未来視の神子シシル
-シシル-
旦那様が私達の知らない所で想像もできない程の苦労をし
そして世界を救い、その代償として特別な力を失った
もし私の未来視の力がもっと強ければ何か力になれたかもしれないのに
あの日から旦那様は感情表現が希薄になり、まるで別人のようだった
でもそれもマオ君が産まれたことで大きく好転する
旦那様とマヤの間に産まれた男の子『マオ』
二人に似て本当に可愛くて、見ているだけで癒される
実の父親である旦那様ともなればそれはそれは可愛くて仕方がない様子
そしてマオ君が産まれてからは旦那様の表情も元の豊かな物に戻りつつあり
やり直しの力を失ったとはいえ、幸せな日々が続いていた
そしてとうとう待ちに待った日がやってくる
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「そっち行っちゃ駄目よマオ!」
「沢山ハイハイして丈夫な子に育ってくれよ」
「もうルシオ、段差とかで怪我したらどうするのよ」
「ちゃんと見てるよ、目離す訳ないだろ?」
夕食前、食堂の横にある開けたスペースでマヤと旦那様がハイハイするマオ君を愛おしそうに見ている
マオ君はとても活発な男の子で
ハイハイで行ける場所にはどんどん一人で探検に行ってしまう
なので屋敷の中は土足厳禁となり、ほぼ全てのスペースにカーペットが敷かれることになった
お義母様は「親バカねぇ」と笑うが、私は愛を感じられていいと思う
「本当にマオ君は可愛いですね旦那様。ずっと見ていられます」
「な、世界一可愛い生き物だ」
「うふふ」
少し前まで笑う事なんてほぼ無かった旦那様
だが今ではデレデレした顔でマオ君を見ている
「あ、そうだ」
「?」
何かを思いついたのか私の方を見る旦那様
「あ~・・・まぁ今でもいいか」
「どうかなさいましたか?」
「うん」
席を立ち、マオ君を抱きかかえに向かう旦那様
「そろそろいいかな?マヤ」
「ん?」
「昨日話しただろ?」
「ああ!私は良いわよ」
そして抱っこしたマオ君をマヤに渡しながら二人で何か話している
マオ君をマヤに預けた後また旦那様は席に戻り、再び私を見た
「え~っと・・・マオもまだまだ小さいけど、なんとかこの生活にも慣れてきたし。先延ばしにしていたことにけじめをつけようと思ってさ」
「っ!?」
どこか照れながら私に向かってそんなことを話す旦那様
旦那様の様子と「けじめ」という言葉に反応し、会話の内容に期待してしまう
「シシル、俺と結婚してください」
そう言いながら右手の小指から指輪を外す旦那様
そしてその指輪を左手で持ったまま、空いている右手を私の方に伸ばす
「・・・・」
あまりにも突然の出来事に軽くパニックになりながらも
旦那様の右手に自分の左手を重ねた
「いいってことだよね?」
「あ、はい!勿論です!」
「ありがとう」
そして指輪を私の左手の薬指に嵌めてくれる旦那様
「でもその指輪って、大事な物なのでは?」
「ん?これはシシルの為に俺が作った指輪だよ?」
「あ、あれ?」
「ああ、リアンの指輪の事?それはこっち」
旦那様はそう言って左手の小指に嵌めている指輪を見せる
「こっちがリアンの指輪。これは渡せないかな。それにいつかはビルに返さなくちゃいけないし」
「びっくりしました。私てっきり・・・」
「紛らわしかったな、ごめん。いつでも渡せるようにと思ってシシルの指輪も付けてたからさ」
「そうだったのですか。あ、いえ・・流石にそっちの指輪は受け取れないと思ったので」
「そっちは受け取ってくれる?」
「はい!勿論です」
マヤがしている指輪と同じで旦那様の手作りの指輪
正直なところ、マヤの手を見るたび羨ましかった
それがとうとう私の指にも
「本当は二人きりでデートとかしてから渡したかったんだけど・・・色々事情があってマヤの時にもグダグダになっちゃったんだ。だからって訳じゃないけどシシルにも普段通りでいいかなと思って」
「ふふっ、大丈夫です。寧ろ凄く驚きました」
思ってもいなかった突然のプロポーズ
それはそれは驚きましたとも
「それじゃ改めて、シシル。これからもよろしく」
「はい」
旦那様は自分と重ねたままの私の左手に優しく口付けをしてくれた
アヴァングラースでは愛を誓い合ったその時から夫婦となるそうだ
なので今この瞬間から私と旦那様は夫婦となった
夢のようでさっきから体がふわふわしている
「明日は休日だし、急だけどシルトゥリエのやり方で披露宴も開こうな」
「よろしいのですか!?」
「もちろん。シチリさん・・お義父さんも呼ばないと」
「ありがとうございます!」
「おめでとうシシル」
「ありがとうマヤ」
マヤには時々嫉妬してしまうこともあるけれど
こうして旦那様との結婚を許してくれた恩はあまりにも大きい
友達であり、姉のような存在であり、そして恩人でもあるマヤには本当に頭が上がらない
マヤを皮切りにエルダやサラさん、この場に居る皆さんが祝福の言葉を掛けてくれた
その日の夕食は事前に報告を受けていたテラさん達が豪勢な食事を用意してくれて
まるでパーティーのような夕食となった
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「えっと、じゃあシシル。心の準備はいい?」
「・・・・」
夜も更けそろそろ眠りにつこうかという頃
私の部屋には旦那様と私の二人きり
(そうでした!)
夫婦になったのだからこの状況でやることはただ一つ
(幸せ過ぎて今の今まで忘れてました!)
お酒が入っていたとはいえ
『どうして旦那様は私とエルダの部屋に入ってくるのだろう?』『夫婦になったから寝室まで見送りに来てくれたのかしら?』
なんて間抜けな事を考えていた数秒前の私をひっぱたきたい
つい先程マヤが「頑張って~」と言っていた意味にようやく気付いた
エルダも空気を読んで別の部屋で休むと言っていたのに
(そこで普通気が付くでしょ。私の馬鹿!)
「まだ怖いなら無理しなくてもいいよ?」
固まる私を見て旦那様は優しくそう仰ってくれる
きっと本心からそう思ってくれているはずだ
「いえ!怖いとかそういうのではありません!」
例え初めてそういう行為をするとしても、旦那様を怖いなんて思う訳がない
寧ろ待ち望んでいた、願っても無い状況
「ただ今まで、旦那様と出会うまでは完全に男性と接することが無かったもので・・・何をどうしたらいいのやら」
旦那様と出会うまでは未来視の神子として生きていた私
未来視の力を失わないように男性との接点は皆無だった
なので性の知識なんて殆ど無いに等しい
「わかった。なら俺に任せて」
「・・・はい」
旦那様は優しく私の体に手を回し、支えながらゆっくりと横にしてくれる
(はわわっ、旦那様が近い!旦那様の腕逞しい!)
改めて意識してしまうと体中が敏感になってしまい
旦那様に触れられるだけでゾクゾクして気持ちいい
「やっぱりいきなりは緊張するよな?」
「は、はい。ですが旦那様は慣れているでしょうから全てお任せします」
「・・・そうでもないよ」
今度は優しく私の頭部を胸に抱きしめる旦那様
旦那様の胸に私の耳が触れ、聞こえてくる旦那様の鼓動はかなり激しかった
「わかる?」
「旦那様も緊張なさってるのですか?」
「もちろん」
それを聞くと無性に嬉しい私がいた
「だ、大丈夫です!私、旦那様にされることなら何でも嬉しいです!」
「そ、そうか?」
「はい!なのでお好きなように、よろしくお願いします」
「は、はい。こちらこそ。よろしくお願いします?」
「ふふっ」
「ははっ」
緊張しているせいか自分でも何を喋っているのかわからない
でもそれは旦那様も同じなようで
可笑しくなって二人で笑いあった
そして少し見つめ合った後、口付けを交わす
キスという単純な行為一つで私の脳は幸福で破裂しそうになり
全身に電気が流れたような衝撃を感じた
旦那様が私の体に触れる度、溢れんばかりの幸せが押し寄せてくる
初めての時は痛いとマヤから聞いていたけど、マヤは「ルシオなら大丈夫」とも言っていた
その言葉通り、旦那様と一つになった時痛かったのはほんの少しの間だけ
旦那様が私のお腹を優しく撫でると痛みはスッと消えていった
おそらく旦那様が治癒魔法を掛けてくれたのだろう
それからはもう訳がわからなかったが
とにかく幸せだった
シルトゥリエの王子の妻となる最悪の未来
例え現実で起きた事ではないとしても、未来視で見た私と王子との行為は吐き気を催すほど気持ちの悪い物だった
王子に乱暴に扱われ、耐え切れず涙を流す私
そんな最悪の未来を嫌という程見てきた
そんな最悪の未来を変えようと必死に足掻いてきた
そして今私は幸せの絶頂にいる
あれほど怖かった男という生き物なのに
あれほど嫌悪した性交渉なのに
その相手が旦那様だというだけでこれほど気持ちよく
これほど満たされる物だとは
私は初めてだというのに何度も何度も旦那様を求め
そして旦那様も私を求めてくれた
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「ん・・・」
「おはようシシル」
朝私は旦那様の腕の中で目を覚ました
目覚めからもう最高の気分だ
「おはようございます、旦那様」
「体は大丈夫?」
「ん~・・・はい、心地良い疲れが少々残っているくらいです」
「よかった。シシルに無理させちゃったかなって心配してたんだ」
昨晩の事を思い出して少しだけ恥ずかしくなってきた
「だ、大丈夫でございますよ。それより旦那様はご満足してくれたでしょうか?」
「勿論。最高だった」
「--っ!」
自分から聞いておいて『何を聞いているんだ私は』と堪らなく恥ずかしくなってしまった
だが私でも旦那様を満足させてあげられるのはとても嬉しい
「あれ?シシル?」
「うう・・・なんでもありません」
「そう?耳まで真っ赤だよ?」
「うう~」
顔を見られたくなくて旦那様の胸にしがみついた
そんな私の頭を旦那様は優しく撫でてくれる
(はぅ~・・・もう一生このままで居たい)
だが今日は昨日話していたように披露宴をする予定だ
夜遅くまで旦那様と愛し合っていた為、すでにいい時間だろう
いい加減起きなくてはならない
着替えを済ませ、軽く汗を流し
旦那様と一緒に食堂へ向かうとそこにはマオ君を抱いたマヤが居た
他の皆はとっくに食事を済ませ、各々の用事や鍛錬に向かっているようだ
「あ、おはよう二人とも」
「おはよう」
「おはようございます、マヤ」
マヤの隣に旦那様が座る
いつもの配置だ
そしてその隣に私も座った
いつもなら旦那様の隣はマヤとアリスちゃんの席
私はいつも旦那様の対面に座っている
だがアリスちゃんは部屋にいるのか今は居ない
なので今日くらいはいいだろう
私と旦那様が席に着くと、テラさんがすぐに食事を用意してくれた
いつもよりかなり遅くなってしまったが料理は冷めていない
本当にこの家のメイドさん三人はいつもいつも仕事が完璧だ
(私も料理くらいできるようにならなければ駄目ですね・・・)
なんて旦那様の妻としての在り方について考えていると
「ねぇシシル。どうだった?」
「へっ!?な、何がですか?」
「アタシが言った通りだったんじゃない?ルシオって結構ベッドの上じゃ狼になるでしょ?」
「えっと・・・」
「あのなぁ!」
マヤは私に向かってヒソヒソ話をするように話しかけてくるが
その間に旦那様が居るので丸聞こえだ
きっとわざとやっているのだろうけど
「だって気になるじゃない。アタシの時よりも激しかったらそれはそれで悔しいし!」
「旦那様は優しかったですよ?」
途中からはかなり激しかったような気もするが
それは私も同じなのであまりよく覚えていない
「それはそれでなんだかな~」
「どっちでも駄目なのかよ」
「駄目って言うか気になるの!アタシ以外の女と寝る時ルシオがどうなるのかが!」
「う・・・」
「それは私も気になりますね」
「シシルまで・・・」
それは正直私も気になるのでマヤの気持ちはよくわかる
『マヤと愛し合っている時はどうなのか』と
私の時よりも激しいのかとか、私にはしてくれなかったことでもマヤ相手ならするのかとか
「・・・じゃあさ、今度三人でやってみる?」
「ぶぅっ!」
マヤの突然の提案に紅茶を噴き出す旦那様
「ルシオきたな~い。かからなかった?マオ」
「あ~い」
「おまっ、え?・・・いいの?」
「アタシは良いわよ?寧ろ知らない方が嫌かな」
「シシルは?」
「私は・・・」
(三人でって・・・昨日のを三人で?あれにマヤも混ざるってこと?それって割と普通のことなのかしら?)
性の事に疎いせいでそれが普通の事なのか異常な事なのかが分からない
でも『マヤなら別にいいか』とも思えた
「お二人が良ければ・・・」
「え?マジで?」
「決まりね。なんかちょっと楽しみかも」
「いや、ちょっと待って。いいの?マジで?」
「何よ?ルシオは嫌なの?」
「滅茶苦茶してみたい」
「ほら。決まりね。アタシはいつでも良いわよ」
「え・・・マジで・・・」(ブツブツ)
マヤは楽しそうだし、旦那様は一人でブツブツ言っている
(やっぱり普通のことではないみたいですね)
まぁだとしてもこの二人とならいいだろう
きっと死ぬまで一緒に居る相手
きっと死ぬまでずっと大好きな二人
この二人とならどうなっても後悔はしないと、自然とそう思えた
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そして旦那様と夫婦になりあっという間に一年が過ぎた
この一年本当に幸せで
毎日が楽しくてしょうがなかった
だが今、私はある転機に直面していた
「オギャー、オギャー」
「よく頑張ったわねシシルちゃん」
「はぁはぁ・・・はい」
旦那様との子供を身ごもり
そして今日、とうとう産まれた私と旦那様の赤ちゃん
お義母様が産婆をしてくれて、旦那様とマヤがもしもの時の為に待機してくれている
経験豊富なお義母様と、治癒魔法を使える旦那様とマヤ
この三人が居てくれるので出産自体は怖くなかった
一つ心配なのは・・・
「やったわね。可愛い女の子よ」
「・・・そうですか」
私と旦那様の子供
私が産んだ女の子
それはこの子が未来視の力を持っている事を意味する
「旦那様・・・女の子だったみたいです」
「そうだな。よく頑張った。ありがとう」
「・・・・私は、旦那様と出会えてから今まで幸せでした」
「うん」
「これからもずっとそれは変わらないという確信もあります」
「うん」
「なので・・・後は旦那様にお任せします」
「・・・うん」
旦那様に任せるというのは、それはつまりこの子の事
もし旦那様がこの子を未来視の神子として育てたいというのであれば
私はそれに賛成するつもりだった
やり直しの力を失った旦那様は、私達には決して言わないが臆病になっている
大切な物を失う事を恐れて慎重になり過ぎている節がある
だから今の旦那様がこの子を未来視の神子として育てたいと考える可能性は捨てきれなかった
「ルシオ、シシルちゃんに似て優しそうな顔してるわよ」
「そうだね・・・」
「抱っこしてあげて?お父さん」
「・・・・」
お義母様が産まれた女の子を旦那様に預けようとする
そして
「やっぱ無理だな・・・」
旦那様は赤ん坊を大事に大事に受け取った
「マオと一緒でかっわいいなぁ。この子を抱っこできないとか耐えられないよ」
満面の笑顔で私にそう言う旦那様
「ありがとうシシル。お疲れさん」
「はい」
どうやら私の心配は無駄だったようだ
「それで、名前は決めてあるの?ルシオ」
「シオンって名前。いいかな?シシル」
「はい。素敵な名前だと思います」
「シオンか。よろしくね~シオン。一応アタシもお母さんだからね~」
「そっか、その辺ややこしくなるかな?」
「大丈夫でしょ?」
「ま、なんとかなるか」
「そうですね。きっと大丈夫ですよ」
「ところで男の子だったらなんて名前にするつもりだったの?」
「考えてなかった」
「え!?どうして?」
「なんとなくだけど・・・女の子が産まれるだろうなって思ってたから」
「・・・それだけ?」
「それだけ」
「私もそんな気がしていました」
「ふ~ん」
根拠は無いが女の子が産まれるだろうと
私も旦那様も同じことを考えていたようだ
そしてその予想は的中した
それはただ二分の一が当たっただけかもしれないし
なにか運命的な物かもしれない
旦那様はこの子に普通の女の子として生きる道を示してくれた
それが正しいのかは分からない
でも決して間違ってはいないとそう信じられる
だって私は未来視の神子でなくなってから
ずっとずっと幸せが続いているのだから




