第五話 城と潜入(前編)
◇◇◇◇
「うーん……」
遠ざかるシルヴィアを眺めて、サラが腕を組んだ。
「どうした?」
ジーンが訳を尋ねる。
「どうも気になりましてね……」
「市場のことか? 確かにあそこはひでーよなー」
サラの台詞に、ジーンが頷いた。
3人が確認した村の市場は、市場とは名ばかりのゴミ溜め市である。
ボロ布で作っただけの天幕に、獣の干物やら刃の欠けたナイフやらの日用品が売られていた。
衣類にしても、まともなものは一切ない。
ゴミを売っていると言っても過言ではない、それがこの村の市場である。
「いえ、まあ確かにそれも引っかかるのですが……。私が気にしているのは、あのシルヴィアって少女ですよ」
「え? あの娘は吸血鬼じゃねーんだろ?」
「それはまあ、確かにそうなのですが……。彼女との会話の中で、何か違和感を抱いたのですよ」
「違和感って?」
「それがはっきりすれば、苦労しません」
「あの~……」
サラとジーンの会話に、ナオミがおずおずと割って入った。
「この後どうしましょう?」
「そうですね……」
「だなー」
ナオミの提案に、サラとジーンが考え込む。
ジリジリと太陽が照り付ける。
砂漠特有の乾いた風が吹き、3人から容赦なく水分を奪った。
「そうだ!」
ジーンが沈黙を破った。
「何ですか?」
「廃城だよ。ほら、村はずれにあるっていう……」
「ああ、そう言えばそんなのがありましたね」
「だろ? むしろ、何で今まで行かなかったんだよ?」
興味を示さないサラに、ジーンが聞いた。
「だって、ここの村はずれって、要するに砂漠ですよ? そんなところに、生物が生息しているとは思えません」
「吸血鬼は人間なんだろ? 人目を避けてるかもしれねーじゃんか」
サラの主張に、ジーンが反論する。
「……ああ、なるほど」
サラが目を丸くした。
「そうですね。彼らは人間ですものね。いやはや、まったく盲点でした」
「だろ? まったく、これだから学者先生は頭が固いぜ」
「……たまには貴方も頭を使うのですね」
「シバくぞ、この女……」
辛辣なサラに、閉口するジーンである。
「そうと決まれば、とっとと向かいましょう。いや、その前に水分補給ですね。多めに水を持ってきて正解でした」
サラが言って、3人はその場を後にした――。
そして一時間後。
村を出た3人は、荒野をひたすら歩いていた。
ひび割れた赤茶色の地面に、岩山がゴロゴロと転がっている。
はるか向こうには、広大な砂丘が広がっていた。
沈みかけの太陽が赤く照り付けて、さながら真紅の海であった。
「砂漠って言っても、全部が砂じゃねーんだな」
ボソリと、ジーンが独り言ちた。
「当然です」
答えて、サラが続けた。
「一般的には風紋をイメージしがちですが、実は砂漠のほとんどが、こうした岩石が剥き出しになっている『岩石砂漠』なのですよ」
「ふーん。相変わらず、お前って物知りだよなー」
サラの講釈を、ジーンが聞き流す。
「はぁはぁ……。まだ着かないのでしょうか?」
2人に少し遅れながら、ナオミが聞いた。
◇◇◇◇
果たして、そんなナオミは汗びっしょりであった。
それもそのはず、ナオミの防備は特段に分厚い。
サラとジーンの軽装に比べて、ナオミが着る牛頭人製の鎧は、全身をくまなく包んでいる。
そんな状態で、特大の薙刀を担いでいるとくれば、動きにくいことこの上ない。
止めとばかりに、砂漠特有の熱波である。
ナオミの消耗だけが激しくても、むしろ当然と言えた。
「おっと。悪い悪い」
ジーンが引き返して、ナオミから薙刀を奪った。」
「これくらいは俺が持っとくわ」
「そんな。悪いです……」
「いいっていいって。何なら鎧も外しておけよ。俺が担いでやる」
「あ、それはちょっと待ってください」
ジーンとナオミの会話に、サラが割り込んだ。
「何でだ?」
疑問符を浮かべるジーン。
「こんなに暑いんだから、少しくらいは――」
「もうすぐ陽が沈みます」
ジーンの反論に、サラが被せる。
「それがどうしたんだ?」
「砂漠の夜って物凄く冷えるのですよ」
「マジかよ? こんな暑いのに?」
「水がないからですよ。水は温めにくい反面、冷めにくいという性質があります。つまるところ、水が無い地域では――」
「温まりやすく、冷めやすくなるってことか」
「ご名答。それに、まだまだ日差しも強い。下手に肌を晒しますと、火傷の危険がありますよ」
「あー……。そう言えば村の連中も……」
「はい。全身を覆う感じの装束だったでしょう? 吸血鬼がいるとすれば、戦闘も予想されます。いっそのこと、このままでいた方がよろしい」
ジーンの疑問に、サラが答えていく。
「なるほどなー。でも、さすがにナオミの消耗は激しすぎるぞ」
「ええ。ですからこれを」
ジーンに言われて、サラが懐から石ころのような物を取り出した。
「何だそれ?」
「岩塩ですよ。さっきそこで拾いました」
ジーンが聞いて、サラが答える。
「いやはや、こんなところで岩塩を拾うとは。この村に来て、初めての僥倖かもしれませんね」
「うん? どういう意味だ?」
満足気なサラに、ジーンが首を傾げた。
「ナオミ、これを」
そんなジーンを無視して、サラが岩塩を放り投げた。
「あ、はい!」
もたつきながら、ナオミが岩塩を受け取った。
「それを少しずつ齧りながら、水をたっぷりとお飲みなさい。私たちの水筒も使っていいですよ」
「あ、ありがとうございます」
サラが革製の水筒を投げて、ナオミがそれを受け取った。
「い、いただきます」
ナオミが岩塩を齧った時である。
「あ!」
ナオミが顔を上げた。
「どうしました?」
「どうした?」
サラとジーンが同時に聞いた。
「ほら、あそこ! あれがお城じゃないですか?」
ナオミが遠くを指さした。
「おお」
「本当だ」
サラとジーンが目を見張った。
ナオミの指し示す、2キロメートル程先である。
岩山の上に、尖塔を持つ建物がそびえ立っていた。
◇◇◇◇
「ここで間違いないようですね」
城の前に立って、サラが言った。
城は石造りの4階建てで、随分と老朽化が進んでいる。
風と砂に晒されて劣化が進み、屋根や壁があちこち崩落していた。
もっとも、元々が小ぶりな城である。
まともに残っている部分だけで比較すると、ジーンが以前建てた館程度の大きさしかない。
「王国建国前の代物ですね。築300年といったところでしょうか」
城をマジマジと見分するサラであった。
「ここまでくると、廃墟と言うよりは遺跡だなー」
「ですね」
ジーンの発言に、サラが同意した。
「門は……、やっぱり施錠されていますか」
木製の正門を叩いて、サラが言った。
「って言うか――」
周囲の地面を見渡して、ジーンが続ける。
「ここ最近、誰かが来た形跡があるな」
「え?」
ジーンに促され、サラが地面に視線を移した。
「ああ、なるほど」
サラが納得した。
地面には無数に、人の足跡が残っていた。
とは言え、その大きさは小さい。
「あのクソガキ共でしょうか?」
首を傾げるサラの脳裏には、さっきの少年たちが浮かんでいた。
「クソガキってお前ね……」
サラの言い草に呆れながら、ジーンが続けた。
「いや、でもこれ1人だぜ。それにだな……、子供っていう程小さくはねえなー。お前と同じくらいだ。さっきのガキ共よりは大きいぜ」
地面に膝をついて、足跡を検分するジーン。
「取り敢えず、中へ入ってみますか」
言いながら、扉の隙間から中を窺うサラ。
「どうにも錠前ではなく、中から閂がかかっているようです」
「つーことは、誰かがいる可能性が高いな」
「ええ。もっとも、それが吸血鬼かどうかまでは……。そもそも、生きているかも分かりませんし」
「だなー」
「ど、どういうことですか?」
サラとジーンに、ナオミが聞いた。
「誰かが閉じこもって、そのまま死んでいるかもしれません」
「ひいっ!」
サラが答えて、ナオミの顔が引き攣った。
「取り敢えず、この隙間から何か細長い物を突っ込んでみましょう。ジーン!」
「な、何だよ?」
「その両手剣を貸しなさい。閂を外します」
「は?」
サラの要求に、ジーンが呆気に取られた。
「い、嫌に決まってるだろ!」
「そんなことを言っても、貴方のその馬鹿デカイ剣くらいしか、この隙間に入りませんし」
嫌がるジーンを、サラが説き伏せる。
ナオミの薙刀は刃が分厚すぎるし、柄の部分からは隙間に入らない。
さりとて、サラの所持品では閂に届かなかった。
そうして白羽の矢が立ったのは、刃が薄くて長いジーンの両手剣である。
「……大事に扱ってくれよな」
渋々と剣を鞘から抜き、ジーンがサラに手渡した。
「分かればよろしい。えーっと、ここをこうやって……」
門の隙間から刃を捻じ込み、剣を上下に動かすサラ。
「おいおい。もっと丁寧にだな――」
「よし! 外れました!」
ジーンが注意して、サラが言った時である。
ガタンと言う閂が落ちた音に続いて、パキンッと軽快な音が鳴った。
「えーっと……」
サラが恐る恐る両手剣を抜くと、物の見事に切っ先が無くなっていた。
キンと金属音がして、切っ先が門の向こうに転がっていった――。




