生物の本能は種の存続にある
だからマヤ様の考えもあながち間違いという訳ではないのかもしれない
この話をシシル様とも話していたそうだ
エルダさんは知らなかったみたいだけど
そして一番の問題はマヤ様の意見にルシオ様も賛成しているということ
「サラに好かれてる自信はあるんだけど?それに俺はサラに再会した時からずっと言ってるだろ?サラを本当の意味で幸せにしたいって。でも『幸せ』にも色んな形があるし、別に結婚して家庭を持つことだけが幸せって訳じゃないと思うんだ。だからサラが望まないなら今の関係のままで俺は良いと思ってる。でももしサラを今以上に幸せにする方法があって、それを俺が実現できるのなら俺はそうしたい」
「わ、私は・・・今のままで十分幸せです。ルシオ様に仕えるようになってからずっと・・・」
「うん。だからサラが今の関係のままの方が良いって言うならそれでいいんだ」
そう、今のままで良い
ルシオ様の言葉にマヤ様は少し不満気だが
「ところで皆は、男女の間に友情は成立すると思う?」
「「「?」」」
突然ルシオ様がそんなことを言い出した
「アタシはすると思うけど」
「ふむ・・・シシルは?」
「私は・・・男性の友達なんて居たことがないのでわかりません」
「ほう・・・エルダは?」
「どうでしょう?・・・一時的には成立するのではないかと」
「・・・サラは?」
「私は・・・・わかりません」
「そんな申し訳なさそうにすんなって。こんな問題に答えなんてないんだから」
「じゃあルシオは?どう思ってるの?」
「俺はエルダと同じかな。男女間にも友情は成立するとは思う、でも男同士と違って好感度が上がっていけば友達って枠には収まれないって考えかな」
「はい。私もそういう風に考えていました」
確かにルシオ様の言うように好感度が上がっていけば友情が恋心へと変わっていくのはおかしい事ではない
「今の俺とサラの関係はそれと同じようなものだと思うんだ」
「そう、なのでしょうか?」
ルシオ様がそうなのだと言うならそうなのだという気がしてきた
「それは、つまり・・・」
「今の俺とサラは方向性が違うっていうだけで相思相愛には違いないってこと」
「っ!?」
ルシオ様はまだお酒を飲んでいないはず
素面で私に対しそんな恥ずかしいことを言っている
まさかルシオ様の本心なんてこと・・・
いや、でも奥様方の前でこんなこと冗談では言わないだろうし
嬉しいけれども!
「ル、ルシオ様?一体何を・・・」
「遠回しな言い方になったかな?・・・俺はサラの事が好きだよ」
「・・・・」
「だからもしサラが望んでくれるなら、俺と結婚して欲しい。これからは従者としてじゃなく妻として、これからも俺を支えて欲しい」
「・・・・」
嬉しい
ルシオ様が私を?
夢?
からかわれてる?
今日は予想外の事が起こりすぎて頭がパニックになる
「って言ったら俺と結婚してくれる?」
(あ・・・)
なんだ
やっぱり私をからかって・・・
そこで内心落ち込んでいる自分がいることに驚いた
「・・・か・・からかわないでください、ルシオ様」
「からかってなんてないさ。俺の告白を聞いてサラはどう思った?嬉しかった?迷惑だった?」
「迷惑だなどと・・・勿論嬉しいです。例え嘘でも」
「だから嘘じゃないって。まぁ確かに今のは『サラの気持ちを確かめたかった』ってのが大きいけどさ」
「私の気持ち・・・ですか?」
「俺の言葉で嬉しかったんだろ?そう思ってくれて俺も嬉しいよ。やっぱりほんの少し方向性が違うだけみたいだから」
「?」
ルシオ様が何を考えているのかがわからない
ルシオ様の本心が見えない
「サラの事が好きなのは本当だ。あぁ、俺の言う『好き』ってのは一人の女性としてだからな?だってそりゃそうだろ?こんな近くで俺の事を思って尽くしてくれる相手がサラみたいな美人なんだし。意識しない方が難しいって」
そんな事をこの場で言っていいのかと心配したが
マヤ様もシシル様も嫌な顔せずルシオ様の話を聞いている
きっと既にこのことについて話し合っていたのだろう
「ただサラがそれを望んでいるのかどうかはわからなかったんだ。それにサラの場合、俺が要求すれば自分の気持ちを殺してでも俺に応えようとしそうだから」
「・・・・」
「サラの気持ちが本当に忠誠心からくるものなら俺の気持ちは迷惑だろ?だから俺からは言い出せなかった・・・今のサラとの関係が居心地よかったから」
私もだ
ルシオ様に仕えることで誰よりもルシオ様の近くに居られる
この関係が居心地が良くて、幸せだった
「でもまぁ・・・卑怯だけど、マヤの方から切り出してくれたのがいいきっかけになったよ」
それをルシオ様が壊そうとしている
「別に今すぐどうこうしようって訳じゃないんだ・・・でも俺はサラを手放す気はないから、覚悟しておけよ?」
この日から私とルシオ様の関係は少しずつ変わっていった




